◇80ページ◇走る背中の向こうにいる人達
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真っ白い箱のエレベーターの中に入ると、総ちゃんはそっと名残惜しそうに私の手を離した。
窓もない密室で、私と総ちゃんは少し離れて立つ。
1階のボタンを押した総ちゃんは、壁に寄り掛かって腕を組むと、私を見ないように反対の方を向いた。
昨日までは、ピタリとくっついていた左肩が今はとても遠く感じる。
きっと私よりも、総ちゃんの方がそう感じているのだと思うと、何と謝っても足りないと思い知った。
「総ちゃん、本当にごめんなさい…。」
「いいよ、お互い様だから。俺も名前に嘘ついてたし。」
総ちゃんは、私を見ないままで言った。
それが、許したわけではないと言っているようで、私は目を伏せた。
結婚式の日に、花嫁が逃げてしまう。それを手助けするなんて、どれだけ屈辱的だろうか。
たとえ、総ちゃんが嘘を吐いていたのだとしても、こんな目に合ってもいいということにはならない。
白鹿流の茶道家たちも同じだ。
私のせいで、彼らはもしかしたら、これから棘の道を歩かされるかもしれないのだ。
私の我儘のせいでー。
「今日、アイツが名前を攫おうとしてることは知ってた。」
「え?」
思わず顔を上げたけれど、総ちゃんは相変わらず反対を向いていた。
「名前が退院する日に、宣戦布告されてたからさ。
でも、何もしなかった。賭けたんだ。
名前が俺を選んでくれるかもって、少しの期待に、賭けてみた。」
完敗だったけどー。
そう、笑うように言った総ちゃんの声は渇いていて、顔を見なくたって、どんな表情をしているのか分かってしまう。
「すごいよな。みんなで必死に名前から魔法使いを引き剥がそうとしてんのに
俺達の知らないところで、しっかり出逢ってんだから。」
「…ごめんなさい。」
「謝るのはこっちの方。名前がアイツと俺を勘違いしてるのに、最初から気づいてた。
それでも、これから一緒にいれば、俺の方を好きになってくれるんじゃねぇかって
少し、あー…ほんの少しだけ期待したんだ。…で、俺のこと、少しは好きだった?」
「好きだったよ…っ。ちゃんと好きだった。」
「ちゃんと、か…。
俺はさ、好きだった。すごく、好きだったんだ。ガキの頃から。」
そこまで言って、総ちゃんはやっと私の方を向いてくれた。
ドキリとしたのは、想像していたよりもずっとずっと、総ちゃんは傷ついた悲しそうな表情をしていたからだ。
どれだけ大切に想われていたのか、何てことをしてしまったのかと、私は何度だって思い知る。
それでも、総ちゃんはひどく傷ついた表情のままで、慰めるみたいに私の頭を撫でながら続けた。
「だから、同じようにガキの頃からずっとアイツを見てた名前が、
どれだけアイツを好きなのかって、俺が一番分かってたはずなのにな。
本当に、ごめん。」
「…っ。」
頭を撫でながら謝った総ちゃんに、私は唇を噛んで必死に涙を堪えながら首を横に振った。
悲しいのか、申し訳ないのか、分からない。
でも、総ちゃんと過ごした時間に嘘はなかったことを、私は知っている。
あの時間は確かに、私は総ちゃんを大好きだったし、幸せだった。
幸せだったのだー。
エレベーターが目的の階に到着したことを教える高い音が鳴った。
扉が開く。
「俺はここまでにしとく。ギリギリで、名前の手を掴んじまいそうだから。」
「…ごめんね。」
私は小さく頭を下げて、総ちゃんに背を向けた。
扉から出るとき、総ちゃんが声をかけた。
「名前、言ってなかったけど、ドレス、すげぇ似合ってる。
きっと魔法使いも惚れ直すぜ。」
「ありがとう。」
振り返って、私は総ちゃんに微笑んだ。
泣きそうだったから、へんてこな笑顔だったと思うけど、総ちゃんも下手くそな作り笑顔だったから、きっとお互い様だ。
「最後に、2人きりになってくれてありがとな。」
総ちゃんの声を聞きながら、私は背を向けた。
ありがとうは、私の方だ。
最後にちゃんと、お礼を言わせてくれた総ちゃんは、いつもいつも私を大切に守ってくれていたー。
ウェディングドレスの裾が、閉まっていくエレベーターの扉からギリギリで逃げ切ったとき、思わず私に伸ばした総ちゃんの手は冷たい空気を切ったことも知らないで、リヴァイさんの元へ走った。
窓もない密室で、私と総ちゃんは少し離れて立つ。
1階のボタンを押した総ちゃんは、壁に寄り掛かって腕を組むと、私を見ないように反対の方を向いた。
昨日までは、ピタリとくっついていた左肩が今はとても遠く感じる。
きっと私よりも、総ちゃんの方がそう感じているのだと思うと、何と謝っても足りないと思い知った。
「総ちゃん、本当にごめんなさい…。」
「いいよ、お互い様だから。俺も名前に嘘ついてたし。」
総ちゃんは、私を見ないままで言った。
それが、許したわけではないと言っているようで、私は目を伏せた。
結婚式の日に、花嫁が逃げてしまう。それを手助けするなんて、どれだけ屈辱的だろうか。
たとえ、総ちゃんが嘘を吐いていたのだとしても、こんな目に合ってもいいということにはならない。
白鹿流の茶道家たちも同じだ。
私のせいで、彼らはもしかしたら、これから棘の道を歩かされるかもしれないのだ。
私の我儘のせいでー。
「今日、アイツが名前を攫おうとしてることは知ってた。」
「え?」
思わず顔を上げたけれど、総ちゃんは相変わらず反対を向いていた。
「名前が退院する日に、宣戦布告されてたからさ。
でも、何もしなかった。賭けたんだ。
名前が俺を選んでくれるかもって、少しの期待に、賭けてみた。」
完敗だったけどー。
そう、笑うように言った総ちゃんの声は渇いていて、顔を見なくたって、どんな表情をしているのか分かってしまう。
「すごいよな。みんなで必死に名前から魔法使いを引き剥がそうとしてんのに
俺達の知らないところで、しっかり出逢ってんだから。」
「…ごめんなさい。」
「謝るのはこっちの方。名前がアイツと俺を勘違いしてるのに、最初から気づいてた。
それでも、これから一緒にいれば、俺の方を好きになってくれるんじゃねぇかって
少し、あー…ほんの少しだけ期待したんだ。…で、俺のこと、少しは好きだった?」
「好きだったよ…っ。ちゃんと好きだった。」
「ちゃんと、か…。
俺はさ、好きだった。すごく、好きだったんだ。ガキの頃から。」
そこまで言って、総ちゃんはやっと私の方を向いてくれた。
ドキリとしたのは、想像していたよりもずっとずっと、総ちゃんは傷ついた悲しそうな表情をしていたからだ。
どれだけ大切に想われていたのか、何てことをしてしまったのかと、私は何度だって思い知る。
それでも、総ちゃんはひどく傷ついた表情のままで、慰めるみたいに私の頭を撫でながら続けた。
「だから、同じようにガキの頃からずっとアイツを見てた名前が、
どれだけアイツを好きなのかって、俺が一番分かってたはずなのにな。
本当に、ごめん。」
「…っ。」
頭を撫でながら謝った総ちゃんに、私は唇を噛んで必死に涙を堪えながら首を横に振った。
悲しいのか、申し訳ないのか、分からない。
でも、総ちゃんと過ごした時間に嘘はなかったことを、私は知っている。
あの時間は確かに、私は総ちゃんを大好きだったし、幸せだった。
幸せだったのだー。
エレベーターが目的の階に到着したことを教える高い音が鳴った。
扉が開く。
「俺はここまでにしとく。ギリギリで、名前の手を掴んじまいそうだから。」
「…ごめんね。」
私は小さく頭を下げて、総ちゃんに背を向けた。
扉から出るとき、総ちゃんが声をかけた。
「名前、言ってなかったけど、ドレス、すげぇ似合ってる。
きっと魔法使いも惚れ直すぜ。」
「ありがとう。」
振り返って、私は総ちゃんに微笑んだ。
泣きそうだったから、へんてこな笑顔だったと思うけど、総ちゃんも下手くそな作り笑顔だったから、きっとお互い様だ。
「最後に、2人きりになってくれてありがとな。」
総ちゃんの声を聞きながら、私は背を向けた。
ありがとうは、私の方だ。
最後にちゃんと、お礼を言わせてくれた総ちゃんは、いつもいつも私を大切に守ってくれていたー。
ウェディングドレスの裾が、閉まっていくエレベーターの扉からギリギリで逃げ切ったとき、思わず私に伸ばした総ちゃんの手は冷たい空気を切ったことも知らないで、リヴァイさんの元へ走った。