◇30ページ◇映画館
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映画館まで、とにかくただ必死に走った。
発車直前の電車に駆け込んで、駅の階段も転がるように駆け下りた。
街の人混みを走っているときに、サラリーマン風の男にぶつかって睨まれたが、気にしてやれる余裕はなかった。
何時からの映画の席を予約したのかは聞いていなかった。
【今どこにいる?】
走りながら送ったメッセージには、返事はない。
既読にもならないのは、映画を観ていてスマホを確認できていないのだと信じることにした。
映画館に辿り着いた時は、冬もすぐそこだというのに俺は汗だくになっていた。
今から映画を観るのを楽しみにしている家族連れや、映画を観終わった恋人達なんかで溢れた映画館のフロントで、俺は忙しなく右へ左へ首を動かして名前の姿を探した。
そして、映画を観終わってフロントに雪崩れ込んできた人混みの中に、見覚えのある長身の男の後ろ姿を見つけた。
その隣で名前はファーランに肩を抱かれて歩いていた。
「名前!!」
名前を呼んで背中を追いかけた。
名前とファーランは、立ち止まってすぐに振り返った。
ここにいるはずのない俺に、名前はひどく驚いた様子で目を見開いていた。
すぐに追いついた俺は、名前の手首を掴んで自分の胸に強引に引き寄せた。
名前の肩を抱いていたファーランの手が、必然的に離れていった。
そして、背中から俺の胸板にぶつかって名前の身体が止まった。
名前の胸の前に腕を回した俺は、片腕で閉じ込めるようにして抱きしめた。
俺と目が合うと、ファーランは訝し気に眉を顰めた。
「悪い、ファーラン。コイツはおれのなんだ。」
俺は、まっすぐにファーランを見据えた。
俺の腕の中に閉じ込められた名前が、驚いたのかビクッと肩を揺らした。
「は?リヴァイ、何言ってんだよ。意味がわからねぇんだけど。」
「今度ちゃんと話す。悪ぃが、今日はコイツは俺が連れて帰る。」
「あ、おい、待てよ…!」
引き留めて手を伸ばすファーランに背を向けて、俺は強引に名前の手を引いた。
斜め後ろを歩く名前にチラリと視線を向けたけれど、顔を伏せていて表情は分からなかった。
もしかして、ファーランと一緒にいたかったのだろうか。
ひと時も離れたくなくて、ホテルに泊まろうとしたのだろうか。
握りしめる手に力を込めると、名前が弱々しく握り返してきた。
それだけで、ひどく安心して、痛みを解放した心に、嬉しさが広がったのだ。
君が今、誰と何処にいても関係ない
もう一度、君を愛せるチャンスを掴めるなら、何処までも追いかけるよ
休日の散歩コースになっている大きな公園。
待ち合わせ場所になっている時計台の下に着いたのは、約束の時間よりも10分早かった。
でも、ファーランさんは先に来ていて、私を見つけると柔らかく微笑んで片手を軽く上げた。
ここ数日ずっと、親友のリヴァイさんにキツくあたっていたこともあって、その優しい姿にきゅっと胸が締め付けられた。
今来たところだよ、と自然に柔らかく微笑むファーランさんは、私が知ってる同世代の男友達とは違って、とても大人で紳士的だった。
リヴァイさんが言う通り、年上がタイプなら、好きになってしまうのだと思う。
「映画まで時間あるし、どこかカフェでも入る?」
ファーランさんは、腕時計をチラリと確認した後、私を見て首を傾げた。
目が合ったのを合図にしようと決めていた私は、意を決して、口を開いた。
「あの…っ!」
「どこか行きたいところがある?」
「私、好きな人がいるんです…!」
「…いきなりだな。」
ファーランさんは、少し眉尻を下げて、苦笑い気味に言った。
申し訳なさと罪悪感で頭を下げて謝った私の上に、ファーランさんのため息が落ちて来て、胸が痛んだ。
顔を上げないままで、バッグをギュッと握りしめた。
リヴァイさんの大切な親友だから、笑って今日を過ごした方が良かったのは分かってる。
でも、リヴァイさんの大切な親友だから、私なんかと無駄な時間を一緒に過ごさせるわけにはいかなかった。
私はどうしても、リヴァイさんだけが好きで、他の人は好きにはなれないと、私が一番分かっている。
苦しいくらいに思い知ったから、今があるのだ。
「少し話そうか。ここ座ってよ。」
ファーランさんが動いたのが気配で分かった。
顔を上げると、時計台の下にあるベンチに腰を降ろしたファーランさんが、隣を手でポンポンと叩いて見せた。
断ることも出来ず、戸惑いながらも、私は隣に腰を降ろした。
「好きなやつってさ、リヴァイだろ?」
「え!?あの…っ、違います!!リヴァイさんじゃ、ないです…!!」
驚いたけれど、焦って首を横に振って否定した。
恋心が悲鳴を上げていた。
本当は、リヴァイさんを好きじゃないと言うのは嘘でも嫌だった。
「泣きそうな顔で言われてもなぁ。」
ファーランさんが、苦笑しながら言った。
私は、慌てて顔を見られないようにと目を伏せた。
「いいよ、嘘吐かなくて。見てれば分かったからさ。」
「…ごめんなさい。」
「謝らないで。それでもいいと思って、気持ちを伝えたんだから。
もしかしたら、どうにかならないかなって期待込めてさ。
そんなに追い詰めてるとは思わなかった、こっちこそごめんな。」
ファーランさんに謝られて、私は必死に首を横に振った。
悪いのは、ファーランさんじゃない。
どうしたって、リヴァイさんが好きで仕方なくて、みんなに迷惑をかけている私なのだ。
「映画は、連れて行ってくれなくて大丈夫です。
本当に…、ごめんなさい。せっかくチケットとってくれたのに…。
お金、返します…!」
「待って。」
バッグの中から財布を取り出そうとしていた私の手首にファーランさんの手が触れた。
ピタリと動きを止めた私がファーランさんを見ると、とても真剣な目と視線が重なった。
「最後に俺にチャンスくれないか?」
「チャンス、ですか?」
「今から、リヴァイに、俺とホテルに泊まるってLINEしてよ。」
「え!?私、そんなことー。」
「本当にホテルに連れ込もうとは思ってないから、安心して。」
驚いた私に、ファーランさんは少し困ったように眉尻を下げた。
そして、最後のチャンスというものについて説明し始めた。
「名前ちゃんが、俺と一緒にホテルに行くって知ったアイツが、
引き留めるだとか、何かしらの反応を見せたら、俺は潔く諦める。」
「何も言ってこなかったら…?」
「完全に脈ナシだ。そしたら、リヴァイのこと諦めてほしい。」
「…。私は…。」
「すぐに俺を好きになってくれとは言わない。
そこは好きになってもらえるように、俺が努力する。
でも、アイツが心にいる限り、俺は好きになってもらえそうにないから。」
「…リヴァイさんは、何も言ってこないです…。」
私は目を伏せた。
両膝の上に乗っていた手を弱々しく握りしめれば、いつの間にか拳が小さく震えていた。
最後の最後まで、リヴァイさんに引き留めてもらいたくて、必死に悪足掻きをしたのだ。
声をかけてもらいたくて、謝ってほしくて、わざと冷たい態度をとってみても、リヴァイさんは平気そうだった。
ファーランさんとのデートだと分かっていながら、リヴァイさんのためだけに綺麗に着飾った。
メイクもいつもより時間をかけて、髪まで巻いた。
私のことを子供扱いするリヴァイさんに、少しは綺麗だと思って欲しかった。
それでも、リヴァイさんの綺麗な瞳に私は映らない。
完全に脈ナシだってことは、もうずっと前から、私が一番知っている。
「そうかな?俺は、アイツは引き留めると思うよ。」
「慰めはいいです…。そんなことあるわけないのは、分かってますから。」
「さすがに俺も、そんな慰めを言えるほど心広くないよ。」
「…じゃあ、何ですか?からかったんですか?」
「まさか、ガキの頃からアイツを知ってる俺の長年の勘かな。」
ファーランさんが、悪戯に口の端を上げた。
そして、私のスマホを奪って、嘘のメッセージを送った。
すぐに既読になったそれに、リヴァイさんから返信が届くことは、なかったー。
発車直前の電車に駆け込んで、駅の階段も転がるように駆け下りた。
街の人混みを走っているときに、サラリーマン風の男にぶつかって睨まれたが、気にしてやれる余裕はなかった。
何時からの映画の席を予約したのかは聞いていなかった。
【今どこにいる?】
走りながら送ったメッセージには、返事はない。
既読にもならないのは、映画を観ていてスマホを確認できていないのだと信じることにした。
映画館に辿り着いた時は、冬もすぐそこだというのに俺は汗だくになっていた。
今から映画を観るのを楽しみにしている家族連れや、映画を観終わった恋人達なんかで溢れた映画館のフロントで、俺は忙しなく右へ左へ首を動かして名前の姿を探した。
そして、映画を観終わってフロントに雪崩れ込んできた人混みの中に、見覚えのある長身の男の後ろ姿を見つけた。
その隣で名前はファーランに肩を抱かれて歩いていた。
「名前!!」
名前を呼んで背中を追いかけた。
名前とファーランは、立ち止まってすぐに振り返った。
ここにいるはずのない俺に、名前はひどく驚いた様子で目を見開いていた。
すぐに追いついた俺は、名前の手首を掴んで自分の胸に強引に引き寄せた。
名前の肩を抱いていたファーランの手が、必然的に離れていった。
そして、背中から俺の胸板にぶつかって名前の身体が止まった。
名前の胸の前に腕を回した俺は、片腕で閉じ込めるようにして抱きしめた。
俺と目が合うと、ファーランは訝し気に眉を顰めた。
「悪い、ファーラン。コイツはおれのなんだ。」
俺は、まっすぐにファーランを見据えた。
俺の腕の中に閉じ込められた名前が、驚いたのかビクッと肩を揺らした。
「は?リヴァイ、何言ってんだよ。意味がわからねぇんだけど。」
「今度ちゃんと話す。悪ぃが、今日はコイツは俺が連れて帰る。」
「あ、おい、待てよ…!」
引き留めて手を伸ばすファーランに背を向けて、俺は強引に名前の手を引いた。
斜め後ろを歩く名前にチラリと視線を向けたけれど、顔を伏せていて表情は分からなかった。
もしかして、ファーランと一緒にいたかったのだろうか。
ひと時も離れたくなくて、ホテルに泊まろうとしたのだろうか。
握りしめる手に力を込めると、名前が弱々しく握り返してきた。
それだけで、ひどく安心して、痛みを解放した心に、嬉しさが広がったのだ。
君が今、誰と何処にいても関係ない
もう一度、君を愛せるチャンスを掴めるなら、何処までも追いかけるよ
休日の散歩コースになっている大きな公園。
待ち合わせ場所になっている時計台の下に着いたのは、約束の時間よりも10分早かった。
でも、ファーランさんは先に来ていて、私を見つけると柔らかく微笑んで片手を軽く上げた。
ここ数日ずっと、親友のリヴァイさんにキツくあたっていたこともあって、その優しい姿にきゅっと胸が締め付けられた。
今来たところだよ、と自然に柔らかく微笑むファーランさんは、私が知ってる同世代の男友達とは違って、とても大人で紳士的だった。
リヴァイさんが言う通り、年上がタイプなら、好きになってしまうのだと思う。
「映画まで時間あるし、どこかカフェでも入る?」
ファーランさんは、腕時計をチラリと確認した後、私を見て首を傾げた。
目が合ったのを合図にしようと決めていた私は、意を決して、口を開いた。
「あの…っ!」
「どこか行きたいところがある?」
「私、好きな人がいるんです…!」
「…いきなりだな。」
ファーランさんは、少し眉尻を下げて、苦笑い気味に言った。
申し訳なさと罪悪感で頭を下げて謝った私の上に、ファーランさんのため息が落ちて来て、胸が痛んだ。
顔を上げないままで、バッグをギュッと握りしめた。
リヴァイさんの大切な親友だから、笑って今日を過ごした方が良かったのは分かってる。
でも、リヴァイさんの大切な親友だから、私なんかと無駄な時間を一緒に過ごさせるわけにはいかなかった。
私はどうしても、リヴァイさんだけが好きで、他の人は好きにはなれないと、私が一番分かっている。
苦しいくらいに思い知ったから、今があるのだ。
「少し話そうか。ここ座ってよ。」
ファーランさんが動いたのが気配で分かった。
顔を上げると、時計台の下にあるベンチに腰を降ろしたファーランさんが、隣を手でポンポンと叩いて見せた。
断ることも出来ず、戸惑いながらも、私は隣に腰を降ろした。
「好きなやつってさ、リヴァイだろ?」
「え!?あの…っ、違います!!リヴァイさんじゃ、ないです…!!」
驚いたけれど、焦って首を横に振って否定した。
恋心が悲鳴を上げていた。
本当は、リヴァイさんを好きじゃないと言うのは嘘でも嫌だった。
「泣きそうな顔で言われてもなぁ。」
ファーランさんが、苦笑しながら言った。
私は、慌てて顔を見られないようにと目を伏せた。
「いいよ、嘘吐かなくて。見てれば分かったからさ。」
「…ごめんなさい。」
「謝らないで。それでもいいと思って、気持ちを伝えたんだから。
もしかしたら、どうにかならないかなって期待込めてさ。
そんなに追い詰めてるとは思わなかった、こっちこそごめんな。」
ファーランさんに謝られて、私は必死に首を横に振った。
悪いのは、ファーランさんじゃない。
どうしたって、リヴァイさんが好きで仕方なくて、みんなに迷惑をかけている私なのだ。
「映画は、連れて行ってくれなくて大丈夫です。
本当に…、ごめんなさい。せっかくチケットとってくれたのに…。
お金、返します…!」
「待って。」
バッグの中から財布を取り出そうとしていた私の手首にファーランさんの手が触れた。
ピタリと動きを止めた私がファーランさんを見ると、とても真剣な目と視線が重なった。
「最後に俺にチャンスくれないか?」
「チャンス、ですか?」
「今から、リヴァイに、俺とホテルに泊まるってLINEしてよ。」
「え!?私、そんなことー。」
「本当にホテルに連れ込もうとは思ってないから、安心して。」
驚いた私に、ファーランさんは少し困ったように眉尻を下げた。
そして、最後のチャンスというものについて説明し始めた。
「名前ちゃんが、俺と一緒にホテルに行くって知ったアイツが、
引き留めるだとか、何かしらの反応を見せたら、俺は潔く諦める。」
「何も言ってこなかったら…?」
「完全に脈ナシだ。そしたら、リヴァイのこと諦めてほしい。」
「…。私は…。」
「すぐに俺を好きになってくれとは言わない。
そこは好きになってもらえるように、俺が努力する。
でも、アイツが心にいる限り、俺は好きになってもらえそうにないから。」
「…リヴァイさんは、何も言ってこないです…。」
私は目を伏せた。
両膝の上に乗っていた手を弱々しく握りしめれば、いつの間にか拳が小さく震えていた。
最後の最後まで、リヴァイさんに引き留めてもらいたくて、必死に悪足掻きをしたのだ。
声をかけてもらいたくて、謝ってほしくて、わざと冷たい態度をとってみても、リヴァイさんは平気そうだった。
ファーランさんとのデートだと分かっていながら、リヴァイさんのためだけに綺麗に着飾った。
メイクもいつもより時間をかけて、髪まで巻いた。
私のことを子供扱いするリヴァイさんに、少しは綺麗だと思って欲しかった。
それでも、リヴァイさんの綺麗な瞳に私は映らない。
完全に脈ナシだってことは、もうずっと前から、私が一番知っている。
「そうかな?俺は、アイツは引き留めると思うよ。」
「慰めはいいです…。そんなことあるわけないのは、分かってますから。」
「さすがに俺も、そんな慰めを言えるほど心広くないよ。」
「…じゃあ、何ですか?からかったんですか?」
「まさか、ガキの頃からアイツを知ってる俺の長年の勘かな。」
ファーランさんが、悪戯に口の端を上げた。
そして、私のスマホを奪って、嘘のメッセージを送った。
すぐに既読になったそれに、リヴァイさんから返信が届くことは、なかったー。