美しい月よ、臆病な心を守って
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情けない男の背中を見えなくなるまで睨みつけていたナナバさんが、ため息を吐きながら下を向く。
ナナバさんを包むオーラはまだ憎悪を引きずっていた。
身体はまだ恐怖に怯えていたけれど、その理由が、襲われたことによるものなのか、悪魔のようなナナバさんのせいなのか、自分でも分からなかった。
ただ、息を潜めるようにして見上げていれば、ナナバさんが私に視線を向けた。
その途端に、憎悪で冷たくなっていたナナバさんの瞳に、宝石のように輝く綺麗な色が戻る。
そして、心配ないよと言うように柔らかく目元を緩めた。
私の知っているナナバさんだった。
「大丈夫かい?」
ナナバさんが手を差し伸べる。
まるで、あの日のように。
そして私は、ビクッと肩を揺らして、地面に座り込んだまま逃げようとしてしまう。
まるで、あの日のように。
違うのは、私が、逃げようとしながらも、ナナバさんを見上げる目を反らすことが出来なかったことだ。
月明かりは、ナナバさんの表情を柔らかく照らしていた。
だから、私に拒絶された途端に、悲しそうに揺れた瞳も、垂れ下がった眉も、噛んだ唇も、見えてしまったのだ。
「…婚約者の彼を呼んでくるよ。」
ナナバさんが言った婚約者という言葉が、私の胸をズキリと刺した。
でも、私には、それを伝える資格も権利もない。
グッと唇を噛んで目を伏せれば、肩に柔らかいものが乗った。
それは、ナナバさんが着ていた兵団ジャケットだった。
胸元に刻まれた自由の翼が、今夜はやけに心細く見える。
立ち去っていく兵団のブーツを視線だけで追いかけながら、私は、甘い香りのするジャケットを握りしめた。
まるで、ナナバさんに抱きしめられているみたいだと思った。
涙が、頬を伝っていく。
行かないで。
行かないで。
おいて行かないで。
「…か、ないで。」
小さな声が近くで聞こえた気がしたとき、私はもう地面を蹴っていた。
離れて行く背中を追いかければ、緩やかな波と穏やかな噴水の音は遠ざかっていく。
駆け寄る足音に気がついたのか、気配を感じたのか、振り返ったナナバさんと目が合った。
綺麗な瞳を見開いて驚く表情が一瞬だけ見えた後、私は、躊躇うことも忘れてナナバさんに飛びついていた。
勢いよく飛びついた反動で、肩に乗っていたジャケットが地面に落ちたのに、私を包む甘い香りは強くなっていた。
細く、長い腕が、おずおずと私の腰にまわったのを感じて、私はシャツ越しにナナバさんの背中に縋りつく。
そうすれば、ナナバさんが私を包む腕の力も強くなった。
日々訓練を繰り返して、命を賭けて戦っている調査兵団の兵士の割には、華奢な人だと思っていた。
でも、初めて感じたナナバさんの身体は、想像していたよりもずっとガッシリしていて、硬くて、本当に兵士なのだと、こんな時に改めて実感する。
「どうした?」
泣いてしまいそうになる程に優しい声で、ナナバさんは、寂しくなったのか、怖かったのか、と訊ねる。
私は、喉が詰まって、胸が苦しくて、ナナバさんの胸の中で、小さく首を横に振った。
何か言わなければ———、焦れば焦る程、息が止まってしまいそうだった。
「いいよ、落ち着いてからで。
君が話せるようになるまで、こうしてずっと待ってるから。」
柔らかいナナバさんの声は、こんなときでも、私の心を少しずつ穏やかにしてくれる。
不思議な力を持った人だ。
それとも、私の気持ちのせいなのだろうか。
ナナバさんに対する気持ちと、他の人への気持ちが違うことには、もうずっと前から気がついていた。
そして、ナナバさんが、私に対して特別な感情を抱いてくれていることも知っていたし、あの夜のキスは、天に昇ってしまいそうなくらいに嬉しかった。
ただ、怖かったのだ。
一歩踏み出してしまって、無条件に信じてしまって、また裏切られたら。また傷つくことになってしまったら。
また、悲しい別れが訪れたら———。
私はもう、今度こそ、立ち直れない。
だって、彼の最低な裏切りから、私が笑顔を取り戻せたのは、ナナバさんがいたからだったのだから。
ナナバさんを包むオーラはまだ憎悪を引きずっていた。
身体はまだ恐怖に怯えていたけれど、その理由が、襲われたことによるものなのか、悪魔のようなナナバさんのせいなのか、自分でも分からなかった。
ただ、息を潜めるようにして見上げていれば、ナナバさんが私に視線を向けた。
その途端に、憎悪で冷たくなっていたナナバさんの瞳に、宝石のように輝く綺麗な色が戻る。
そして、心配ないよと言うように柔らかく目元を緩めた。
私の知っているナナバさんだった。
「大丈夫かい?」
ナナバさんが手を差し伸べる。
まるで、あの日のように。
そして私は、ビクッと肩を揺らして、地面に座り込んだまま逃げようとしてしまう。
まるで、あの日のように。
違うのは、私が、逃げようとしながらも、ナナバさんを見上げる目を反らすことが出来なかったことだ。
月明かりは、ナナバさんの表情を柔らかく照らしていた。
だから、私に拒絶された途端に、悲しそうに揺れた瞳も、垂れ下がった眉も、噛んだ唇も、見えてしまったのだ。
「…婚約者の彼を呼んでくるよ。」
ナナバさんが言った婚約者という言葉が、私の胸をズキリと刺した。
でも、私には、それを伝える資格も権利もない。
グッと唇を噛んで目を伏せれば、肩に柔らかいものが乗った。
それは、ナナバさんが着ていた兵団ジャケットだった。
胸元に刻まれた自由の翼が、今夜はやけに心細く見える。
立ち去っていく兵団のブーツを視線だけで追いかけながら、私は、甘い香りのするジャケットを握りしめた。
まるで、ナナバさんに抱きしめられているみたいだと思った。
涙が、頬を伝っていく。
行かないで。
行かないで。
おいて行かないで。
「…か、ないで。」
小さな声が近くで聞こえた気がしたとき、私はもう地面を蹴っていた。
離れて行く背中を追いかければ、緩やかな波と穏やかな噴水の音は遠ざかっていく。
駆け寄る足音に気がついたのか、気配を感じたのか、振り返ったナナバさんと目が合った。
綺麗な瞳を見開いて驚く表情が一瞬だけ見えた後、私は、躊躇うことも忘れてナナバさんに飛びついていた。
勢いよく飛びついた反動で、肩に乗っていたジャケットが地面に落ちたのに、私を包む甘い香りは強くなっていた。
細く、長い腕が、おずおずと私の腰にまわったのを感じて、私はシャツ越しにナナバさんの背中に縋りつく。
そうすれば、ナナバさんが私を包む腕の力も強くなった。
日々訓練を繰り返して、命を賭けて戦っている調査兵団の兵士の割には、華奢な人だと思っていた。
でも、初めて感じたナナバさんの身体は、想像していたよりもずっとガッシリしていて、硬くて、本当に兵士なのだと、こんな時に改めて実感する。
「どうした?」
泣いてしまいそうになる程に優しい声で、ナナバさんは、寂しくなったのか、怖かったのか、と訊ねる。
私は、喉が詰まって、胸が苦しくて、ナナバさんの胸の中で、小さく首を横に振った。
何か言わなければ———、焦れば焦る程、息が止まってしまいそうだった。
「いいよ、落ち着いてからで。
君が話せるようになるまで、こうしてずっと待ってるから。」
柔らかいナナバさんの声は、こんなときでも、私の心を少しずつ穏やかにしてくれる。
不思議な力を持った人だ。
それとも、私の気持ちのせいなのだろうか。
ナナバさんに対する気持ちと、他の人への気持ちが違うことには、もうずっと前から気がついていた。
そして、ナナバさんが、私に対して特別な感情を抱いてくれていることも知っていたし、あの夜のキスは、天に昇ってしまいそうなくらいに嬉しかった。
ただ、怖かったのだ。
一歩踏み出してしまって、無条件に信じてしまって、また裏切られたら。また傷つくことになってしまったら。
また、悲しい別れが訪れたら———。
私はもう、今度こそ、立ち直れない。
だって、彼の最低な裏切りから、私が笑顔を取り戻せたのは、ナナバさんがいたからだったのだから。