◇89話◇逃げた、無駄だったけど
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裏通りの路地を必死に走ったけれど、どこかの空き地まで逃げ込んだところですぐに追いつかれてしまった。
彼に腕を掴まれて、私は漸く倒れそうな足を止める。
「待てと言ってんのに、逃げんじゃねぇ。」
私を捕まえた彼の声を、背中の向こうに聞く。
彼の顔を見たくなくて、私は背を向けたままで口を開いた。
「さっきの彼女はどうしたの。置いてきちゃダメでしょ。」
「知るか。あんなのどうでもいい。なまえの方が大事だ。」
「…勝手なこと、言わないでよ。」
声が震えそうになるのを必死に耐えたけれど、ダメだった。
唇を噛んで、目を伏せる。
「勝手なことしてんのは、お前の方じゃねぇのか。」
背中に突き刺さる彼の言葉が、痛い。
その通りだ。
私は、何をしているのだろう。
こんなはずじゃ、なかったのにー。
どうして、真っすぐ家に帰らなかったのだろう。
彼の家に行って、どうするつもりだったのだろう。
居候が出て行って清々している彼に、話し相手になってほしかったのだろうか。
リヴァイの代わりに、私のそばにいてなんてそんな身勝手なお願いをしようとか、思っていたのだろうかー。
「おい、何とか言えよ。」
「…。」
「せめて、こっち向け。」
「…嫌だ。」
「はぁ…。もう、お前の大好きなリヴァイの顔で他の女抱いてるわけじゃねぇ。」
「…分かってる。」
分かってはいるけれど、今はどうしても彼の顔を見たくなかった。
このまま振り向いてしまったら、私はもう、取り返しがつかなくなってしまう気がした。
「じゃあ、そのままでもいいから、答えろ。どうして来た。
お前の引っ越し先は、反対の駅だったんじゃねぇのか。」
「…分かんない。間違えたの、たぶん。」
「…なら、そういうことにしてやる。それでいい。
次の質問には正直に答えろよ。」
「…なに。」
「どうして逃げた。」
「それは、あなたがあんなところで厭らしいことをしてるからー。」
「正直に答えろと言っただろ。
泣きそうな顔で逃げて、今も泣きそうな声してんのはなぜだって聞いてんだよ。」
「それは…。」
答えが出ない私に、腕を掴む彼の手の力が強くなって、イラつきが伝わってくるようだった。
でも、私は答えを出せない。
チラチラと何か出てきそうだけれど、私は必死にそれを頭の奥へと押しやる。
少しでも油断すれば、彼の顔を見てしまえば、たぶん、押し込んだそれは、不発弾の誤爆みたいに一気に飛び出してきて、私だけじゃなくて彼やリヴァイまで巻き込んで傷つける。
そんなの、絶対に嫌ー。
だから、私は絶対に認めないー。
それなのに、彼は確信を突こうとしてくる。
「お前、俺に惚れてるんじゃー。」
「違う!!」
大げさに腕を振ったけれど、彼の手は振りほどけないままで私は勢いよく振り返った。
誰もいない静かな空き地で不要すぎる大きな叫びが響いた。
ここに来て初めて、私は彼の顔を見た。
あぁ、リヴァイと同じ。
でも、違う。
違うー。
「絶対に、違うの…!」
彼を睨みつけて、もう一度、伝える。
そうではない。
違うのだとー。
信じてはいないのか、彼が眉を顰めた。
「そう思いてぇだけなんじゃないのか。
俺に惚れてるから、会いにきたんじゃー。」
「何でも持ってるあなたとリヴァイは違うの…!」
大声はもう出さなかったけれど、それでも、静かな空き地では、冷たい空気に乗せて私の声はクリアに響いた。
彼は、訝し気な顔をする。
そうだ、彼には分かるはずがない。
あの残酷な世界で、人類最強の兵士と謳われながら、仲間の命を背中に背負って、孤独と寄り添い、強く生きていたあの人のことなんかー。
「子供の頃に母親まで病気で失って、親友のファーランとイザベルも亡くして、
心から愛した恋人まで死んでしまったの…。
私までいなくなってしまったら、リヴァイは本当に独りぼっちになってしまう…っ。」
「…だから、俺にはお前はいなくてもいいとでも言いてぇのか。」
「あなたは、親友もそばにいて、高級な家も車も持ってるでしょう。
恋人になりたい綺麗な女の人だって、列を作って待ってるんだから、私じゃなくてもいいでしょ。
それに、あなただって、私のことなんか別に欲しくないんだから。」
「…あぁ、そうだな。勝手にしやがれ。」
彼は突き放すように言って、痛いくらいに掴んでいた手を放した。
色を失くした死んだような目と一瞬だけ視線が重なったけれど、すぐに背中を向けられて見えなくなる。
振り向きもせず、私を追いかけて来た道を逆戻りして帰っていく。
彼に掴まれていたことで、寒さから守られていた腕の部分は、冬の風に晒されて、余計に冷たく感じた。
そのせいで、身体に寒気が走る。
立ち去っていく彼の背中が、小さくなっていく。
彼がしてくれたように、私は彼を追いかけなかった。
追いかける権利も、必要も、なかったからー。
彼に腕を掴まれて、私は漸く倒れそうな足を止める。
「待てと言ってんのに、逃げんじゃねぇ。」
私を捕まえた彼の声を、背中の向こうに聞く。
彼の顔を見たくなくて、私は背を向けたままで口を開いた。
「さっきの彼女はどうしたの。置いてきちゃダメでしょ。」
「知るか。あんなのどうでもいい。なまえの方が大事だ。」
「…勝手なこと、言わないでよ。」
声が震えそうになるのを必死に耐えたけれど、ダメだった。
唇を噛んで、目を伏せる。
「勝手なことしてんのは、お前の方じゃねぇのか。」
背中に突き刺さる彼の言葉が、痛い。
その通りだ。
私は、何をしているのだろう。
こんなはずじゃ、なかったのにー。
どうして、真っすぐ家に帰らなかったのだろう。
彼の家に行って、どうするつもりだったのだろう。
居候が出て行って清々している彼に、話し相手になってほしかったのだろうか。
リヴァイの代わりに、私のそばにいてなんてそんな身勝手なお願いをしようとか、思っていたのだろうかー。
「おい、何とか言えよ。」
「…。」
「せめて、こっち向け。」
「…嫌だ。」
「はぁ…。もう、お前の大好きなリヴァイの顔で他の女抱いてるわけじゃねぇ。」
「…分かってる。」
分かってはいるけれど、今はどうしても彼の顔を見たくなかった。
このまま振り向いてしまったら、私はもう、取り返しがつかなくなってしまう気がした。
「じゃあ、そのままでもいいから、答えろ。どうして来た。
お前の引っ越し先は、反対の駅だったんじゃねぇのか。」
「…分かんない。間違えたの、たぶん。」
「…なら、そういうことにしてやる。それでいい。
次の質問には正直に答えろよ。」
「…なに。」
「どうして逃げた。」
「それは、あなたがあんなところで厭らしいことをしてるからー。」
「正直に答えろと言っただろ。
泣きそうな顔で逃げて、今も泣きそうな声してんのはなぜだって聞いてんだよ。」
「それは…。」
答えが出ない私に、腕を掴む彼の手の力が強くなって、イラつきが伝わってくるようだった。
でも、私は答えを出せない。
チラチラと何か出てきそうだけれど、私は必死にそれを頭の奥へと押しやる。
少しでも油断すれば、彼の顔を見てしまえば、たぶん、押し込んだそれは、不発弾の誤爆みたいに一気に飛び出してきて、私だけじゃなくて彼やリヴァイまで巻き込んで傷つける。
そんなの、絶対に嫌ー。
だから、私は絶対に認めないー。
それなのに、彼は確信を突こうとしてくる。
「お前、俺に惚れてるんじゃー。」
「違う!!」
大げさに腕を振ったけれど、彼の手は振りほどけないままで私は勢いよく振り返った。
誰もいない静かな空き地で不要すぎる大きな叫びが響いた。
ここに来て初めて、私は彼の顔を見た。
あぁ、リヴァイと同じ。
でも、違う。
違うー。
「絶対に、違うの…!」
彼を睨みつけて、もう一度、伝える。
そうではない。
違うのだとー。
信じてはいないのか、彼が眉を顰めた。
「そう思いてぇだけなんじゃないのか。
俺に惚れてるから、会いにきたんじゃー。」
「何でも持ってるあなたとリヴァイは違うの…!」
大声はもう出さなかったけれど、それでも、静かな空き地では、冷たい空気に乗せて私の声はクリアに響いた。
彼は、訝し気な顔をする。
そうだ、彼には分かるはずがない。
あの残酷な世界で、人類最強の兵士と謳われながら、仲間の命を背中に背負って、孤独と寄り添い、強く生きていたあの人のことなんかー。
「子供の頃に母親まで病気で失って、親友のファーランとイザベルも亡くして、
心から愛した恋人まで死んでしまったの…。
私までいなくなってしまったら、リヴァイは本当に独りぼっちになってしまう…っ。」
「…だから、俺にはお前はいなくてもいいとでも言いてぇのか。」
「あなたは、親友もそばにいて、高級な家も車も持ってるでしょう。
恋人になりたい綺麗な女の人だって、列を作って待ってるんだから、私じゃなくてもいいでしょ。
それに、あなただって、私のことなんか別に欲しくないんだから。」
「…あぁ、そうだな。勝手にしやがれ。」
彼は突き放すように言って、痛いくらいに掴んでいた手を放した。
色を失くした死んだような目と一瞬だけ視線が重なったけれど、すぐに背中を向けられて見えなくなる。
振り向きもせず、私を追いかけて来た道を逆戻りして帰っていく。
彼に掴まれていたことで、寒さから守られていた腕の部分は、冬の風に晒されて、余計に冷たく感じた。
そのせいで、身体に寒気が走る。
立ち去っていく彼の背中が、小さくなっていく。
彼がしてくれたように、私は彼を追いかけなかった。
追いかける権利も、必要も、なかったからー。