◇14ページ◇我儘じゃなかったんだ
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1人暮らしの生活が戻って3日が経っていた。
快適かと言われたら、そんなものを感じている暇もないくらいに忙しくしていた。
食欲すらないから、昼間にパンを齧る程度で、朝と夜は食事を抜いている。
だから、自炊もしていない。
家には本当に、風呂に入って仮眠をするためだけに帰っているような状態だった。
それでも、洗濯物は出るし、部屋は汚れていく。
でも、掃除をする時間も体力もない。
ハンジが見れば、綺麗な部屋だと太鼓判を押すだろうが、俺にとって最低に気持ちの悪い部屋に成り果てようとしていた。
俺は人生で初めて、汚部屋の住人になりそうだったのだ。
(名前がいれば、綺麗なままだったんだろうがな。)
ふ、とそんなことを思ってしまった自分に驚いて、俺は小さく首を横に振った。
「雨、凄いですね。隣町は避難勧告出たらしいですよ。」
夜の10時過ぎ、俺は研究施設で治療薬の研究をしていた。
最近、なかなか結果が出ないことを心配して、ここ数日はエルド達も一緒に遅くまで残って、知恵や手を貸してくれている。
ペトラに話しかけられて、俺はパソコンで過去のデータの確認していた手を止めた。
窓の外を見てみれば、確かに雨が降っていた。
朝は晴れていたし、研究に集中しすぎていて、全く気付かなかった。
だが、気づいてしまえば、雨の音がひどく煩い。
俺と一緒にデータの確認をしていたエルドも、窓の外を見て口を開いた。
「これじゃ、どっちにしろ雨が落ち着くまでは帰れそうにありませんね。」
「そうだな。」
俺はマウスの上に手を乗せると、パソコン画面に視線を戻した。
エルドも小さく息を吐いた後、同じようにデータの確認作業に戻った。
「明日は休みだし、このまま今日は泊まりがけで頑張りますか。」
「…悪いな。付き合わせて。」
「気にしないでください。リヴァイさんにはお世話になったのに
何も恩返し出来ないままだったんで。これくらいさせてください。
必ず、お母さんを救いましょう。」
「あぁ、ありがとうな。」
「リヴァイさんに礼を言われるなんて、なんか照れますね。」
エルドは少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうに鼻を掻いた。
俺がまだこの研究施設で働いていた頃、エルド達は新人と呼ばれる研究員だった。
それでも、その頃から彼らは他の研究員達よりも頭脳も発想も抜きん出ていた。
今ではこの研究施設のエースとなっている彼らが、一緒に知恵を絞ってくれるのは、有難い上にとても心強くもあった。
「そう言えば、エルド。恋人には連絡は入れたのか?」
「あぁ、忘れてた。」
グンタに言われて、エルドは白衣のポケットからスマホを取り出した。
そして、LINEを開いてメッセージを打ち込み始める。
それをぼんやりと見ていた俺に何かを思ったのか、グンタが、エルドが最近になって恋人と同棲を始めたのだと教えてくれた。
同棲というワードで、あの頃の俺を思い出したから、余計に不思議で仕方がなかった。
だって、LINEでメッセージを送っているエルドの横顔は、とても幸せそうだったのだ。
残業になるときは、俺も今のエルドと同じようにメッセージを送ったりしていたけれど、ただ事務的に連絡事項を伝えるだけだった。
それが幸せという感情に繋がる理由が、俺にはどうしても分からなかった。
「幸せそうだな。」
思わず零れてしまったそれを、メッセージを送り終えたエルドに拾われてしまった。
照れ臭そうに俺を見たエルドは、やっぱり、とても幸せそうで、どうしても理解できなかった。
「忙しい俺を支えたいからって同棲がしたいって言われたんですよ。
家のこともしてくれるし、何より、帰ったら彼女がいるっていうのはいいもんですね。
疲れも吹っ飛ぶって言うか。」
頭を掻きながら、エルドが惚気る。
幸せそうなエルドに、オルオが口を尖らせて妬み節を炸裂させているのを、俺はぼんやりと眺めていた。
支えたいから同棲したいー。
その意味が、分からなかったのだ。
そもそも、支えるとは何だろう。
自分のことは、自分でするものではないのか。
それに、帰った家に他人がいるのは、疲れる。
それが恋人なら尚更で、相手をしなければならないと思うと、帰ってからも仕事が続くような疲れだったのを覚えてる。
帰りが遅ければ、不機嫌に文句まで言われるから、恋人との同棲なんてもう二度としたくない。
「…帰りも遅くて、朝も早いお前に、仕事に行くなとは言わないのか。」
不意にこぼれてしまった。
それは、妬みでも、アンや名前に対する恨みでも何でもなくて、ただ純粋な疑問だった。
でも、俺が研究施設を離れた理由に気づいていただろうエルド達は、ひどく気まずそうな顔をした。
「えっと…。」
「てめぇが余計な惚気を話すから、リヴァイさんの古傷が疼いたじゃねぇーか。」
「それが一番傷つくよ、オルオ。」
「そうだな。それが一番、傷に響くぞ、ペトラ。」
勝手な慰めを言い出したオルオ達を無視して、俺はもう一度、エルドに訊ねた。
どうしても、気になった。
困った顔をしたエルドだったが、申し訳なさそうに口を開いた。
「一度だけ、休んでくれと言われたことがあります。」
「あぁ…、そうか。悪い、嫌なことを思い出させたな。」
今度は、俺の方が申し訳ない気持ちになった。
可哀想なエルドの方を見ていられなくて、俺はパソコン画面に視線を戻した。
やっぱりそうか、みんな同じかー、そう思った。
「いいえ、嫌なことじゃないですよ。」
「…あ?」
意外な返事に、思わず顔を上げれば、エルドが照れ臭そうにしていた。
それは、さっき、スマホ画面の文字を頬を緩ませながら見ていたときの表情と全く同じだった。
「その頃、自分では気づいてなかったけど、朝から晩まで仕事漬けで倒れる寸前だったんです。
それで、俺のこと心配して、絶対に仕事には行かせないって無理やり休まされたんですよ。
そのおかげで、俺は今もこうして仕事を続けられてると思ってます。」
「…心配して?」
「はい、このままじゃあなたは倒れて死んでしまうって泣かれてしまって、
そんなこと言わせるくらい、俺は追い詰められてたんだなって
そこで漸く気づいたんです。今は、抜けるところは抜きながらうまく仕事してるつもりです。」
それも彼女のお陰だー。
エルドは最後にそう付け足して、照れ臭そうに頬を掻いた。
ガツンと、頭を殴られたようだった。
そして、その瞬間に、仕事に行こうとした俺を必死に引き留めようとした名前の表情や声が、鮮やかに蘇ったのだ。
『睨まれても…、私は今日は負けませんよ…っ。
絶対に、リヴァイさんを家から出しません。
今日はちゃんと寝てもらいますからっ。』
『絶対に仕事を休んでもらいます…!!
リヴァイさん、ちゃんと食事だってとってないでしょう?
今日は私もバイトを休んで、食事もちゃんと用意しますから。』
『…話を逸らさないでください。お願いです。仕事に行かないで。
これ以上、無理をしたら、死んじゃいます…っ。』
『休んで欲しいんです…。今日、1日だけでも、いいです…。
身体と心を休ませてあげて…っ。』
強い眼差しで、泣きそうな顔で、名前は俺にそう言っていた。
名前は本当に我儘を言っていたのかと訊ねたハンジの声も聞こえてくる。
でも、蘇ってくる名前の声はどれも、俺の心配をしていただけだった。
あのときは確かに、我儘で自分勝手で、俺の都合なんて何も考えていない煩わしい声に聞こえてはずだったのにー。
「アイツは…、俺のために…?」
震えた俺の声は、煩い雨の音にかき消された。
頭が痛くなって、額に手をやった。伸びて長くなった前髪を握りしめた。
ずっと隠し続けていた罪が暴かれる直前のように、心臓が普段よりも速く鼓動していて、痛いー。
『それでも、私は…っ、リヴァイさんを仕事には行かせません…!
大切なお仕事なのは、分かるけど、でも…っ。お仕事の都合より、
リヴァイさんの身体の方が大切だかー。』
名前の涙声が頭の中に響いて、ドクンと大きく心臓が波打った。
何を思い出しても、名前が我儘を言ったセリフなんてない。
仕事よりも俺の身体が大切だと言おうとした名前の声が途中で途切れたのは、俺が最低な言葉を投げつけたからだ。
俺の敵だと、名前を信じた俺がー。
間違ったのは、俺だったー。
そのとき、激しい雷鳴が響いて、研究施設のフロアがフラッシュを浴びたような眩しい光に包まれた。
「ギャァァァァァァアッ!!」
つんざくような悲鳴を上げて、両耳を押さえて、しゃがみ込んだのはオルオだった。
その隣で、ペトラが呆れた様にため息を吐いた。
「もういい加減にしてよ。いつまで雷を怖がってるの?」
「あぁ、そういえば、ペトラとオルオは幼馴染だったな。」
グンタが言うと、ペトラは大きくため息を吐いた。
「そうなんですよ。子供の頃から雷を怖がって、よくクローゼットの中に隠れてー。」
「言うな!!言うなよ、ペトラ!!俺の威厳に関わる!!」
いつの間にかデスクの下に潜り込んだオルオが、怒鳴った。
そんなオルオに、ペトラ達は呆れた様に、威厳など元からないとかなんとか言っていたけれど、俺にはよく聞こえなかった。
何度も何度も聞こえてくる雷の音が煩かったからだ。
クローゼットの中でシーツに包まれて怯えていた名前の姿が脳裏にチラつく。
『1人暮らししてた家も、この家に引っ越すために引き払っちゃったし、
私、帰るところないです。』
ふ、とそんなことを言っていた名前を思い出した。
そういえば、俺の家を追い出された名前はどこへ行ったのだろう。
もしかして、この激しい大雨の中、大嫌いな雷の空の下、名前は独りきりで怯えているのだろうか。
クローゼットも何もない場所で、雷に自分を消されてしまうかもしれないなんてバカみたいな恐怖に震えてー。
「おい、オルオ。」
俺が声をかけると、机の下に隠れて雷に怯えていたオルオがビクリと震えた。
「あ~ぁ、リヴァイさんも呆れて怒ってるよ。」
「オルオ、今ならまだ間に合う。謝れ。そして、机の下から出て来い。」
「リヴァイさん、コイツのこれはもう愛嬌だと受け取るしか…。」
隠れている机に向かう俺に、オルオはガタガタと震えていた。
余程、雷が怖いらしい。
名前と同じだ。でも、名前は今、独りなのかもしれない。
だから、俺達がそばにいるオルオとは違うー。
机の下に隠れているオルオと視線が合うように、俺は膝を曲げてしゃがんだ。
「ご…、ごごごごごごめんなさー。」
「お前、車通勤だったな。」
「・・・・へ?」
「車のキー出せ。」
「あ…、あの…?どうしてー。」
「いいから出せ。今すぐ出せ。」
「えっと…、意味が分からねぇって言うか…。
もし、運転して帰るつもりなら、外も雨激しいし、今日はここに泊った方が安ぜー。」
「急ぎやがれ!!アイツが雷に消されちまうかもしれねぇーだろうがッ!!!
削がれてぇのかッ!?」
「はぃぃぃぃぃいいいいいッ!!!」
声を上ずらせて返事をしたオルオは、慌ただしく机の下から這い出すと、ロッカールームへと走った。
そして、すぐに戻ってきたオルオから車の鍵を受け取って、今度は俺が走って研究室から飛び出した。
「ゼェ…、殺されるかと…ゼェ、ハァ…ッ、思った…。」
「…何が、起きたの…?」
「アイツって、誰だ?」
「雷に消されるって言ってたな。」
俺が飛び出した研究施設で、エルド達は何が起こったのか分からずしきりに首を傾げ続けていたらしい。
快適かと言われたら、そんなものを感じている暇もないくらいに忙しくしていた。
食欲すらないから、昼間にパンを齧る程度で、朝と夜は食事を抜いている。
だから、自炊もしていない。
家には本当に、風呂に入って仮眠をするためだけに帰っているような状態だった。
それでも、洗濯物は出るし、部屋は汚れていく。
でも、掃除をする時間も体力もない。
ハンジが見れば、綺麗な部屋だと太鼓判を押すだろうが、俺にとって最低に気持ちの悪い部屋に成り果てようとしていた。
俺は人生で初めて、汚部屋の住人になりそうだったのだ。
(名前がいれば、綺麗なままだったんだろうがな。)
ふ、とそんなことを思ってしまった自分に驚いて、俺は小さく首を横に振った。
「雨、凄いですね。隣町は避難勧告出たらしいですよ。」
夜の10時過ぎ、俺は研究施設で治療薬の研究をしていた。
最近、なかなか結果が出ないことを心配して、ここ数日はエルド達も一緒に遅くまで残って、知恵や手を貸してくれている。
ペトラに話しかけられて、俺はパソコンで過去のデータの確認していた手を止めた。
窓の外を見てみれば、確かに雨が降っていた。
朝は晴れていたし、研究に集中しすぎていて、全く気付かなかった。
だが、気づいてしまえば、雨の音がひどく煩い。
俺と一緒にデータの確認をしていたエルドも、窓の外を見て口を開いた。
「これじゃ、どっちにしろ雨が落ち着くまでは帰れそうにありませんね。」
「そうだな。」
俺はマウスの上に手を乗せると、パソコン画面に視線を戻した。
エルドも小さく息を吐いた後、同じようにデータの確認作業に戻った。
「明日は休みだし、このまま今日は泊まりがけで頑張りますか。」
「…悪いな。付き合わせて。」
「気にしないでください。リヴァイさんにはお世話になったのに
何も恩返し出来ないままだったんで。これくらいさせてください。
必ず、お母さんを救いましょう。」
「あぁ、ありがとうな。」
「リヴァイさんに礼を言われるなんて、なんか照れますね。」
エルドは少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうに鼻を掻いた。
俺がまだこの研究施設で働いていた頃、エルド達は新人と呼ばれる研究員だった。
それでも、その頃から彼らは他の研究員達よりも頭脳も発想も抜きん出ていた。
今ではこの研究施設のエースとなっている彼らが、一緒に知恵を絞ってくれるのは、有難い上にとても心強くもあった。
「そう言えば、エルド。恋人には連絡は入れたのか?」
「あぁ、忘れてた。」
グンタに言われて、エルドは白衣のポケットからスマホを取り出した。
そして、LINEを開いてメッセージを打ち込み始める。
それをぼんやりと見ていた俺に何かを思ったのか、グンタが、エルドが最近になって恋人と同棲を始めたのだと教えてくれた。
同棲というワードで、あの頃の俺を思い出したから、余計に不思議で仕方がなかった。
だって、LINEでメッセージを送っているエルドの横顔は、とても幸せそうだったのだ。
残業になるときは、俺も今のエルドと同じようにメッセージを送ったりしていたけれど、ただ事務的に連絡事項を伝えるだけだった。
それが幸せという感情に繋がる理由が、俺にはどうしても分からなかった。
「幸せそうだな。」
思わず零れてしまったそれを、メッセージを送り終えたエルドに拾われてしまった。
照れ臭そうに俺を見たエルドは、やっぱり、とても幸せそうで、どうしても理解できなかった。
「忙しい俺を支えたいからって同棲がしたいって言われたんですよ。
家のこともしてくれるし、何より、帰ったら彼女がいるっていうのはいいもんですね。
疲れも吹っ飛ぶって言うか。」
頭を掻きながら、エルドが惚気る。
幸せそうなエルドに、オルオが口を尖らせて妬み節を炸裂させているのを、俺はぼんやりと眺めていた。
支えたいから同棲したいー。
その意味が、分からなかったのだ。
そもそも、支えるとは何だろう。
自分のことは、自分でするものではないのか。
それに、帰った家に他人がいるのは、疲れる。
それが恋人なら尚更で、相手をしなければならないと思うと、帰ってからも仕事が続くような疲れだったのを覚えてる。
帰りが遅ければ、不機嫌に文句まで言われるから、恋人との同棲なんてもう二度としたくない。
「…帰りも遅くて、朝も早いお前に、仕事に行くなとは言わないのか。」
不意にこぼれてしまった。
それは、妬みでも、アンや名前に対する恨みでも何でもなくて、ただ純粋な疑問だった。
でも、俺が研究施設を離れた理由に気づいていただろうエルド達は、ひどく気まずそうな顔をした。
「えっと…。」
「てめぇが余計な惚気を話すから、リヴァイさんの古傷が疼いたじゃねぇーか。」
「それが一番傷つくよ、オルオ。」
「そうだな。それが一番、傷に響くぞ、ペトラ。」
勝手な慰めを言い出したオルオ達を無視して、俺はもう一度、エルドに訊ねた。
どうしても、気になった。
困った顔をしたエルドだったが、申し訳なさそうに口を開いた。
「一度だけ、休んでくれと言われたことがあります。」
「あぁ…、そうか。悪い、嫌なことを思い出させたな。」
今度は、俺の方が申し訳ない気持ちになった。
可哀想なエルドの方を見ていられなくて、俺はパソコン画面に視線を戻した。
やっぱりそうか、みんな同じかー、そう思った。
「いいえ、嫌なことじゃないですよ。」
「…あ?」
意外な返事に、思わず顔を上げれば、エルドが照れ臭そうにしていた。
それは、さっき、スマホ画面の文字を頬を緩ませながら見ていたときの表情と全く同じだった。
「その頃、自分では気づいてなかったけど、朝から晩まで仕事漬けで倒れる寸前だったんです。
それで、俺のこと心配して、絶対に仕事には行かせないって無理やり休まされたんですよ。
そのおかげで、俺は今もこうして仕事を続けられてると思ってます。」
「…心配して?」
「はい、このままじゃあなたは倒れて死んでしまうって泣かれてしまって、
そんなこと言わせるくらい、俺は追い詰められてたんだなって
そこで漸く気づいたんです。今は、抜けるところは抜きながらうまく仕事してるつもりです。」
それも彼女のお陰だー。
エルドは最後にそう付け足して、照れ臭そうに頬を掻いた。
ガツンと、頭を殴られたようだった。
そして、その瞬間に、仕事に行こうとした俺を必死に引き留めようとした名前の表情や声が、鮮やかに蘇ったのだ。
『睨まれても…、私は今日は負けませんよ…っ。
絶対に、リヴァイさんを家から出しません。
今日はちゃんと寝てもらいますからっ。』
『絶対に仕事を休んでもらいます…!!
リヴァイさん、ちゃんと食事だってとってないでしょう?
今日は私もバイトを休んで、食事もちゃんと用意しますから。』
『…話を逸らさないでください。お願いです。仕事に行かないで。
これ以上、無理をしたら、死んじゃいます…っ。』
『休んで欲しいんです…。今日、1日だけでも、いいです…。
身体と心を休ませてあげて…っ。』
強い眼差しで、泣きそうな顔で、名前は俺にそう言っていた。
名前は本当に我儘を言っていたのかと訊ねたハンジの声も聞こえてくる。
でも、蘇ってくる名前の声はどれも、俺の心配をしていただけだった。
あのときは確かに、我儘で自分勝手で、俺の都合なんて何も考えていない煩わしい声に聞こえてはずだったのにー。
「アイツは…、俺のために…?」
震えた俺の声は、煩い雨の音にかき消された。
頭が痛くなって、額に手をやった。伸びて長くなった前髪を握りしめた。
ずっと隠し続けていた罪が暴かれる直前のように、心臓が普段よりも速く鼓動していて、痛いー。
『それでも、私は…っ、リヴァイさんを仕事には行かせません…!
大切なお仕事なのは、分かるけど、でも…っ。お仕事の都合より、
リヴァイさんの身体の方が大切だかー。』
名前の涙声が頭の中に響いて、ドクンと大きく心臓が波打った。
何を思い出しても、名前が我儘を言ったセリフなんてない。
仕事よりも俺の身体が大切だと言おうとした名前の声が途中で途切れたのは、俺が最低な言葉を投げつけたからだ。
俺の敵だと、名前を信じた俺がー。
間違ったのは、俺だったー。
そのとき、激しい雷鳴が響いて、研究施設のフロアがフラッシュを浴びたような眩しい光に包まれた。
「ギャァァァァァァアッ!!」
つんざくような悲鳴を上げて、両耳を押さえて、しゃがみ込んだのはオルオだった。
その隣で、ペトラが呆れた様にため息を吐いた。
「もういい加減にしてよ。いつまで雷を怖がってるの?」
「あぁ、そういえば、ペトラとオルオは幼馴染だったな。」
グンタが言うと、ペトラは大きくため息を吐いた。
「そうなんですよ。子供の頃から雷を怖がって、よくクローゼットの中に隠れてー。」
「言うな!!言うなよ、ペトラ!!俺の威厳に関わる!!」
いつの間にかデスクの下に潜り込んだオルオが、怒鳴った。
そんなオルオに、ペトラ達は呆れた様に、威厳など元からないとかなんとか言っていたけれど、俺にはよく聞こえなかった。
何度も何度も聞こえてくる雷の音が煩かったからだ。
クローゼットの中でシーツに包まれて怯えていた名前の姿が脳裏にチラつく。
『1人暮らししてた家も、この家に引っ越すために引き払っちゃったし、
私、帰るところないです。』
ふ、とそんなことを言っていた名前を思い出した。
そういえば、俺の家を追い出された名前はどこへ行ったのだろう。
もしかして、この激しい大雨の中、大嫌いな雷の空の下、名前は独りきりで怯えているのだろうか。
クローゼットも何もない場所で、雷に自分を消されてしまうかもしれないなんてバカみたいな恐怖に震えてー。
「おい、オルオ。」
俺が声をかけると、机の下に隠れて雷に怯えていたオルオがビクリと震えた。
「あ~ぁ、リヴァイさんも呆れて怒ってるよ。」
「オルオ、今ならまだ間に合う。謝れ。そして、机の下から出て来い。」
「リヴァイさん、コイツのこれはもう愛嬌だと受け取るしか…。」
隠れている机に向かう俺に、オルオはガタガタと震えていた。
余程、雷が怖いらしい。
名前と同じだ。でも、名前は今、独りなのかもしれない。
だから、俺達がそばにいるオルオとは違うー。
机の下に隠れているオルオと視線が合うように、俺は膝を曲げてしゃがんだ。
「ご…、ごごごごごごめんなさー。」
「お前、車通勤だったな。」
「・・・・へ?」
「車のキー出せ。」
「あ…、あの…?どうしてー。」
「いいから出せ。今すぐ出せ。」
「えっと…、意味が分からねぇって言うか…。
もし、運転して帰るつもりなら、外も雨激しいし、今日はここに泊った方が安ぜー。」
「急ぎやがれ!!アイツが雷に消されちまうかもしれねぇーだろうがッ!!!
削がれてぇのかッ!?」
「はぃぃぃぃぃいいいいいッ!!!」
声を上ずらせて返事をしたオルオは、慌ただしく机の下から這い出すと、ロッカールームへと走った。
そして、すぐに戻ってきたオルオから車の鍵を受け取って、今度は俺が走って研究室から飛び出した。
「ゼェ…、殺されるかと…ゼェ、ハァ…ッ、思った…。」
「…何が、起きたの…?」
「アイツって、誰だ?」
「雷に消されるって言ってたな。」
俺が飛び出した研究施設で、エルド達は何が起こったのか分からずしきりに首を傾げ続けていたらしい。