◇81話◇新しい生活と変わらない気持ち~平和な世界side~
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生まれ育った世界に帰ってきて、もう3か月が過ぎた。
突如として普通の会社員の女が姿を消した事実は、怪奇事件として取り扱われていたようで、私が戻るまでほとんど毎日のようにいろんなワイドショーを盛り上げていたらしい。
そのせいで、私の3か月は、家族や友人達との感動の再会もほどほどに、警察の聴取やマスコミの対応で忙しい毎日だった。
何よりもツラかったのは、マスコミが何処に行っても現れることだ。
リコ達と相談して、行方不明になっていた間のことは記憶喪失ということにしてある。
そこがまたミステリアスで、マスコミの好奇心を刺激してしまったようだった。
「おはよう、リヴァイ、いる?」
企画調査部のフロアにやってきた私は、近くを通りがかったニファに声をかけた。
変人ばかり集まっていると噂されていたこの部署には、私が向こうの世界で出逢った調査兵達のほとんどが在籍していた。
彼らのおかげで、この世界と向こうの世界では、本当に同一人物が別時空の中で生きているのだと思い知った。
「えーっと…。」
ニファはフロアを見渡す。
変人部署と呼ばれている企画調査部だけれど、フロアの雰囲気は私の所属する部署とあまり変わらなかった。
近代的な真っ白な広いフロアに、余裕をあけてデスクがズラーッと並んでいる。
右奥にはカフェスペースもあって、そこで社員達は休憩をしたり、談笑をする。
喫煙所もカフェスペースの中に用意されていて、そこで、彼が煙草を吸っていることもあるのだが、今日はそこにもいないようだった。
「あれ?さっきまでいたんだけどなぁ…。」
「じゃあ、先にミーティングルームに入って待っててもいい?」
「いいと思うよ。帰ってきたら、なまえが来たこと伝えておくね。」
「ありがとう。」
書類を抱き直して、デスクで仕事をしている知った顔の社員達の背中を通り抜け、フロア奥のガラス張りになっているミーティングルームへと向かう。
この世界に戻ってきて、最初に任された仕事が企画調査部との合同プロジェクトだった。
エルヴィン部長が端を発し始まった社運を賭けたプロジェクトだ。
私がコンペで出すつもりで作っていたデザインがきっかけで思いついたアイディアなのだそうだ。
だから余計に、エルヴィン部長は、このプロジェクトに私を参加させたくて、わざわざ彼に行方不明になっている別部署の社員の捜索を命じていたという裏話を、このプロジェクトへの参加が決まったときに本人から教えてもらった。
メインで進めているのは私と彼で、ファーランやイザベル、リコ達が補佐としてついてくれている。
「よう、なまえ。俺達、さっき出先から帰って来たんだけどよ、
まだ外にマスコミが来てたぜ?」
ゲルガーとナナバのデスクのそばを通りがかったところで、声をかけられた。
ナナバには、ちゃんと眠れているのかと心配される。
知っている顔だけれど、彼らもこの世界に戻って初めて出逢ったばかりだ。
それでも、私が行方不明になっていたことは有名だったおかげで、自己紹介のすぐあとから、心配をしながらも、こうして親しくしてくれている。
「はぁ…、もうやだ…。覚えてないって言ってるのに。」
ため息を吐いていると、後ろに猛烈な圧迫感を覚える。
すぐに誰だか分かった。
ミケはまた、私の首元を匂っている。
向こうの世界でもミケに匂いを嗅がれたことはあるけれど、この世界で初めてミケに匂いを嗅がれたときは、これが噂のー!と感動してしまった。
「…今日もヤツと同じ匂いがする。
まだマスコミがいなくならないのか。大変だな。」
「匂いだけでそんな推理が出来るなんて、すごいですね。」
私はここでも苦笑するしかなくなる。
男は狼だから危ないことがあればいつでも頼ってくれと言ってくれた彼らに、苦笑いしながら礼を言って、私は今度こそミーティングルームへ向かおうと足を進めてー。
「ギャーーーッ!!落ちないで!!落ちないでえぇぇぇえ!!」
ハンジの騒がしい声が聞こえた方を向くと、バサバサァッという音を立てて、デスクに積まれていた書類の山が土砂崩れを起こしていた。
物を失くすのが世界一得意らしいハンジは、今日も散らかり放題のデスクで頭を抱えて騒いでいる。
「おはよう、ハンジ。今日も元気だね。」
私の足元にまで飛んできた書類を拾い集めながら、すぐそこのミーティングルームに背を向けてハンジの元へ向かう。
「ありがとう~~~っ!!君はほんっっっとうに優しい娘だ!!」
拾い集めた書類を渡すと、両手を握りしめたハンジに涙を浮かべて感激された。
私は苦笑で返すしかなくなる。
ハンジの周辺で起こる土砂崩れは、日常茶飯事になっているせいで、もう誰も助けてはくれないのだそうだ。
それと、ボサボサの髪から漂う野性味のある匂いも、同僚達が近づいてくれない理由だと思う。
散らかり放題のデスクの上には、なぜかビーカーや試験管もある。
何の仕事をしているのか全く分からない。
隣の席のモブリットのデスクの上は、必要な書類がカテゴリ別にファイルに分けられていて、とても整理整頓されている。
片やハンジのデスクは、毎日のように土砂崩れを起こしていてー。
ハンジとモブリットのデスクは、まるで別世界のようだー。
それでもモブリットがいればもう少しマシだったのだろうが、彼は1週間前から出張に出ていて、明日まで帰らない。
「ねぇ、ハンジ。明日はモブリットが帰ってくるんだから
ちゃんとお風呂に入った方がいいと思うよ。」
「やっぱ、臭いかな~?3日くらい前からミケが近寄らないから
そろそろかなぁとは思ってたんだよね~。」
「…その判断基準はよく分からないけど
せめて、出張で疲れた恋人が1週間ぶりに帰ってくるんだから
綺麗にして迎えてあげたらと思ったの。」
「あはは、大丈夫だよ~。モブリットは慣れてるから。」
アハハとハンジは本気で可笑しそうに笑っている。
この世界のモブリットが、不憫でたまらないー。
好きにしてー、とため息交じりに言って、ハンジに背を向ける。
漸くミーティングルームに辿り着いた私は、10人は座れそうな大きなデスクの一番端に腰を降ろした。
昨日、自分の部署に持ち帰った後にリコ達と考え直したデザイン案を並べていると、ガラス張りの壁の向こうに、また土砂崩れを起こして頭を抱えているハンジの姿が見えた。
防音壁になっているから向こうの声までは聞こえないが、あの様子だとまた大声で悲鳴を上げているようだ。
思わず、クスリと笑いが出てしまう。
『俺がその世界にいたら、立候補したと思うけどな。』
ふと、向こうの世界のモブリットに言われたセリフを思い出した。
立候補もなにも、この世界のモブリットは、なんだかんだとハンジとラブラブだ。
ハンジのデスクの上に、書類の山と一緒に積まれている可愛らしい赤ちゃん動物の小物は、出張先からモブリットが買ってきてくれたお土産なのだそうだ。
きっと明日も、可愛らしいお土産と共に帰ってくるのだろう。
向こうの世界のハンジとモブリットも、いつか恋人同士になるのだろうか。
リコとイアンのように、想い合っているのに気持ちを伝えられないままで死が2人を別つなんてことがなければいいー。
残酷な世界で結ばれたのなら、リヴァイとなまえのように悲劇的な死で引き裂かれることがありませんようにー。
せっかく、同じ世界に生まれることが出来たのだからー。
消えない胸の痛みが強くなって、シャツの胸元を握りしめる。
あぁ、会いたいー。
愛する人の顔を思い浮かべていれば、ガラス張りの壁の向こうに全く同じ顔を見つけた。
書類を片手に、もう片方の手には独特な持ち方でティーカップも持っている。
私が先にミーティングルームに入ったことを聞いてやってきたようだ。
彼が私の方を向いたので、彼の持っているティーカップを指さした。
立ち止まった彼が、面倒くさそうな顔をする。
ニコリと微笑むと、声は聞こえないけれど、チッと舌打ちをされたのが分かった。
それでも、なんだかんだと、仕方なそうにしながらも、彼は奥のカフェスペースへと入って行く。
デザイン画と企画調査部の調査内容を確認していると、ミーティングルームの扉が開いた。
仏頂面で入って来た彼は、脇に書類を挟んだ格好で両手にティーカップを持っている。
そういえば、両手が塞がっているのに、いつもどうやって扉を開けているのだろうー。
ふと浮かんでしまった疑問のせいで、頑張って扉を開けてる彼の姿を思い浮かべてしまった。
思わず吹き出してしまった私に、彼は眉間に皴を寄せる。
「何が面白れぇ。」
「なんでも。ありがとう。」
止まらない笑いを必死に堪えながら、彼からティーカップを受け取った。
このプロジェクトの担当が決まったばかりの頃は、向かい合う席でお互いに探り探りで話をしていた。
今では、彼は当然のように私の隣の席に腰を降ろす。
「明日は自分で淹れて来いよ。」
彼は、私が持ってきたデザイン画を手に取りながら言う。
「えー、だって、他の部署のカフェテリアで勝手に飲み物貰うのって
なんか申し訳なくって。」
「俺に、紅茶淹れさせんのは申し訳なくねぇーのか。」
「貴方が淹れてくれる紅茶は美味しいから。」
「…調子がいい奴。」
クスクス笑う私に、何か言いたげにした彼だったけれど、結局、ため息とともに無言で吐き出した。
社運を賭けたプロジェクトだということもあり、私と彼はこの仕事につきっきりだ。
毎日、ひとつずつ確認をしては、補佐の社員達と夜遅くまで残ってプロジェクトの修正や新しい案を出し合ったり、クライアントとも打ち合わせをしなければならないしー。
マスコミも煩い上に、毎日とても忙しい。
それでも、どうしても、私の心も頭の中も、リヴァイのことばかりー。
「-ってことで、お前のコンペのデザインを生かすには
この前のファーランの案が一番良さそうだとエルヴィンが判断した。そこでー。」
彼は手に持った書類を見ながら、昨日の打ち合わせ後からの企画調査部での見解を話し出す。
時々、独特な持ち方で持ち上げたティーカップを口に運ぶその仕草は、リヴァイと同じだ。
仕事をする男の横顔もすごく綺麗で、色っぽくてー。
彼を造る何もかもが、リヴァイと同じ。
でも、違うー。
リヴァイじゃないー。
「-聞いてるのか。」
「ファーランの案にするんでしょう?
そらなら、会場外のデザインは少し手を加えた方がいいかなって考えてたよ。」
「…ならいい。」
納得はしていないようだったけれど、彼はまた書類を片手に話し出す。
その後はうちの部署の見解を彼に説明した。
この会社にとっては新人のはずの彼に痛いところを突かれてしまったので、大幅な変更が必要な部分も出て来たけれど、基本的なところはそのままでいけそうだ。
「じゃあ、とりあえず、ここのデザインに時間がかかりそうだから
次の打ち合わせは、んー…、来週くらいでいい?」
「構わねぇ。」
「何かあれば、こっちに顔出すね。」
「あぁ、俺もそっちに行く。」
今日の打ち合わせも一応の着地点を見つけ、私達はそれぞれ書類を片付けて立ち上がる。
今から自分の部署に戻って、リコ達に結果を説明してー。
「最近、すごく賑やかになったね。」
ミーティングルームの扉を開けようとしていた彼に話しかけた。
ガラス張りの向こうには、新リヴァイ班にいた若い兵士達の姿がずっと見えていた。
忙しそうにあちこち走り回っては、社員達に叱られている。
変人達に囲まれてとても大変そうだけれど、向こうの世界の彼らよりも幸せだと思う。
この世界にいる彼らは、ツラい訓練も必要ないし、恐ろしい敵と命を賭けて戦うこともない。
「あぁ、うるせぇ学生バイトが入ったからな。」
彼の隣に並んで、ミーティングルームを出た。
その途端に、企画調査部のフロアの賑やかさにガツンと頭を殴られる。
静かなところからだから、余計に耳がビックリするのだ。
変人ばかりのせいなのか、あちこちで騒がしい声が響いているおかげで、ゲームセンターに入ったときのような衝撃だといつも思う。
「エレンくん達、頑張ってるね。」
「エルヴィンのやつは、アイツらが大学卒業したら
このままうちに連れ込む気らしい。不憫だな。」
それほど不憫とは思っていない様子で、彼は忙しそうな学生バイト達に視線を向けた。
たぶん、彼もその不憫な仲間の1人だと思う。
エレン達は、エルヴィン部長の出した高時給の条件のいい募集に食いついてやって来た大学生達なのだそうだ。
もちろん、エルヴィン部長のことだから、バイト募集要項に嘘は書いていない。調子のいいことばかりを書いていただけだ。
ファーランが言うには、彼らも、エルヴィンにいいように言い包められてほぼ強引にこの部署に連れて来られたのだそうだ。
若い学生達の不憫さを話しながら、彼はいつものように私をフロアの外まで送ってくれる。
扉の外まで出て、漸く、私達の足が止まった。
「今日も遅くなりそうだな。お前は?」
彼に訊ねられて、私は抱える書類を見下ろしながら、今日の打ち合わせを振り返る。
「んー、残業は必要かも。」
「なら、終わったら連絡しろ。迎えに行く。」
「分かった。いつもありがとう。」
礼を言っても、彼はいつも素っ気無い。
それにも慣れているから「またあとでね。」と私は彼に背を向けて、廊下の先にあるエレベーターへ向かう。
階数まで違う企画調査部とは、今まで全く関りがなかった。
だから、向こうの世界に行っても、私はハンジ達を知らない人だと思うことになったのだ。
それが、帰って来た途端に、企画調査部の人達とこんなに関わることになるなんてー。
もし、私がリヴァイと出逢っていなくても、このプロジェクトは私と彼が任されていたのだと思う。
3か月の間、毎日一緒にいても、彼は素っ気ないままだ。
でも、なんとなく、私は、ハンジが言っていたように、彼を好きになっていたのかもしれないと思う。
なんだかんだと優しいし、迷惑ばかりをかけた私にもよくしてくれる。
彼には、感謝してもし足りないくらいに感謝している。
片想いだったのかもしれないけれど、私は彼を好きになったと思うのだ。
きっと、私はー。
あぁ、それでも私はー。
「リヴァイ…。」
エレベーターの中に入った私は、壁に寄り掛かって愛おしい人の名前を呟く。
会いたい想いは、募るばかりだー。
リヴァイと同じ顔、同じ声、そして、素っ気ないけれど優しい彼がそばにいるけれど、それでもー。
私はどうしても、リヴァイだけをずっと想っている。
突如として普通の会社員の女が姿を消した事実は、怪奇事件として取り扱われていたようで、私が戻るまでほとんど毎日のようにいろんなワイドショーを盛り上げていたらしい。
そのせいで、私の3か月は、家族や友人達との感動の再会もほどほどに、警察の聴取やマスコミの対応で忙しい毎日だった。
何よりもツラかったのは、マスコミが何処に行っても現れることだ。
リコ達と相談して、行方不明になっていた間のことは記憶喪失ということにしてある。
そこがまたミステリアスで、マスコミの好奇心を刺激してしまったようだった。
「おはよう、リヴァイ、いる?」
企画調査部のフロアにやってきた私は、近くを通りがかったニファに声をかけた。
変人ばかり集まっていると噂されていたこの部署には、私が向こうの世界で出逢った調査兵達のほとんどが在籍していた。
彼らのおかげで、この世界と向こうの世界では、本当に同一人物が別時空の中で生きているのだと思い知った。
「えーっと…。」
ニファはフロアを見渡す。
変人部署と呼ばれている企画調査部だけれど、フロアの雰囲気は私の所属する部署とあまり変わらなかった。
近代的な真っ白な広いフロアに、余裕をあけてデスクがズラーッと並んでいる。
右奥にはカフェスペースもあって、そこで社員達は休憩をしたり、談笑をする。
喫煙所もカフェスペースの中に用意されていて、そこで、彼が煙草を吸っていることもあるのだが、今日はそこにもいないようだった。
「あれ?さっきまでいたんだけどなぁ…。」
「じゃあ、先にミーティングルームに入って待っててもいい?」
「いいと思うよ。帰ってきたら、なまえが来たこと伝えておくね。」
「ありがとう。」
書類を抱き直して、デスクで仕事をしている知った顔の社員達の背中を通り抜け、フロア奥のガラス張りになっているミーティングルームへと向かう。
この世界に戻ってきて、最初に任された仕事が企画調査部との合同プロジェクトだった。
エルヴィン部長が端を発し始まった社運を賭けたプロジェクトだ。
私がコンペで出すつもりで作っていたデザインがきっかけで思いついたアイディアなのだそうだ。
だから余計に、エルヴィン部長は、このプロジェクトに私を参加させたくて、わざわざ彼に行方不明になっている別部署の社員の捜索を命じていたという裏話を、このプロジェクトへの参加が決まったときに本人から教えてもらった。
メインで進めているのは私と彼で、ファーランやイザベル、リコ達が補佐としてついてくれている。
「よう、なまえ。俺達、さっき出先から帰って来たんだけどよ、
まだ外にマスコミが来てたぜ?」
ゲルガーとナナバのデスクのそばを通りがかったところで、声をかけられた。
ナナバには、ちゃんと眠れているのかと心配される。
知っている顔だけれど、彼らもこの世界に戻って初めて出逢ったばかりだ。
それでも、私が行方不明になっていたことは有名だったおかげで、自己紹介のすぐあとから、心配をしながらも、こうして親しくしてくれている。
「はぁ…、もうやだ…。覚えてないって言ってるのに。」
ため息を吐いていると、後ろに猛烈な圧迫感を覚える。
すぐに誰だか分かった。
ミケはまた、私の首元を匂っている。
向こうの世界でもミケに匂いを嗅がれたことはあるけれど、この世界で初めてミケに匂いを嗅がれたときは、これが噂のー!と感動してしまった。
「…今日もヤツと同じ匂いがする。
まだマスコミがいなくならないのか。大変だな。」
「匂いだけでそんな推理が出来るなんて、すごいですね。」
私はここでも苦笑するしかなくなる。
男は狼だから危ないことがあればいつでも頼ってくれと言ってくれた彼らに、苦笑いしながら礼を言って、私は今度こそミーティングルームへ向かおうと足を進めてー。
「ギャーーーッ!!落ちないで!!落ちないでえぇぇぇえ!!」
ハンジの騒がしい声が聞こえた方を向くと、バサバサァッという音を立てて、デスクに積まれていた書類の山が土砂崩れを起こしていた。
物を失くすのが世界一得意らしいハンジは、今日も散らかり放題のデスクで頭を抱えて騒いでいる。
「おはよう、ハンジ。今日も元気だね。」
私の足元にまで飛んできた書類を拾い集めながら、すぐそこのミーティングルームに背を向けてハンジの元へ向かう。
「ありがとう~~~っ!!君はほんっっっとうに優しい娘だ!!」
拾い集めた書類を渡すと、両手を握りしめたハンジに涙を浮かべて感激された。
私は苦笑で返すしかなくなる。
ハンジの周辺で起こる土砂崩れは、日常茶飯事になっているせいで、もう誰も助けてはくれないのだそうだ。
それと、ボサボサの髪から漂う野性味のある匂いも、同僚達が近づいてくれない理由だと思う。
散らかり放題のデスクの上には、なぜかビーカーや試験管もある。
何の仕事をしているのか全く分からない。
隣の席のモブリットのデスクの上は、必要な書類がカテゴリ別にファイルに分けられていて、とても整理整頓されている。
片やハンジのデスクは、毎日のように土砂崩れを起こしていてー。
ハンジとモブリットのデスクは、まるで別世界のようだー。
それでもモブリットがいればもう少しマシだったのだろうが、彼は1週間前から出張に出ていて、明日まで帰らない。
「ねぇ、ハンジ。明日はモブリットが帰ってくるんだから
ちゃんとお風呂に入った方がいいと思うよ。」
「やっぱ、臭いかな~?3日くらい前からミケが近寄らないから
そろそろかなぁとは思ってたんだよね~。」
「…その判断基準はよく分からないけど
せめて、出張で疲れた恋人が1週間ぶりに帰ってくるんだから
綺麗にして迎えてあげたらと思ったの。」
「あはは、大丈夫だよ~。モブリットは慣れてるから。」
アハハとハンジは本気で可笑しそうに笑っている。
この世界のモブリットが、不憫でたまらないー。
好きにしてー、とため息交じりに言って、ハンジに背を向ける。
漸くミーティングルームに辿り着いた私は、10人は座れそうな大きなデスクの一番端に腰を降ろした。
昨日、自分の部署に持ち帰った後にリコ達と考え直したデザイン案を並べていると、ガラス張りの壁の向こうに、また土砂崩れを起こして頭を抱えているハンジの姿が見えた。
防音壁になっているから向こうの声までは聞こえないが、あの様子だとまた大声で悲鳴を上げているようだ。
思わず、クスリと笑いが出てしまう。
『俺がその世界にいたら、立候補したと思うけどな。』
ふと、向こうの世界のモブリットに言われたセリフを思い出した。
立候補もなにも、この世界のモブリットは、なんだかんだとハンジとラブラブだ。
ハンジのデスクの上に、書類の山と一緒に積まれている可愛らしい赤ちゃん動物の小物は、出張先からモブリットが買ってきてくれたお土産なのだそうだ。
きっと明日も、可愛らしいお土産と共に帰ってくるのだろう。
向こうの世界のハンジとモブリットも、いつか恋人同士になるのだろうか。
リコとイアンのように、想い合っているのに気持ちを伝えられないままで死が2人を別つなんてことがなければいいー。
残酷な世界で結ばれたのなら、リヴァイとなまえのように悲劇的な死で引き裂かれることがありませんようにー。
せっかく、同じ世界に生まれることが出来たのだからー。
消えない胸の痛みが強くなって、シャツの胸元を握りしめる。
あぁ、会いたいー。
愛する人の顔を思い浮かべていれば、ガラス張りの壁の向こうに全く同じ顔を見つけた。
書類を片手に、もう片方の手には独特な持ち方でティーカップも持っている。
私が先にミーティングルームに入ったことを聞いてやってきたようだ。
彼が私の方を向いたので、彼の持っているティーカップを指さした。
立ち止まった彼が、面倒くさそうな顔をする。
ニコリと微笑むと、声は聞こえないけれど、チッと舌打ちをされたのが分かった。
それでも、なんだかんだと、仕方なそうにしながらも、彼は奥のカフェスペースへと入って行く。
デザイン画と企画調査部の調査内容を確認していると、ミーティングルームの扉が開いた。
仏頂面で入って来た彼は、脇に書類を挟んだ格好で両手にティーカップを持っている。
そういえば、両手が塞がっているのに、いつもどうやって扉を開けているのだろうー。
ふと浮かんでしまった疑問のせいで、頑張って扉を開けてる彼の姿を思い浮かべてしまった。
思わず吹き出してしまった私に、彼は眉間に皴を寄せる。
「何が面白れぇ。」
「なんでも。ありがとう。」
止まらない笑いを必死に堪えながら、彼からティーカップを受け取った。
このプロジェクトの担当が決まったばかりの頃は、向かい合う席でお互いに探り探りで話をしていた。
今では、彼は当然のように私の隣の席に腰を降ろす。
「明日は自分で淹れて来いよ。」
彼は、私が持ってきたデザイン画を手に取りながら言う。
「えー、だって、他の部署のカフェテリアで勝手に飲み物貰うのって
なんか申し訳なくって。」
「俺に、紅茶淹れさせんのは申し訳なくねぇーのか。」
「貴方が淹れてくれる紅茶は美味しいから。」
「…調子がいい奴。」
クスクス笑う私に、何か言いたげにした彼だったけれど、結局、ため息とともに無言で吐き出した。
社運を賭けたプロジェクトだということもあり、私と彼はこの仕事につきっきりだ。
毎日、ひとつずつ確認をしては、補佐の社員達と夜遅くまで残ってプロジェクトの修正や新しい案を出し合ったり、クライアントとも打ち合わせをしなければならないしー。
マスコミも煩い上に、毎日とても忙しい。
それでも、どうしても、私の心も頭の中も、リヴァイのことばかりー。
「-ってことで、お前のコンペのデザインを生かすには
この前のファーランの案が一番良さそうだとエルヴィンが判断した。そこでー。」
彼は手に持った書類を見ながら、昨日の打ち合わせ後からの企画調査部での見解を話し出す。
時々、独特な持ち方で持ち上げたティーカップを口に運ぶその仕草は、リヴァイと同じだ。
仕事をする男の横顔もすごく綺麗で、色っぽくてー。
彼を造る何もかもが、リヴァイと同じ。
でも、違うー。
リヴァイじゃないー。
「-聞いてるのか。」
「ファーランの案にするんでしょう?
そらなら、会場外のデザインは少し手を加えた方がいいかなって考えてたよ。」
「…ならいい。」
納得はしていないようだったけれど、彼はまた書類を片手に話し出す。
その後はうちの部署の見解を彼に説明した。
この会社にとっては新人のはずの彼に痛いところを突かれてしまったので、大幅な変更が必要な部分も出て来たけれど、基本的なところはそのままでいけそうだ。
「じゃあ、とりあえず、ここのデザインに時間がかかりそうだから
次の打ち合わせは、んー…、来週くらいでいい?」
「構わねぇ。」
「何かあれば、こっちに顔出すね。」
「あぁ、俺もそっちに行く。」
今日の打ち合わせも一応の着地点を見つけ、私達はそれぞれ書類を片付けて立ち上がる。
今から自分の部署に戻って、リコ達に結果を説明してー。
「最近、すごく賑やかになったね。」
ミーティングルームの扉を開けようとしていた彼に話しかけた。
ガラス張りの向こうには、新リヴァイ班にいた若い兵士達の姿がずっと見えていた。
忙しそうにあちこち走り回っては、社員達に叱られている。
変人達に囲まれてとても大変そうだけれど、向こうの世界の彼らよりも幸せだと思う。
この世界にいる彼らは、ツラい訓練も必要ないし、恐ろしい敵と命を賭けて戦うこともない。
「あぁ、うるせぇ学生バイトが入ったからな。」
彼の隣に並んで、ミーティングルームを出た。
その途端に、企画調査部のフロアの賑やかさにガツンと頭を殴られる。
静かなところからだから、余計に耳がビックリするのだ。
変人ばかりのせいなのか、あちこちで騒がしい声が響いているおかげで、ゲームセンターに入ったときのような衝撃だといつも思う。
「エレンくん達、頑張ってるね。」
「エルヴィンのやつは、アイツらが大学卒業したら
このままうちに連れ込む気らしい。不憫だな。」
それほど不憫とは思っていない様子で、彼は忙しそうな学生バイト達に視線を向けた。
たぶん、彼もその不憫な仲間の1人だと思う。
エレン達は、エルヴィン部長の出した高時給の条件のいい募集に食いついてやって来た大学生達なのだそうだ。
もちろん、エルヴィン部長のことだから、バイト募集要項に嘘は書いていない。調子のいいことばかりを書いていただけだ。
ファーランが言うには、彼らも、エルヴィンにいいように言い包められてほぼ強引にこの部署に連れて来られたのだそうだ。
若い学生達の不憫さを話しながら、彼はいつものように私をフロアの外まで送ってくれる。
扉の外まで出て、漸く、私達の足が止まった。
「今日も遅くなりそうだな。お前は?」
彼に訊ねられて、私は抱える書類を見下ろしながら、今日の打ち合わせを振り返る。
「んー、残業は必要かも。」
「なら、終わったら連絡しろ。迎えに行く。」
「分かった。いつもありがとう。」
礼を言っても、彼はいつも素っ気無い。
それにも慣れているから「またあとでね。」と私は彼に背を向けて、廊下の先にあるエレベーターへ向かう。
階数まで違う企画調査部とは、今まで全く関りがなかった。
だから、向こうの世界に行っても、私はハンジ達を知らない人だと思うことになったのだ。
それが、帰って来た途端に、企画調査部の人達とこんなに関わることになるなんてー。
もし、私がリヴァイと出逢っていなくても、このプロジェクトは私と彼が任されていたのだと思う。
3か月の間、毎日一緒にいても、彼は素っ気ないままだ。
でも、なんとなく、私は、ハンジが言っていたように、彼を好きになっていたのかもしれないと思う。
なんだかんだと優しいし、迷惑ばかりをかけた私にもよくしてくれる。
彼には、感謝してもし足りないくらいに感謝している。
片想いだったのかもしれないけれど、私は彼を好きになったと思うのだ。
きっと、私はー。
あぁ、それでも私はー。
「リヴァイ…。」
エレベーターの中に入った私は、壁に寄り掛かって愛おしい人の名前を呟く。
会いたい想いは、募るばかりだー。
リヴァイと同じ顔、同じ声、そして、素っ気ないけれど優しい彼がそばにいるけれど、それでもー。
私はどうしても、リヴァイだけをずっと想っている。