◇18ページ◇役に立つということ
Name change
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その日の夜も、いつものように俺達がカフェスペースで弁当を食べている間、名前は研究フロアでデータの入力をしていた。
俺達に背を向ける格好でキーボードを叩いている名前は、時々、資料や並んでいる試験管を確認しているようだった。
確かに、こうして改めて見てみると、それなりに知識のある研究員の後ろ姿に見えなくもない。
昼間、ペトラ達が言っていたことがずっと気になっていた俺は、さっさと夕飯を済ませて、先にカフェスペースを出て名前の元へ向かった。
集中してデータ入力をしている名前は、俺が隣に立っても気づかなかった。
いや、気づけなかったのだと思う。
名前は、悔しそうに唇を噛んで、画面をじーっと見ていた。
大きな瞳には涙が溢れていて、名前が瞬きをすると、涙は頬を伝って、キーボードに落ちた。
「おい…、どうして、泣いてるんだ。」
俺が訊ねると、こっちも驚くくらいに肩をビクッと上下に揺らした。
「ごめんなさい…っ。集中します…っ。」
慌てて涙を拭って、名前はキーボードに両手を乗せた。
でも、俺が聞きたかったのはそうじゃない。
「無理しなくていい。何かあったのか。」
名前の肩に手を置くと、また小さく肩が震えた。
キーボードを叩こうとしていた細い指は動きを止めて、名前はゆっくりと俺の方を見た。
さっき拭ったばかりの涙は、また頬を伝っていて、とても傷ついた表情をしていた。
名前は、躊躇いがちに、それでも確かに、何かを言おうとしていた。
でも、開いては、閉じようとしてみたり、なかなか言葉にならなかった。
俺は、その口が、言葉を作るのを待った。
言葉を作るのを躊躇っていた口は、少しすると漸く、喋りだした。
「私…、リヴァイさんの役に立ちたかったんです…。」
ひどく傷ついた顔で、名前が言ったのはそんなことだった。
俺は思わず眉を顰めた。
だって、まるで、名前は、自分は何の役にも立っていないと思っているようだった。
そんなこと、絶対にないのにー。
「役に立ってる。お前はよくやってくれてる。
そのおかげで、俺も、母さん達も、エルド達も、凄く助かってる。」
本心だった。
だから、真っすぐに名前を見て真剣に言ったつもりだった。
でも、名前は力なく首を横に振った。
そして、ひどく悔しそうに唇を噛んで、手に額を乗せて顔を伏せた。
「こんなはずじゃ、なかったのに…。
私がしたかったのは…、こんなことじゃない…っ。悔しい…っ。」
名前が言った。
それは、俺に対して言ったというよりも、心の声が漏れたと表現した方が正しいくらいに小さな声だった。
でも、ちゃんと聞こえたのだ。
俺は、しっかり聞いた。
たぶん、俺はこのとき初めて、名前の本心を聞いたのだと思う。
でも、このときの俺は、それに気づかなかった。
もし、気づくことが出来たとしても、その意味まで理解することは出来なかっただろう。
「こんなことって、データ入力だって本当は普通はー。」
「ごめんなさい…っ、ちょっと頭冷やしてきます…っ。」
名前は乱暴に立ち上がると、逃げるように研究フロアを出て行った。
小さな背中は相変わらず震えていて、そのまま消えてしまいそうだった。
そこへ、食事を終えたエルド達が続々と集まって来た。
「名前ちゃん、どうしたんですか?泣いてるみたいでしたけど。」
エルドが、名前が飛び出していった研究フロアの扉の方を見ながら訊ねた。
その隣で、グンタは早速、名前が入力したデータの確認を始めていた。
「…分からん。こんなはずじゃなかったと泣きながら、出て行った。」
「こんなはず?」
「こんなことしか出来ない自分が悔しいと言ってた。」
「こんなことって、もしかして、コレのことですか?」
グンタがそう言いながら、ノートパソコンを手に取って俺に見せた。
それは、データ入力ではなかった。
今までの評価や過去の論文の重要そうな部分を抜き出して、新しい資料を作っていたようだ。
すべて難しい単語ばかりの英文で書かれていて、オルオはしきりに首を傾げていた。
誰がどう考えても『こんなこと』で括れるようなレベルのものではないのは明らかだった。
「リヴァイさん、名前ちゃんって何者ですか?」
ペトラが俺に訊ねた。
でも、俺の方が聞きたいくらいだった。
だってー。
「…魔法が使える頭のおかしい女だ。」
「へ?」
「、と思っていた。」
そう、思っていたのだ。
魔法が使えると言って、勝手に家に押しかけて来た、頭のおかしい女だった。
それがいつか、俺の一番の味方だと感じるようになった。
俺が好きだと繰り返して、いつもそばにいて、俺だけを見て、いつも笑っていた。
俺が知っている名前は、頭はおかしいけど、惚れた男に馬鹿みたいに一途な女だった。
顔を洗って来たらしい名前がスッキリした顔で戻って来たのは、それからすぐだった。
「泣いてたんだって?大丈夫?」
エルドが心配そうに訊ねると、名前は恥ずかしさを隠すように笑って、頬を掻いた。
「リヴァイさんのお母さんが大変な時に、皆さんはとても頑張ってるのに
私は何も出来てないなぁと思ったら、悲しくなっちゃって。
驚かせちゃって、すみません。」
ヘラヘラと笑う名前はいつもの彼女に戻ってた。
でも、そんな笑顔にペトラ達がほだされることはなかった。
「ねぇ、名前ちゃんって、何者?」
「私ですか?…犬、かな…?」
「冗談じゃなくて、本気で聞いてるの。
コレ、普通の女の子は作れないよ。論文だって読めない。
どうして、こんなことが出来るの?」
真剣に訊ねるペトラの質問をぼんやりとした様子で聞いた後、名前は楽しそうな笑顔で答えた。
「魔法ですよっ。」
「…へ?」
「私のすべては、魔法で出来てるんですよ!」
すごいでしょうー、と名前は自慢気に笑った。
俺だけじゃなくて、ペトラ達も、思わず信じそうになったくらいに、嘘は、吐いているように見えなかった。
この頃にはもう、俺はこの『魔法』という言葉を聞きすぎていたし、名前のそばにいると魔法のようなことが幾つも起こっていたから、頭が麻痺し始めていたのだと思う。
この時俺は、馬鹿みたいに素直に、全ては魔法の力だと受け止めてしまったのだ。
さっきは、冗談で聞いてるわけじゃないと言ったペトラでさえも、続くことが出ないようだった。
君にどれだけ俺が救われていたか、知らないのは君だけだなんて
なんて残酷なんだろう
日記さん、どうしよう。
今日ね、リヴァイさんの前で泣いてしまったの。
今まで私が必死に努力したことって何だったんだろう。
そう思ったら、悔しくなって…
弱まった魔法の力は、私から少しずつ大切なものを奪っていく。
私はただ、もっと堂々とリヴァイさんの隣に並べる女性になりたかっただけなのに。
分かってるの。
歳も離れているし、リヴァイさんにとって私は子供で、仔犬のような存在だって、分かってる。
でも、どうしても思ってしまったの。
こんなはずじゃ、なかったのにって…
恋人じゃなくてもいい。私はただ、リヴァイさんのそばにずっといられる誰かになりたかった。
俺達に背を向ける格好でキーボードを叩いている名前は、時々、資料や並んでいる試験管を確認しているようだった。
確かに、こうして改めて見てみると、それなりに知識のある研究員の後ろ姿に見えなくもない。
昼間、ペトラ達が言っていたことがずっと気になっていた俺は、さっさと夕飯を済ませて、先にカフェスペースを出て名前の元へ向かった。
集中してデータ入力をしている名前は、俺が隣に立っても気づかなかった。
いや、気づけなかったのだと思う。
名前は、悔しそうに唇を噛んで、画面をじーっと見ていた。
大きな瞳には涙が溢れていて、名前が瞬きをすると、涙は頬を伝って、キーボードに落ちた。
「おい…、どうして、泣いてるんだ。」
俺が訊ねると、こっちも驚くくらいに肩をビクッと上下に揺らした。
「ごめんなさい…っ。集中します…っ。」
慌てて涙を拭って、名前はキーボードに両手を乗せた。
でも、俺が聞きたかったのはそうじゃない。
「無理しなくていい。何かあったのか。」
名前の肩に手を置くと、また小さく肩が震えた。
キーボードを叩こうとしていた細い指は動きを止めて、名前はゆっくりと俺の方を見た。
さっき拭ったばかりの涙は、また頬を伝っていて、とても傷ついた表情をしていた。
名前は、躊躇いがちに、それでも確かに、何かを言おうとしていた。
でも、開いては、閉じようとしてみたり、なかなか言葉にならなかった。
俺は、その口が、言葉を作るのを待った。
言葉を作るのを躊躇っていた口は、少しすると漸く、喋りだした。
「私…、リヴァイさんの役に立ちたかったんです…。」
ひどく傷ついた顔で、名前が言ったのはそんなことだった。
俺は思わず眉を顰めた。
だって、まるで、名前は、自分は何の役にも立っていないと思っているようだった。
そんなこと、絶対にないのにー。
「役に立ってる。お前はよくやってくれてる。
そのおかげで、俺も、母さん達も、エルド達も、凄く助かってる。」
本心だった。
だから、真っすぐに名前を見て真剣に言ったつもりだった。
でも、名前は力なく首を横に振った。
そして、ひどく悔しそうに唇を噛んで、手に額を乗せて顔を伏せた。
「こんなはずじゃ、なかったのに…。
私がしたかったのは…、こんなことじゃない…っ。悔しい…っ。」
名前が言った。
それは、俺に対して言ったというよりも、心の声が漏れたと表現した方が正しいくらいに小さな声だった。
でも、ちゃんと聞こえたのだ。
俺は、しっかり聞いた。
たぶん、俺はこのとき初めて、名前の本心を聞いたのだと思う。
でも、このときの俺は、それに気づかなかった。
もし、気づくことが出来たとしても、その意味まで理解することは出来なかっただろう。
「こんなことって、データ入力だって本当は普通はー。」
「ごめんなさい…っ、ちょっと頭冷やしてきます…っ。」
名前は乱暴に立ち上がると、逃げるように研究フロアを出て行った。
小さな背中は相変わらず震えていて、そのまま消えてしまいそうだった。
そこへ、食事を終えたエルド達が続々と集まって来た。
「名前ちゃん、どうしたんですか?泣いてるみたいでしたけど。」
エルドが、名前が飛び出していった研究フロアの扉の方を見ながら訊ねた。
その隣で、グンタは早速、名前が入力したデータの確認を始めていた。
「…分からん。こんなはずじゃなかったと泣きながら、出て行った。」
「こんなはず?」
「こんなことしか出来ない自分が悔しいと言ってた。」
「こんなことって、もしかして、コレのことですか?」
グンタがそう言いながら、ノートパソコンを手に取って俺に見せた。
それは、データ入力ではなかった。
今までの評価や過去の論文の重要そうな部分を抜き出して、新しい資料を作っていたようだ。
すべて難しい単語ばかりの英文で書かれていて、オルオはしきりに首を傾げていた。
誰がどう考えても『こんなこと』で括れるようなレベルのものではないのは明らかだった。
「リヴァイさん、名前ちゃんって何者ですか?」
ペトラが俺に訊ねた。
でも、俺の方が聞きたいくらいだった。
だってー。
「…魔法が使える頭のおかしい女だ。」
「へ?」
「、と思っていた。」
そう、思っていたのだ。
魔法が使えると言って、勝手に家に押しかけて来た、頭のおかしい女だった。
それがいつか、俺の一番の味方だと感じるようになった。
俺が好きだと繰り返して、いつもそばにいて、俺だけを見て、いつも笑っていた。
俺が知っている名前は、頭はおかしいけど、惚れた男に馬鹿みたいに一途な女だった。
顔を洗って来たらしい名前がスッキリした顔で戻って来たのは、それからすぐだった。
「泣いてたんだって?大丈夫?」
エルドが心配そうに訊ねると、名前は恥ずかしさを隠すように笑って、頬を掻いた。
「リヴァイさんのお母さんが大変な時に、皆さんはとても頑張ってるのに
私は何も出来てないなぁと思ったら、悲しくなっちゃって。
驚かせちゃって、すみません。」
ヘラヘラと笑う名前はいつもの彼女に戻ってた。
でも、そんな笑顔にペトラ達がほだされることはなかった。
「ねぇ、名前ちゃんって、何者?」
「私ですか?…犬、かな…?」
「冗談じゃなくて、本気で聞いてるの。
コレ、普通の女の子は作れないよ。論文だって読めない。
どうして、こんなことが出来るの?」
真剣に訊ねるペトラの質問をぼんやりとした様子で聞いた後、名前は楽しそうな笑顔で答えた。
「魔法ですよっ。」
「…へ?」
「私のすべては、魔法で出来てるんですよ!」
すごいでしょうー、と名前は自慢気に笑った。
俺だけじゃなくて、ペトラ達も、思わず信じそうになったくらいに、嘘は、吐いているように見えなかった。
この頃にはもう、俺はこの『魔法』という言葉を聞きすぎていたし、名前のそばにいると魔法のようなことが幾つも起こっていたから、頭が麻痺し始めていたのだと思う。
この時俺は、馬鹿みたいに素直に、全ては魔法の力だと受け止めてしまったのだ。
さっきは、冗談で聞いてるわけじゃないと言ったペトラでさえも、続くことが出ないようだった。
君にどれだけ俺が救われていたか、知らないのは君だけだなんて
なんて残酷なんだろう
日記さん、どうしよう。
今日ね、リヴァイさんの前で泣いてしまったの。
今まで私が必死に努力したことって何だったんだろう。
そう思ったら、悔しくなって…
弱まった魔法の力は、私から少しずつ大切なものを奪っていく。
私はただ、もっと堂々とリヴァイさんの隣に並べる女性になりたかっただけなのに。
分かってるの。
歳も離れているし、リヴァイさんにとって私は子供で、仔犬のような存在だって、分かってる。
でも、どうしても思ってしまったの。
こんなはずじゃ、なかったのにって…
恋人じゃなくてもいい。私はただ、リヴァイさんのそばにずっといられる誰かになりたかった。