◇75ページ◇心臓の痛み
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
壁掛け時計の針が0時をさして、30分以上が経った。
ベッドの上で膝を抱える私は、眠たい目をこすって、何を待っているのだろう。
昨日の約束が嘘か本当かも分からないのに、あの扉が開きますようにと願っているのだ。
(寝よう。)
小さな欠伸を両手で隠して、私はベッドの中に潜り込んだ。
そのときだった。
病室の扉をノックする音が聞こえた。
「はい…。」
起き上がった私の耳に届いたのは、自分でも情けないくらいに緊張した小さな声だった。
これが、扉の向こうにいる人間に聞こえたわけがない。
私はベッドから降りて、扉へ向かった。
広い病室だと言っても、ベッドから扉まで数分かかるわけじゃない。
でも、なぜかすごく遠く感じた。
扉の前に立った私は、大きく深呼吸をしてから、扉に手を触れた。
ゆっくり、ゆっくりと扉を開くー。
暗い廊下に病室の明かりが漏れて、リヴァイさんの黒髪と綺麗な三白眼が光って見えた。
ほんとに、いたー。
「なに、驚いた顔してやがる。」
扉が開いて目が合うと、リヴァイさんは訝し気に眉を顰めた。
「本当に来るとは…、思わなくって。」
「約束しただろ。俺はもう二度と約束は破らねぇと決めてる。」
「…そう、なんですか。」
どうぞー、と病室に招き入れた。
リヴァイさんは慣れた様子で病室に入ると、中央のソファに座った。
どういうつもりで病室へ来たのかも分からないのに、困るからと追い出すこともできなかった。
とりあえず、飲み物を持ってくると伝えて給湯室に入った。
(どうしよう…。紅茶を飲んだら、帰ってもらおう。)
紅茶をティーカップに注ぎながら、そう決めた。
脳裏にチラチラと総ちゃんの優しい笑顔が浮かんでいた。
そんなつもりはなくても、こんな遅い時間に他の男性と一緒にいるなんて、浮気みたいだ。
ダメだ、絶対にー。
「はぁ…。」
無意識に深いため息が漏れた。
憂鬱な気分で淹れた紅茶をトレイに乗せて、部屋に戻った。
リヴァイさんは、ソファに座ったままで、大きな窓の方を向いていた。
星が綺麗に見える今夜も、街を見下ろすこの病室からの夜景はとても綺麗だった。
魔法の世界にやって来たみたいな気持ちになる、幻想的な景色だ。
「夜景が好きなんですね。夜景とか見に行ったりするんですか?」
ティーカップをテーブルに並べながら言った。
リヴァイさんは、チラリと私の方を向いた後、また夜景の方へ視線を戻した。
「いや。1人で見る夜景なんて、虚しいだけだ。」
窓の向こうに広がる魔法のような美しい夜景を映すリヴァイさんの瞳には、どこか遠くを見ていた。
確かにここにリヴァイさんはいるのに、心はここにない。
そう感じた。
その途端、私は気づくと、リヴァイさんの隣に座って、細い腕を掴んでいた。
びくっと肩が揺れて、リヴァイさんが私の方を向く。
何をしているのだろう。
自分でも分からなかった。
でも、目が合うと、まるで魔法に操られているみたいに、勝手に唇が動いた。
「今夜は、私が一緒にいます。1人じゃないですよ。」
リヴァイさんの瞳がゆっくりと開かれていく。
私はその光景を、とても綺麗だななんて思いながら見つめていた気がする。
ふ、とリヴァイさんが柔らかく微笑む。
「あぁ、そうだな。ありがとな。」
リヴァイさんが私の髪をクシャリと撫でた。
どうしてだろう。
キュッと胸が苦しくなった。
「どうせだし、もっと近くで見ましょうよ。」
ソファから立ち上がった私は、リヴァイさんの手を握って引っ張った。
そして、困った顔をしながら私に手を引かれたリヴァイさんと一緒に大きな窓辺に立った。
「綺麗ですね。やっぱり、ここの夜景は一番魔法の世界に近いですよ。」
「それはねぇな。俺はもっと魔法の世界に近い夜景を知ってる。」
リヴァイさんが自慢気に片方だけ口の端を上げた。
からかうつもりだったのかもしれない。
でも、私の心の中に、何か黒いドロッとしたものが流れた。
腹が立ったというわけではないことは分かったけれど、それなら何という感情なのか知らなかった。
少なくとも、記憶喪失になってから初めての感情だった。
でも、嫌な気持ちだ。
だって、さっき、リヴァイさんは『一人で見る夜景は虚しいだけ』だと言ったばかりだ。
それなら、自慢したいくらいに綺麗な夜景を誰と見たのー。
今夜の夜景も、こんなに綺麗なのに。私はこれ以上に綺麗な夜景なんて知らない。知らないのにー。
そのくせ、夜景を眺めるリヴァイさんの横顔は幸せそうだ。
「怖ぇ顔で俺を睨んでねぇで、夜景を見たらどうだ?」
私の視線に気づいたリヴァイさんが、こちらを向いて苦笑した。
「…魔法の世界に一番近くはないけど、1人で見るよりは
私と見る夜景は綺麗ですか?」
「あぁ、最高に綺麗だ。ずっと眺めていてぇな。」
リヴァイさんが満足気に微笑んだ。
その途端に、ドロリとして重たくなっていた何かが少しだけ軽くなった。
でも、心臓の苦しみは変わらない。
こんな痛み、初めてー。
ううん、違う。前にもあった気がする。
来週、ナイル先生が入れてくれた心臓の検査で、きっと異常が見つかるに違いない。
「ならよかったです。」
私は作り笑いをして、リヴァイさんから視線を反らして夜景を見ているフリをした。
私達は、繋がっている手を握りしめ合うことはしなかった。
でも、大きな窓辺に立って夜景を見上げている間、その手が離れることはなかった。
どうしてかな
貴方が初めて扉から入って来たその日から、心臓が痛いの
朝起きると、魔法から覚めたみたいに、この気持ちは間違いだと思った。
1日中、仕事をしながら考えるのは、名前のことばかりだった。
会いに行ってはいけない。
いや、会いに行こう。
その繰り返しだ。
名前の中に俺の欠片を見つけたせいで、期待してしまった。
そのピースをひとつひとつ繋ぎ合わせたら、もう一度、俺を愛してくれるんじゃないかなんて、夢を見た。
名前はもう他の男を想っていて、もうすぐ結婚するのだ。
幸せを祝福してやらないといけない。
分かってる。
でも、会いたい。あぁ、会いたかった。
だから、約束を守るためだと自分に言い聞かせて、魔法が解けた0時過ぎに会いに行った。
でもすぐ、困った顔をした名前を見て後悔した。
紅茶を飲んだら帰ろうー。
そう決めて、窓の外の夜景を見ていた。
昨夜は綺麗に見えたはずの夜景が、悲しいくらいに虚しく映った。
これからの人生、俺にはこの虚しい夜景しか映らないのかと思ったら、堪らなくツラくなった。
でも、それを受け入れる心の準備ならしていたはずなのに、名前は俺の手を握って、一緒に夜景を見ようなんて言う。
自分が一緒にいるから、なんて言う。
嬉しいと叫ぶ心臓が痛い。
この心臓の痛みが、俺に教えてくれる。
俺は名前を愛してる。
世界中の誰よりも、ずっとー。
あぁ、名前も同じような心臓の痛みを感じてくれていたらいいのに。
そして、気づいてくれたらいいのに。
世界で一番愛しているのは、俺だって。
想いよ、魔法に乗って届けー。
そう願って、繋いだ手を握っていた。
離れない手に、少しくらいは期待していいのかな?
独りよがりの愛を知りすぎた俺は、寂しさが溢れて、苦しくなるばかりだ。
ベッドの上で膝を抱える私は、眠たい目をこすって、何を待っているのだろう。
昨日の約束が嘘か本当かも分からないのに、あの扉が開きますようにと願っているのだ。
(寝よう。)
小さな欠伸を両手で隠して、私はベッドの中に潜り込んだ。
そのときだった。
病室の扉をノックする音が聞こえた。
「はい…。」
起き上がった私の耳に届いたのは、自分でも情けないくらいに緊張した小さな声だった。
これが、扉の向こうにいる人間に聞こえたわけがない。
私はベッドから降りて、扉へ向かった。
広い病室だと言っても、ベッドから扉まで数分かかるわけじゃない。
でも、なぜかすごく遠く感じた。
扉の前に立った私は、大きく深呼吸をしてから、扉に手を触れた。
ゆっくり、ゆっくりと扉を開くー。
暗い廊下に病室の明かりが漏れて、リヴァイさんの黒髪と綺麗な三白眼が光って見えた。
ほんとに、いたー。
「なに、驚いた顔してやがる。」
扉が開いて目が合うと、リヴァイさんは訝し気に眉を顰めた。
「本当に来るとは…、思わなくって。」
「約束しただろ。俺はもう二度と約束は破らねぇと決めてる。」
「…そう、なんですか。」
どうぞー、と病室に招き入れた。
リヴァイさんは慣れた様子で病室に入ると、中央のソファに座った。
どういうつもりで病室へ来たのかも分からないのに、困るからと追い出すこともできなかった。
とりあえず、飲み物を持ってくると伝えて給湯室に入った。
(どうしよう…。紅茶を飲んだら、帰ってもらおう。)
紅茶をティーカップに注ぎながら、そう決めた。
脳裏にチラチラと総ちゃんの優しい笑顔が浮かんでいた。
そんなつもりはなくても、こんな遅い時間に他の男性と一緒にいるなんて、浮気みたいだ。
ダメだ、絶対にー。
「はぁ…。」
無意識に深いため息が漏れた。
憂鬱な気分で淹れた紅茶をトレイに乗せて、部屋に戻った。
リヴァイさんは、ソファに座ったままで、大きな窓の方を向いていた。
星が綺麗に見える今夜も、街を見下ろすこの病室からの夜景はとても綺麗だった。
魔法の世界にやって来たみたいな気持ちになる、幻想的な景色だ。
「夜景が好きなんですね。夜景とか見に行ったりするんですか?」
ティーカップをテーブルに並べながら言った。
リヴァイさんは、チラリと私の方を向いた後、また夜景の方へ視線を戻した。
「いや。1人で見る夜景なんて、虚しいだけだ。」
窓の向こうに広がる魔法のような美しい夜景を映すリヴァイさんの瞳には、どこか遠くを見ていた。
確かにここにリヴァイさんはいるのに、心はここにない。
そう感じた。
その途端、私は気づくと、リヴァイさんの隣に座って、細い腕を掴んでいた。
びくっと肩が揺れて、リヴァイさんが私の方を向く。
何をしているのだろう。
自分でも分からなかった。
でも、目が合うと、まるで魔法に操られているみたいに、勝手に唇が動いた。
「今夜は、私が一緒にいます。1人じゃないですよ。」
リヴァイさんの瞳がゆっくりと開かれていく。
私はその光景を、とても綺麗だななんて思いながら見つめていた気がする。
ふ、とリヴァイさんが柔らかく微笑む。
「あぁ、そうだな。ありがとな。」
リヴァイさんが私の髪をクシャリと撫でた。
どうしてだろう。
キュッと胸が苦しくなった。
「どうせだし、もっと近くで見ましょうよ。」
ソファから立ち上がった私は、リヴァイさんの手を握って引っ張った。
そして、困った顔をしながら私に手を引かれたリヴァイさんと一緒に大きな窓辺に立った。
「綺麗ですね。やっぱり、ここの夜景は一番魔法の世界に近いですよ。」
「それはねぇな。俺はもっと魔法の世界に近い夜景を知ってる。」
リヴァイさんが自慢気に片方だけ口の端を上げた。
からかうつもりだったのかもしれない。
でも、私の心の中に、何か黒いドロッとしたものが流れた。
腹が立ったというわけではないことは分かったけれど、それなら何という感情なのか知らなかった。
少なくとも、記憶喪失になってから初めての感情だった。
でも、嫌な気持ちだ。
だって、さっき、リヴァイさんは『一人で見る夜景は虚しいだけ』だと言ったばかりだ。
それなら、自慢したいくらいに綺麗な夜景を誰と見たのー。
今夜の夜景も、こんなに綺麗なのに。私はこれ以上に綺麗な夜景なんて知らない。知らないのにー。
そのくせ、夜景を眺めるリヴァイさんの横顔は幸せそうだ。
「怖ぇ顔で俺を睨んでねぇで、夜景を見たらどうだ?」
私の視線に気づいたリヴァイさんが、こちらを向いて苦笑した。
「…魔法の世界に一番近くはないけど、1人で見るよりは
私と見る夜景は綺麗ですか?」
「あぁ、最高に綺麗だ。ずっと眺めていてぇな。」
リヴァイさんが満足気に微笑んだ。
その途端に、ドロリとして重たくなっていた何かが少しだけ軽くなった。
でも、心臓の苦しみは変わらない。
こんな痛み、初めてー。
ううん、違う。前にもあった気がする。
来週、ナイル先生が入れてくれた心臓の検査で、きっと異常が見つかるに違いない。
「ならよかったです。」
私は作り笑いをして、リヴァイさんから視線を反らして夜景を見ているフリをした。
私達は、繋がっている手を握りしめ合うことはしなかった。
でも、大きな窓辺に立って夜景を見上げている間、その手が離れることはなかった。
どうしてかな
貴方が初めて扉から入って来たその日から、心臓が痛いの
朝起きると、魔法から覚めたみたいに、この気持ちは間違いだと思った。
1日中、仕事をしながら考えるのは、名前のことばかりだった。
会いに行ってはいけない。
いや、会いに行こう。
その繰り返しだ。
名前の中に俺の欠片を見つけたせいで、期待してしまった。
そのピースをひとつひとつ繋ぎ合わせたら、もう一度、俺を愛してくれるんじゃないかなんて、夢を見た。
名前はもう他の男を想っていて、もうすぐ結婚するのだ。
幸せを祝福してやらないといけない。
分かってる。
でも、会いたい。あぁ、会いたかった。
だから、約束を守るためだと自分に言い聞かせて、魔法が解けた0時過ぎに会いに行った。
でもすぐ、困った顔をした名前を見て後悔した。
紅茶を飲んだら帰ろうー。
そう決めて、窓の外の夜景を見ていた。
昨夜は綺麗に見えたはずの夜景が、悲しいくらいに虚しく映った。
これからの人生、俺にはこの虚しい夜景しか映らないのかと思ったら、堪らなくツラくなった。
でも、それを受け入れる心の準備ならしていたはずなのに、名前は俺の手を握って、一緒に夜景を見ようなんて言う。
自分が一緒にいるから、なんて言う。
嬉しいと叫ぶ心臓が痛い。
この心臓の痛みが、俺に教えてくれる。
俺は名前を愛してる。
世界中の誰よりも、ずっとー。
あぁ、名前も同じような心臓の痛みを感じてくれていたらいいのに。
そして、気づいてくれたらいいのに。
世界で一番愛しているのは、俺だって。
想いよ、魔法に乗って届けー。
そう願って、繋いだ手を握っていた。
離れない手に、少しくらいは期待していいのかな?
独りよがりの愛を知りすぎた俺は、寂しさが溢れて、苦しくなるばかりだ。