◇41ページ◇ケーキの味
Name change
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手を握る名前からは、緊張感が伝わってきていた。
俺は、ゆっくりと扉を開けた。
明かりがついたままの玄関に、見覚えのないピンヒールのショートブーツはもうなくなっていた。
ホッと息を吐いたのも束の間、玄関に落ちて散らばるケーキの残骸を見て憂鬱な気持ちが蘇った。
アンが踏んづけていったらしく、落としたときよりもひどい有様になっていた。
「これ、リヴァイさんが買ってきてくれたんですか?」
「もう食えねぇけどな。」
ため息を吐いて、俺はシューズボックスから掃除道具を取り出した。
名前もすぐにブーツを脱いで、ゴミ袋を持ってくると廊下を走って行った。
「キャーーーッ!」
散らばるケーキをまとめていると、リビングに走って行った名前から悲鳴が上がった。
「どうした!?」
驚いて、焦った俺は、靴のままでリビングまで走った。
そして、リビングの惨状を目にした俺まで、悲鳴を上げそうだった。
顔面蒼白とはこのこと、というほど、俺はショックで真っ青になっていたはずだ。
俺が仕事から帰って来たときは、テーブルの上に綺麗に並んでいた美味そうな料理が、嵐が吹き荒れた後のようにグチャグチャになっていた。
割れた皿やソースのかかった肉や野菜やらがカーペットの上にも散乱していた。
その上、シンプルなオーナメントを光らせていたクリスマスツリーは、なぜか真っ二つに折れて倒れていた。
誰の仕業かなんて、言うまでもなかった。
こんな狂気の沙汰に出るなんて、信じられない。
一度は愛した女のはずなのに、名前を出すのさえ嫌悪した。
「…ごめんなさい。私が家を出ちゃったから…。」
「いや、俺が鍵を変えてなかったせいだ…。」
「リヴァイさんは悪くないですよ…。」
「名前はもっと悪くねぇ。」
「じゃあ、どっちも悪くないってことで、とりあえず、掃除をしましょうか。」
「…そうだな。」
玄関の悲惨なケーキを見たとき以上に、ため息が出た。
俺は別に、掃除が好きなわけじゃない。
綺麗にしていないと気が済まないだけだ。
汚いところが、大嫌いなだけなのだ。
どうして、クリスマス・イヴに恋人と掃除をしなければならないのだ。
しかも、こんな惨劇の後のような部屋の掃除をー。
ため息も出ないくらいにショックだったが、とにかく気持ちを掃除に切り替えることにした。
1時間程かけて、やっと元通りにリビングは綺麗になった。
でも、良かったとも思えない。
せっかくの料理とクリスマスツリーがダメになってしまったのだ。
本当なら、今頃、名前と一緒に初めてのクリスマスパーティーを楽しんでいたはずだったと思うと、やるせなさと怒りがおさまらなかった。
そんな俺の気持ちを察したのか、名前がニコリと笑って言った。
「大丈夫ですよ。キッチンに残してたスープと料理は無事でしたし、
冷蔵庫にケーキもありますよ。リヴァイさんの好きな紅茶で作ったんです。」
「へぇ、紅茶のケーキか。食ってみてぇな。」
「今から食べましょうっ!料理も温め直しますね!」
名前は俺の手を引いて、キッチンへ向かった。
スキップしている背中は、頑張って明るくしようとしてくれているようで、その優しさが有難くもあり、胸が締め付けられそうだった。
キッチンに入った名前は、俺の手を繋いだままで、フライパンと鍋に火をかけてから、冷蔵庫を開いた。
「あれ?ここに置いてたんですけど…。
どこに置いたっけ?もっと奥?」
名前は冷蔵庫の中を覗き込みながら、しきりに首を傾げていた。
ケーキが見つからないらしいことは俺も分かったから、一緒に探そうとして偶々シンクが目に入った。
その瞬間に、ギョッと目を見開いた俺は、すぐに名前に対して、本当に心から申し訳ない気持ちに襲われた。
「名前…、ケーキってのは、もしかして…、これか?」
俺は、手を繋いでいない方の手で、シンクを指さした。
「あ、ありました?」
名前が振り返り、俺の指さす先を視線で追いかけた。
そして、俺と同じようにギョッと目を見開いた。
シンクの中にあるのは、包丁が真ん中から刺さった無残なケーキの姿だった。上から水をかけられたのか、生クリームもとけて流れていた。
「なんていうか…、リヴァイさんの元カノって、ヴァイオレンスですね。」
「そんな気はしてた。」
「してたんだ。」
名前が可笑しそうに苦笑する。
でも、そこも片付けないといけないですね、とシンクに立った横顔は悲しそうで、胸が引き裂かれそうだった。
きっと、俺が帰ってくるまでに、一生懸命作ってくれたのだろう。
さっき、全てゴミ箱に捨てられた料理だって、クリスマスツリーだってそうだ。
俺のために、俺と一緒にクリスマス・イヴを幸せに過ごすために、名前が一生懸命用意してくれたのにー。
「ごめん。」
無残に包丁が刺さってしまったケーキをゴミ袋の中に入れていた名前を、後ろから抱きしめた。
ピタリと動きを止めた名前は、小さく首を横に振った。
「リヴァイさんが謝ることじゃないですよ。」
「俺にも責任がある。」
「それなら、私にも責任がありますよ。」
「ねぇだろ。」
「あの人もリヴァイさんと一緒にクリスマスを過ごしたかったのに、私が奪っちゃったんです。」
「違ぇ。俺が名前と一緒にいたかったんだ。」
「じゃあ、悪いのは、恋に落ちちゃった私とリヴァイさんてことにしましょう。
だから、あの人がしたことを、リヴァイさんが謝らないでください…。
なんか、まだあの人と繋がりがあるみたいで、悲しくなります…。」
悲しそうに目を伏せた名前を、後ろから強く抱きしめた。
「分かった。なら、こうなったのは俺達のせいで、
今から、恋に落ちた2人でクリスマスパーティーの仕切り直しだ。」
「はい!」
名前が嬉しそうに笑った。
結局、俺と名前の初めてのクリスマス・イヴは、余った料理と寒い中買いに行ったコンビニのケーキでの質素なクリスマスパーティーになった。
それでも、名前の笑顔さえあれば、それだけでいいと思えた。
クリスマス・イヴがくる度に、俺は思い出すんだと思う
とろけるほどに甘くて、世界一美味しかった、あのコンビニケーキの味をさ
日記さん、どうしたらいいの?
リヴァイさんのもとから立ち去って、他の女の人との幸せを願おうとしたとき、
私は生まれて初めて、胸を掻きむしりたくなるほどの後悔に襲われたの
追いかけてきてくれたリヴァイさんを見たとき、凄く嬉しかった
そして知ったの。
大好きで大好きで仕方なかったリヴァイさんへの想いは、
いつの間にか、自分ではもう止められないくらいに膨らんでしまっていたんだって。
私だけを生涯愛してくれるってリヴァイさんの言葉は、嬉しくて、そして、とても悲しかった
どうして、素直に喜んではいけないの
愛してる人が、私を愛してくれた。
それはとても幸せなことのはずでしょう?
何十億人もいる世界で、リヴァイさんは、たったひとり、私を愛してくれたの。
そんな奇跡をどうやって手放せばいいというの?
ねぇ、日記さん。
本当のことを言うとね、ずっと思ってた。
離れたくない、そばにいたい。
リヴァイさんを、私が幸せにしたい。
ずっとずっと、そう思っていたの。
あぁ、せめて、なんてことないコンビニのケーキを食べる度に、甘くてとろける幸せな気持ちだけでも心に残りますように。
俺は、ゆっくりと扉を開けた。
明かりがついたままの玄関に、見覚えのないピンヒールのショートブーツはもうなくなっていた。
ホッと息を吐いたのも束の間、玄関に落ちて散らばるケーキの残骸を見て憂鬱な気持ちが蘇った。
アンが踏んづけていったらしく、落としたときよりもひどい有様になっていた。
「これ、リヴァイさんが買ってきてくれたんですか?」
「もう食えねぇけどな。」
ため息を吐いて、俺はシューズボックスから掃除道具を取り出した。
名前もすぐにブーツを脱いで、ゴミ袋を持ってくると廊下を走って行った。
「キャーーーッ!」
散らばるケーキをまとめていると、リビングに走って行った名前から悲鳴が上がった。
「どうした!?」
驚いて、焦った俺は、靴のままでリビングまで走った。
そして、リビングの惨状を目にした俺まで、悲鳴を上げそうだった。
顔面蒼白とはこのこと、というほど、俺はショックで真っ青になっていたはずだ。
俺が仕事から帰って来たときは、テーブルの上に綺麗に並んでいた美味そうな料理が、嵐が吹き荒れた後のようにグチャグチャになっていた。
割れた皿やソースのかかった肉や野菜やらがカーペットの上にも散乱していた。
その上、シンプルなオーナメントを光らせていたクリスマスツリーは、なぜか真っ二つに折れて倒れていた。
誰の仕業かなんて、言うまでもなかった。
こんな狂気の沙汰に出るなんて、信じられない。
一度は愛した女のはずなのに、名前を出すのさえ嫌悪した。
「…ごめんなさい。私が家を出ちゃったから…。」
「いや、俺が鍵を変えてなかったせいだ…。」
「リヴァイさんは悪くないですよ…。」
「名前はもっと悪くねぇ。」
「じゃあ、どっちも悪くないってことで、とりあえず、掃除をしましょうか。」
「…そうだな。」
玄関の悲惨なケーキを見たとき以上に、ため息が出た。
俺は別に、掃除が好きなわけじゃない。
綺麗にしていないと気が済まないだけだ。
汚いところが、大嫌いなだけなのだ。
どうして、クリスマス・イヴに恋人と掃除をしなければならないのだ。
しかも、こんな惨劇の後のような部屋の掃除をー。
ため息も出ないくらいにショックだったが、とにかく気持ちを掃除に切り替えることにした。
1時間程かけて、やっと元通りにリビングは綺麗になった。
でも、良かったとも思えない。
せっかくの料理とクリスマスツリーがダメになってしまったのだ。
本当なら、今頃、名前と一緒に初めてのクリスマスパーティーを楽しんでいたはずだったと思うと、やるせなさと怒りがおさまらなかった。
そんな俺の気持ちを察したのか、名前がニコリと笑って言った。
「大丈夫ですよ。キッチンに残してたスープと料理は無事でしたし、
冷蔵庫にケーキもありますよ。リヴァイさんの好きな紅茶で作ったんです。」
「へぇ、紅茶のケーキか。食ってみてぇな。」
「今から食べましょうっ!料理も温め直しますね!」
名前は俺の手を引いて、キッチンへ向かった。
スキップしている背中は、頑張って明るくしようとしてくれているようで、その優しさが有難くもあり、胸が締め付けられそうだった。
キッチンに入った名前は、俺の手を繋いだままで、フライパンと鍋に火をかけてから、冷蔵庫を開いた。
「あれ?ここに置いてたんですけど…。
どこに置いたっけ?もっと奥?」
名前は冷蔵庫の中を覗き込みながら、しきりに首を傾げていた。
ケーキが見つからないらしいことは俺も分かったから、一緒に探そうとして偶々シンクが目に入った。
その瞬間に、ギョッと目を見開いた俺は、すぐに名前に対して、本当に心から申し訳ない気持ちに襲われた。
「名前…、ケーキってのは、もしかして…、これか?」
俺は、手を繋いでいない方の手で、シンクを指さした。
「あ、ありました?」
名前が振り返り、俺の指さす先を視線で追いかけた。
そして、俺と同じようにギョッと目を見開いた。
シンクの中にあるのは、包丁が真ん中から刺さった無残なケーキの姿だった。上から水をかけられたのか、生クリームもとけて流れていた。
「なんていうか…、リヴァイさんの元カノって、ヴァイオレンスですね。」
「そんな気はしてた。」
「してたんだ。」
名前が可笑しそうに苦笑する。
でも、そこも片付けないといけないですね、とシンクに立った横顔は悲しそうで、胸が引き裂かれそうだった。
きっと、俺が帰ってくるまでに、一生懸命作ってくれたのだろう。
さっき、全てゴミ箱に捨てられた料理だって、クリスマスツリーだってそうだ。
俺のために、俺と一緒にクリスマス・イヴを幸せに過ごすために、名前が一生懸命用意してくれたのにー。
「ごめん。」
無残に包丁が刺さってしまったケーキをゴミ袋の中に入れていた名前を、後ろから抱きしめた。
ピタリと動きを止めた名前は、小さく首を横に振った。
「リヴァイさんが謝ることじゃないですよ。」
「俺にも責任がある。」
「それなら、私にも責任がありますよ。」
「ねぇだろ。」
「あの人もリヴァイさんと一緒にクリスマスを過ごしたかったのに、私が奪っちゃったんです。」
「違ぇ。俺が名前と一緒にいたかったんだ。」
「じゃあ、悪いのは、恋に落ちちゃった私とリヴァイさんてことにしましょう。
だから、あの人がしたことを、リヴァイさんが謝らないでください…。
なんか、まだあの人と繋がりがあるみたいで、悲しくなります…。」
悲しそうに目を伏せた名前を、後ろから強く抱きしめた。
「分かった。なら、こうなったのは俺達のせいで、
今から、恋に落ちた2人でクリスマスパーティーの仕切り直しだ。」
「はい!」
名前が嬉しそうに笑った。
結局、俺と名前の初めてのクリスマス・イヴは、余った料理と寒い中買いに行ったコンビニのケーキでの質素なクリスマスパーティーになった。
それでも、名前の笑顔さえあれば、それだけでいいと思えた。
クリスマス・イヴがくる度に、俺は思い出すんだと思う
とろけるほどに甘くて、世界一美味しかった、あのコンビニケーキの味をさ
日記さん、どうしたらいいの?
リヴァイさんのもとから立ち去って、他の女の人との幸せを願おうとしたとき、
私は生まれて初めて、胸を掻きむしりたくなるほどの後悔に襲われたの
追いかけてきてくれたリヴァイさんを見たとき、凄く嬉しかった
そして知ったの。
大好きで大好きで仕方なかったリヴァイさんへの想いは、
いつの間にか、自分ではもう止められないくらいに膨らんでしまっていたんだって。
私だけを生涯愛してくれるってリヴァイさんの言葉は、嬉しくて、そして、とても悲しかった
どうして、素直に喜んではいけないの
愛してる人が、私を愛してくれた。
それはとても幸せなことのはずでしょう?
何十億人もいる世界で、リヴァイさんは、たったひとり、私を愛してくれたの。
そんな奇跡をどうやって手放せばいいというの?
ねぇ、日記さん。
本当のことを言うとね、ずっと思ってた。
離れたくない、そばにいたい。
リヴァイさんを、私が幸せにしたい。
ずっとずっと、そう思っていたの。
あぁ、せめて、なんてことないコンビニのケーキを食べる度に、甘くてとろける幸せな気持ちだけでも心に残りますように。