◇11ページ◇雷の夜
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真夜中の静かな寝室には、窓を叩く雨の音はやけに耳に煩わしく響いた。
休むことを忘れたらしい雷が雷鳴を轟かせる度に、明かりをすべて消した真っ暗な部屋を一瞬だけ眩しいくらいに光らせた。
(眠れねぇ…。)
煩い雨の音と雷の光は、ベッドに入った俺の眠りを妨げ続けていた。
静かなところでゆっくり眠りたい俺としては、ひどく腹立たしい夜だった。
それに、正直に言えば、名前の様子も気になっていたのだ。
俺は気づいていた。
たぶん、名前は雷が怖いのだ。
雷が鳴る度に肩をビクッと揺らしていたし、窓の外にひどく怯えていた。
まるで小さな子供のようだ。
いい大人になって、雷が怖いなんてー。
本人もそう思っているから、恥ずかしいとかそんな感情で、俺に言わなかったのだろう。
くだらない。
きっと、俺を風呂に誘ったのも、一緒に寝ようと言い出したのも、雷の鳴り響く夜に1人になるのが怖かったのだ。
それなら、そう言えばいいのにー。
掃除も料理も家事全般をなんでも上手にこなす名前は、俺に頼ることはしない。
俺はそれが都合が良かった。
勝手に懐かれて、家にまで転がり込まれた上、甘えて頼られるなんて最悪だ。
そんなことをされたらすぐに家から追い出してやる。
もしかしたら、それを名前も分かっているのかもしれない。
だから、雷が怖いことだって黙ってー。
なぜかわからない。
でも、頼られるのは面倒だと本心で思っているくせに、今頃名前が1人で雷に怯えて、雷鳴の恐怖に堪えているのだと思うと、無性に腹が立った。
「チッ。」
俺は舌打ちを無意識に零して、腹立たしいままでベッドから降りた。
部屋を出た俺は、ノックもなしに隣の部屋の扉を開いた。
明かりのついていない部屋は真っ暗だった。
窓を叩く雨の音だけが煩くて、住人の寝静まった寝室のように見えた。
そのとき、また雷鳴が鳴り響き、一瞬だけ部屋を明るく光らせた。
その瞬間に見えたベッドの上には、寝ているはずの人物はいなかった。
名前が部屋に入ったのは見たし、それから部屋を出たような音はしなかった。
この部屋のどこかにいるはずだった。
雷に怯える子供が逃げ隠れしそうな場所は、ベッドと化粧台くらいしかないこの部屋では、たったひとつしか思い当たらなかった。
クローゼットの扉を開ければ、思った通り、名前がいた。
いきなりクローゼットの扉が開いたことに驚いて小さな悲鳴のようなものを上げた名前は、シーツに包まって床に座り込んでいて、怯えた目で俺を見上げた。
コートやワンピースの裾が、名前の頭に触れていてすごく居心地が悪そうだった。
「え…?あ、あの…、」
「何やってやがる。」
「…かくれんぼ…、かな…。」
この期に及んで、名前はまだ誤魔化そうとしていた。
イラついた俺は、強引に名前の腕を掴んでクローゼットから引きずり出そうとした。
「もう見つかったな、今すぐベッドに戻れ。」
「今日は…!」
割れた破片を拾おうとしていたときのように、名前は乱暴に俺の手を振りほどいた。
そしてー。
「今日は、ここで寝ます…!」
表情は怯えているくせに、俺を見上げる目は本気だと訴えていた。
雷が怖いからってクローゼットの中で寝るようなヤツがいるだろうか。
どうかしている。
長いため息を吐いて、名前の隣に腰を降ろした俺もどうかしていたのだろう。
少なくともあのとき、俺は自分のことを、どうかしていると思った。
俺は、壁に寄り掛かるようにして座ってから扉を閉めて、片膝だけ立たせて肘を乗せた。
コートやワンピースの裾が肩や頭に触れて、すごく居心地が悪い。
最悪だ。
ベッドでゆっくり眠りたい。
近寄るな、隣に座るなと言っていたはずの俺が、自ら隣に座って来たことも含めて、名前はひどく驚いていたし、戸惑っているようだった。
「リヴァイさん、何してるんですか…?」
「それはこっちのセリフだ。てめぇはドラ〇もんにでもなる気か。」
「…ドラちゃんはクローゼットじゃなくて、押入れです。」
「屁理屈言ってんじゃねぇ。
-雷が怖ぇなら、最初からそう言え。こんなとこに隠れやがって、バカか。」
叱るように言えば、隣で驚いたように息を呑んだ音が聞こえた。
あれだけ雷に怯えていて、俺にバレていないと思っていたらしい。
本当に信じられないほどのバカだ。
申し訳ないとでも思ったのか、名前はひどく弱々しく、消え入りそうな声で「ごめんなさい。」と謝った。
「雷を怖がるガキは、この大雨の中で追い出されるとでも思ったか。」
俺は不要に名前を責め続けた。
腹が立っていたのだ。
どうしようもなく、腹が立っていた。
その理由は、俺自身も分からなかったけれど、今ならなんとなく分かる気がする。
たぶん、自分に弱みを見せようとしない名前が気に入らなかったのだと思う。
それから、雷が怖いことを知ったくらいで家を追い出す男だと思われていると思って、ムカついたのだ。
俺の苛立ちが伝わったのか、名前はポツリポツリと、雷に怯えていることを隠そうとした理由を話しだした。
「リヴァイさん、優しいから…。」
「は?」
「雷が怖いって私が言ったら、一緒に起きててくれちゃう気がして…。」
「そんな面倒なことするかよ。先に寝るに決まってんだろーが。」
「でも…っ、今もこうして…、心配して、隣に来てくれた…。」
躊躇いがちに名前に言われて、俺はハッとした。
そこで漸く、腹が立っていただけだと思っていた俺が、名前を助けるみたいに隣に座っていることに気が付いたのだ。
それが無性に悔しくて、チッと舌打ちをしたけれど、この状況が変わることはなかった。
「雷のなにが怖ぇんだ。音か?」
「…静寂。」
名前からの返答は、質問に対してあまりにも不釣り合いに思えた。
雷のことを表現するとき、静寂を思い浮かべる人間はほとんどいないはずだ。
でも、聞き間違いかと思ってもう一度訊ねた俺に、やっぱり名前は、静寂が怖いのだと答えた。
「一瞬だけ光った後、真っ暗になるでしょう…?それが、怖いんです…。
光った瞬間に目が眩むくらいに輝いてるのに、パッて消えちゃう。
それが魔法が解ける瞬間みたいで…。雷が、私を消してしまった気がするんです…。」
シーツに顔も身体もすっぽりと覆われるように包まって、名前は、雷を静寂と呼んだその理由を話した。
雷鳴が轟いたその後の暗闇をともなう静けさのことだと聞いて、俺も漸く理解した。
「あぁ…、だから、最初から真っ暗なクローゼットの中に隠れて
雷の光が届かねぇようにしてたのか。」
「…はい。」
「バカか。ここも雷の光は届くだろうが。」
呆れた様に言った通り、こうして話をしている間も雷は鳴り響いていて、クローゼットの扉の隙間から眩しい雷光が届いていた。
その度に、一瞬だけ、クローゼットの中を光らせて、雷に怯える名前を照らしていたのだ。
「…ごめんなさい。」
最早、名前は何に対して謝っているのかも分かっていなかったはずだ。
ただ必死に雷の恐怖に堪えるのに精一杯な様子だった。
「来い…!」
俺は、シーツに包まる名前の肩を掴むと、強引に自分の胸元へと抱き寄せた。
名前の驚きと戸惑いは、自分の胸の上で強く感じていた。
そのとき、俺も名前と同じくらいに、自分の行動に驚いて戸惑っていた。
でも、止まらなかったのだ。
「これで、光も見えねぇだろ。
俺が捕まえてりゃ、雷様とやらもお前を消せやしねぇよ。」
俺は片手で名前の目を隠して、もう片方の手で震える細い肩を強く抱きしめた。
初めはどうすればいいか分からない様子の名前だったが、少しすると、俺が手を放す気はないと理解したようだった。
名前の手がゆっくりと持ちあがって、躊躇いがちに俺のシャツの胸元に触れた。
そして、ゆるゆると弱い力で握りしめた。
縋るようなそれは、ひどく痛々しかったのを覚えている。
「ありがとう、ございます…っ。」
胸元から震える名前の声が届いたけれど、それはとても小さくて、雷の音に混じってかろうじて聞こえただけだった。
だがしばらく経っても、名前は眠るどころか、雷の音が鳴る度に肩を揺らして震えていた。
「寝ろ。」
「…努力してるんですけど…、雷とリヴァイさんのダブルパンチで
ドキドキして、眠れません…。」
「クソが。俺をいつまでこの狭いとこに閉じ込めとくつもりだ。」
「…ごめんなさい…。私、1人で乗り越えます。」
そう言って、名前は俺から離れようとした。
きっと本当に、申し訳ないと思ったのだろう。
それが、俺は気に入らなかった。
ここまでしてやったのに、結局、俺のせいで眠れないと言われて悔しかったのだ。
だから、離れようとした名前の顎に手を添えて、強引に俺の方を向かせると、そのまま唇に自分の唇を押しつけた。
驚愕しているのは、閉じた瞼の向こうの気配で嫌というほどに感じていた。
いつも名前がしているように、それはほんの一瞬程度のキスで、唇を離して目を開ければ、大きな瞳をこれでもかと見開いて放心している名前がすぐ目の前にいた。
「おやすみのキスとやらが必要なんだろ。これで、寝ろ。」
「・・・・・え?私…言いましたよね…?雷とリヴァイさんで
ドキドキして眠れないって…。私、今、心臓が止まっちゃいそうなくらいにドキドキして、
もう一生、眠れそうになー。」
「あと5分で寝ないなら、またする。それでも寝ないなら、また5分後にする。
お前が寝るまで5分おきにおやすみのキスをー。」
「死にます!!私、心臓破裂して死にます…!!」
「じゃあ、寝ろ。」
「あと3分で寝ます…!」
「あぁ、そうしろ。」
とりあえず、漸く本気で寝る気になった名前の両目を、さっきもそうしていたように片手で隠して強引に暗闇にした。
そして、もう片方の手で肩を抱いて、雷から隠すように俺の胸元に閉じ込めた。
きっと、身体は疲れて睡眠を求めていたのだろう。
本当に3分後には寝息が聞こえ始めた。
小さな寝息が胸元から聞こえ出して、俺は長い息を吐いた。
それは、雷を怖がる名前への呆れ、それから自分への呆れと戸惑いから出たものだった。
俺に遠慮していたのか、名前は額を少しだけ胸元に添えただけの格好をしていて、とても寝づらそうに見えた。
だから、俺は名前の後頭部に手を添えて、自分の胸元に寄り掛かるようにさせた。
眠っている名前の身体は素直で、眠りやすい恰好を見つけようと唸るように小さく動き始めた。
そして、最終的に俺の胸元に顔を埋めて、腰に抱き着いた格好で落ち着いたようだった。
気持ち良さそうな寝息を聞きながら、俺は真っ暗なクローゼットの天井を見上げた。
(何やってんだ、俺は。明日も仕事だってのに、ケツが痛ぇ…。)
何度も言うが、俺は自分に呆れていた。
そして、戸惑ってもいた。
そんな俺の気持ちを知りもしないで、あんなに雷に怯えていたくせに、名前はひどく幸せそうな寝顔で眠っていた。
もういっそ本当に、俺の中にいる君を雷の轟音と光が消してくれたなら
なんて、思える程度なら、こんなに苦しまない
今日は朝から雨が降っていた。
それは夕方から雷も伴って、私を怯えさせた。
今夜もいつもの雷の夜みたいに、ひとりきりで眠れずに夜を明かすのだろうと思っていた。
でも、私はとても幸せな夢を見れたの。
ねぇ、日記さん。
今夜のすべてを、どうか忘れないで、覚えていて。
リヴァイさんの手が私の瞼を閉じさせた世界には、優しい気持ちが見えたの。
リヴァイさんの心臓の鼓動は、私の知るすべての中で何よりも優しい音だったの。
リヴァイさんからのおやすみのキスは、驚きすぎてよく分からなかった。
でも、とても安心したのだけは、覚えてる。
覚えているの。
リヴァイさんの胸元はとても優しくて温かくて、私が一番安心出来る場所だった。
今夜、大嫌いな雷の夜が、忘れたくない幸せな夜に変わった。
だから私は、気づかれないように泣いたの。
幸せ過ぎて、泣いたの。
覚えていてね、どうか。忘れないで。
時が忘れさせても仕方ないと思うくらいなら、こんなに苦しまないでいられたのかな。
休むことを忘れたらしい雷が雷鳴を轟かせる度に、明かりをすべて消した真っ暗な部屋を一瞬だけ眩しいくらいに光らせた。
(眠れねぇ…。)
煩い雨の音と雷の光は、ベッドに入った俺の眠りを妨げ続けていた。
静かなところでゆっくり眠りたい俺としては、ひどく腹立たしい夜だった。
それに、正直に言えば、名前の様子も気になっていたのだ。
俺は気づいていた。
たぶん、名前は雷が怖いのだ。
雷が鳴る度に肩をビクッと揺らしていたし、窓の外にひどく怯えていた。
まるで小さな子供のようだ。
いい大人になって、雷が怖いなんてー。
本人もそう思っているから、恥ずかしいとかそんな感情で、俺に言わなかったのだろう。
くだらない。
きっと、俺を風呂に誘ったのも、一緒に寝ようと言い出したのも、雷の鳴り響く夜に1人になるのが怖かったのだ。
それなら、そう言えばいいのにー。
掃除も料理も家事全般をなんでも上手にこなす名前は、俺に頼ることはしない。
俺はそれが都合が良かった。
勝手に懐かれて、家にまで転がり込まれた上、甘えて頼られるなんて最悪だ。
そんなことをされたらすぐに家から追い出してやる。
もしかしたら、それを名前も分かっているのかもしれない。
だから、雷が怖いことだって黙ってー。
なぜかわからない。
でも、頼られるのは面倒だと本心で思っているくせに、今頃名前が1人で雷に怯えて、雷鳴の恐怖に堪えているのだと思うと、無性に腹が立った。
「チッ。」
俺は舌打ちを無意識に零して、腹立たしいままでベッドから降りた。
部屋を出た俺は、ノックもなしに隣の部屋の扉を開いた。
明かりのついていない部屋は真っ暗だった。
窓を叩く雨の音だけが煩くて、住人の寝静まった寝室のように見えた。
そのとき、また雷鳴が鳴り響き、一瞬だけ部屋を明るく光らせた。
その瞬間に見えたベッドの上には、寝ているはずの人物はいなかった。
名前が部屋に入ったのは見たし、それから部屋を出たような音はしなかった。
この部屋のどこかにいるはずだった。
雷に怯える子供が逃げ隠れしそうな場所は、ベッドと化粧台くらいしかないこの部屋では、たったひとつしか思い当たらなかった。
クローゼットの扉を開ければ、思った通り、名前がいた。
いきなりクローゼットの扉が開いたことに驚いて小さな悲鳴のようなものを上げた名前は、シーツに包まって床に座り込んでいて、怯えた目で俺を見上げた。
コートやワンピースの裾が、名前の頭に触れていてすごく居心地が悪そうだった。
「え…?あ、あの…、」
「何やってやがる。」
「…かくれんぼ…、かな…。」
この期に及んで、名前はまだ誤魔化そうとしていた。
イラついた俺は、強引に名前の腕を掴んでクローゼットから引きずり出そうとした。
「もう見つかったな、今すぐベッドに戻れ。」
「今日は…!」
割れた破片を拾おうとしていたときのように、名前は乱暴に俺の手を振りほどいた。
そしてー。
「今日は、ここで寝ます…!」
表情は怯えているくせに、俺を見上げる目は本気だと訴えていた。
雷が怖いからってクローゼットの中で寝るようなヤツがいるだろうか。
どうかしている。
長いため息を吐いて、名前の隣に腰を降ろした俺もどうかしていたのだろう。
少なくともあのとき、俺は自分のことを、どうかしていると思った。
俺は、壁に寄り掛かるようにして座ってから扉を閉めて、片膝だけ立たせて肘を乗せた。
コートやワンピースの裾が肩や頭に触れて、すごく居心地が悪い。
最悪だ。
ベッドでゆっくり眠りたい。
近寄るな、隣に座るなと言っていたはずの俺が、自ら隣に座って来たことも含めて、名前はひどく驚いていたし、戸惑っているようだった。
「リヴァイさん、何してるんですか…?」
「それはこっちのセリフだ。てめぇはドラ〇もんにでもなる気か。」
「…ドラちゃんはクローゼットじゃなくて、押入れです。」
「屁理屈言ってんじゃねぇ。
-雷が怖ぇなら、最初からそう言え。こんなとこに隠れやがって、バカか。」
叱るように言えば、隣で驚いたように息を呑んだ音が聞こえた。
あれだけ雷に怯えていて、俺にバレていないと思っていたらしい。
本当に信じられないほどのバカだ。
申し訳ないとでも思ったのか、名前はひどく弱々しく、消え入りそうな声で「ごめんなさい。」と謝った。
「雷を怖がるガキは、この大雨の中で追い出されるとでも思ったか。」
俺は不要に名前を責め続けた。
腹が立っていたのだ。
どうしようもなく、腹が立っていた。
その理由は、俺自身も分からなかったけれど、今ならなんとなく分かる気がする。
たぶん、自分に弱みを見せようとしない名前が気に入らなかったのだと思う。
それから、雷が怖いことを知ったくらいで家を追い出す男だと思われていると思って、ムカついたのだ。
俺の苛立ちが伝わったのか、名前はポツリポツリと、雷に怯えていることを隠そうとした理由を話しだした。
「リヴァイさん、優しいから…。」
「は?」
「雷が怖いって私が言ったら、一緒に起きててくれちゃう気がして…。」
「そんな面倒なことするかよ。先に寝るに決まってんだろーが。」
「でも…っ、今もこうして…、心配して、隣に来てくれた…。」
躊躇いがちに名前に言われて、俺はハッとした。
そこで漸く、腹が立っていただけだと思っていた俺が、名前を助けるみたいに隣に座っていることに気が付いたのだ。
それが無性に悔しくて、チッと舌打ちをしたけれど、この状況が変わることはなかった。
「雷のなにが怖ぇんだ。音か?」
「…静寂。」
名前からの返答は、質問に対してあまりにも不釣り合いに思えた。
雷のことを表現するとき、静寂を思い浮かべる人間はほとんどいないはずだ。
でも、聞き間違いかと思ってもう一度訊ねた俺に、やっぱり名前は、静寂が怖いのだと答えた。
「一瞬だけ光った後、真っ暗になるでしょう…?それが、怖いんです…。
光った瞬間に目が眩むくらいに輝いてるのに、パッて消えちゃう。
それが魔法が解ける瞬間みたいで…。雷が、私を消してしまった気がするんです…。」
シーツに顔も身体もすっぽりと覆われるように包まって、名前は、雷を静寂と呼んだその理由を話した。
雷鳴が轟いたその後の暗闇をともなう静けさのことだと聞いて、俺も漸く理解した。
「あぁ…、だから、最初から真っ暗なクローゼットの中に隠れて
雷の光が届かねぇようにしてたのか。」
「…はい。」
「バカか。ここも雷の光は届くだろうが。」
呆れた様に言った通り、こうして話をしている間も雷は鳴り響いていて、クローゼットの扉の隙間から眩しい雷光が届いていた。
その度に、一瞬だけ、クローゼットの中を光らせて、雷に怯える名前を照らしていたのだ。
「…ごめんなさい。」
最早、名前は何に対して謝っているのかも分かっていなかったはずだ。
ただ必死に雷の恐怖に堪えるのに精一杯な様子だった。
「来い…!」
俺は、シーツに包まる名前の肩を掴むと、強引に自分の胸元へと抱き寄せた。
名前の驚きと戸惑いは、自分の胸の上で強く感じていた。
そのとき、俺も名前と同じくらいに、自分の行動に驚いて戸惑っていた。
でも、止まらなかったのだ。
「これで、光も見えねぇだろ。
俺が捕まえてりゃ、雷様とやらもお前を消せやしねぇよ。」
俺は片手で名前の目を隠して、もう片方の手で震える細い肩を強く抱きしめた。
初めはどうすればいいか分からない様子の名前だったが、少しすると、俺が手を放す気はないと理解したようだった。
名前の手がゆっくりと持ちあがって、躊躇いがちに俺のシャツの胸元に触れた。
そして、ゆるゆると弱い力で握りしめた。
縋るようなそれは、ひどく痛々しかったのを覚えている。
「ありがとう、ございます…っ。」
胸元から震える名前の声が届いたけれど、それはとても小さくて、雷の音に混じってかろうじて聞こえただけだった。
だがしばらく経っても、名前は眠るどころか、雷の音が鳴る度に肩を揺らして震えていた。
「寝ろ。」
「…努力してるんですけど…、雷とリヴァイさんのダブルパンチで
ドキドキして、眠れません…。」
「クソが。俺をいつまでこの狭いとこに閉じ込めとくつもりだ。」
「…ごめんなさい…。私、1人で乗り越えます。」
そう言って、名前は俺から離れようとした。
きっと本当に、申し訳ないと思ったのだろう。
それが、俺は気に入らなかった。
ここまでしてやったのに、結局、俺のせいで眠れないと言われて悔しかったのだ。
だから、離れようとした名前の顎に手を添えて、強引に俺の方を向かせると、そのまま唇に自分の唇を押しつけた。
驚愕しているのは、閉じた瞼の向こうの気配で嫌というほどに感じていた。
いつも名前がしているように、それはほんの一瞬程度のキスで、唇を離して目を開ければ、大きな瞳をこれでもかと見開いて放心している名前がすぐ目の前にいた。
「おやすみのキスとやらが必要なんだろ。これで、寝ろ。」
「・・・・・え?私…言いましたよね…?雷とリヴァイさんで
ドキドキして眠れないって…。私、今、心臓が止まっちゃいそうなくらいにドキドキして、
もう一生、眠れそうになー。」
「あと5分で寝ないなら、またする。それでも寝ないなら、また5分後にする。
お前が寝るまで5分おきにおやすみのキスをー。」
「死にます!!私、心臓破裂して死にます…!!」
「じゃあ、寝ろ。」
「あと3分で寝ます…!」
「あぁ、そうしろ。」
とりあえず、漸く本気で寝る気になった名前の両目を、さっきもそうしていたように片手で隠して強引に暗闇にした。
そして、もう片方の手で肩を抱いて、雷から隠すように俺の胸元に閉じ込めた。
きっと、身体は疲れて睡眠を求めていたのだろう。
本当に3分後には寝息が聞こえ始めた。
小さな寝息が胸元から聞こえ出して、俺は長い息を吐いた。
それは、雷を怖がる名前への呆れ、それから自分への呆れと戸惑いから出たものだった。
俺に遠慮していたのか、名前は額を少しだけ胸元に添えただけの格好をしていて、とても寝づらそうに見えた。
だから、俺は名前の後頭部に手を添えて、自分の胸元に寄り掛かるようにさせた。
眠っている名前の身体は素直で、眠りやすい恰好を見つけようと唸るように小さく動き始めた。
そして、最終的に俺の胸元に顔を埋めて、腰に抱き着いた格好で落ち着いたようだった。
気持ち良さそうな寝息を聞きながら、俺は真っ暗なクローゼットの天井を見上げた。
(何やってんだ、俺は。明日も仕事だってのに、ケツが痛ぇ…。)
何度も言うが、俺は自分に呆れていた。
そして、戸惑ってもいた。
そんな俺の気持ちを知りもしないで、あんなに雷に怯えていたくせに、名前はひどく幸せそうな寝顔で眠っていた。
もういっそ本当に、俺の中にいる君を雷の轟音と光が消してくれたなら
なんて、思える程度なら、こんなに苦しまない
今日は朝から雨が降っていた。
それは夕方から雷も伴って、私を怯えさせた。
今夜もいつもの雷の夜みたいに、ひとりきりで眠れずに夜を明かすのだろうと思っていた。
でも、私はとても幸せな夢を見れたの。
ねぇ、日記さん。
今夜のすべてを、どうか忘れないで、覚えていて。
リヴァイさんの手が私の瞼を閉じさせた世界には、優しい気持ちが見えたの。
リヴァイさんの心臓の鼓動は、私の知るすべての中で何よりも優しい音だったの。
リヴァイさんからのおやすみのキスは、驚きすぎてよく分からなかった。
でも、とても安心したのだけは、覚えてる。
覚えているの。
リヴァイさんの胸元はとても優しくて温かくて、私が一番安心出来る場所だった。
今夜、大嫌いな雷の夜が、忘れたくない幸せな夜に変わった。
だから私は、気づかれないように泣いたの。
幸せ過ぎて、泣いたの。
覚えていてね、どうか。忘れないで。
時が忘れさせても仕方ないと思うくらいなら、こんなに苦しまないでいられたのかな。