◇62ページ◇エルヴィン
Name change
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ノックしたのとほぼ同時に、ゆっくりと、扉を開いた。
あまり広いとは言えない部屋の奥の窓際に、重厚な木製のデスクが置いてある。
エルヴィンは、そこで書類を読んでいた。
書類から視線を上げたエルヴィンは、部屋に入って来た俺と目が合うと僅かに目を開いた。
だが、アルミン達やナナバがそうしたようには驚かなかった。
まるで初めから、いつか俺がここに辿り着くと分かっていたようだった。
「待ってたよ。思ってたより早かったな。
さすがリヴァイだ。」
エルヴィンは少し微笑んで、持っていた書類を机に当てて整えると、引き出しの中に仕舞った。
嬉しそうなその表情は、さっきのナナバが見せたものと似ていた。
「知ってること、全部吐け。」
回りくどいのは苦手だ。それに俺は、早急に名前の居場所を聞き出したかった。
だから、ミカサから、エルヴィンの名前を聞いたその足で帝都大学までやって来たのだ。
名前はこの帝都大学の元医学部生だった。
俺の家に転がり込む少し前に自主退学するまで、エルヴィンの元で学んでいた。
しかも、俺が学生時代に所属していたこのサークルには、ミカサやアルミン達だけではなく名前も所属していて、そこでもエルヴィンと親しくしていたのだそうだ。
名前が魔法だと言って知っていた俺のプライバシーを垂れ流したのもエルヴィンだ。
俺の家に転がり込みたいという計画を一番最初に名前から聞いたのもエルヴィンだったそうじゃないか。
初めから、俺はエルヴィンの手のひらの上で転がされていたのだー。
「研究所では楽しくやっているか?」
デスクの上で手を組んだエルヴィンは、穏やかな表情で俺に訊ねた。
それは、ここに辿り着くまで3ヵ月もの時間を要し急いでいた俺の神経を逆なでするには、十分だった。
「いい加減にしやがれ!そんなことどうでもいい!」
「どうでもいい?そんなことはないだろう。
リヴァイが研究所に戻れるようにと尽力したのは名前だ。
君が楽しくしていれば、きっと名前も嬉しいはずだ。」
エルヴィンは至極真面目な顔をしていた。
誤魔化するつもりも、はぐらかすつもりもないようだった。
確かに、研究所に戻れたのは名前のおかげだ。
それはザックレーに聞いているから知っている。
「お前は何を知ってる。他に誰が、名前のことを知ってる。
俺は…、せめて、お前達の半分は知ってるのか…?」
俺は、拳を握った。
名前のことなら何でも知っているという顔をしたジャンだけじゃなかった。
エレンもアルミンもミカサも、ナナバも、俺よりも名前のことを知っていた。
俺だけ、俺だけが何も知らなかった。
これから知っていけたらいいと思っていた“これから”を名前に消されたー。
それでも、情けないくらいに、愛していた。愛しているのだ。
「ジャンが言っていたよ。リヴァイの前にいる名前は、誰も知らない名前だった、と。
私達の知らない名前を、君はたくさん知っているだろう?」
「だが、もういねぇ!アイツは俺を残して消えやがった…!」
「違うよ、リヴァイ。
名前は消えたんじゃない。消えるしか、なかったんだ。」
拳を握りしめて悔し気に叫んだ俺に、エルヴィンはとても寂しそうに目を伏せた。
「どういうことだ。」
無意識に、片眉が上がった。
でも、その質問には答えず、エルヴィンは引き出しの中から1枚の写真を取り出した。
「リヴァイ、昔話をしないか。」
「しねぇ。俺は急いでるんだ。早く俺の質問に答えやがれ。」
「急がば回れと言うだろう。少し付き合ってくれ。
その後、幾らでも聞きたいことに答えてやるから。」
エルヴィンはそう言いながら、俺に写真を手渡した。
それは、懐かしい写真だった。
10年以上前、俺がエルディア病院で研修医をしていた頃に、仲良くなった少女が退院するときに、撮ったものだ。
病院の庭で、白衣を羽織ったまだ若い俺が、ピンク色のワンピースを着た少女とお互いの指を絡めている姿が写っていた。
『約束だよ?あ、そうだ!エルヴィン先生、証拠の写真撮って!
リヴァイ先生が、忘れちゃわないように!』
そう言って、俺の小指に自分の小指を絡めた少女を思い出した。
あの日、少女にせがまれて写真を撮ったエルヴィンが、この写真を現像して証拠としてずっと持ってくれていたようだ。
(あぁ…、そうだ。こんな顔してたな。)
もうずっと思い出すことをしていなかった記憶が、木の幹から出てくる蜜のように、ゆっくり、じんわりと胸に広がっていった。
俺が一夜漬けのような知識で作った薬で症状が良くなった少女は、ひどく感激して、喜んで、それから俺に懐くようになった。
コロコロと仔犬のように笑うのが可愛くて、子供が苦手な俺も少女がそばにいるのはむしろ楽しかった。
人を人だと思わない地獄のような研修医生活を、少女の笑顔を癒しに乗り切っていたくらいだ。
少女が笑顔で退院するときは、とても嬉しくて、でも本当は少し寂しかったのも覚えている。
薬ひとつで、俺と少女の間には、確かにあのとき、絆が生まれていた。
それに感激したのは、少女よりも俺の方だったのだと思う。
だから俺は、薬の研究員になると決めたのだ。
少女の病を完治させる薬を作ってやるという約束を守ってやりたかったけれど、俺は恋をこじらせて研究所を退社してしまった。
その罪悪感から逃げたくて、少女のことを思い出さないようにしていた。
ズルい俺は、未だに、作りかけの薬のレポートを開くことすら出来ていない。
少女は今、元気にしているだろうか。
再発していなければいいのだがー。
「さぁ、リヴァイ。昔話をしよう。」
デスクに両肘をつき、顔の前で両手を組んだエルヴィンが、柔らかく目を細めた。
君は一体、幾つの涙や悲しみを飲み込んで
何も知らない俺の隣で笑っていたんだい
あまり広いとは言えない部屋の奥の窓際に、重厚な木製のデスクが置いてある。
エルヴィンは、そこで書類を読んでいた。
書類から視線を上げたエルヴィンは、部屋に入って来た俺と目が合うと僅かに目を開いた。
だが、アルミン達やナナバがそうしたようには驚かなかった。
まるで初めから、いつか俺がここに辿り着くと分かっていたようだった。
「待ってたよ。思ってたより早かったな。
さすがリヴァイだ。」
エルヴィンは少し微笑んで、持っていた書類を机に当てて整えると、引き出しの中に仕舞った。
嬉しそうなその表情は、さっきのナナバが見せたものと似ていた。
「知ってること、全部吐け。」
回りくどいのは苦手だ。それに俺は、早急に名前の居場所を聞き出したかった。
だから、ミカサから、エルヴィンの名前を聞いたその足で帝都大学までやって来たのだ。
名前はこの帝都大学の元医学部生だった。
俺の家に転がり込む少し前に自主退学するまで、エルヴィンの元で学んでいた。
しかも、俺が学生時代に所属していたこのサークルには、ミカサやアルミン達だけではなく名前も所属していて、そこでもエルヴィンと親しくしていたのだそうだ。
名前が魔法だと言って知っていた俺のプライバシーを垂れ流したのもエルヴィンだ。
俺の家に転がり込みたいという計画を一番最初に名前から聞いたのもエルヴィンだったそうじゃないか。
初めから、俺はエルヴィンの手のひらの上で転がされていたのだー。
「研究所では楽しくやっているか?」
デスクの上で手を組んだエルヴィンは、穏やかな表情で俺に訊ねた。
それは、ここに辿り着くまで3ヵ月もの時間を要し急いでいた俺の神経を逆なでするには、十分だった。
「いい加減にしやがれ!そんなことどうでもいい!」
「どうでもいい?そんなことはないだろう。
リヴァイが研究所に戻れるようにと尽力したのは名前だ。
君が楽しくしていれば、きっと名前も嬉しいはずだ。」
エルヴィンは至極真面目な顔をしていた。
誤魔化するつもりも、はぐらかすつもりもないようだった。
確かに、研究所に戻れたのは名前のおかげだ。
それはザックレーに聞いているから知っている。
「お前は何を知ってる。他に誰が、名前のことを知ってる。
俺は…、せめて、お前達の半分は知ってるのか…?」
俺は、拳を握った。
名前のことなら何でも知っているという顔をしたジャンだけじゃなかった。
エレンもアルミンもミカサも、ナナバも、俺よりも名前のことを知っていた。
俺だけ、俺だけが何も知らなかった。
これから知っていけたらいいと思っていた“これから”を名前に消されたー。
それでも、情けないくらいに、愛していた。愛しているのだ。
「ジャンが言っていたよ。リヴァイの前にいる名前は、誰も知らない名前だった、と。
私達の知らない名前を、君はたくさん知っているだろう?」
「だが、もういねぇ!アイツは俺を残して消えやがった…!」
「違うよ、リヴァイ。
名前は消えたんじゃない。消えるしか、なかったんだ。」
拳を握りしめて悔し気に叫んだ俺に、エルヴィンはとても寂しそうに目を伏せた。
「どういうことだ。」
無意識に、片眉が上がった。
でも、その質問には答えず、エルヴィンは引き出しの中から1枚の写真を取り出した。
「リヴァイ、昔話をしないか。」
「しねぇ。俺は急いでるんだ。早く俺の質問に答えやがれ。」
「急がば回れと言うだろう。少し付き合ってくれ。
その後、幾らでも聞きたいことに答えてやるから。」
エルヴィンはそう言いながら、俺に写真を手渡した。
それは、懐かしい写真だった。
10年以上前、俺がエルディア病院で研修医をしていた頃に、仲良くなった少女が退院するときに、撮ったものだ。
病院の庭で、白衣を羽織ったまだ若い俺が、ピンク色のワンピースを着た少女とお互いの指を絡めている姿が写っていた。
『約束だよ?あ、そうだ!エルヴィン先生、証拠の写真撮って!
リヴァイ先生が、忘れちゃわないように!』
そう言って、俺の小指に自分の小指を絡めた少女を思い出した。
あの日、少女にせがまれて写真を撮ったエルヴィンが、この写真を現像して証拠としてずっと持ってくれていたようだ。
(あぁ…、そうだ。こんな顔してたな。)
もうずっと思い出すことをしていなかった記憶が、木の幹から出てくる蜜のように、ゆっくり、じんわりと胸に広がっていった。
俺が一夜漬けのような知識で作った薬で症状が良くなった少女は、ひどく感激して、喜んで、それから俺に懐くようになった。
コロコロと仔犬のように笑うのが可愛くて、子供が苦手な俺も少女がそばにいるのはむしろ楽しかった。
人を人だと思わない地獄のような研修医生活を、少女の笑顔を癒しに乗り切っていたくらいだ。
少女が笑顔で退院するときは、とても嬉しくて、でも本当は少し寂しかったのも覚えている。
薬ひとつで、俺と少女の間には、確かにあのとき、絆が生まれていた。
それに感激したのは、少女よりも俺の方だったのだと思う。
だから俺は、薬の研究員になると決めたのだ。
少女の病を完治させる薬を作ってやるという約束を守ってやりたかったけれど、俺は恋をこじらせて研究所を退社してしまった。
その罪悪感から逃げたくて、少女のことを思い出さないようにしていた。
ズルい俺は、未だに、作りかけの薬のレポートを開くことすら出来ていない。
少女は今、元気にしているだろうか。
再発していなければいいのだがー。
「さぁ、リヴァイ。昔話をしよう。」
デスクに両肘をつき、顔の前で両手を組んだエルヴィンが、柔らかく目を細めた。
君は一体、幾つの涙や悲しみを飲み込んで
何も知らない俺の隣で笑っていたんだい