◇68ページ◇別世界
Name change
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ちょうど目の前を通りがかっていた数名の若い男女が、俺の方を向いて驚いた顔で固まった。
名前と一緒にいたのは、揃いも揃って長身で綺麗な顔をした3人の男達と、彼らとは正反対の素朴な印象の若い女だった。
名前は、素朴な印象の若い女の背中に寄り掛かった格好で、目を丸くして俺を見ていた。
その隣に立っているのが、あの黒髪の男だった。
黒髪の男が俺に気づいて眉を顰めるのと、俺が男の胸ぐらを掴んで持ち上げたのは、ほぼ同時だった。
「どうして、てめぇがここにいる?」
見上げなければならないくらいの長身の黒髪の男を睨みつけた。
黒髪の男は黙ったままで俺を睨み返して、胸ぐらを掴み上げている俺の拳に自分の手を乗せると力を込めて引き離そうとした。
握力には自信があるが、優男に見える黒髪の男の手の圧迫力には少し痛みを感じていた。
何かスポーツでもしていたのか、それなりに力もあるようだった。
「てめぇ、何しやがるんだ。あぁ?」
「いや、司。ここは口を出すな。」
「そうだよ!道明寺が口を挟んだらいっつも事態が悪化するだけなんだから!」
「あぁ!?てめぇら俺を何だと思ってんだ!」
「トラブルメーカー。」
「スーパートラブルメーカー。」
「あぁ!?」
すぐに俺に手を出そうとした黒髪の天然パーマの男は、一緒にいた茶髪の長髪の男と素朴な女と言い争いをし始めた。
煩かったが、口や手を出されたら一番邪魔になりそうだったから、都合が良かった。
「あの…、総ちゃんが、何かしました…?」
名前が、胸ぐらを掴まれた黒髪の男の腕にそっと手を添えて不安そうにしながら、睨み合いをしていた俺にそう訊ねた。
怯えた様に俺を見る目も、俺ではなく黒髪の男に触れる手も、ショックだった。
思わず手を離してしまうと、シャツで喉を絞められて苦しかったのか、黒髪の男が小さく咳き込んだ。
「総ちゃんっ。大丈夫っ!?」
すかさずに、名前が黒髪の男の背中を手で擦りながら、心配そうに覗き込む。
どうして、その男の心配なんかー。
気持ちはないし、俺と一緒にいたいからと結婚の約束を破棄までした男なのにー。
俺の方を見もしないで、どうしてその男のことばかり見てしているのか。
名前は何も覚えていないのだと頭では分かっていても、ショックは隠しきれずに、俺は拳を握った。
「心配すんなって。こんなの司との喧嘩に比べたらどうってことねぇから。」
総ちゃんと呼ばれた黒髪の男は、自分の顔を心配そうに覗き込む名前に笑みを見せると、髪をクシャリと撫でた。
つい3か月前までは俺がしていたその仕草に、名前はホッとしたような笑みを返した。
どうしてー。
胸が痛くて、俺のことを知らない名前を見ていられなかった。
「総二郎くん達、いらっしゃい。今日はどこに名前を連れて行ってくれるのかしら。」
静観していた母親が、まるで何も起こらなかったみたいに平然とした態度で黒髪の男達に声をかけた。
すぐに反応したのは、素朴な女だった。
「きょ、今日は、道明寺の我儘なリクエストで海に行こうと思ってるんです!」
「まぁ、それはいいわね。」
優しく微笑んだ母親は、このまま話を流すつもりのようだった。
そしてそれに、素朴な女とその仲間達は乗ることにしたらしく、海に行って何をするつもりなのかを話し出した。
でも、俺には聞きたいことも言いたいこともまだたくさんある。
それは、名前も同じようで、不安そうに俺をチラリと見た後に、母親に訊ねた。
「ねぇ、お母さん。その方は…?」
「昔からの大切なお客様なんですよ。総二郎君とも知り合いだったみたいね。
今のも彼にとっては挨拶のようなものだから、あまり心配しないで。」
「え、でも…、私の名前を呼んだわ。私の知り合いなんじゃないの?」
「まさか、あなたとは顔をあわせたこともありませんよ。」
とぼける母親に重ねて、素朴な女と茶髪の男も、名前の名前を呼んでなんかいなかったと言い出した。
言い返そうとした俺の前に、母親はスッと手を伸ばす。
何も言わないでー。
懇願するようなその目に、俺は口を噤んだ。
今、名前のことを一番分かっているのは、少なくとも俺じゃなかった。
そして、母親はいつだって名前の味方だったのを俺は知っている。
だから、母親の意思を無視して、強引に名前に事実を話すことは出来なかった。
「じゃあ、行ってくるね。」
強引に納得させられた名前は、母親に小さく手を振ってそう言うと、俺に軽く会釈をしてから、黒髪の男達と一緒に立ち去った。
楽しそうな男女グループの背中は、昔からの仲の良い友人同士に見えた。
チラリと後ろを振り向いて俺を見た黒髪の男は、スッと目を反らすと、名前の背中に手をまわし、そのまま横抱きに抱き上げた。
「わぁッ!」
「腰を痛めたお転婆なお姫様は、特別に俺が車まで連れてってやるよ。」
驚いた名前を、黒髪の男はクスリと笑った。
それに嬉しそうにして、名前は黒髪の首に両腕を回して抱き着いた。
彼らは、まるで恋人同士のようだったー。
「わーいっ!楽ちんだ~!総ちゃん、大好き~っ。」
名前の嬉しそうな声が、俺が歩いてきた縁側の向こうから聞こえてきた。
友人達の楽しそうな笑い声の中に、名前の笑い声も確かに響いていた。
きっと振り返らないんだろうと思いながら
笑顔で立ち去る君をずっと見てたんだ
楽しい笑い声が私を包む。
記憶障害だなんて意味の分からないことを言われて、自分の名前以外何も分からない世界に放り込まれてから3ヵ月が経った。
私は今、幸せな世界にいる。
無茶なことをして腰を痛めた私を横抱きでかかえてくれた総ちゃんに抱き着いて、私は笑った。
幸せだ。
私は、幸せなのだー。
名前と一緒にいたのは、揃いも揃って長身で綺麗な顔をした3人の男達と、彼らとは正反対の素朴な印象の若い女だった。
名前は、素朴な印象の若い女の背中に寄り掛かった格好で、目を丸くして俺を見ていた。
その隣に立っているのが、あの黒髪の男だった。
黒髪の男が俺に気づいて眉を顰めるのと、俺が男の胸ぐらを掴んで持ち上げたのは、ほぼ同時だった。
「どうして、てめぇがここにいる?」
見上げなければならないくらいの長身の黒髪の男を睨みつけた。
黒髪の男は黙ったままで俺を睨み返して、胸ぐらを掴み上げている俺の拳に自分の手を乗せると力を込めて引き離そうとした。
握力には自信があるが、優男に見える黒髪の男の手の圧迫力には少し痛みを感じていた。
何かスポーツでもしていたのか、それなりに力もあるようだった。
「てめぇ、何しやがるんだ。あぁ?」
「いや、司。ここは口を出すな。」
「そうだよ!道明寺が口を挟んだらいっつも事態が悪化するだけなんだから!」
「あぁ!?てめぇら俺を何だと思ってんだ!」
「トラブルメーカー。」
「スーパートラブルメーカー。」
「あぁ!?」
すぐに俺に手を出そうとした黒髪の天然パーマの男は、一緒にいた茶髪の長髪の男と素朴な女と言い争いをし始めた。
煩かったが、口や手を出されたら一番邪魔になりそうだったから、都合が良かった。
「あの…、総ちゃんが、何かしました…?」
名前が、胸ぐらを掴まれた黒髪の男の腕にそっと手を添えて不安そうにしながら、睨み合いをしていた俺にそう訊ねた。
怯えた様に俺を見る目も、俺ではなく黒髪の男に触れる手も、ショックだった。
思わず手を離してしまうと、シャツで喉を絞められて苦しかったのか、黒髪の男が小さく咳き込んだ。
「総ちゃんっ。大丈夫っ!?」
すかさずに、名前が黒髪の男の背中を手で擦りながら、心配そうに覗き込む。
どうして、その男の心配なんかー。
気持ちはないし、俺と一緒にいたいからと結婚の約束を破棄までした男なのにー。
俺の方を見もしないで、どうしてその男のことばかり見てしているのか。
名前は何も覚えていないのだと頭では分かっていても、ショックは隠しきれずに、俺は拳を握った。
「心配すんなって。こんなの司との喧嘩に比べたらどうってことねぇから。」
総ちゃんと呼ばれた黒髪の男は、自分の顔を心配そうに覗き込む名前に笑みを見せると、髪をクシャリと撫でた。
つい3か月前までは俺がしていたその仕草に、名前はホッとしたような笑みを返した。
どうしてー。
胸が痛くて、俺のことを知らない名前を見ていられなかった。
「総二郎くん達、いらっしゃい。今日はどこに名前を連れて行ってくれるのかしら。」
静観していた母親が、まるで何も起こらなかったみたいに平然とした態度で黒髪の男達に声をかけた。
すぐに反応したのは、素朴な女だった。
「きょ、今日は、道明寺の我儘なリクエストで海に行こうと思ってるんです!」
「まぁ、それはいいわね。」
優しく微笑んだ母親は、このまま話を流すつもりのようだった。
そしてそれに、素朴な女とその仲間達は乗ることにしたらしく、海に行って何をするつもりなのかを話し出した。
でも、俺には聞きたいことも言いたいこともまだたくさんある。
それは、名前も同じようで、不安そうに俺をチラリと見た後に、母親に訊ねた。
「ねぇ、お母さん。その方は…?」
「昔からの大切なお客様なんですよ。総二郎君とも知り合いだったみたいね。
今のも彼にとっては挨拶のようなものだから、あまり心配しないで。」
「え、でも…、私の名前を呼んだわ。私の知り合いなんじゃないの?」
「まさか、あなたとは顔をあわせたこともありませんよ。」
とぼける母親に重ねて、素朴な女と茶髪の男も、名前の名前を呼んでなんかいなかったと言い出した。
言い返そうとした俺の前に、母親はスッと手を伸ばす。
何も言わないでー。
懇願するようなその目に、俺は口を噤んだ。
今、名前のことを一番分かっているのは、少なくとも俺じゃなかった。
そして、母親はいつだって名前の味方だったのを俺は知っている。
だから、母親の意思を無視して、強引に名前に事実を話すことは出来なかった。
「じゃあ、行ってくるね。」
強引に納得させられた名前は、母親に小さく手を振ってそう言うと、俺に軽く会釈をしてから、黒髪の男達と一緒に立ち去った。
楽しそうな男女グループの背中は、昔からの仲の良い友人同士に見えた。
チラリと後ろを振り向いて俺を見た黒髪の男は、スッと目を反らすと、名前の背中に手をまわし、そのまま横抱きに抱き上げた。
「わぁッ!」
「腰を痛めたお転婆なお姫様は、特別に俺が車まで連れてってやるよ。」
驚いた名前を、黒髪の男はクスリと笑った。
それに嬉しそうにして、名前は黒髪の首に両腕を回して抱き着いた。
彼らは、まるで恋人同士のようだったー。
「わーいっ!楽ちんだ~!総ちゃん、大好き~っ。」
名前の嬉しそうな声が、俺が歩いてきた縁側の向こうから聞こえてきた。
友人達の楽しそうな笑い声の中に、名前の笑い声も確かに響いていた。
きっと振り返らないんだろうと思いながら
笑顔で立ち去る君をずっと見てたんだ
楽しい笑い声が私を包む。
記憶障害だなんて意味の分からないことを言われて、自分の名前以外何も分からない世界に放り込まれてから3ヵ月が経った。
私は今、幸せな世界にいる。
無茶なことをして腰を痛めた私を横抱きでかかえてくれた総ちゃんに抱き着いて、私は笑った。
幸せだ。
私は、幸せなのだー。