◇65ページ◇魔法使い(1)
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茶道の家元として忙しい母親が仕事に戻った後、魔法の世界の話を早々に切り上げさせてもらった俺は、少女に簡単な問診を始めていた。
ナイルもしたのだろうが、薬を作った人間としても、薬の効果を確認しておきたかった。
その結果、少女は過去を思い出したわけではないことが分かった。
覚えているのは、昨日からのこととだけだ。
昨日の分の記憶から、忘れずにいることが出来るようになったようだ。
「もうずっと忘れない?」
「それはどうだろうな。俺はまだ魔法使いとして未熟だし
お前にかけた魔法がずっと続くとは約束してやれねぇ。」
「そっか…。」
少女は小さく呟くように答えた。
不安そうな表情の少女に、もう大丈夫だと安心させてやりたいけれど、簡単に完治だとは言えない。
ただの研修医が作った薬だ。
今回は、エルヴィンにその薬を確認してもらって、エルヴィンの名前で使用許可を出してもらったのだ。
あまり強い薬にしてしまうと副作用も怖いから、小児用の中でも特に弱い薬剤を使って作った。
だから、記憶回路を刺激するといってもそれがいつまで脳に効くかは分からない。
身体に耐性が出来てしまった時点で、きっとまた再発してしまうはずだ。
それまでに、あの影を消す薬が必要だ。
「また再発したら、また魔法の薬でもなんでも作ってやるよ。
その頃に、俺が正式な魔法使いになれてれば、ずっと続く魔法をかけてやる。」
「本当!?」
「あぁ、約束する。だから、お前も俺に約束しろ。」
「約束?」
俺がそう言うと、少女は不思議そうに首を傾げた。
今日もベッドのサイドテーブルには日記帳が置いてあったが、少女が手に取ることはなかった。
でも、いつかまた、少女はこの日記帳を必要とする日が来るのかもしれない。
俺は、日記帳を手に取ってペラペラとめくった。
ここにあるのは、少女にとって、絶対に忘れたくない大切な人達のリストだ。
「いつかまた、目が覚めたらここにいる奴らのことを忘れちまう日が来るかもしれねぇ。
そのとき、勝手に、自分は大切な奴らを傷つけていると決めつけるな。」
「でも、私が忘れちゃったら悲しいよ?ママは昨日の朝も、悲しそうな顔をした。」
「お前が、もう二度と目を覚まさなくてもいいから、覚えていたいと思った大切な奴らは、
お前に忘れられたって構わないから、お前の笑顔が見たいと思ってる。
それだけは忘れるな。約束だ。分かったか?」
「…うーん、わかった!忘れないようにする!!
リヴァイ先生、それ貸して。忘れちゃったときのために、今のうちに書いておくから!!」
「いい心がけだな。」
一応は理解してもらえたようで、安心して、俺は日記帳を少女に渡した。
ペンケースから、お気に入りのペンを取り出した少女は、日記帳の最後のページを開くと、そこに俺の言葉を書き始めた。
いつかもし、本当に記憶障害が再発してしまったとき、少女がこの日記帳を開いてくれることを、俺はそのとき、心から願った。
それからまた、魔法の世界の話が再燃してしまったが、聞き役に徹していれば、話し疲れた少女はすぐに眠ってしまった。
魔法使いなんて余計なことを言わなければよかったとだいぶ後悔していたが、少女がとても嬉しそうだったのは良かったと思う。
ナイルやピクシス院長は、俺がこの病室に籠ることに対して悪くは思っていないようだった。
でも、あまり居座り続けるのも良くはない。
少女も眠ってしまったし、そろそろ医局に戻らないとナイルに文句を言われそうだ。
椅子から立ち上がろうとしたとき、仕事に戻っていた母親が病室に戻ってきた。
「眠ってしまったんですね。ふふ、安心した顔で眠ってるわ。」
ベッドまでやって来た母親は、嬉しそうに言って、少女の頬を愛おしそうに撫でた。
そういえば、昼寝をしている少女を見るのは初めてだった。
仕事の合間に病室を訪れていたから、いつも来る時間はバラバラだった。
でも、いつ来ても少女は起きていた。
そうか、寝るのが怖かったのかー。
「今朝、起きてすぐに…、この娘、ママって私に抱き着いたんです…。
それが、どれほど幸せか…っ。私も、あのコも、思い出すことが出来た…っ。」
堪えきれず、母親の瞳からは大粒の涙が幾つもこぼれ落ちていった。
その涙を拭うこともせず、母親は俺に向かって頭を下げた。
今日も上品で綺麗な着物を身に纏っている母親の肩は、小さく震えていた。
「リヴァイ先生が、寝る間を惜しんで薬を作ってくれていたんだと、エルヴィン先生から聞きました…っ。
あの娘の笑顔をもう一度見ることが出来たのは、リヴァイ先生のおかげです…っ。
本当に…っ、ありがとうございました…っ。」
母親は涙声で、俺に礼を告げた。
直接、病を治す医者ではなくても、薬を作ることでも、患者を助けることが出来るなんて、知らなかった。
たったひとつの薬が、少女の病を改善させただけではなく、少女を本物の笑顔にして、母親を泣くほどに喜ばせたのだ。
それは本当に、少女の言うように、魔法なのかもしれなかった。
まさか、医者になるために研修医としてエルディア病院にやって来て、魔法使いになるとは思わなかった。
でも俺にとって、その日は、生まれてきて一番、自分のことを好きになれた日だった。
あのたったひとつの薬は、俺という人間に未来の道も示してくれたのだ。
やっぱりあれは本当に、魔法だったに違いない。
ナイルもしたのだろうが、薬を作った人間としても、薬の効果を確認しておきたかった。
その結果、少女は過去を思い出したわけではないことが分かった。
覚えているのは、昨日からのこととだけだ。
昨日の分の記憶から、忘れずにいることが出来るようになったようだ。
「もうずっと忘れない?」
「それはどうだろうな。俺はまだ魔法使いとして未熟だし
お前にかけた魔法がずっと続くとは約束してやれねぇ。」
「そっか…。」
少女は小さく呟くように答えた。
不安そうな表情の少女に、もう大丈夫だと安心させてやりたいけれど、簡単に完治だとは言えない。
ただの研修医が作った薬だ。
今回は、エルヴィンにその薬を確認してもらって、エルヴィンの名前で使用許可を出してもらったのだ。
あまり強い薬にしてしまうと副作用も怖いから、小児用の中でも特に弱い薬剤を使って作った。
だから、記憶回路を刺激するといってもそれがいつまで脳に効くかは分からない。
身体に耐性が出来てしまった時点で、きっとまた再発してしまうはずだ。
それまでに、あの影を消す薬が必要だ。
「また再発したら、また魔法の薬でもなんでも作ってやるよ。
その頃に、俺が正式な魔法使いになれてれば、ずっと続く魔法をかけてやる。」
「本当!?」
「あぁ、約束する。だから、お前も俺に約束しろ。」
「約束?」
俺がそう言うと、少女は不思議そうに首を傾げた。
今日もベッドのサイドテーブルには日記帳が置いてあったが、少女が手に取ることはなかった。
でも、いつかまた、少女はこの日記帳を必要とする日が来るのかもしれない。
俺は、日記帳を手に取ってペラペラとめくった。
ここにあるのは、少女にとって、絶対に忘れたくない大切な人達のリストだ。
「いつかまた、目が覚めたらここにいる奴らのことを忘れちまう日が来るかもしれねぇ。
そのとき、勝手に、自分は大切な奴らを傷つけていると決めつけるな。」
「でも、私が忘れちゃったら悲しいよ?ママは昨日の朝も、悲しそうな顔をした。」
「お前が、もう二度と目を覚まさなくてもいいから、覚えていたいと思った大切な奴らは、
お前に忘れられたって構わないから、お前の笑顔が見たいと思ってる。
それだけは忘れるな。約束だ。分かったか?」
「…うーん、わかった!忘れないようにする!!
リヴァイ先生、それ貸して。忘れちゃったときのために、今のうちに書いておくから!!」
「いい心がけだな。」
一応は理解してもらえたようで、安心して、俺は日記帳を少女に渡した。
ペンケースから、お気に入りのペンを取り出した少女は、日記帳の最後のページを開くと、そこに俺の言葉を書き始めた。
いつかもし、本当に記憶障害が再発してしまったとき、少女がこの日記帳を開いてくれることを、俺はそのとき、心から願った。
それからまた、魔法の世界の話が再燃してしまったが、聞き役に徹していれば、話し疲れた少女はすぐに眠ってしまった。
魔法使いなんて余計なことを言わなければよかったとだいぶ後悔していたが、少女がとても嬉しそうだったのは良かったと思う。
ナイルやピクシス院長は、俺がこの病室に籠ることに対して悪くは思っていないようだった。
でも、あまり居座り続けるのも良くはない。
少女も眠ってしまったし、そろそろ医局に戻らないとナイルに文句を言われそうだ。
椅子から立ち上がろうとしたとき、仕事に戻っていた母親が病室に戻ってきた。
「眠ってしまったんですね。ふふ、安心した顔で眠ってるわ。」
ベッドまでやって来た母親は、嬉しそうに言って、少女の頬を愛おしそうに撫でた。
そういえば、昼寝をしている少女を見るのは初めてだった。
仕事の合間に病室を訪れていたから、いつも来る時間はバラバラだった。
でも、いつ来ても少女は起きていた。
そうか、寝るのが怖かったのかー。
「今朝、起きてすぐに…、この娘、ママって私に抱き着いたんです…。
それが、どれほど幸せか…っ。私も、あのコも、思い出すことが出来た…っ。」
堪えきれず、母親の瞳からは大粒の涙が幾つもこぼれ落ちていった。
その涙を拭うこともせず、母親は俺に向かって頭を下げた。
今日も上品で綺麗な着物を身に纏っている母親の肩は、小さく震えていた。
「リヴァイ先生が、寝る間を惜しんで薬を作ってくれていたんだと、エルヴィン先生から聞きました…っ。
あの娘の笑顔をもう一度見ることが出来たのは、リヴァイ先生のおかげです…っ。
本当に…っ、ありがとうございました…っ。」
母親は涙声で、俺に礼を告げた。
直接、病を治す医者ではなくても、薬を作ることでも、患者を助けることが出来るなんて、知らなかった。
たったひとつの薬が、少女の病を改善させただけではなく、少女を本物の笑顔にして、母親を泣くほどに喜ばせたのだ。
それは本当に、少女の言うように、魔法なのかもしれなかった。
まさか、医者になるために研修医としてエルディア病院にやって来て、魔法使いになるとは思わなかった。
でも俺にとって、その日は、生まれてきて一番、自分のことを好きになれた日だった。
あのたったひとつの薬は、俺という人間に未来の道も示してくれたのだ。
やっぱりあれは本当に、魔法だったに違いない。