◇17ページ◇飼い犬の手のひらの上
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研究施設に行くと、エルド達はまだ残っていた。
昨夜は突然帰ったことを謝ったが、むしろ、休んでくれてよかったと安心された。
どうやら俺は、エルド達にも心配をかけていたようだった。
そして、研究を再開しようとしたところへ、この研究施設を管理している製薬会社の社長であるザックレーがやって来た。
基本的に社員の前に顔を出すことはほとんどなく、会ったことがあるのなんて幹部くらいしかいない大物だ。
俺も昔、製薬会社で働いているときに時々、顔を合わすことがあったくらいだった。
母の治療薬を作るためにこの研究施設を使いたいと頼むのだって、ザックレーと旧知の仲であるエルヴィンを介してお願いしてもらったのだ。
しかも、寝汚いことで有名で、休日なんてほとんど1日中寝ていると聞いたことがある。
それが、突然、休日の研究施設のフロアにやって来たから、俺達はとても驚いた。
しかも、なぜか孫まで引き連れていた。確か、10歳と7歳だったはずだ。
「なぁ、お前がリヴァイかよ?」
「おっさんじゃん!」
クソガキ共は、俺の顔を見上げるなり、悪態を吐きだした。
金持ちを鼻にかけたような嫌な性格の上、我儘で乱暴で、ベビーシッターが数分で逃げ出すくらいのクソガキだと聞いたことがある。
孫を溺愛しているザックレーさえ手を焼いているという噂通りのクソガキだ。
ギロリと睨みつけてやれば、馬鹿にしたみたいな嫌な笑い顔で悲鳴を上げて、ザックレーの後ろに隠れた。
「回りくどい話は得意じゃない。単刀直入に訊こう。
この研究施設に泊まり込みで、母親の治療薬の研究を続けたいか。」
「…!」
早速、本題に入ったらしいザックレーからの言葉に、俺は驚いた。
だってそれは、俺が本当に望んだことだった。
本当は家に帰る時間だって惜しかった。
この研究施設には、研究員のための宿泊施設も併設してある。
そこで寝泊まりをしながら、母の治療薬を作りたいというのが、最初にザックレーに頼んだ願いだったのだ。
だが、既にこの製薬会社の研究員ではない俺を研究施設で研究させるだけでも、実際は違反行為なのに、それ以上は無理だと断れたという経緯があった。
だからこそ余計に、俺は驚いた。
「もしも、そこにいるうちの優秀な研究員達も専属で欲しいのなら
薬が出来るまで好きに使わせてやってもいい。」
さらにザックレーから続いた言葉に驚いたのは、今度は俺だけではなかった。
エルド達も、まさか自分達にまで話が及ぶとは思わず、とても驚いてお互いの顔を見合わせていた。
「…俺にとっちゃ、願ったり叶ったりだが、話が読めねぇ。
いきなりやって来たかと思ったら、意味の分からねぇことを言い出して、どういうことだ。」
「それはこっちのセリフだ。」
「あ?」
「いきなりやって来たかと思ったら、寝てるところを叩き起こされて、
魔法がどうのとわけのわからないことを喚き散らしよって。」
「…魔法?おい、ジジイ、ついに頭でも打ったのか?
何の話をしてんだ?」
「お前の飼い犬の話じゃああああああああッ!!」
いきなりザックレーが怒鳴った。
睡眠を邪魔されたことを根に持っていたのか、相当ブチ切れていたようだ。
声の限りに叫んだそれは、研究施設を揺らし、俺達の前髪が後ろに靡くほど驚いた。
「…犬?」
「ったく、私の可愛い孫まで手玉にとりよって…っ。」
ザックレーは悔し気に顔を歪めた。
俺は、ただ信じられなくて、呆然としていた。
魔法と飼い犬という言葉で出てくる人物なんて、一人しか心当たりがなかったのだ。
でも、どうしてー。
信じられなかった。
「…アイツが来たのか。」
「あぁ、朝早くにやって来よった。うちのクソガキ…、ゴッホン、いや、
可愛い孫達に気に入られることが出来れば話を聞いてやると言えば、
ものの5分で陥落させやがった。アレはなんだ?本当に魔法でも使ったのか?」
「…そうかもしれねぇな。」
名前ならやりかねないと思ってしまったからこそ、俺からは思わず苦笑いが漏れた。
ザックレーは、そんな魔法があるのなら使いたいとしきりにブツブツと繰り返した。
「お前のとこに帰るとか言うから、俺が抱きしめて捕まえたんだ。」
「腰にギューッてな!名前は俺達が抱いてやったんだぜ!!」
10歳と7歳のクソガキが、生意気にませたことを自慢気に言い出した。
今朝、腰が痛いとため息を吐いていた名前を思い出した。
「腰が痛くなるまでアイツを帰さなかったのは、お前らか。」
「あぁ、そうだぜ!」
「名前は俺達と一緒にいたんだ!お前じゃなくてな!!」
クソガキ共は、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「心配するな。ませたことは言うが、ひたすら抱っこして遊んでもらっただけだ。
母親が仕事でほとんど家にいないから、甘えたかったんだろうな。
だから、本当に抱いてはいない。さすがに、コイツらもそういうことは知らん。」
「そんなクソみたいな心配してねぇよ。」
「そうか、ならよかった。それで、どうする?」
「この研究施設も、コイツ等の頭脳も、好きに使っていいなら有難い。」
「よし、分かった。だが、悪いな。条件がある。」
ザックレーが嫌な笑みを浮かべた。
両脚の後ろに隠れて俺達を馬鹿にしたように見ているクソガキ共とそっくりの嫌な笑みだ。
どうやら、孫は祖父に似てしまったらしい。
「…なんだ。」
「うちに戻ってこい。」
「…!」
驚き目を見開く俺に、ザックレーはもう一度、同じことを言った。
今度は、ただ真剣に、とても真面目に、真っすぐに俺を見た。
無意識に、両手がゆっくりと握られて、痛いくらいの拳に変わった。
「…勝手に辞めて、勝手に戻ってくるなんて出来ねぇよ。」
本心を見抜かれたくなくて、俺は目を反らした。
もう何も考えたくなくて全てから逃げるようにこの研究施設を辞めて出て行こうとした俺を、ザックレーも、辞めるなと止めてくれた。
それでも俺は、立ち止まらなかった。
そんな俺に、ザックレーは、もう二度と研究員として雇うことはしないと、そう言ったはずだ。
「この条件をのめないなら、この研究施設への立ち入りを今後一切、禁止する。」
「な…ッ!?」
「さぁ、どうする?私はどちらでも構わないぞ。
元からいない研究員が今後もいないだけだ、私は何も困らない。
君の母親のことは可哀想だとは思うが、病というのはそういうものだ。」
「…いいのか…?
俺にもう一度、チャンスをくれるのか。」
「母親を必ず救うこと、そして、君がもう二度と
自分の人生を誰かのために投げ出さないと、
そう誓うのなら、最後のチャンスをやる。」
「…あぁ、誓う。俺はもう二度と、誰かに何も奪わせたりしねぇ。」
「よし、決まりだ。今日からリヴァイはうちの研究員だ。
ハンジには今朝のうちに連絡を入れておいたが、
一応、お前からも伝えておくといい。」
ザックレーはそう言うと、エルド達から歓声が上がった。
よかった、よかった、と汚い涙顔でオルオが抱き着いて来れば、ペトラ達も泣きそうな顔で俺を抱きしめた。
俺は本当に、仲間の元に戻ったらしかった。
また、薬の開発を仕事として続けることが出来るようになるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
泣きたいくらいに嬉しいのは、俺の方だった。
そんな俺達を見てフッと笑ったザックレーは、研究所で遊びたいと騒ぎ出したクソガキ共の首根っこを掴んで背を向けた。
だが、フロアを出ようとしたところで振り返って、部下にもみくちゃにされている俺を見ると、口を開いた。
「すべてがあの小娘のシナリオ通りに進むのは悔しい。そして、私は口が軽い。」
「なんだ。」
「君をもう一度、この研究施設に戻してほしいと願ったのは彼女だ。」
「…アイツが?」
「君の天職だと言っていた。私も…そう思う。」
「…そうか。アイツが…。」
呟きながら、顔を伏せたのは、緩む頬を隠したかったからだ。
やっぱり、名前は俺の味方だった。
分かってくれていた。
そう思って、嬉しかった。
ただ素直に、嬉しかったのだ。
「君の飼っている子犬は、なかなかの曲者だ。
飼い犬に手を噛まれないよう、気をつけることだ。
あまり…本気にならない方がいい。私からの忠告だ。」
緩む頬を見抜いたザックレーからの忠告が、耳をすり抜けてしまうくらい、俺は舞い上がっていた。
このとき、その言葉の意味を深く考えていれば何か違っていたのかもしれないと、今でも時々思う。
でも、耳をすり抜けたザックレーの忠告を俺が思い出すのは、残念ながら、手遅れになってからだった。
忠告が耳に入っていない間抜けな俺に首をすくめたザックレーは、クソガキの首根っこを引っ張って、今度こそフロアを出て行った。
「なぁ!おれが名前と結婚したい!!結婚できるように言ってくれよ!」
「ズルい、兄ちゃん!!名前と結婚するのはおれだ!!」
「どっちもダメだ。名前とは結婚できない。」
「いつもなんでも、いいよって言ってくれるじゃんか!!」
「なんでだよーーッ!」
「どうしてもだ。それだけは、絶対にできない。
-可哀想にな。」
廊下の向こうから、クソガキ共の騒がしい声がいつまでも響いていた。
君の手のひらの上があまりに心地よくて
堕ちた現実の上は、まるで地獄だ
リヴァイさんのお母さんが入院するのは、世界屈指の名医と最新技術が集結した、この国でも1,2を争う大病院だった。
庭園もとても広く、手入れが行き届いていて、綺麗な花や植物が、散歩中の患者やその家族の心を優しく癒そうとしているようだった。
私も、痛む腰を擦りながらベンチに座って、空を見上げた。
青い空はとても澄んでいて、こんな風に淀みなくリヴァイさんを想うことが出来たらよかったのに、と気分が沈んだ。
「魔法の調子はどうじゃ?」
聞き覚えのある嗄れ声に引き寄せられて、空を見上げていた視線を降ろした。
この大病院のピクシス院長は、相変わらず、スキンヘッドを神々しく輝かせ、白衣のポケットからはウイスキーを覗かせていた。
「とてもいい感じですよ。」
「そうかい、そりゃよかったわい。」
時の流れの中でたくさんの皴を刻んできた味わいのある顔を、もっと皺くちゃにして、ピクシス院長が優しく微笑んだ。
そして、隣に腰を降ろしながら、言った。
「ザックレーが、散々な目にあったと愚痴っておったが、心当たりはあるかの?」
「さぁ?どうしちゃったんでしょう?」
とぼける私に、ピクシス院長は声を上げて笑った。
それから、リヴァイさんのお母さんのところへ行ったのかと訊かれたので、もう少ししてから行くつもりだと答えた。
「お主の話はいろんなところから聞こえてくる。
みんな、心配しとったぞ。…本当に、後悔はないのかの?」
「私は今、とても幸せですよ。
それに、もしも、後悔したとしてどうなるんです?」
「それは、どういう意味じゃ?」
「後悔だって、魔法が解けたときに、一緒に消えちゃうってことですよ。」
言い切った私に、ピクシス院長は開きかけた口を閉じた。
そして、数秒の沈黙の後、ゆっくりと空を見上げた。
「どうやらお主は、ひどく厄介な魔法にかかってしまったようじゃの。」
「いいえ、世界一素敵な魔法ですよ。」
嘘吐きな強がりとも本気ともとれる私の空笑いを、青く澄んだ綺麗な空が虚しく見下ろしていた。
昨夜は突然帰ったことを謝ったが、むしろ、休んでくれてよかったと安心された。
どうやら俺は、エルド達にも心配をかけていたようだった。
そして、研究を再開しようとしたところへ、この研究施設を管理している製薬会社の社長であるザックレーがやって来た。
基本的に社員の前に顔を出すことはほとんどなく、会ったことがあるのなんて幹部くらいしかいない大物だ。
俺も昔、製薬会社で働いているときに時々、顔を合わすことがあったくらいだった。
母の治療薬を作るためにこの研究施設を使いたいと頼むのだって、ザックレーと旧知の仲であるエルヴィンを介してお願いしてもらったのだ。
しかも、寝汚いことで有名で、休日なんてほとんど1日中寝ていると聞いたことがある。
それが、突然、休日の研究施設のフロアにやって来たから、俺達はとても驚いた。
しかも、なぜか孫まで引き連れていた。確か、10歳と7歳だったはずだ。
「なぁ、お前がリヴァイかよ?」
「おっさんじゃん!」
クソガキ共は、俺の顔を見上げるなり、悪態を吐きだした。
金持ちを鼻にかけたような嫌な性格の上、我儘で乱暴で、ベビーシッターが数分で逃げ出すくらいのクソガキだと聞いたことがある。
孫を溺愛しているザックレーさえ手を焼いているという噂通りのクソガキだ。
ギロリと睨みつけてやれば、馬鹿にしたみたいな嫌な笑い顔で悲鳴を上げて、ザックレーの後ろに隠れた。
「回りくどい話は得意じゃない。単刀直入に訊こう。
この研究施設に泊まり込みで、母親の治療薬の研究を続けたいか。」
「…!」
早速、本題に入ったらしいザックレーからの言葉に、俺は驚いた。
だってそれは、俺が本当に望んだことだった。
本当は家に帰る時間だって惜しかった。
この研究施設には、研究員のための宿泊施設も併設してある。
そこで寝泊まりをしながら、母の治療薬を作りたいというのが、最初にザックレーに頼んだ願いだったのだ。
だが、既にこの製薬会社の研究員ではない俺を研究施設で研究させるだけでも、実際は違反行為なのに、それ以上は無理だと断れたという経緯があった。
だからこそ余計に、俺は驚いた。
「もしも、そこにいるうちの優秀な研究員達も専属で欲しいのなら
薬が出来るまで好きに使わせてやってもいい。」
さらにザックレーから続いた言葉に驚いたのは、今度は俺だけではなかった。
エルド達も、まさか自分達にまで話が及ぶとは思わず、とても驚いてお互いの顔を見合わせていた。
「…俺にとっちゃ、願ったり叶ったりだが、話が読めねぇ。
いきなりやって来たかと思ったら、意味の分からねぇことを言い出して、どういうことだ。」
「それはこっちのセリフだ。」
「あ?」
「いきなりやって来たかと思ったら、寝てるところを叩き起こされて、
魔法がどうのとわけのわからないことを喚き散らしよって。」
「…魔法?おい、ジジイ、ついに頭でも打ったのか?
何の話をしてんだ?」
「お前の飼い犬の話じゃああああああああッ!!」
いきなりザックレーが怒鳴った。
睡眠を邪魔されたことを根に持っていたのか、相当ブチ切れていたようだ。
声の限りに叫んだそれは、研究施設を揺らし、俺達の前髪が後ろに靡くほど驚いた。
「…犬?」
「ったく、私の可愛い孫まで手玉にとりよって…っ。」
ザックレーは悔し気に顔を歪めた。
俺は、ただ信じられなくて、呆然としていた。
魔法と飼い犬という言葉で出てくる人物なんて、一人しか心当たりがなかったのだ。
でも、どうしてー。
信じられなかった。
「…アイツが来たのか。」
「あぁ、朝早くにやって来よった。うちのクソガキ…、ゴッホン、いや、
可愛い孫達に気に入られることが出来れば話を聞いてやると言えば、
ものの5分で陥落させやがった。アレはなんだ?本当に魔法でも使ったのか?」
「…そうかもしれねぇな。」
名前ならやりかねないと思ってしまったからこそ、俺からは思わず苦笑いが漏れた。
ザックレーは、そんな魔法があるのなら使いたいとしきりにブツブツと繰り返した。
「お前のとこに帰るとか言うから、俺が抱きしめて捕まえたんだ。」
「腰にギューッてな!名前は俺達が抱いてやったんだぜ!!」
10歳と7歳のクソガキが、生意気にませたことを自慢気に言い出した。
今朝、腰が痛いとため息を吐いていた名前を思い出した。
「腰が痛くなるまでアイツを帰さなかったのは、お前らか。」
「あぁ、そうだぜ!」
「名前は俺達と一緒にいたんだ!お前じゃなくてな!!」
クソガキ共は、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「心配するな。ませたことは言うが、ひたすら抱っこして遊んでもらっただけだ。
母親が仕事でほとんど家にいないから、甘えたかったんだろうな。
だから、本当に抱いてはいない。さすがに、コイツらもそういうことは知らん。」
「そんなクソみたいな心配してねぇよ。」
「そうか、ならよかった。それで、どうする?」
「この研究施設も、コイツ等の頭脳も、好きに使っていいなら有難い。」
「よし、分かった。だが、悪いな。条件がある。」
ザックレーが嫌な笑みを浮かべた。
両脚の後ろに隠れて俺達を馬鹿にしたように見ているクソガキ共とそっくりの嫌な笑みだ。
どうやら、孫は祖父に似てしまったらしい。
「…なんだ。」
「うちに戻ってこい。」
「…!」
驚き目を見開く俺に、ザックレーはもう一度、同じことを言った。
今度は、ただ真剣に、とても真面目に、真っすぐに俺を見た。
無意識に、両手がゆっくりと握られて、痛いくらいの拳に変わった。
「…勝手に辞めて、勝手に戻ってくるなんて出来ねぇよ。」
本心を見抜かれたくなくて、俺は目を反らした。
もう何も考えたくなくて全てから逃げるようにこの研究施設を辞めて出て行こうとした俺を、ザックレーも、辞めるなと止めてくれた。
それでも俺は、立ち止まらなかった。
そんな俺に、ザックレーは、もう二度と研究員として雇うことはしないと、そう言ったはずだ。
「この条件をのめないなら、この研究施設への立ち入りを今後一切、禁止する。」
「な…ッ!?」
「さぁ、どうする?私はどちらでも構わないぞ。
元からいない研究員が今後もいないだけだ、私は何も困らない。
君の母親のことは可哀想だとは思うが、病というのはそういうものだ。」
「…いいのか…?
俺にもう一度、チャンスをくれるのか。」
「母親を必ず救うこと、そして、君がもう二度と
自分の人生を誰かのために投げ出さないと、
そう誓うのなら、最後のチャンスをやる。」
「…あぁ、誓う。俺はもう二度と、誰かに何も奪わせたりしねぇ。」
「よし、決まりだ。今日からリヴァイはうちの研究員だ。
ハンジには今朝のうちに連絡を入れておいたが、
一応、お前からも伝えておくといい。」
ザックレーはそう言うと、エルド達から歓声が上がった。
よかった、よかった、と汚い涙顔でオルオが抱き着いて来れば、ペトラ達も泣きそうな顔で俺を抱きしめた。
俺は本当に、仲間の元に戻ったらしかった。
また、薬の開発を仕事として続けることが出来るようになるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
泣きたいくらいに嬉しいのは、俺の方だった。
そんな俺達を見てフッと笑ったザックレーは、研究所で遊びたいと騒ぎ出したクソガキ共の首根っこを掴んで背を向けた。
だが、フロアを出ようとしたところで振り返って、部下にもみくちゃにされている俺を見ると、口を開いた。
「すべてがあの小娘のシナリオ通りに進むのは悔しい。そして、私は口が軽い。」
「なんだ。」
「君をもう一度、この研究施設に戻してほしいと願ったのは彼女だ。」
「…アイツが?」
「君の天職だと言っていた。私も…そう思う。」
「…そうか。アイツが…。」
呟きながら、顔を伏せたのは、緩む頬を隠したかったからだ。
やっぱり、名前は俺の味方だった。
分かってくれていた。
そう思って、嬉しかった。
ただ素直に、嬉しかったのだ。
「君の飼っている子犬は、なかなかの曲者だ。
飼い犬に手を噛まれないよう、気をつけることだ。
あまり…本気にならない方がいい。私からの忠告だ。」
緩む頬を見抜いたザックレーからの忠告が、耳をすり抜けてしまうくらい、俺は舞い上がっていた。
このとき、その言葉の意味を深く考えていれば何か違っていたのかもしれないと、今でも時々思う。
でも、耳をすり抜けたザックレーの忠告を俺が思い出すのは、残念ながら、手遅れになってからだった。
忠告が耳に入っていない間抜けな俺に首をすくめたザックレーは、クソガキの首根っこを引っ張って、今度こそフロアを出て行った。
「なぁ!おれが名前と結婚したい!!結婚できるように言ってくれよ!」
「ズルい、兄ちゃん!!名前と結婚するのはおれだ!!」
「どっちもダメだ。名前とは結婚できない。」
「いつもなんでも、いいよって言ってくれるじゃんか!!」
「なんでだよーーッ!」
「どうしてもだ。それだけは、絶対にできない。
-可哀想にな。」
廊下の向こうから、クソガキ共の騒がしい声がいつまでも響いていた。
君の手のひらの上があまりに心地よくて
堕ちた現実の上は、まるで地獄だ
リヴァイさんのお母さんが入院するのは、世界屈指の名医と最新技術が集結した、この国でも1,2を争う大病院だった。
庭園もとても広く、手入れが行き届いていて、綺麗な花や植物が、散歩中の患者やその家族の心を優しく癒そうとしているようだった。
私も、痛む腰を擦りながらベンチに座って、空を見上げた。
青い空はとても澄んでいて、こんな風に淀みなくリヴァイさんを想うことが出来たらよかったのに、と気分が沈んだ。
「魔法の調子はどうじゃ?」
聞き覚えのある嗄れ声に引き寄せられて、空を見上げていた視線を降ろした。
この大病院のピクシス院長は、相変わらず、スキンヘッドを神々しく輝かせ、白衣のポケットからはウイスキーを覗かせていた。
「とてもいい感じですよ。」
「そうかい、そりゃよかったわい。」
時の流れの中でたくさんの皴を刻んできた味わいのある顔を、もっと皺くちゃにして、ピクシス院長が優しく微笑んだ。
そして、隣に腰を降ろしながら、言った。
「ザックレーが、散々な目にあったと愚痴っておったが、心当たりはあるかの?」
「さぁ?どうしちゃったんでしょう?」
とぼける私に、ピクシス院長は声を上げて笑った。
それから、リヴァイさんのお母さんのところへ行ったのかと訊かれたので、もう少ししてから行くつもりだと答えた。
「お主の話はいろんなところから聞こえてくる。
みんな、心配しとったぞ。…本当に、後悔はないのかの?」
「私は今、とても幸せですよ。
それに、もしも、後悔したとしてどうなるんです?」
「それは、どういう意味じゃ?」
「後悔だって、魔法が解けたときに、一緒に消えちゃうってことですよ。」
言い切った私に、ピクシス院長は開きかけた口を閉じた。
そして、数秒の沈黙の後、ゆっくりと空を見上げた。
「どうやらお主は、ひどく厄介な魔法にかかってしまったようじゃの。」
「いいえ、世界一素敵な魔法ですよ。」
嘘吐きな強がりとも本気ともとれる私の空笑いを、青く澄んだ綺麗な空が虚しく見下ろしていた。