美しい月よ、臆病な心を守って
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その日から、調査兵団の兵士としてトロスト区で暮らすあの人と、ストヘス区で優雅に暮らす貴族の私は、手紙のやりとりを始めた。
お互いに、まだ、パーティ―が終わっても、出逢えた偶然までも終わらせたくなかったのだと思う。
それに私は、あの人に心の内を話すことで、自分の気持ちが穏やかになっていく感覚が心地よかったのだ。
だから私は、毎日のように交わされる手紙に、たくさんの出来事や、自分の気持ちを綴った。
興味のないお見合いの話が進んでいることから、好きな曲や嫌いな食べ物、少しだけ恥ずかしい失敗談、友達の冗談がとっても面白かったなんて、そんな些細なことも書いたし、あの人から届く手紙にも、たくさんのことが書かれていた。
時々、この世界が置かれている状況について深く考えさせられることもあったし、クスッと笑ってしまうこともあった。
そうやって私達は、遠く離れた地で、お互いの近況を共有し合っていたのだ。
友人でもなければ、恋人でもない。
とても曖昧で、とても不安定な関係だったかもしれない。
それでも、あの人と手紙のやりとりをしていた頃が、私は、生まれてから今まで、最も穏やかな気持ちで日々を生きていたと思う。
あまり会うことは出来なかったけれど、ストヘス区にある憲兵団本部へと出張に来るときや非番の時には前もって教えてくれて、必ず私に会いに来てくれた。
王家や他の貴族達にならうように、調査兵団のことをよく思っていない両親には、あの人と親しくなっていることは話していなかった。
両親に見つからないように、コッソリ部屋を抜け出して、屋敷の裏庭での秘密の逢瀬は、私の心を必要以上にドキドキさせて、私の瞳に映るあの人をより一層美しくした。
今でも思い出せる。
月明かりが照らすあの人の金髪と、月を映す輝く瞳。そして、そこにただひとりだけ映っている頬を染める私の姿。
少しずつ近づく距離が、私の視界からそれらをすべて奪った瞬間に、私はこの世界で初めて、美しい月とキスをした人間になった。
『愛してる。君だけを。』
柔らかい声で、あの人は私の頬を撫でた。
それは、彼が私に言ったのと全く同じだった。
彼との初めてのキスのときは心の底から彼を信じられたはずだったのに、あのとき、あの人のその台詞を聞いた途端に、私は不安に襲われてしまう。
それは立っているのもやっとなほどの恐怖になって、私の膝を地面につけさせようとしていた。
(もう二度と傷つきたくない…っ。)
私の脳裏では、恋心がそう叫んで悲鳴を上げていた。
急に震え出した私のことを、あの人は心配したのかもしれない。
何かをあの人が言おうとしたのも分かったし、あの人が手を伸ばしたのは、私への気遣いだったことも分かっている。
でもあのとき、私が気づいたときにはもう、心配そうに伸ばされるあの人の手を咄嗟に振り払っていたのだ。
なんてことをしてしまったのだろう———、焦った私は、あの人に謝ろうとして一瞬躊躇った。
悲しい恋の傷が、私を臆病に、そして、独りよがりにしてしまっていたのだ。
冷たく手を振りほどかれたあの人はあのとき、どんな顔をしていたのだろう。
私は、顔を見ることもせずに、あの人に背を向けて逃げた。
あの人は、傷ついただろうか。悲しかっただろうか。
それとも、失礼な女だと嫌気がさしてしまっただろうか。
それきり、あの人が、私の名前を呼びとめることもなければ、追いかけてくることもなかった。
お互いに、まだ、パーティ―が終わっても、出逢えた偶然までも終わらせたくなかったのだと思う。
それに私は、あの人に心の内を話すことで、自分の気持ちが穏やかになっていく感覚が心地よかったのだ。
だから私は、毎日のように交わされる手紙に、たくさんの出来事や、自分の気持ちを綴った。
興味のないお見合いの話が進んでいることから、好きな曲や嫌いな食べ物、少しだけ恥ずかしい失敗談、友達の冗談がとっても面白かったなんて、そんな些細なことも書いたし、あの人から届く手紙にも、たくさんのことが書かれていた。
時々、この世界が置かれている状況について深く考えさせられることもあったし、クスッと笑ってしまうこともあった。
そうやって私達は、遠く離れた地で、お互いの近況を共有し合っていたのだ。
友人でもなければ、恋人でもない。
とても曖昧で、とても不安定な関係だったかもしれない。
それでも、あの人と手紙のやりとりをしていた頃が、私は、生まれてから今まで、最も穏やかな気持ちで日々を生きていたと思う。
あまり会うことは出来なかったけれど、ストヘス区にある憲兵団本部へと出張に来るときや非番の時には前もって教えてくれて、必ず私に会いに来てくれた。
王家や他の貴族達にならうように、調査兵団のことをよく思っていない両親には、あの人と親しくなっていることは話していなかった。
両親に見つからないように、コッソリ部屋を抜け出して、屋敷の裏庭での秘密の逢瀬は、私の心を必要以上にドキドキさせて、私の瞳に映るあの人をより一層美しくした。
今でも思い出せる。
月明かりが照らすあの人の金髪と、月を映す輝く瞳。そして、そこにただひとりだけ映っている頬を染める私の姿。
少しずつ近づく距離が、私の視界からそれらをすべて奪った瞬間に、私はこの世界で初めて、美しい月とキスをした人間になった。
『愛してる。君だけを。』
柔らかい声で、あの人は私の頬を撫でた。
それは、彼が私に言ったのと全く同じだった。
彼との初めてのキスのときは心の底から彼を信じられたはずだったのに、あのとき、あの人のその台詞を聞いた途端に、私は不安に襲われてしまう。
それは立っているのもやっとなほどの恐怖になって、私の膝を地面につけさせようとしていた。
(もう二度と傷つきたくない…っ。)
私の脳裏では、恋心がそう叫んで悲鳴を上げていた。
急に震え出した私のことを、あの人は心配したのかもしれない。
何かをあの人が言おうとしたのも分かったし、あの人が手を伸ばしたのは、私への気遣いだったことも分かっている。
でもあのとき、私が気づいたときにはもう、心配そうに伸ばされるあの人の手を咄嗟に振り払っていたのだ。
なんてことをしてしまったのだろう———、焦った私は、あの人に謝ろうとして一瞬躊躇った。
悲しい恋の傷が、私を臆病に、そして、独りよがりにしてしまっていたのだ。
冷たく手を振りほどかれたあの人はあのとき、どんな顔をしていたのだろう。
私は、顔を見ることもせずに、あの人に背を向けて逃げた。
あの人は、傷ついただろうか。悲しかっただろうか。
それとも、失礼な女だと嫌気がさしてしまっただろうか。
それきり、あの人が、私の名前を呼びとめることもなければ、追いかけてくることもなかった。