◇92話◇彼女のためなら耐えられる痛みとそうじゃない痛み
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一週間ぶりに入った彼の家は、相変わらず、リヴァイの執務室と同じ紅茶と石鹸のいい匂いだった。
リビングにまでやってくると、彼はゴミ箱の中に破れたジャケットを押し込んだ。
切れたシャツの下から覗く包帯に、私はずっと胸が痛い。
あれは、彼が負わなくてもよかったはずの傷なのにー。
彼はいつものように、ソファに腰をおろしたけれど、私は立ったままで、頭を下げた。
「ごめんなさい…。
私のせいで、あなたのマンションまであの変な人に知られてしまった…。」
「あぁ…、そういえば、そうだったな。気色悪ぃし、ここ売って新しく買い直すか。」
「…本当にごめんなさい…。
私、何年かかっても、弁償するから…。」
「無理だろ。」
「・・・・・何とかする。」
「身体売るとか?」
「…うん。」
「冗談だ、クソが。買値よりも高く売りつけるに決まってんだろおが。
むしろ儲けるつもりだ、バカが。」
下げた頭の向こうで、彼は呆れた様に言った。
買ったマンションを売るときの相場も知らなければ、それを本当に買値よりも高く売ることが出来るのかも分からない。
彼なら出来そうな気もする。
でも、そういうことじゃないのだ。
もう一度、頭を下げた私の謝罪なんて興味もなかったのか、彼は平然とした声で、話題を変えた。
「次は一軒家でもいいな。庭は広ぇのがいい。
すぐに引っ越したいから注文は無理だが、希望くらいなら聞いてやってもいい。
どんな家がいい?」
「…私?」
顔を上げて、私は首を傾げた。
ソファに腰を深く沈めて足を組んだ彼は、当然のように答える。
「どんな家でも文句ねぇなら、俺が勝手に決めるが。」
「…あなたの家だから、私は何も言わないよ。」
「お前の家だろ。」
「…え、私には家を買うお金なんてないよっ。」
「期待なんかしちゃいねぇよ。俺の家でもあるんだ、俺が出す。」
「…え?」
「俺とお前の家を買うって言ってんだよ。」
「なんで…っ!?」
平然と彼は言ったけれど、私は驚愕して悲鳴のような声を上げてしまった。
変な男にこの家のことを知られてしまった彼が引っ越しを考えたー、ということころまでは理解できたが、その先が分からない。
どうして、私と彼の家ということになるのかー。
「どうせ、なまえもあのマンションにはもう帰れねぇだろ。
引っ越しが必要なのは同じじゃねぇか。」
「私は普通のマンションに引っ越すよっ。」
「引っ越す金は残ってんのか?」
「…どうにかするよ。」
「身体を売るとか。」
「…とか。」
「バカか。二度も言わせんな。どうせ、俺も引っ越すんだから、
ついでにこのまま同じ家に住めばいいだけだろ。
そうすりゃ、変な男もお前に近寄れねぇし、一石二鳥だ。」
「そんな私ばっかり得する、ついでなんておかしいよ…!
そこまであなたに甘えられない…!迷惑もかけられない!!
引っ越し先は、自分でどうにかするからっ。」
私は、両手を顔の前で左右に必死に動かした。
彼がまた何かを言おうと口を開いた。
頭の回転の速い彼と話していたら、私はきっと言いくるめられてしまう。
横暴なフリをして、本当はすごく優しい彼に、甘えてしまうー。
だからー。
「今日は本当にありがとう…!疲れたから寝るね!!おやすみなさい!!」
彼に背を向けて、逃げた。
早足で、以前も借りていた余っていた部屋に向かおうとしてー。
「逃げんな。」
腕を掴まれたと思ったら、後ろに引かれた。
私の背中は、リヴァイと同じ匂いのする胸板にぶつかって止まる。
「間違えた。」
彼は、私の胸の前に両腕をまわして拘束すると、肩に顔を埋めた。
リヴァイが、私に甘えるとき、本音を零すとき、こんな風に抱きしめていたっけー。
「ついでじゃねぇ。お前だけが得すると言ったが、それも違ぇ。
俺がなまえに怖ぇ思いをもう二度とさせたくねぇから、
一緒の家に住んでほしいんだ。俺に守らせろ。」
「…あなたの左腕、痛いでしょう?」
「…痛ぇ。」
「ほら、私のせいで、あなたは痛い思いをしたんだよ。
もうこれ以上、迷惑なんてー。」
「リヴァイ。」
「え?」
「俺の名前は、あなたじゃねぇ。リヴァイだ。」
「・・・知ってるよ。でも、今はそんな話をしてるんじゃー。」
「痛ぇんだよ。なまえにあなたって呼ばれる度に、痛ぇ…。
ナイフで刺されようが、銃で撃たれようが、それでなまえを守れるなら、痛くも痒くもねぇ。
でも、なまえにあなたって呼ばれる度に、俺は痛くて死にそうになる。」
私の胸の前にまわる彼の腕に力がこもる。
視界の端に映る左腕に巻かれた包帯には、赤い血が滲んでいたー。
耳元で零れ落ちていく彼がずっと隠していた弱々しい本音は、私にはナイフのように尖って聞こえた。
そして、私の胸をめった刺しにする。
私は、彼の心の痛みを、きっと、知っているからー。
リヴァイに、名前を呼ばれる度に、死にそうなくらいに痛かった。
だから私は、彼の名前を絶対に呼ばなかった。
万が一にでも、彼に、私と同じ痛みを与えたくなくてー。
でも、彼は今、私が名前を呼ばないから、死にそうなくらいに痛いと言うー。
「さっきみたいに、名前で、呼んでくれ。
俺は、それだけで、いい…-。」
「さっきは、頭が真っ白で怖くて、名前を呼んでしまっただけで、あれはー。」
「あれは、向こうの男の名前だったんだとしても、いいんだ。
それでも、いいから。」
「…代わりになんて、したくないの。
あなたには、私みたいに苦しい思いさせたくなー。」
「もう苦しいんだ…!お前のせいで、俺はもう死ぬほど苦しい…!」
まるで、彼の心の悲鳴みたいだった。
私はいつから、彼をこんなに苦しめていたのだろう。
クールな表情の下で、彼はいつからこんなに弱ってしまうほどの苦しみを抱え込んでいたのだろう。
「名前も呼んでもらえねぇくらいなら、代わりにされた方がいい。
ただの同僚になるくらいなら、偽物の恋人がいい。それも無理なら、
家賃払って飯食わせてくれる都合のいい男でもいい。」
俺のそばにいてー。
とんでもないことを言いだした彼は、最後に、掠れる声で懇願した。
それでも、私は突き放すべきだったのだろうか。
どうすれば、私達は幸せになる道を間違えずに選ぶことが出来るのだろう。
少なくとも、私には正しい道は分からないけれど、今の彼の心の痛みならば痛いほどに知っていた。
だからー。
「リヴァイ…、愛してるよ。」
「…っ。」
私の耳元で、彼が、リヴァイが息を呑んだのが聞こえた。
それが、喜びじゃないことを、私は知っている。
今きっと、彼はとても傷ついていて、きっとすごく泣きそうでー。
それでもー。
彼は拘束していた腕を離すと、私の両肩を持って自分の方に向き直させた。
そして、すぐに私を前から抱きしめたのは、泣きそうな顔を見られないようにするためだと思う。
自分の胸元にギュッとギュッと抱き寄せて、彼は安心したような声で言うー。
「あぁ、これで、俺、何でも出来る。
引くほど高ぇ家ねだられても、掃除の仕方がなってなくても、何でも許してやれる。」
「…ねだらないし、こっそり私の掃除の仕方が下手って言わないでよ。
ちゃんとしてたでしょ。」
「してねぇよ。」
「…そんなこと言うなら、もう掃除しないっ。」
「あぁ、いいよ。俺がする。何でもする。
お前のためなら、掃除もするし、洗濯もする。飯も作るし、送り迎えもするし、それからー。」
「もういいっ。甘やかしすぎだよっ。」
リヴァイの腕の中で、私は可笑しくて笑った。
彼は、リヴァイと同じだと思っていたけれど、もしかしたら、彼の方が過保護なのかもしれない。
だって、いつもクールな彼が、こんな風に女の人を愛するなんてー。
「嬉しいから。なまえが名前を呼んでくれて、嬉しいから。」
彼が、リヴァイが、私を強く抱きしめた。
温かい腕の中は、愛に満ち溢れていて、私はリヴァイを思い出して、少しだけ泣いたー。
リビングにまでやってくると、彼はゴミ箱の中に破れたジャケットを押し込んだ。
切れたシャツの下から覗く包帯に、私はずっと胸が痛い。
あれは、彼が負わなくてもよかったはずの傷なのにー。
彼はいつものように、ソファに腰をおろしたけれど、私は立ったままで、頭を下げた。
「ごめんなさい…。
私のせいで、あなたのマンションまであの変な人に知られてしまった…。」
「あぁ…、そういえば、そうだったな。気色悪ぃし、ここ売って新しく買い直すか。」
「…本当にごめんなさい…。
私、何年かかっても、弁償するから…。」
「無理だろ。」
「・・・・・何とかする。」
「身体売るとか?」
「…うん。」
「冗談だ、クソが。買値よりも高く売りつけるに決まってんだろおが。
むしろ儲けるつもりだ、バカが。」
下げた頭の向こうで、彼は呆れた様に言った。
買ったマンションを売るときの相場も知らなければ、それを本当に買値よりも高く売ることが出来るのかも分からない。
彼なら出来そうな気もする。
でも、そういうことじゃないのだ。
もう一度、頭を下げた私の謝罪なんて興味もなかったのか、彼は平然とした声で、話題を変えた。
「次は一軒家でもいいな。庭は広ぇのがいい。
すぐに引っ越したいから注文は無理だが、希望くらいなら聞いてやってもいい。
どんな家がいい?」
「…私?」
顔を上げて、私は首を傾げた。
ソファに腰を深く沈めて足を組んだ彼は、当然のように答える。
「どんな家でも文句ねぇなら、俺が勝手に決めるが。」
「…あなたの家だから、私は何も言わないよ。」
「お前の家だろ。」
「…え、私には家を買うお金なんてないよっ。」
「期待なんかしちゃいねぇよ。俺の家でもあるんだ、俺が出す。」
「…え?」
「俺とお前の家を買うって言ってんだよ。」
「なんで…っ!?」
平然と彼は言ったけれど、私は驚愕して悲鳴のような声を上げてしまった。
変な男にこの家のことを知られてしまった彼が引っ越しを考えたー、ということころまでは理解できたが、その先が分からない。
どうして、私と彼の家ということになるのかー。
「どうせ、なまえもあのマンションにはもう帰れねぇだろ。
引っ越しが必要なのは同じじゃねぇか。」
「私は普通のマンションに引っ越すよっ。」
「引っ越す金は残ってんのか?」
「…どうにかするよ。」
「身体を売るとか。」
「…とか。」
「バカか。二度も言わせんな。どうせ、俺も引っ越すんだから、
ついでにこのまま同じ家に住めばいいだけだろ。
そうすりゃ、変な男もお前に近寄れねぇし、一石二鳥だ。」
「そんな私ばっかり得する、ついでなんておかしいよ…!
そこまであなたに甘えられない…!迷惑もかけられない!!
引っ越し先は、自分でどうにかするからっ。」
私は、両手を顔の前で左右に必死に動かした。
彼がまた何かを言おうと口を開いた。
頭の回転の速い彼と話していたら、私はきっと言いくるめられてしまう。
横暴なフリをして、本当はすごく優しい彼に、甘えてしまうー。
だからー。
「今日は本当にありがとう…!疲れたから寝るね!!おやすみなさい!!」
彼に背を向けて、逃げた。
早足で、以前も借りていた余っていた部屋に向かおうとしてー。
「逃げんな。」
腕を掴まれたと思ったら、後ろに引かれた。
私の背中は、リヴァイと同じ匂いのする胸板にぶつかって止まる。
「間違えた。」
彼は、私の胸の前に両腕をまわして拘束すると、肩に顔を埋めた。
リヴァイが、私に甘えるとき、本音を零すとき、こんな風に抱きしめていたっけー。
「ついでじゃねぇ。お前だけが得すると言ったが、それも違ぇ。
俺がなまえに怖ぇ思いをもう二度とさせたくねぇから、
一緒の家に住んでほしいんだ。俺に守らせろ。」
「…あなたの左腕、痛いでしょう?」
「…痛ぇ。」
「ほら、私のせいで、あなたは痛い思いをしたんだよ。
もうこれ以上、迷惑なんてー。」
「リヴァイ。」
「え?」
「俺の名前は、あなたじゃねぇ。リヴァイだ。」
「・・・知ってるよ。でも、今はそんな話をしてるんじゃー。」
「痛ぇんだよ。なまえにあなたって呼ばれる度に、痛ぇ…。
ナイフで刺されようが、銃で撃たれようが、それでなまえを守れるなら、痛くも痒くもねぇ。
でも、なまえにあなたって呼ばれる度に、俺は痛くて死にそうになる。」
私の胸の前にまわる彼の腕に力がこもる。
視界の端に映る左腕に巻かれた包帯には、赤い血が滲んでいたー。
耳元で零れ落ちていく彼がずっと隠していた弱々しい本音は、私にはナイフのように尖って聞こえた。
そして、私の胸をめった刺しにする。
私は、彼の心の痛みを、きっと、知っているからー。
リヴァイに、名前を呼ばれる度に、死にそうなくらいに痛かった。
だから私は、彼の名前を絶対に呼ばなかった。
万が一にでも、彼に、私と同じ痛みを与えたくなくてー。
でも、彼は今、私が名前を呼ばないから、死にそうなくらいに痛いと言うー。
「さっきみたいに、名前で、呼んでくれ。
俺は、それだけで、いい…-。」
「さっきは、頭が真っ白で怖くて、名前を呼んでしまっただけで、あれはー。」
「あれは、向こうの男の名前だったんだとしても、いいんだ。
それでも、いいから。」
「…代わりになんて、したくないの。
あなたには、私みたいに苦しい思いさせたくなー。」
「もう苦しいんだ…!お前のせいで、俺はもう死ぬほど苦しい…!」
まるで、彼の心の悲鳴みたいだった。
私はいつから、彼をこんなに苦しめていたのだろう。
クールな表情の下で、彼はいつからこんなに弱ってしまうほどの苦しみを抱え込んでいたのだろう。
「名前も呼んでもらえねぇくらいなら、代わりにされた方がいい。
ただの同僚になるくらいなら、偽物の恋人がいい。それも無理なら、
家賃払って飯食わせてくれる都合のいい男でもいい。」
俺のそばにいてー。
とんでもないことを言いだした彼は、最後に、掠れる声で懇願した。
それでも、私は突き放すべきだったのだろうか。
どうすれば、私達は幸せになる道を間違えずに選ぶことが出来るのだろう。
少なくとも、私には正しい道は分からないけれど、今の彼の心の痛みならば痛いほどに知っていた。
だからー。
「リヴァイ…、愛してるよ。」
「…っ。」
私の耳元で、彼が、リヴァイが息を呑んだのが聞こえた。
それが、喜びじゃないことを、私は知っている。
今きっと、彼はとても傷ついていて、きっとすごく泣きそうでー。
それでもー。
彼は拘束していた腕を離すと、私の両肩を持って自分の方に向き直させた。
そして、すぐに私を前から抱きしめたのは、泣きそうな顔を見られないようにするためだと思う。
自分の胸元にギュッとギュッと抱き寄せて、彼は安心したような声で言うー。
「あぁ、これで、俺、何でも出来る。
引くほど高ぇ家ねだられても、掃除の仕方がなってなくても、何でも許してやれる。」
「…ねだらないし、こっそり私の掃除の仕方が下手って言わないでよ。
ちゃんとしてたでしょ。」
「してねぇよ。」
「…そんなこと言うなら、もう掃除しないっ。」
「あぁ、いいよ。俺がする。何でもする。
お前のためなら、掃除もするし、洗濯もする。飯も作るし、送り迎えもするし、それからー。」
「もういいっ。甘やかしすぎだよっ。」
リヴァイの腕の中で、私は可笑しくて笑った。
彼は、リヴァイと同じだと思っていたけれど、もしかしたら、彼の方が過保護なのかもしれない。
だって、いつもクールな彼が、こんな風に女の人を愛するなんてー。
「嬉しいから。なまえが名前を呼んでくれて、嬉しいから。」
彼が、リヴァイが、私を強く抱きしめた。
温かい腕の中は、愛に満ち溢れていて、私はリヴァイを思い出して、少しだけ泣いたー。