◇13ページ◇心と身体を蝕む束縛
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古い記憶が呼び起した、未だに色鮮やかな夢を見ていたー。
もう色褪せてもおかしくないくらいに昔の話だ。
俺には、3年ほど深い仲にあった女がいた。
6年前、当時の俺は、製薬会社で研究員として働いていた。
主な仕事内容は、薬の開発研究で、必要であれば臨床実験に参加することもあった。
幾つかの病と薬を担当していて、それなりに責任のある役職をもらっていたから、部下を指導したり管理する立場でもあった。
チームに分かれて研究をしていて、その頃の部下がエルド達だ。
確かに、製薬会社での研究や開発という仕事はとてもハードだった。
でも、キツいと思ったことは一度もなかった。
天職だと、信じていた。
親友のファーランが、仕事が恋人状態の俺を騙して、強引に合コンに参加させたのがその頃だ。
そして、その合コンにいたのが、アンだった。
アパレル関係の仕事をしていて、読者モデルの経験もあるだけあって、美人を寄り集めたとファーランが自慢した女性陣の中でも、特に美人だった。
末っ子気質というのか、いじられキャラで甘えるのが上手な彼女は、美人にありがちな冷たい印象はなく、男が守ってやりたくなるような可愛らしい雰囲気の女だった。
医者のファーランが幹事をした合コンだったこともあって、初めは俺のことを医者だと思っていたらしいが、製薬会社で研究をしていると言えば、素晴らしい仕事だと大絶賛していた。
ファーランは気の強そうな美人に猛アタックして、猛烈にフラれたらしかったが、俺はそのままの流れでアンと恋人同士になった。
仕事ばかりをしていた俺をファーランが心配していたのも知っていたし、30歳を過ぎ、そろそろ恋人を作って将来を考えるべきかと考えていた頃だったのだ。
製薬会社での開発研究はハードな仕事で、残業は当たり前だったし、休日出勤もざらだった。
それでも、俺は全然平気だったけれど、恋人になったアンは違った。
毎日会わないと寂しくて、電話やLINEの返信がないと浮気を疑った。
だから、なんとか時間を作って彼女に会うようにしていたし、連絡もマメにとるよう努力もした。
ファーランには『よくやるよな。』と呆れられていたけれど、特定の恋人を持ったことのなかった俺は、それが普通なのだと思っていたのだ。
あれはおかしな関係だったと、今なら分かる。
アンは俺に依存していたし、俺はアンを持て余していた。
結局、アンの求める恋人関係は完璧とはいかなかったから、今のマンションに引っ越して同棲を始めることになった。
今、名前が使っている部屋は、以前はアンが使っていた部屋だ。
毎日同じ家で寝起きをすれば、彼女の束縛も少しはマシになるかと思ったが、それでも、やっぱり、ダメだった。
帰りも遅く朝も早い俺とは生活リズムが合わなかった。
俺が帰った頃にはアンはもう寝ていたし、アンが起きる前に俺は仕事に出ていた。
同じ家にいても顔を合わすことはほとんどなかったのだ。
『私と仕事とどっちが大事なの!?』
夢の中のアンは、泣きながら叫んでいた。
このセリフを100回以上は聞いたはずだ。
でも、それが3年前のあの日だということがすぐにわかったのは、彼女が包丁を持っていたからだ。
あの日、珍しく俺よりも早く起きていたアンは、仕事に行こうとする俺を必死に引き留めた。
そして、彼女はついに包丁を持ち出して、お決まりのあのセリフを叫んだのだ。
この頃の俺はもう、アンを愛しているのかどうかすら分かっていなかった。
それをきっとアンも感じ取っていたのだろう。
だから、あんな無茶なことをさせたのだと思う。
『どうしても仕事に行くなら…、死ぬから!!』
『ふざけたこと言ってんじゃねぇ。早くそれを渡せ。』
『本気よ!!リヴァイが私よりも仕事を取るなら、もういい…!!
あなたに何よりも愛されないなら、死んでやる!!』
アンは泣き喚きながら、包丁を持つ手を振り上げた。
俺はあのとき、どうするのが正しかったのか、今でも分からない。
ファーランには、何度も別れた方がお互いのためになると言われていたけれど、俺は自分を重たいくらいに愛している彼女を傷つける勇気もなければ、心の余裕もなくて、別れ話をする時間をとってやることすらしなかった。
でも、あのとき、彼女は本気で死のうとしていて、彼女の命を守るためには、俺は仕事を捨てるしかなかった。
それに、俺はもう思考が停止していた。
ハードな仕事に加えて、精神的に不安定なアンの愛の重さで、俺は壊れかけていたのだ。
あの頃、俺は友人達に会う度に『目が死んでる。』と言われていたけれど、きっと本当に心が死んでいたのだと思う。
あのときの俺はもう、俺じゃなかったのだ。
上司や部下に引き留められながらも強引に製薬会社を辞めた俺を拾ってくれたのが、友人のハンジだった。
定時で帰らないと今度こそ死ぬとアンは言い出していたし、ほぼ毎日定時で仕事が終われるハンジの研究所はとても有難かった。
思考の停止した俺は、アンの言いなりだったのだ。
でも、アンが求めたのは、定時で帰っていつもそばにいてくれる俺じゃなかった。
大手製薬会社で研究員として働いているハイスペックな恋人が、毎日いつも自分のためだけに存在していることた大切だったのだ。
それに気づいたときにはもう、俺は独りになっていた。
アンは、今度こそ本当にエリートの医者の男を見つけて、呆気なくマンションを出て行ったのだ。
別れた日のことなら、今でも鮮やかに思い出せる。
だって、あんなに必死に別れないように無理をして、天職まで手放すほど愛した女のはずだったのに、アンが出て行った扉が閉まったときー。
『やっと、終わった…。』
膝から床に崩れ落ちた俺は、無意識にそう呟いていた。
肩に乗っていた重りが消えたような、あの感覚は、今でも忘れられない。
俺にとって、薬の開発研究は天職だったと、本当は今でも思っている。
それでも、結局俺は、仕事ではなくて彼女を取って、俺に残ったのはアンだけになった。
そのアンも、何もなくなった俺を呆気なく捨てて、俺にはもう何も残っていない。
天職と重たい愛が消えて、俺の身体は軽くなった。虚しくなった。
毎日が虚しい日々だと感じているのは、俺自身の決断ではない今がただ惰性で続いているせいだ。
こんなのは俺じゃないと、そう思っているからだ。
悪いのは、俺に天職を捨てさせたアンじゃない。
アンと別れるという決断も、彼女を見捨てて天職を続けるという決断も、出来なかった俺だ。
何もかもが面倒になって逃げて、投げ捨てた、俺が悪いのだ。
だから、もう女は要らない。
邪魔なだけだ。面倒なだけだ。
でも、もしも万が一、また同じようなことになれば、俺は迷わずに、俺を邪魔するものを捨てる。
俺の人生をダメにするものは、捨てる。
要らない。
何も、要らないー。
俺は、1人で生きていけるのだー。
目が覚める直前、俺はそんなことを考えていた。
もう色褪せてもおかしくないくらいに昔の話だ。
俺には、3年ほど深い仲にあった女がいた。
6年前、当時の俺は、製薬会社で研究員として働いていた。
主な仕事内容は、薬の開発研究で、必要であれば臨床実験に参加することもあった。
幾つかの病と薬を担当していて、それなりに責任のある役職をもらっていたから、部下を指導したり管理する立場でもあった。
チームに分かれて研究をしていて、その頃の部下がエルド達だ。
確かに、製薬会社での研究や開発という仕事はとてもハードだった。
でも、キツいと思ったことは一度もなかった。
天職だと、信じていた。
親友のファーランが、仕事が恋人状態の俺を騙して、強引に合コンに参加させたのがその頃だ。
そして、その合コンにいたのが、アンだった。
アパレル関係の仕事をしていて、読者モデルの経験もあるだけあって、美人を寄り集めたとファーランが自慢した女性陣の中でも、特に美人だった。
末っ子気質というのか、いじられキャラで甘えるのが上手な彼女は、美人にありがちな冷たい印象はなく、男が守ってやりたくなるような可愛らしい雰囲気の女だった。
医者のファーランが幹事をした合コンだったこともあって、初めは俺のことを医者だと思っていたらしいが、製薬会社で研究をしていると言えば、素晴らしい仕事だと大絶賛していた。
ファーランは気の強そうな美人に猛アタックして、猛烈にフラれたらしかったが、俺はそのままの流れでアンと恋人同士になった。
仕事ばかりをしていた俺をファーランが心配していたのも知っていたし、30歳を過ぎ、そろそろ恋人を作って将来を考えるべきかと考えていた頃だったのだ。
製薬会社での開発研究はハードな仕事で、残業は当たり前だったし、休日出勤もざらだった。
それでも、俺は全然平気だったけれど、恋人になったアンは違った。
毎日会わないと寂しくて、電話やLINEの返信がないと浮気を疑った。
だから、なんとか時間を作って彼女に会うようにしていたし、連絡もマメにとるよう努力もした。
ファーランには『よくやるよな。』と呆れられていたけれど、特定の恋人を持ったことのなかった俺は、それが普通なのだと思っていたのだ。
あれはおかしな関係だったと、今なら分かる。
アンは俺に依存していたし、俺はアンを持て余していた。
結局、アンの求める恋人関係は完璧とはいかなかったから、今のマンションに引っ越して同棲を始めることになった。
今、名前が使っている部屋は、以前はアンが使っていた部屋だ。
毎日同じ家で寝起きをすれば、彼女の束縛も少しはマシになるかと思ったが、それでも、やっぱり、ダメだった。
帰りも遅く朝も早い俺とは生活リズムが合わなかった。
俺が帰った頃にはアンはもう寝ていたし、アンが起きる前に俺は仕事に出ていた。
同じ家にいても顔を合わすことはほとんどなかったのだ。
『私と仕事とどっちが大事なの!?』
夢の中のアンは、泣きながら叫んでいた。
このセリフを100回以上は聞いたはずだ。
でも、それが3年前のあの日だということがすぐにわかったのは、彼女が包丁を持っていたからだ。
あの日、珍しく俺よりも早く起きていたアンは、仕事に行こうとする俺を必死に引き留めた。
そして、彼女はついに包丁を持ち出して、お決まりのあのセリフを叫んだのだ。
この頃の俺はもう、アンを愛しているのかどうかすら分かっていなかった。
それをきっとアンも感じ取っていたのだろう。
だから、あんな無茶なことをさせたのだと思う。
『どうしても仕事に行くなら…、死ぬから!!』
『ふざけたこと言ってんじゃねぇ。早くそれを渡せ。』
『本気よ!!リヴァイが私よりも仕事を取るなら、もういい…!!
あなたに何よりも愛されないなら、死んでやる!!』
アンは泣き喚きながら、包丁を持つ手を振り上げた。
俺はあのとき、どうするのが正しかったのか、今でも分からない。
ファーランには、何度も別れた方がお互いのためになると言われていたけれど、俺は自分を重たいくらいに愛している彼女を傷つける勇気もなければ、心の余裕もなくて、別れ話をする時間をとってやることすらしなかった。
でも、あのとき、彼女は本気で死のうとしていて、彼女の命を守るためには、俺は仕事を捨てるしかなかった。
それに、俺はもう思考が停止していた。
ハードな仕事に加えて、精神的に不安定なアンの愛の重さで、俺は壊れかけていたのだ。
あの頃、俺は友人達に会う度に『目が死んでる。』と言われていたけれど、きっと本当に心が死んでいたのだと思う。
あのときの俺はもう、俺じゃなかったのだ。
上司や部下に引き留められながらも強引に製薬会社を辞めた俺を拾ってくれたのが、友人のハンジだった。
定時で帰らないと今度こそ死ぬとアンは言い出していたし、ほぼ毎日定時で仕事が終われるハンジの研究所はとても有難かった。
思考の停止した俺は、アンの言いなりだったのだ。
でも、アンが求めたのは、定時で帰っていつもそばにいてくれる俺じゃなかった。
大手製薬会社で研究員として働いているハイスペックな恋人が、毎日いつも自分のためだけに存在していることた大切だったのだ。
それに気づいたときにはもう、俺は独りになっていた。
アンは、今度こそ本当にエリートの医者の男を見つけて、呆気なくマンションを出て行ったのだ。
別れた日のことなら、今でも鮮やかに思い出せる。
だって、あんなに必死に別れないように無理をして、天職まで手放すほど愛した女のはずだったのに、アンが出て行った扉が閉まったときー。
『やっと、終わった…。』
膝から床に崩れ落ちた俺は、無意識にそう呟いていた。
肩に乗っていた重りが消えたような、あの感覚は、今でも忘れられない。
俺にとって、薬の開発研究は天職だったと、本当は今でも思っている。
それでも、結局俺は、仕事ではなくて彼女を取って、俺に残ったのはアンだけになった。
そのアンも、何もなくなった俺を呆気なく捨てて、俺にはもう何も残っていない。
天職と重たい愛が消えて、俺の身体は軽くなった。虚しくなった。
毎日が虚しい日々だと感じているのは、俺自身の決断ではない今がただ惰性で続いているせいだ。
こんなのは俺じゃないと、そう思っているからだ。
悪いのは、俺に天職を捨てさせたアンじゃない。
アンと別れるという決断も、彼女を見捨てて天職を続けるという決断も、出来なかった俺だ。
何もかもが面倒になって逃げて、投げ捨てた、俺が悪いのだ。
だから、もう女は要らない。
邪魔なだけだ。面倒なだけだ。
でも、もしも万が一、また同じようなことになれば、俺は迷わずに、俺を邪魔するものを捨てる。
俺の人生をダメにするものは、捨てる。
要らない。
何も、要らないー。
俺は、1人で生きていけるのだー。
目が覚める直前、俺はそんなことを考えていた。