◇84話◇彼の知らない海の底のバー
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雑居ビルの3階にある隠れ家バー。
入口から入ってすぐに出迎えてくれる壁に埋め込まれた大きな水槽に一目惚れして以来、私とリコは何かとこのバーに飲みに来るようになった。
中は比較的狭く、カウンターとゆったりとしたソファのテーブル席が3卓あるだけだ。
薄暗い店内を照らすブルーの照明が、水槽の水面まで映すから、コンクリート打ちっ放しの壁の上で青い海がユラユラと揺れているようでとても綺麗だ。
お喋りを邪魔しない落ち着いたBGMと、まるで海底にいるような雰囲気が、仕事やプライベートで疲れた心を癒してくれる。
今夜も私とリコは、カウンターの奥から3番目の席に並んで座る。
こだわりがあるわけでもないのだけれど、初めてこの店に来たときに座った席が、いつの間にかいつもの指定席のようになっていた。
「ねぇ、リコ…。私、欲求不満かもしれない…。」
「…は?」
顔馴染みのバーテンダーが作ってくれた絶品カクテルのおかわりを頼んだ後、私は最近の悩みを打ち明けた。
若干、リコが引いている気がするが、自分でも自分に引いている。
でも、こんな相談を出来るのは、リコしかいないのだ。
「この間、リヴァイと…、そういうことをする夢を見てしまったの。
あ、もちろん、あっちの世界のリヴァイだよ?」
「…どっちでもいいわ。」
「しかもね、それだけじゃないの…!
その夜、夜中に目が覚めたら下着が濡れてたの…!
ねぇ、どうしよう。男子じゃん、中学生の男子じゃん…!」
「じゃあ、そうなんじゃないの。」
「違うよ!大人の女だよ!!」
「…頭の悪い女だよ。」
恥ずかしい相談をしているのに、早速、毒舌のリコの的確な指摘を耳の向こうに聞き流して、カウンターに右頬をつけて突っ伏す。
リヴァイに会いたい。確かに、すごく会いたい。
毎日、想いは募るばかりだ。
でも、それは別に、そういうことがしたいから会いたいわけじゃない。
それなのにー。
「あれ?なまえちゃん、どうしたの?」
「男子中学生並みに欲求不満で、自己嫌悪らしい。」
「ハハ。それは大変だね。」
顔馴染みのバーテンダーに、恥ずかしい悩みをリコにバラされてしまったことも知らないで、私は1人でカウンターに突っ伏したまま悶々と考えを巡らせ続ける。
下着が濡れていたことはまだ1度だけしかないけれど、1度でもそんなことがあったというのが問題だ。
大問題だ。
もし、欲求不満が爆発して、リヴァイと同じ顔の彼を襲ってしまったらー。
お世話になっている彼に、これ以上の迷惑をかけることになるなんてー。
それだけはー。
「ダメだ…!!」
「わッ…!!」
勢いよく身体を起こした私はリコを驚かせてしまった。
ごめんごめんと軽く謝りながら、馴染みのバーテンダーが出してくれたばかりのカクテルに手を伸ばす。
「あれ?お兄さん、何処かで会ったことある?」
器用に食器やグラスを洗っている若いバーテンダーの顔に、見覚えがあるのに気がついた。
長身でおっとりした雰囲気の若いバーテンダーは、私の顔を見ながら困ったように首を傾げた。
「いいえ、初めてですよ。
お姉さんみたいに綺麗な方なら忘れません。」
「…どうしよう、リコ。キュンとしちゃった。」
「はいはい。
お兄さん、可哀想な寂しい女に食べられたくなかったら
あんまりおだてない方がいいよ。」
「ハハハ。」
若いバーテンダーは困ったように笑う。
流石に、中学生の男子並みに欲求不満らしい私だって、好きでもない男を食べたりしない。
2週間ほど前からここにバイトで入ったばかりの彼は、この近くの大学に通う学生で、ベルトルトと言うらしい。
やっぱり、何処かで聞いたことがあるような名前の気がするのだけれど、思い出せない。
でも、エレン達と同じ大学のようだったから、調査兵団の新兵にいたのかもしれない。
「会いたいなぁ…。」
薄いセーターの下から、リヴァイから貰ったネックレスを取り出して、小さな宝石を揺らす。
いつの間にか季節は冬になっていた。
リヴァイのところに置いてきたままの白いロングワンピースが着たいけれど、今そんなのを着ていたら、きっと凍えてしまうー。
「そんなネックレス、持ってたか?」
「リヴァイがくれたの。」
銀のチェーンを摘まんだ指の下で、ユラユラと小さな宝石が揺れる度に、ブルーの照明に反射してキラキラと光った。
こんな風に、淡く切なく、私の恋心もキラキラと光っていたのにー。
「初めてのデートの帰りに、自分を選んでくれたお礼だって。
これを、ずっと持っていてほしいって言ってた。
でも、今もずっと…持っていていいのか、もう、分かんない…。」
幸せだった分だけ、私の声は弱々しく萎んでいく。
結局、デートはあのときの1回きりだった。
それでも、私は充分幸せだった。リヴァイは私をとても幸せにしてくれた。
出逢うはずのなかったリヴァイと恋が出来ただけで、私は神様となまえに感謝するべきなのかもしれない。
でも、時々、分からなくなることがある。
私は本当に、パラレルワールドにいたのだろうか。
残酷な世界で強く生きているリヴァイという男と出逢い、恋をした。
そのすべてが夢だったんじゃないかー。
そう思う度に、思い知る。
初めて知った苦しいくらいの胸の痛みこそが、リヴァイとのすべてが夢ではなかった証拠なのだ。
あぁ、でも、こんなに苦しい想いをしなければならないのなら、出逢わなければよかった。
どうせもう二度と会えないのなら、好きになんて、ならなければよかった。
愛してなんて、欲しくなかったー。
思い出す度に涙が出てくる想い出なんて、要らないー。
「それはなまえの誕生石だな。」
リコは、私の指の先で揺れる小さな宝石を見ながら言う。
「え?そうなの?」
「自分の誕生石も知らないのか?」
リコは呆れた様にため息を吐いた。
「誕生石はただのアクセサリーじゃなくて、お守りの意味もあるんだよ。」
「お守り…。」
「向こうの世界のリコから聞いたんだが、
あっちでは、ネックレスの贈り物には特別な意味があるんだそうだ。」
「特別な意味?」
リコは、向こうの世界のリコから聞いたという話を教えてくれた。
向こうの世界のリコも、イアンから貰ったネックレスをしていたのだそうだ。
全く気付かなかったけれど、彼女はそのネックレスを肌身離さず持っていたらしい。
だからー。
「自分が生きていられるのは、このネックレスに込められた願いのお陰だと
向こうの世界のリコはとても幸せそうに微笑んでいた。」
「ネックレスに込められた願い?」
「あなたの無事と永遠の幸せを願う。」
リコはまっすぐに私を見てそう言うと、人差し指で小さな宝石をつついた。
ユラユラと揺らされた小さな宝石は、淡いブルーの光をキラキラと輝かせる。
「お守りの誕生石までついてるなんて、すごいご利益ありそうじゃないか。
ずっと大事に持っていればいい。」
「…っ。」
リコが優しく微笑んで、欲しかった言葉を言ってくれるせいだ。
鼻の奥がツンと苦しくなって、私は唇を噛んだ。
髪をクシャリと撫でてくれたリコのそれが、リヴァイのそれに似ていて、もう堪えられなくてー。
「あんたの愛したリヴァイは、なまえを守るために鏡を割ったんだってな。
なまえの無事と幸せだけをただひたすら願ってくれるなんて、いい男じゃないか。」
「…うんっ。」
「出逢えて、よかったな。」
「…っ、うん…っ、よか、よかった…っ。」
溢れ出す涙は止まらなくて、嗚咽に変わっていった。
私の頭を抱き寄せて、リコが髪を撫でる。
あぁ、よかった。
リヴァイに出逢えたことも、愛して、愛されたこともー。
この世界に、私の大切で大切で仕方のない、世界一素敵な親友がいることもー。
私は感謝しないといけないのだ。
この世界に帰してくれたリヴァイに、感謝をー。
入口から入ってすぐに出迎えてくれる壁に埋め込まれた大きな水槽に一目惚れして以来、私とリコは何かとこのバーに飲みに来るようになった。
中は比較的狭く、カウンターとゆったりとしたソファのテーブル席が3卓あるだけだ。
薄暗い店内を照らすブルーの照明が、水槽の水面まで映すから、コンクリート打ちっ放しの壁の上で青い海がユラユラと揺れているようでとても綺麗だ。
お喋りを邪魔しない落ち着いたBGMと、まるで海底にいるような雰囲気が、仕事やプライベートで疲れた心を癒してくれる。
今夜も私とリコは、カウンターの奥から3番目の席に並んで座る。
こだわりがあるわけでもないのだけれど、初めてこの店に来たときに座った席が、いつの間にかいつもの指定席のようになっていた。
「ねぇ、リコ…。私、欲求不満かもしれない…。」
「…は?」
顔馴染みのバーテンダーが作ってくれた絶品カクテルのおかわりを頼んだ後、私は最近の悩みを打ち明けた。
若干、リコが引いている気がするが、自分でも自分に引いている。
でも、こんな相談を出来るのは、リコしかいないのだ。
「この間、リヴァイと…、そういうことをする夢を見てしまったの。
あ、もちろん、あっちの世界のリヴァイだよ?」
「…どっちでもいいわ。」
「しかもね、それだけじゃないの…!
その夜、夜中に目が覚めたら下着が濡れてたの…!
ねぇ、どうしよう。男子じゃん、中学生の男子じゃん…!」
「じゃあ、そうなんじゃないの。」
「違うよ!大人の女だよ!!」
「…頭の悪い女だよ。」
恥ずかしい相談をしているのに、早速、毒舌のリコの的確な指摘を耳の向こうに聞き流して、カウンターに右頬をつけて突っ伏す。
リヴァイに会いたい。確かに、すごく会いたい。
毎日、想いは募るばかりだ。
でも、それは別に、そういうことがしたいから会いたいわけじゃない。
それなのにー。
「あれ?なまえちゃん、どうしたの?」
「男子中学生並みに欲求不満で、自己嫌悪らしい。」
「ハハ。それは大変だね。」
顔馴染みのバーテンダーに、恥ずかしい悩みをリコにバラされてしまったことも知らないで、私は1人でカウンターに突っ伏したまま悶々と考えを巡らせ続ける。
下着が濡れていたことはまだ1度だけしかないけれど、1度でもそんなことがあったというのが問題だ。
大問題だ。
もし、欲求不満が爆発して、リヴァイと同じ顔の彼を襲ってしまったらー。
お世話になっている彼に、これ以上の迷惑をかけることになるなんてー。
それだけはー。
「ダメだ…!!」
「わッ…!!」
勢いよく身体を起こした私はリコを驚かせてしまった。
ごめんごめんと軽く謝りながら、馴染みのバーテンダーが出してくれたばかりのカクテルに手を伸ばす。
「あれ?お兄さん、何処かで会ったことある?」
器用に食器やグラスを洗っている若いバーテンダーの顔に、見覚えがあるのに気がついた。
長身でおっとりした雰囲気の若いバーテンダーは、私の顔を見ながら困ったように首を傾げた。
「いいえ、初めてですよ。
お姉さんみたいに綺麗な方なら忘れません。」
「…どうしよう、リコ。キュンとしちゃった。」
「はいはい。
お兄さん、可哀想な寂しい女に食べられたくなかったら
あんまりおだてない方がいいよ。」
「ハハハ。」
若いバーテンダーは困ったように笑う。
流石に、中学生の男子並みに欲求不満らしい私だって、好きでもない男を食べたりしない。
2週間ほど前からここにバイトで入ったばかりの彼は、この近くの大学に通う学生で、ベルトルトと言うらしい。
やっぱり、何処かで聞いたことがあるような名前の気がするのだけれど、思い出せない。
でも、エレン達と同じ大学のようだったから、調査兵団の新兵にいたのかもしれない。
「会いたいなぁ…。」
薄いセーターの下から、リヴァイから貰ったネックレスを取り出して、小さな宝石を揺らす。
いつの間にか季節は冬になっていた。
リヴァイのところに置いてきたままの白いロングワンピースが着たいけれど、今そんなのを着ていたら、きっと凍えてしまうー。
「そんなネックレス、持ってたか?」
「リヴァイがくれたの。」
銀のチェーンを摘まんだ指の下で、ユラユラと小さな宝石が揺れる度に、ブルーの照明に反射してキラキラと光った。
こんな風に、淡く切なく、私の恋心もキラキラと光っていたのにー。
「初めてのデートの帰りに、自分を選んでくれたお礼だって。
これを、ずっと持っていてほしいって言ってた。
でも、今もずっと…持っていていいのか、もう、分かんない…。」
幸せだった分だけ、私の声は弱々しく萎んでいく。
結局、デートはあのときの1回きりだった。
それでも、私は充分幸せだった。リヴァイは私をとても幸せにしてくれた。
出逢うはずのなかったリヴァイと恋が出来ただけで、私は神様となまえに感謝するべきなのかもしれない。
でも、時々、分からなくなることがある。
私は本当に、パラレルワールドにいたのだろうか。
残酷な世界で強く生きているリヴァイという男と出逢い、恋をした。
そのすべてが夢だったんじゃないかー。
そう思う度に、思い知る。
初めて知った苦しいくらいの胸の痛みこそが、リヴァイとのすべてが夢ではなかった証拠なのだ。
あぁ、でも、こんなに苦しい想いをしなければならないのなら、出逢わなければよかった。
どうせもう二度と会えないのなら、好きになんて、ならなければよかった。
愛してなんて、欲しくなかったー。
思い出す度に涙が出てくる想い出なんて、要らないー。
「それはなまえの誕生石だな。」
リコは、私の指の先で揺れる小さな宝石を見ながら言う。
「え?そうなの?」
「自分の誕生石も知らないのか?」
リコは呆れた様にため息を吐いた。
「誕生石はただのアクセサリーじゃなくて、お守りの意味もあるんだよ。」
「お守り…。」
「向こうの世界のリコから聞いたんだが、
あっちでは、ネックレスの贈り物には特別な意味があるんだそうだ。」
「特別な意味?」
リコは、向こうの世界のリコから聞いたという話を教えてくれた。
向こうの世界のリコも、イアンから貰ったネックレスをしていたのだそうだ。
全く気付かなかったけれど、彼女はそのネックレスを肌身離さず持っていたらしい。
だからー。
「自分が生きていられるのは、このネックレスに込められた願いのお陰だと
向こうの世界のリコはとても幸せそうに微笑んでいた。」
「ネックレスに込められた願い?」
「あなたの無事と永遠の幸せを願う。」
リコはまっすぐに私を見てそう言うと、人差し指で小さな宝石をつついた。
ユラユラと揺らされた小さな宝石は、淡いブルーの光をキラキラと輝かせる。
「お守りの誕生石までついてるなんて、すごいご利益ありそうじゃないか。
ずっと大事に持っていればいい。」
「…っ。」
リコが優しく微笑んで、欲しかった言葉を言ってくれるせいだ。
鼻の奥がツンと苦しくなって、私は唇を噛んだ。
髪をクシャリと撫でてくれたリコのそれが、リヴァイのそれに似ていて、もう堪えられなくてー。
「あんたの愛したリヴァイは、なまえを守るために鏡を割ったんだってな。
なまえの無事と幸せだけをただひたすら願ってくれるなんて、いい男じゃないか。」
「…うんっ。」
「出逢えて、よかったな。」
「…っ、うん…っ、よか、よかった…っ。」
溢れ出す涙は止まらなくて、嗚咽に変わっていった。
私の頭を抱き寄せて、リコが髪を撫でる。
あぁ、よかった。
リヴァイに出逢えたことも、愛して、愛されたこともー。
この世界に、私の大切で大切で仕方のない、世界一素敵な親友がいることもー。
私は感謝しないといけないのだ。
この世界に帰してくれたリヴァイに、感謝をー。