◇66ページ◇魔法使い(2)
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春の風が吹いて、緑の葉と色とりどりの花がユラユラと揺れていた。
いつもの小花柄のパジャマから、ピンク色のワンピースに着替えた少女は、今日、退院する。
一週間前、退院が決まってすぐに、医局でナイルに押しつけられた雑務をしていた俺の元にやってきて、退院日を教えてくれた少女はとても嬉しそうだった。
幾ら毎日底抜けに明るい笑顔を振りまいていたのだとしても、病院に閉じ込められているよりも、友人達のいる学校へ通ったり、外へ遊びに出かけられる方が楽しいに決まっている。
頭に真っ赤なリボンを結んだ少女は、誇らしげな顔で母親の隣に並んで立っていた。
主治医であるナイルと俺、そして、薬の研究に協力したことで少女の予後を気にしていたエルヴィンも、見送りに来ていた。
ついでに、なぜかファーランまでついてきたのは、殺し屋みたいだと子供の頃から恐れられていた目つきの悪い親友に懐く、物珍しいお嬢様に興味があったらしい。
本当に失礼なやつだと思う。
母親とナイルが話しを始めると、少女は俺に話しかけた。
「リヴァイ先生、約束、忘れちゃダメだよ?」
「約束?」
「もう忘れちゃったの!?」
とぼける俺に、少女は心底ショックを受けた顔で叫んだ。
気持ちが素直に出るから、からかいがいがあって面白い。
これをもう出来なくなるのだと思うと、明日からの生活が物凄くつまらないものに思えてくる。
「冗談だ。覚えてる。」
髪をクシャリと撫でると、少女はホッとしたように息を吐いた。
俺と少女のやりとりに、エルヴィンが首を傾げながら訊ねた。
「約束?」
「リヴァイ先生と結婚する約束だよ。」
「結婚!?」
驚いた声を上げたのは、ファーランだった。
そして、丸くした目を俺に向けると、思いっきり引いた顔をして口を開いた。
物凄く嫌なことを言われる気がするー。
「お前…、やっぱり、ロリコー。」
「バカ、違ぇ。」
短く否定したけれど、ファーランはまだ疑いの目を向けてくる。
ガキの頃から一緒に育ってきて、俺にロリコンの気質があると思ったことが一度でもあったのだろうか。
本当に失礼なやつだ。
「リヴァイが結婚しようって言ったのかい?」
エルヴィンは柔らかく微笑んで訊ねていたけれど、肩が小刻みに震えていて、笑いを噛み堪えているのがバレバレだ。
絶対に楽しんでやがる。
「魔法使いさんのお嫁さんになりたいって言ったらね?
リヴァイ先生の理想の女になれたら、お嫁さんにしてくれるって 約束してくれたの!」
エルヴィンの質問を素直に受け取った少女は、瞳をキラキラさせて答えていた。
そういうことか、と納得したのか、ファーランの疑いの目が消えて、俺は少しホッとした。
そもそも疑われたことが気にいらないけれどー。
「ほら、リヴァイ先生の理想の女を忘れないように、
ちゃんと書いたんだよ!」
少女は、バッグの中からいつもの日記帳を出すと、開いて見せた。
覗き込もうとしたファーランだったが、エルヴィンは手を出した。
「ちょっと見せてくれるかい?」
「どうぞ。」
少女から日記帳を受け取ったエルヴィンは、フムフムと頷きながら真剣な顔をして、俺の理想の女についての箇条書きを読み上げだした。
その横で、ファーランも興味津々に覗き込む。
「なになに…、魔法使いさんの理想の女は…、
世界一美味しい料理を作る、栄養バランスも考えて彩りも綺麗じゃないとダメ
掃除洗濯が得意、リヴァイ先生と同じレベルの掃除スキルを持つ
友人に紹介しても恥ずかしくない、知識と教養を持っている
容姿は、出来れば美人で、尚且つ可愛いのがいい、スタイルもいい方がいい。
いつでも笑顔で、小さなことで怒らない。すぐに泣いて困らせない。
それから…、たくさんあるな。全部読んでいたら口が回らなくなりそうだ。」
「えげつな…!」
ファーランが、眉を顰めて声を上げた。
そして、鬼でも見るような目で俺を見た。
「お前な、これはお前の理想の女じゃねぇ。世界の男共の理想の女だ。
分かるか?どこにもいねぇってことだ。もし奇跡的に存在するなら、俺が貰うわ。」
「うるせぇな。理想の女を聞かれたから正直に答えたら、そうなったんだ。
あと、その女が本当にいたら、それは俺のだ。」
「普通な、こんな子供に、お嫁さんにしてくださいなんて可愛いこと言われたら
笑って、嬉しいなって言ってやるのが大人なんだよ。
それがどうして、俺と同じ掃除スキルを持ったらな、なんだよ。鬼か。」
「どこが鬼なんだ。普通のこと言っただけだろ。」
「お前の掃除スキルって条件がもう、どんだけえげつねぇと思ってんだ。」
「俺と同じだけ掃除が出来ねぇ女とは、一緒に暮らせねぇ。」
「もう一生独身だ、お前。」
俺の理想の女に怒りを覚えたらしいファーランに、最終的に、ため息交じりにとんでもなく失礼なことを言われた。
まぁ、なんとなく俺も、自分は一生独身なのだろうな、と思っている。
母のクシェルは、娘が欲しかったらしいし、彼女はいないのとよく聞いてくるから、結婚して欲しいのだろうが。
その願いを叶えてやれるか、自信はない。
「まぁ…。」
エルヴィンは、チラリとファーランを見た後、少女に日記帳を返しながら口を開いた。
「リヴァイは理想が高いようだから、とても大変そうだけど
私は応援しているよ。君なら、なれそうな気がする。」
「ありがとう!」
柔らかく微笑んだエルヴィンに、日記帳を大切そうに抱きしめた少女はとても嬉しそうな笑顔を返した。
何か言わないと気が済まないらしいファーランは、「いや、絶対無理。」と小さな声で呟いて、微笑みの貴公子のエルヴィンに足を思いっきり踏まれていた。
「大丈夫だよ、お兄さんの先生。私は、魔法が使えるから。」
足を踏まれて痛がるファーランに、少女がニコリと笑った。
「魔法?」
「よく考えたんだけど、私はもう魔法が使えてると思うの。」
少し大人ぶった言い方で、少女は頷きながら言った。
そして、どういうことかと訊ねる俺に、嬉しそうに教えてくれる。
「だって、私の身体はもう魔法で出来てるわけでしょう?
だから、私はもう魔法が使えるってことなの!」
「ほう、面白ぇことに気づいたな。」
少女なりの理論に、そういうことかと納得した。
少しだけ口の端を上げた俺に、少女は「やっぱり、そうだよね!」と嬉しそうに笑った。
さっきまで、大人ぶった表情をしていたくせに、あっという間に子供に戻った少女に気づかれないように、俺はククッと喉を鳴らした。
「これから私が覚えていくことは全部、リヴァイ先生の魔法のおかげなの。
魔法で覚えていくんだから、私はきっと何だって覚えられるし、出来るようになるよ。」
「あぁ、きっとそうだね。私もそう思うよ。」
エルヴィンがまた柔らかく微笑んで、少女の頭に大きな手を乗せた。
子供の相手をしているエルヴィンなんて、薬を作ってやりたい女の子がいると相談するまで見たことがなかった。
だが、少女に会ってから、エルヴィンは、よく病室に顔を見せに来ていたし、可愛がっているようだった。
目に入れても可愛くないー、と垂れ下がった眉尻が語っている。
「絶対にリヴァイ先生の理想の女になるから、
そしたら、私をお嫁さんにしてね。」
「あぁ、分かった。」
「約束だよ?あ、そうだ!エルヴィン先生、証拠の写真撮って!
リヴァイ先生が、忘れちゃわないように!」
少女は思いついたように言うと、カメラで写真を撮ってくれとエルヴィンを急かした。
どこにカメラがあるのかと思ったら、エルヴィンが病室に来たとき、仕事で使うからとバッグの中に入れていたカメラで遊んだことがあったらしい。
でも、写真なんて撮らなくてもちゃんと覚えていると言ったけれど、結局、エルヴィンも乗り気になってカメラを構えてしまった。
「じゃあ、指切りしている写真にしようか。
ほら、魔法使いさん。可愛いお姫様と小指を結んであげて。」
俺と少女を横に並べたエルヴィンは、少し距離を置くと楽しそうに言う。
これ以上は断る理由もないし、小指だけを立てて少女の胸のあたりに出した。
すると、少女は、おずおずと俺の小指に自分の小指を絡めた。
小さく細い小指で、少女はしっかりと俺の小指を掴んでいた。
「よし、じゃあ、撮るぞ。2人ともこっちを向いて!」
エルヴィンが、よくある掛け声を続けて、シャッターを押した。
撮れたばかりの写真の画像を見せてもらった少女は、満足そうにニッと笑った。
「そろそろ帰るわよ。キクが迎えに来たわ。」
一緒に撮ったばかりの写真の画像を見ていると、母親が少女を呼んだ。
母親に元気に返事をした後、少女は俺の方を向いて口を開いた。
「私が大人になるまで、あと10年くらいあるってママに聞いたの。
だから、10年後に、きっと理想の女になって、リヴァイ先生に会いに来るから。
それまでちゃんと待っててね?」
「あぁ、楽しみに待ってる。」
最後だと思ったから、俺は膝を折り曲げてしゃがみ込み、少女と視線を合わせた。
そうやって髪をクシャリと撫でてやれば、少女はとても嬉しそうにした。
「じゃあ、誓いのキス…!」
少女は早口でそう言うと、俺の唇に自分の唇をあてた。
エルヴィンとファーランから、驚いて息を吸ったような音が聞こえた。
キスとも呼べないそれは、何が起こったか理解する暇も与えないくらいにほんの一瞬で、触れたのかどうかも分からなかった。
でも、頬を真っ赤に染めている少女が、それは確かに、少女にとって、とても勇気を出したキスなのだと教えてくれた。
驚き固まる俺が、何かを言うよりも先に、急かすように名前を呼ぶ少女の母親の声が届いた。
「はい!今行く!!」
少女は顔を真っ赤に染めたままで、早口で言って、俺に背を向けて母親の元へ向かった。
母親の隣に少女が並ぶと、もう一度、最後に、ナイルが2人に見送りの挨拶をした。
「皆様のおかげで、こうして元気に退院することが出来ました。
本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
綺麗な顔をした母娘が、綺麗にお辞儀をした。
そして、少女は母親と手を繋いで、俺達に背を向けて歩き出す。
元気になって退院していく姿を見送れるのは、医者としてとても嬉しいことだとナイルが言っていた。
確かにそうだと思う。
少女の場合は、これから数年は、記憶障害を抑えるための点滴投与でまたエルディア大学に半年に1度は通うことになるだろうが、その頃にはもう俺の研修は終わっている。
だから、きっと本当にもうこれでお別れかー。
「名前!!」
気づくと、俺は少女の名前を叫んでいた。
母親と手を繋いで歩いていた小さな背中が振り向いた。
「約束、忘れんなよ!!」
少女とはたくさんの約束をした。
いつか正式な魔法使いになって、病を治す魔法の薬を作ってやるなんて子供みたいなものから、もう二度と大切な人を傷つけてはいけないという約束。
それから、少女の淡い恋の約束。
まだ幼い少女がこれから過ごしていく楽しい日々の中で、俺と過ごした時間なんてあっという間に遠い昔の話になって、色褪せていくのかもしれない。
でも、俺にとって、少女はきっとずっと特別だ。
だって、エルヴィンのように生きてみたら何かを見つけられるかもしれないと思っていながら、なんとなく勉強をして日々を過ごしていただけだった俺に、絶対に叶えたいと思う夢をくれたのだ。
俺は、薬を研究する仕事に就きたい。そして、たったひとつの薬で、苦しんでいる誰かを笑顔にしたい。
たとえば、少女のようなー。
「魔法使いさん、ずーーーーっと大好き!!」
名前は、笑った。
いつも俺に向けてくれた底抜けに明るい笑顔で、大きく手を振った。
俺は、この笑顔を絶対に忘れない。
きっと、きっとー。
いつもの小花柄のパジャマから、ピンク色のワンピースに着替えた少女は、今日、退院する。
一週間前、退院が決まってすぐに、医局でナイルに押しつけられた雑務をしていた俺の元にやってきて、退院日を教えてくれた少女はとても嬉しそうだった。
幾ら毎日底抜けに明るい笑顔を振りまいていたのだとしても、病院に閉じ込められているよりも、友人達のいる学校へ通ったり、外へ遊びに出かけられる方が楽しいに決まっている。
頭に真っ赤なリボンを結んだ少女は、誇らしげな顔で母親の隣に並んで立っていた。
主治医であるナイルと俺、そして、薬の研究に協力したことで少女の予後を気にしていたエルヴィンも、見送りに来ていた。
ついでに、なぜかファーランまでついてきたのは、殺し屋みたいだと子供の頃から恐れられていた目つきの悪い親友に懐く、物珍しいお嬢様に興味があったらしい。
本当に失礼なやつだと思う。
母親とナイルが話しを始めると、少女は俺に話しかけた。
「リヴァイ先生、約束、忘れちゃダメだよ?」
「約束?」
「もう忘れちゃったの!?」
とぼける俺に、少女は心底ショックを受けた顔で叫んだ。
気持ちが素直に出るから、からかいがいがあって面白い。
これをもう出来なくなるのだと思うと、明日からの生活が物凄くつまらないものに思えてくる。
「冗談だ。覚えてる。」
髪をクシャリと撫でると、少女はホッとしたように息を吐いた。
俺と少女のやりとりに、エルヴィンが首を傾げながら訊ねた。
「約束?」
「リヴァイ先生と結婚する約束だよ。」
「結婚!?」
驚いた声を上げたのは、ファーランだった。
そして、丸くした目を俺に向けると、思いっきり引いた顔をして口を開いた。
物凄く嫌なことを言われる気がするー。
「お前…、やっぱり、ロリコー。」
「バカ、違ぇ。」
短く否定したけれど、ファーランはまだ疑いの目を向けてくる。
ガキの頃から一緒に育ってきて、俺にロリコンの気質があると思ったことが一度でもあったのだろうか。
本当に失礼なやつだ。
「リヴァイが結婚しようって言ったのかい?」
エルヴィンは柔らかく微笑んで訊ねていたけれど、肩が小刻みに震えていて、笑いを噛み堪えているのがバレバレだ。
絶対に楽しんでやがる。
「魔法使いさんのお嫁さんになりたいって言ったらね?
リヴァイ先生の理想の女になれたら、お嫁さんにしてくれるって 約束してくれたの!」
エルヴィンの質問を素直に受け取った少女は、瞳をキラキラさせて答えていた。
そういうことか、と納得したのか、ファーランの疑いの目が消えて、俺は少しホッとした。
そもそも疑われたことが気にいらないけれどー。
「ほら、リヴァイ先生の理想の女を忘れないように、
ちゃんと書いたんだよ!」
少女は、バッグの中からいつもの日記帳を出すと、開いて見せた。
覗き込もうとしたファーランだったが、エルヴィンは手を出した。
「ちょっと見せてくれるかい?」
「どうぞ。」
少女から日記帳を受け取ったエルヴィンは、フムフムと頷きながら真剣な顔をして、俺の理想の女についての箇条書きを読み上げだした。
その横で、ファーランも興味津々に覗き込む。
「なになに…、魔法使いさんの理想の女は…、
世界一美味しい料理を作る、栄養バランスも考えて彩りも綺麗じゃないとダメ
掃除洗濯が得意、リヴァイ先生と同じレベルの掃除スキルを持つ
友人に紹介しても恥ずかしくない、知識と教養を持っている
容姿は、出来れば美人で、尚且つ可愛いのがいい、スタイルもいい方がいい。
いつでも笑顔で、小さなことで怒らない。すぐに泣いて困らせない。
それから…、たくさんあるな。全部読んでいたら口が回らなくなりそうだ。」
「えげつな…!」
ファーランが、眉を顰めて声を上げた。
そして、鬼でも見るような目で俺を見た。
「お前な、これはお前の理想の女じゃねぇ。世界の男共の理想の女だ。
分かるか?どこにもいねぇってことだ。もし奇跡的に存在するなら、俺が貰うわ。」
「うるせぇな。理想の女を聞かれたから正直に答えたら、そうなったんだ。
あと、その女が本当にいたら、それは俺のだ。」
「普通な、こんな子供に、お嫁さんにしてくださいなんて可愛いこと言われたら
笑って、嬉しいなって言ってやるのが大人なんだよ。
それがどうして、俺と同じ掃除スキルを持ったらな、なんだよ。鬼か。」
「どこが鬼なんだ。普通のこと言っただけだろ。」
「お前の掃除スキルって条件がもう、どんだけえげつねぇと思ってんだ。」
「俺と同じだけ掃除が出来ねぇ女とは、一緒に暮らせねぇ。」
「もう一生独身だ、お前。」
俺の理想の女に怒りを覚えたらしいファーランに、最終的に、ため息交じりにとんでもなく失礼なことを言われた。
まぁ、なんとなく俺も、自分は一生独身なのだろうな、と思っている。
母のクシェルは、娘が欲しかったらしいし、彼女はいないのとよく聞いてくるから、結婚して欲しいのだろうが。
その願いを叶えてやれるか、自信はない。
「まぁ…。」
エルヴィンは、チラリとファーランを見た後、少女に日記帳を返しながら口を開いた。
「リヴァイは理想が高いようだから、とても大変そうだけど
私は応援しているよ。君なら、なれそうな気がする。」
「ありがとう!」
柔らかく微笑んだエルヴィンに、日記帳を大切そうに抱きしめた少女はとても嬉しそうな笑顔を返した。
何か言わないと気が済まないらしいファーランは、「いや、絶対無理。」と小さな声で呟いて、微笑みの貴公子のエルヴィンに足を思いっきり踏まれていた。
「大丈夫だよ、お兄さんの先生。私は、魔法が使えるから。」
足を踏まれて痛がるファーランに、少女がニコリと笑った。
「魔法?」
「よく考えたんだけど、私はもう魔法が使えてると思うの。」
少し大人ぶった言い方で、少女は頷きながら言った。
そして、どういうことかと訊ねる俺に、嬉しそうに教えてくれる。
「だって、私の身体はもう魔法で出来てるわけでしょう?
だから、私はもう魔法が使えるってことなの!」
「ほう、面白ぇことに気づいたな。」
少女なりの理論に、そういうことかと納得した。
少しだけ口の端を上げた俺に、少女は「やっぱり、そうだよね!」と嬉しそうに笑った。
さっきまで、大人ぶった表情をしていたくせに、あっという間に子供に戻った少女に気づかれないように、俺はククッと喉を鳴らした。
「これから私が覚えていくことは全部、リヴァイ先生の魔法のおかげなの。
魔法で覚えていくんだから、私はきっと何だって覚えられるし、出来るようになるよ。」
「あぁ、きっとそうだね。私もそう思うよ。」
エルヴィンがまた柔らかく微笑んで、少女の頭に大きな手を乗せた。
子供の相手をしているエルヴィンなんて、薬を作ってやりたい女の子がいると相談するまで見たことがなかった。
だが、少女に会ってから、エルヴィンは、よく病室に顔を見せに来ていたし、可愛がっているようだった。
目に入れても可愛くないー、と垂れ下がった眉尻が語っている。
「絶対にリヴァイ先生の理想の女になるから、
そしたら、私をお嫁さんにしてね。」
「あぁ、分かった。」
「約束だよ?あ、そうだ!エルヴィン先生、証拠の写真撮って!
リヴァイ先生が、忘れちゃわないように!」
少女は思いついたように言うと、カメラで写真を撮ってくれとエルヴィンを急かした。
どこにカメラがあるのかと思ったら、エルヴィンが病室に来たとき、仕事で使うからとバッグの中に入れていたカメラで遊んだことがあったらしい。
でも、写真なんて撮らなくてもちゃんと覚えていると言ったけれど、結局、エルヴィンも乗り気になってカメラを構えてしまった。
「じゃあ、指切りしている写真にしようか。
ほら、魔法使いさん。可愛いお姫様と小指を結んであげて。」
俺と少女を横に並べたエルヴィンは、少し距離を置くと楽しそうに言う。
これ以上は断る理由もないし、小指だけを立てて少女の胸のあたりに出した。
すると、少女は、おずおずと俺の小指に自分の小指を絡めた。
小さく細い小指で、少女はしっかりと俺の小指を掴んでいた。
「よし、じゃあ、撮るぞ。2人ともこっちを向いて!」
エルヴィンが、よくある掛け声を続けて、シャッターを押した。
撮れたばかりの写真の画像を見せてもらった少女は、満足そうにニッと笑った。
「そろそろ帰るわよ。キクが迎えに来たわ。」
一緒に撮ったばかりの写真の画像を見ていると、母親が少女を呼んだ。
母親に元気に返事をした後、少女は俺の方を向いて口を開いた。
「私が大人になるまで、あと10年くらいあるってママに聞いたの。
だから、10年後に、きっと理想の女になって、リヴァイ先生に会いに来るから。
それまでちゃんと待っててね?」
「あぁ、楽しみに待ってる。」
最後だと思ったから、俺は膝を折り曲げてしゃがみ込み、少女と視線を合わせた。
そうやって髪をクシャリと撫でてやれば、少女はとても嬉しそうにした。
「じゃあ、誓いのキス…!」
少女は早口でそう言うと、俺の唇に自分の唇をあてた。
エルヴィンとファーランから、驚いて息を吸ったような音が聞こえた。
キスとも呼べないそれは、何が起こったか理解する暇も与えないくらいにほんの一瞬で、触れたのかどうかも分からなかった。
でも、頬を真っ赤に染めている少女が、それは確かに、少女にとって、とても勇気を出したキスなのだと教えてくれた。
驚き固まる俺が、何かを言うよりも先に、急かすように名前を呼ぶ少女の母親の声が届いた。
「はい!今行く!!」
少女は顔を真っ赤に染めたままで、早口で言って、俺に背を向けて母親の元へ向かった。
母親の隣に少女が並ぶと、もう一度、最後に、ナイルが2人に見送りの挨拶をした。
「皆様のおかげで、こうして元気に退院することが出来ました。
本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
綺麗な顔をした母娘が、綺麗にお辞儀をした。
そして、少女は母親と手を繋いで、俺達に背を向けて歩き出す。
元気になって退院していく姿を見送れるのは、医者としてとても嬉しいことだとナイルが言っていた。
確かにそうだと思う。
少女の場合は、これから数年は、記憶障害を抑えるための点滴投与でまたエルディア大学に半年に1度は通うことになるだろうが、その頃にはもう俺の研修は終わっている。
だから、きっと本当にもうこれでお別れかー。
「名前!!」
気づくと、俺は少女の名前を叫んでいた。
母親と手を繋いで歩いていた小さな背中が振り向いた。
「約束、忘れんなよ!!」
少女とはたくさんの約束をした。
いつか正式な魔法使いになって、病を治す魔法の薬を作ってやるなんて子供みたいなものから、もう二度と大切な人を傷つけてはいけないという約束。
それから、少女の淡い恋の約束。
まだ幼い少女がこれから過ごしていく楽しい日々の中で、俺と過ごした時間なんてあっという間に遠い昔の話になって、色褪せていくのかもしれない。
でも、俺にとって、少女はきっとずっと特別だ。
だって、エルヴィンのように生きてみたら何かを見つけられるかもしれないと思っていながら、なんとなく勉強をして日々を過ごしていただけだった俺に、絶対に叶えたいと思う夢をくれたのだ。
俺は、薬を研究する仕事に就きたい。そして、たったひとつの薬で、苦しんでいる誰かを笑顔にしたい。
たとえば、少女のようなー。
「魔法使いさん、ずーーーーっと大好き!!」
名前は、笑った。
いつも俺に向けてくれた底抜けに明るい笑顔で、大きく手を振った。
俺は、この笑顔を絶対に忘れない。
きっと、きっとー。