◇6話◇モノクロの世界で愛される彼女
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私の家だと案内されたのは、ヨーロッパ風の古い建築物だった。
アパートメントになっているらしく、私の部屋は3階の一番奥にあった。
もちろん、私が住んでいたのはこんな場所ではない。
何の変哲もない普通のマンションの5階で、共通点は一番奥ということだけだ。
当然、私は鍵なんて持っていないので、リヴァイが兵舎の自分の部屋から合鍵を持ってきていた。
とりあえず、中に入ってみようというハンジに促されて、リヴァイが玄関の扉を開けた。
その瞬間に、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
とても好きな香りだったけれど、私が好んでつけている香水とは違う。
慣れた様子で中に入って行くリヴァイの後から、ハンジとモブリット、リコが続く。
さっきの調査兵団兵舎もそうだったけれど、土足の風習のようで、誰も靴を脱がなかったから、私もそれに倣って靴のまま中に入った。
短い廊下にシャワールームとトイレがあって、その先にリビング、その奥にベッドルームがあるよくあるタイプの部屋だった。
女性の1人暮らしには充分で、私の記憶にある部屋はワンルームなので、むしろ贅沢なくらいだ。
久しぶりにこの部屋に来たというリヴァイは、少し埃っぽくなっている空気を睨んで、掃除がどうのと言い出している。
そんな彼から少し離れた場所に立って、私はリビングを見渡す。
カーテンも、テーブルも、棚に飾ってある小物も、壁にかけてある女物の洋服も、全部、私のものではない。
でも、あなたが選んだものでしょう、と真剣な顔で言われたら、そう信じてしまいそうになるくらいに、すべてが私の好みのものだった。
ただ違うのは、キッチンや食器棚に2人分の食器があったり、洗面所には歯ブラシが2本並んでいたり、明らかに恋人のいる女の部屋だということだ。
「どう?なにか思い出す?」
ハンジに訊ねられて、私は首を横に振る。
なにか思い出すかもしれないから、というエルヴィンの指示でやってきたのだけれど、その期待には絶対に応えられない。
だって、私は記憶喪失ではないということだけは言い切れるのだ。
それなのにー。
そろそろ、私も少しずつ、何かがおかしいことに気づき始めている。
これは、私が思ったような、妄想甚だしい男達が企てた誘拐ではないのかもしれない。
たった1人の普通のOLを誘拐するためだけに、街全体で騙すような大掛かりなことをするわけがない。
でもー。
どこからか掃除用具を引っ張り出してきたらしいリヴァイが、三角巾を頭につけて、掃除を始め出す。
呆れた様子のハンジとモブリットにも手伝わせだしたので、私は寝室に入ってみることにした。
1人暮らしなのに、ダブルベッドが置いてあるせいで、部屋が少し狭く感じた。
ここに住んでいた女性には恋人がいて、それが合鍵を持っていたリヴァイだというのは本当なのだろう。
でも、それは私じゃない。絶対に、違う。
それなのに、ベッド脇の棚の上に置いてある写真立てを思わず手に取ってしまった。
「これ…。」
モノクロのその写真の中で、恋人達が見つめ合っている。
恋人の髪を耳にかけてやっているのはリヴァイで、そんな彼を愛おしそうに見つめているのは、私に違いなかった。
でもー。
どこか違和感を覚えて、その写真をじっと見る。
「…あれ?絵?」
ふと、気づいた。
モノクロ写真だと思ったのだが、よく見ると絵のようだった。
なんだー。
すごくホッとした。
リヴァイと見つめ合う写真なんて撮られた覚えはないのだから、それも当然なのに、一瞬、そんな写真をいつ撮ったっけなんて考えてしまった自分が怖い。
ただ、違和感はまだ拭えなくてー。
「あぁ、それ。結婚式もしないって言うから、絵くらいは描いてもらったらって
あたしがなまえに言ったんだ。2人とも絵を描き終わるまでじっとしてないから、
画家さんもすごく大変そうだったよ。結局、そういう感じになったしね。」
リコがやってきて、私が持っている写真立ての絵を覗き込む。
何を、言っているのだろう。
そんな記憶はないし、私はリヴァイと恋人じゃないし、結婚の予定もないのにー。
「ねぇ、リコ。」
「ん?」
「私は…、誰なの…?」
「…なまえみたいな、誰かかな。」
リコは良くも悪くも正直だ。
だから、私はいつだって誰よりも彼女を信頼している。
それにすごく頭が良くて、私は彼女が間違ったことを言っているのを聞いたことがない。
だからー。
あぁ、そうだ。違和感の理由にやっと気づいた。
写真立てを持つ私の手が小刻みに震える。
私は、この絵の中で、愛おしそうに恋人を見つめる彼女を、知らないのだ。
お互いを心から想い合っているのが伝わるこの絵が、もし本当に現実としてあった瞬間を切り取ったのなら、それは絶対に私ではない。
記憶にないからじゃない。
私はこんな風に、誰かを愛したことなんかない。
愛されたことなんか、ないー。
じゃあ、私にそっくりな彼女は、誰ー。
私は、誰ー。
リビングからは、リヴァイがハンジ達に掃除の指示を出している声がずっと聞こえていた。
アパートメントになっているらしく、私の部屋は3階の一番奥にあった。
もちろん、私が住んでいたのはこんな場所ではない。
何の変哲もない普通のマンションの5階で、共通点は一番奥ということだけだ。
当然、私は鍵なんて持っていないので、リヴァイが兵舎の自分の部屋から合鍵を持ってきていた。
とりあえず、中に入ってみようというハンジに促されて、リヴァイが玄関の扉を開けた。
その瞬間に、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
とても好きな香りだったけれど、私が好んでつけている香水とは違う。
慣れた様子で中に入って行くリヴァイの後から、ハンジとモブリット、リコが続く。
さっきの調査兵団兵舎もそうだったけれど、土足の風習のようで、誰も靴を脱がなかったから、私もそれに倣って靴のまま中に入った。
短い廊下にシャワールームとトイレがあって、その先にリビング、その奥にベッドルームがあるよくあるタイプの部屋だった。
女性の1人暮らしには充分で、私の記憶にある部屋はワンルームなので、むしろ贅沢なくらいだ。
久しぶりにこの部屋に来たというリヴァイは、少し埃っぽくなっている空気を睨んで、掃除がどうのと言い出している。
そんな彼から少し離れた場所に立って、私はリビングを見渡す。
カーテンも、テーブルも、棚に飾ってある小物も、壁にかけてある女物の洋服も、全部、私のものではない。
でも、あなたが選んだものでしょう、と真剣な顔で言われたら、そう信じてしまいそうになるくらいに、すべてが私の好みのものだった。
ただ違うのは、キッチンや食器棚に2人分の食器があったり、洗面所には歯ブラシが2本並んでいたり、明らかに恋人のいる女の部屋だということだ。
「どう?なにか思い出す?」
ハンジに訊ねられて、私は首を横に振る。
なにか思い出すかもしれないから、というエルヴィンの指示でやってきたのだけれど、その期待には絶対に応えられない。
だって、私は記憶喪失ではないということだけは言い切れるのだ。
それなのにー。
そろそろ、私も少しずつ、何かがおかしいことに気づき始めている。
これは、私が思ったような、妄想甚だしい男達が企てた誘拐ではないのかもしれない。
たった1人の普通のOLを誘拐するためだけに、街全体で騙すような大掛かりなことをするわけがない。
でもー。
どこからか掃除用具を引っ張り出してきたらしいリヴァイが、三角巾を頭につけて、掃除を始め出す。
呆れた様子のハンジとモブリットにも手伝わせだしたので、私は寝室に入ってみることにした。
1人暮らしなのに、ダブルベッドが置いてあるせいで、部屋が少し狭く感じた。
ここに住んでいた女性には恋人がいて、それが合鍵を持っていたリヴァイだというのは本当なのだろう。
でも、それは私じゃない。絶対に、違う。
それなのに、ベッド脇の棚の上に置いてある写真立てを思わず手に取ってしまった。
「これ…。」
モノクロのその写真の中で、恋人達が見つめ合っている。
恋人の髪を耳にかけてやっているのはリヴァイで、そんな彼を愛おしそうに見つめているのは、私に違いなかった。
でもー。
どこか違和感を覚えて、その写真をじっと見る。
「…あれ?絵?」
ふと、気づいた。
モノクロ写真だと思ったのだが、よく見ると絵のようだった。
なんだー。
すごくホッとした。
リヴァイと見つめ合う写真なんて撮られた覚えはないのだから、それも当然なのに、一瞬、そんな写真をいつ撮ったっけなんて考えてしまった自分が怖い。
ただ、違和感はまだ拭えなくてー。
「あぁ、それ。結婚式もしないって言うから、絵くらいは描いてもらったらって
あたしがなまえに言ったんだ。2人とも絵を描き終わるまでじっとしてないから、
画家さんもすごく大変そうだったよ。結局、そういう感じになったしね。」
リコがやってきて、私が持っている写真立ての絵を覗き込む。
何を、言っているのだろう。
そんな記憶はないし、私はリヴァイと恋人じゃないし、結婚の予定もないのにー。
「ねぇ、リコ。」
「ん?」
「私は…、誰なの…?」
「…なまえみたいな、誰かかな。」
リコは良くも悪くも正直だ。
だから、私はいつだって誰よりも彼女を信頼している。
それにすごく頭が良くて、私は彼女が間違ったことを言っているのを聞いたことがない。
だからー。
あぁ、そうだ。違和感の理由にやっと気づいた。
写真立てを持つ私の手が小刻みに震える。
私は、この絵の中で、愛おしそうに恋人を見つめる彼女を、知らないのだ。
お互いを心から想い合っているのが伝わるこの絵が、もし本当に現実としてあった瞬間を切り取ったのなら、それは絶対に私ではない。
記憶にないからじゃない。
私はこんな風に、誰かを愛したことなんかない。
愛されたことなんか、ないー。
じゃあ、私にそっくりな彼女は、誰ー。
私は、誰ー。
リビングからは、リヴァイがハンジ達に掃除の指示を出している声がずっと聞こえていた。