◇68話◇鏡の行方
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「…朝っぱらから自分の班員に何させてんの、リヴァイ。」
部屋着の上からガウンを羽織った格好で、ハンジが頭をガリガリと掻く。
漸く明るくなり始めた宿舎の廊下だが、窓の外の向こうの空は、夜が明けきっていないからまだ薄暗い。
ソニーとビーンの様子を見に行っていた帰り、リヴァイが自分の部屋の前で班員に指示を出している姿を見つけて声をかけた。
眠たげな眼をこするオルオがシーツで頑丈に包まれた何かを抱えていた。
エレンとペトラ以外のリヴァイ班の班員が、それを大切そうに抱えて何処かへ運んでいくのを見送りながら、ハンジは大きな欠伸をひとつ零した。
「旧本部へ鏡を持って行くように指示を出した。」
「へぇ~、あれ、鏡だったんだ。でも、なんで?」
訊ねながら、今日の朝食は何だろうと考える。
まだ夜が明け始めたばかりの早朝、さすがのハンジもまだ自慢の頭脳は冴えていない。
やっぱり、あれは鏡だったようだ。
でも、それを旧調査兵団本部に運ばせるのはどうしてだろう。
いまいち理解できない。
そもそも、あの鏡は、リヴァイの寝室にある全身鏡だったはずだ。
今日は、なまえが元の世界に帰れるか試すために鏡が必要だ。
リヴァイの寝室にみんなで集まるはずだったのに、自分の部屋になまえが来るのが嫌だから、旧調査兵団本部で実験をするということかー。
あぁ、それにしても眠たい。
「いろいろ考えてはみたんだが、割っちまうのは気が引けてな。」
「そりゃあね、割れてしまったら彼女はもう二度と平和な世界には帰れないからね。」
「そうだな。万が一、アイツが帰りてぇと思ったときに、道だけは残しておいてやりてぇ。
帰す気はねぇが。」
「それはダメだよ~。彼女はちゃんと帰らなくちゃ。
ところで、どうしてこんな朝早くに鏡を運ばせたの?」
「アイツに見られたら困るだろ。鏡は割ったってことにするつもりなのに。」
リヴァイはそう言いながら、自分の部屋に戻るわけではなく、廊下の向こうへ歩き出した
その背中を眺めながら、ハンジは首を傾げる。
「アイツ?彼女のこと?割ったことにするって?」
リヴァイに訊ねるというより、自問自答しているように声を漏らした。
でも、寝起きで頭がまわらないせいか、リヴァイが何を言っているのか理解できなかった。
だから、リヴァイを追いかけ隣に並ぶと、訊ねる。
「どこ行くの?」
「部屋に戻るんだよ。」
「君の部屋はそっちじゃないだろ?」
「俺の部屋はな。」
ハンジは訝し気に首を傾げる。
早起きしすぎてリヴァイは寝ぼけているのだろうか。
いや、彼はそもそも睡眠時間は少なくて、早起きも苦になるような男じゃない。
ここは幹部達の部屋があるフロアだ。
この廊下の先にはハンジの部屋がある。そして、その奥にモブリットの部屋もあってー。
あとはー。
「ねぇ、どういうこと?
鏡を旧本部に隠すようなことしたり、割ったことにするつもりとか。」
「鏡があったら、いつまでもアイツを俺の部屋に連れこめねぇだろ。」
「…いやいや、なんかすごく当然みたいにいってるけど
さっぱり意味が分からないよ。リヴァイ、何言ってんの?
彼女はもう元の世界に帰るんだよ。連れ込むも何もないだろう?」
「あぁ…!そういえば、まだ言ってねぇんだったな。」
リヴァイは思い出したように言って、立ち止まった。
すごく嫌な予感がしつつも、ハンジも足を止める。
「なまえは元の世界には帰らねぇことになった。」
「…それはどうしてー。」
「そういうことだから、今日の予定は中止だ。」
まだ言いたげなハンジを残して、リヴァイはまた歩き出す。
恐らく彼女の部屋にー。
ハッとしたハンジが彼を追いかける。
「帰らないってどういうことだよ!?」
追いかけて来たハンジを、リヴァイが面倒くさそうに振り返る。
「そのままの意味だが。」
「それが分かんないんだよ!!どうして急にそうなるの!?」
「アイツは俺のだからだ。」
「…は?」
「平和な世界でのうのうと暮らしてる男にやる気はねぇ。」
リヴァイの表情が不機嫌に歪んでいく。
確かに、彼女は元の世界に帰れば、向こうの世界にいるリヴァイと惹かれ合うんじゃないかという話はした。
そもそもハンジは、だから彼女は今ここでリヴァイに惹かれてしまったのだと思っている。
本当に愛すべきは、今目の前にいるリヴァイではなくて向こうの世界にいる“平和な世界でのうのうと暮らしている男”なのだ。
それなのにー。
「リヴァイ、落ち着いてよ。」
「俺は落ち着いてる。」
「いいや、何も分かってないよ。彼女がこの世界に来たのは、君を立ち直らせるためなんだよ。
彼女はその任務を遂行した。もう自由にしてー。」
「リヴァイ!!」
廊下の向こうから自分の名前を呼ぶ声に、リヴァイが勢いよく振り返った。
走ってやって来ているのは、彼女だった。
「起きたのか。」
自分の隣までやって来た彼女に、リヴァイが言う。
彼女は、チラリとハンジの方を見た。
一緒にいるハンジのことが気にはなるが、彼への質問を先にすることに決めたようだった。
「どこ、行ってたの?起きたらいないから…、探したんだよ。」
リヴァイのシャツの袖口を握りしめ、彼女は上目遣いで彼を見つめる。
今まで、なまえのフリをしている彼女を見たことはあるけれど、そのどれとも違っていた。
責めるような口調ではあったけれど、それは甘えているのと同義語で、少し不安そうにも見える。
見たことのない彼女の姿だった。
いや、違う。
ハンジは初めて、彼女を見たのだ。
好きな男の前にいるときの本当の彼女の姿をー。
「なんだ、寂しかったのか。」
「うるさいな。別に、寂しかったわけじゃなくて、どこ行ったのかなって。」
からかうように意地悪く口元を歪めるリヴァイに、彼女は、むぅ、と口を尖らせる。
でも、袖口を掴む手は離れないから、そこがまた拗ねた彼女の可愛らしさを際立たせているようだった。
だから、さっきまで会ったこともない男に妬みと怒りを募らせていたはずのリヴァイも機嫌を良くしているのだろう。
彼女が可愛くて仕方がないと顔に書いてる。
こんなリヴァイを見たのは、いつぶりだろうー。
言いたいことが山ほどあったはずなのに、ハンジは呆然と彼らを見ているだけしか出来なかった。
「あぁ、そうか。
寂しくさせて、悪かったな。」
リヴァイは、笑いを堪えきれない口元を手の甲で隠す。
でも、喉がククッと鳴っていて、馬鹿にしている感が全く隠せていない。
だから、彼女の表情には余計に恥ずかしさと悔しさが滲み出てくる。
「…それで、こんな朝早くから何してたの?」
まだリヴァイに言い返してやりたそうではあった彼女だったけれど、それよりもハンジのことが気になるようだ。
チラリとハンジを見た後、リヴァイに訊ねた。
「部屋に戻って、鏡を割って来た。」
「…へ?」
「今日からは俺の部屋に戻れ。」
「本当に割ったの?」
「あぁ。割っても良かっただろ?それとも何か問題があったか。」
「…私は、ないけど…。」
彼女が、ハンジの方を見る。
目が合うと、ひどく怯えた様子で、リヴァイのシャツの袖口を掴む手に力を込めたのが分かった。
そんな彼女を守るように、リヴァイが腰に手をまわして自分の方へ抱き寄せた。
あぁ、やっぱり、彼女はなまえとは違う。
だって、なまえは、リヴァイの隣でいつもシャンと背筋を伸ばして立っていたからー。
いつも堂々としていて、人類最強の兵士の隣にいても引けを取らないくらいの強さと自信に満ち溢れていたのだ。
少し前まで、彼女はそんな姿でリヴァイの隣にいたはずなのにー。
なまえのフリをしていた彼女と本当の彼女の姿が違うように、なまえの隣にいた頃のリヴァイと彼女を守るように立つリヴァイも違う。
どちらが良いとか、どちらの女性の方が愛されていたとかではなくてー。
リヴァイも、彼女をなまえとしてではなく、彼女として愛しているのだと分かったのだ。
なまえの代わりではなく、彼女をー。
「私が決めることじゃないよ。
君達がそれでいいのなら、何も言えない。」
これからどうするかは決めないといけないけどねー。
そう続けたハンジの言葉を、彼らがちゃんと聞いていたかは自信がない。
彼女は心底ホッとしたように、息を吐いて、リヴァイはそんな彼女を心底愛おしそうに見つめていた。
隣に並ぶ2人は、どう見てもお似合いで、お互いを想い合っているのが伝わって来る。
そんな2人を引き裂くような言葉をどうすれば言えるだろう。
「でも、鏡を割るだけならどうしてこんな朝早くに?」
彼女が不思議そうにリヴァイに訊ねる。
「出来るだけ早く、お前をこの世界に閉じ込めたかったんだ。」
「…じゃあ、私も一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。
私が割ったってよかったんだよ。そう言ったでしょ。」
「そんなこと出来るわけねぇだろ。
鏡なんか割って、お前の綺麗な手に傷でもついたらどうすんだ。」
リヴァイが咎めるように言って、彼女の手を持ち上げて握りしめた。
その仕草と言葉が嬉しかったのか、拗ねた様に口を尖らせていた彼女は、途端に頬を染めて嬉しそうな表情になった。
それが自分でも分かったのか、恥ずかしそうに顔を伏せる。
そんな彼女を、リヴァイはひどく愛おしそうに見ていてー。
「…朝っぱらから見せつけないでくれるかい。」
ハンジはため息交じりに言う。
ソニーとビーンの様子を見に部屋を出ただけのはずだったのに、巨人が恋愛をするのならすごく興味があるが、いつもは無表情の同僚の締まりのない顔を見ても、別に滾らない。
(仕方ない。今夜はモブリットの飲みに付き合ってやるか。)
もう何日もシャワーを浴びていない頭をボリボリと掻きながら、ハンジは、大切な右腕の顔を思い浮かべていた。
部屋着の上からガウンを羽織った格好で、ハンジが頭をガリガリと掻く。
漸く明るくなり始めた宿舎の廊下だが、窓の外の向こうの空は、夜が明けきっていないからまだ薄暗い。
ソニーとビーンの様子を見に行っていた帰り、リヴァイが自分の部屋の前で班員に指示を出している姿を見つけて声をかけた。
眠たげな眼をこするオルオがシーツで頑丈に包まれた何かを抱えていた。
エレンとペトラ以外のリヴァイ班の班員が、それを大切そうに抱えて何処かへ運んでいくのを見送りながら、ハンジは大きな欠伸をひとつ零した。
「旧本部へ鏡を持って行くように指示を出した。」
「へぇ~、あれ、鏡だったんだ。でも、なんで?」
訊ねながら、今日の朝食は何だろうと考える。
まだ夜が明け始めたばかりの早朝、さすがのハンジもまだ自慢の頭脳は冴えていない。
やっぱり、あれは鏡だったようだ。
でも、それを旧調査兵団本部に運ばせるのはどうしてだろう。
いまいち理解できない。
そもそも、あの鏡は、リヴァイの寝室にある全身鏡だったはずだ。
今日は、なまえが元の世界に帰れるか試すために鏡が必要だ。
リヴァイの寝室にみんなで集まるはずだったのに、自分の部屋になまえが来るのが嫌だから、旧調査兵団本部で実験をするということかー。
あぁ、それにしても眠たい。
「いろいろ考えてはみたんだが、割っちまうのは気が引けてな。」
「そりゃあね、割れてしまったら彼女はもう二度と平和な世界には帰れないからね。」
「そうだな。万が一、アイツが帰りてぇと思ったときに、道だけは残しておいてやりてぇ。
帰す気はねぇが。」
「それはダメだよ~。彼女はちゃんと帰らなくちゃ。
ところで、どうしてこんな朝早くに鏡を運ばせたの?」
「アイツに見られたら困るだろ。鏡は割ったってことにするつもりなのに。」
リヴァイはそう言いながら、自分の部屋に戻るわけではなく、廊下の向こうへ歩き出した
その背中を眺めながら、ハンジは首を傾げる。
「アイツ?彼女のこと?割ったことにするって?」
リヴァイに訊ねるというより、自問自答しているように声を漏らした。
でも、寝起きで頭がまわらないせいか、リヴァイが何を言っているのか理解できなかった。
だから、リヴァイを追いかけ隣に並ぶと、訊ねる。
「どこ行くの?」
「部屋に戻るんだよ。」
「君の部屋はそっちじゃないだろ?」
「俺の部屋はな。」
ハンジは訝し気に首を傾げる。
早起きしすぎてリヴァイは寝ぼけているのだろうか。
いや、彼はそもそも睡眠時間は少なくて、早起きも苦になるような男じゃない。
ここは幹部達の部屋があるフロアだ。
この廊下の先にはハンジの部屋がある。そして、その奥にモブリットの部屋もあってー。
あとはー。
「ねぇ、どういうこと?
鏡を旧本部に隠すようなことしたり、割ったことにするつもりとか。」
「鏡があったら、いつまでもアイツを俺の部屋に連れこめねぇだろ。」
「…いやいや、なんかすごく当然みたいにいってるけど
さっぱり意味が分からないよ。リヴァイ、何言ってんの?
彼女はもう元の世界に帰るんだよ。連れ込むも何もないだろう?」
「あぁ…!そういえば、まだ言ってねぇんだったな。」
リヴァイは思い出したように言って、立ち止まった。
すごく嫌な予感がしつつも、ハンジも足を止める。
「なまえは元の世界には帰らねぇことになった。」
「…それはどうしてー。」
「そういうことだから、今日の予定は中止だ。」
まだ言いたげなハンジを残して、リヴァイはまた歩き出す。
恐らく彼女の部屋にー。
ハッとしたハンジが彼を追いかける。
「帰らないってどういうことだよ!?」
追いかけて来たハンジを、リヴァイが面倒くさそうに振り返る。
「そのままの意味だが。」
「それが分かんないんだよ!!どうして急にそうなるの!?」
「アイツは俺のだからだ。」
「…は?」
「平和な世界でのうのうと暮らしてる男にやる気はねぇ。」
リヴァイの表情が不機嫌に歪んでいく。
確かに、彼女は元の世界に帰れば、向こうの世界にいるリヴァイと惹かれ合うんじゃないかという話はした。
そもそもハンジは、だから彼女は今ここでリヴァイに惹かれてしまったのだと思っている。
本当に愛すべきは、今目の前にいるリヴァイではなくて向こうの世界にいる“平和な世界でのうのうと暮らしている男”なのだ。
それなのにー。
「リヴァイ、落ち着いてよ。」
「俺は落ち着いてる。」
「いいや、何も分かってないよ。彼女がこの世界に来たのは、君を立ち直らせるためなんだよ。
彼女はその任務を遂行した。もう自由にしてー。」
「リヴァイ!!」
廊下の向こうから自分の名前を呼ぶ声に、リヴァイが勢いよく振り返った。
走ってやって来ているのは、彼女だった。
「起きたのか。」
自分の隣までやって来た彼女に、リヴァイが言う。
彼女は、チラリとハンジの方を見た。
一緒にいるハンジのことが気にはなるが、彼への質問を先にすることに決めたようだった。
「どこ、行ってたの?起きたらいないから…、探したんだよ。」
リヴァイのシャツの袖口を握りしめ、彼女は上目遣いで彼を見つめる。
今まで、なまえのフリをしている彼女を見たことはあるけれど、そのどれとも違っていた。
責めるような口調ではあったけれど、それは甘えているのと同義語で、少し不安そうにも見える。
見たことのない彼女の姿だった。
いや、違う。
ハンジは初めて、彼女を見たのだ。
好きな男の前にいるときの本当の彼女の姿をー。
「なんだ、寂しかったのか。」
「うるさいな。別に、寂しかったわけじゃなくて、どこ行ったのかなって。」
からかうように意地悪く口元を歪めるリヴァイに、彼女は、むぅ、と口を尖らせる。
でも、袖口を掴む手は離れないから、そこがまた拗ねた彼女の可愛らしさを際立たせているようだった。
だから、さっきまで会ったこともない男に妬みと怒りを募らせていたはずのリヴァイも機嫌を良くしているのだろう。
彼女が可愛くて仕方がないと顔に書いてる。
こんなリヴァイを見たのは、いつぶりだろうー。
言いたいことが山ほどあったはずなのに、ハンジは呆然と彼らを見ているだけしか出来なかった。
「あぁ、そうか。
寂しくさせて、悪かったな。」
リヴァイは、笑いを堪えきれない口元を手の甲で隠す。
でも、喉がククッと鳴っていて、馬鹿にしている感が全く隠せていない。
だから、彼女の表情には余計に恥ずかしさと悔しさが滲み出てくる。
「…それで、こんな朝早くから何してたの?」
まだリヴァイに言い返してやりたそうではあった彼女だったけれど、それよりもハンジのことが気になるようだ。
チラリとハンジを見た後、リヴァイに訊ねた。
「部屋に戻って、鏡を割って来た。」
「…へ?」
「今日からは俺の部屋に戻れ。」
「本当に割ったの?」
「あぁ。割っても良かっただろ?それとも何か問題があったか。」
「…私は、ないけど…。」
彼女が、ハンジの方を見る。
目が合うと、ひどく怯えた様子で、リヴァイのシャツの袖口を掴む手に力を込めたのが分かった。
そんな彼女を守るように、リヴァイが腰に手をまわして自分の方へ抱き寄せた。
あぁ、やっぱり、彼女はなまえとは違う。
だって、なまえは、リヴァイの隣でいつもシャンと背筋を伸ばして立っていたからー。
いつも堂々としていて、人類最強の兵士の隣にいても引けを取らないくらいの強さと自信に満ち溢れていたのだ。
少し前まで、彼女はそんな姿でリヴァイの隣にいたはずなのにー。
なまえのフリをしていた彼女と本当の彼女の姿が違うように、なまえの隣にいた頃のリヴァイと彼女を守るように立つリヴァイも違う。
どちらが良いとか、どちらの女性の方が愛されていたとかではなくてー。
リヴァイも、彼女をなまえとしてではなく、彼女として愛しているのだと分かったのだ。
なまえの代わりではなく、彼女をー。
「私が決めることじゃないよ。
君達がそれでいいのなら、何も言えない。」
これからどうするかは決めないといけないけどねー。
そう続けたハンジの言葉を、彼らがちゃんと聞いていたかは自信がない。
彼女は心底ホッとしたように、息を吐いて、リヴァイはそんな彼女を心底愛おしそうに見つめていた。
隣に並ぶ2人は、どう見てもお似合いで、お互いを想い合っているのが伝わって来る。
そんな2人を引き裂くような言葉をどうすれば言えるだろう。
「でも、鏡を割るだけならどうしてこんな朝早くに?」
彼女が不思議そうにリヴァイに訊ねる。
「出来るだけ早く、お前をこの世界に閉じ込めたかったんだ。」
「…じゃあ、私も一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。
私が割ったってよかったんだよ。そう言ったでしょ。」
「そんなこと出来るわけねぇだろ。
鏡なんか割って、お前の綺麗な手に傷でもついたらどうすんだ。」
リヴァイが咎めるように言って、彼女の手を持ち上げて握りしめた。
その仕草と言葉が嬉しかったのか、拗ねた様に口を尖らせていた彼女は、途端に頬を染めて嬉しそうな表情になった。
それが自分でも分かったのか、恥ずかしそうに顔を伏せる。
そんな彼女を、リヴァイはひどく愛おしそうに見ていてー。
「…朝っぱらから見せつけないでくれるかい。」
ハンジはため息交じりに言う。
ソニーとビーンの様子を見に部屋を出ただけのはずだったのに、巨人が恋愛をするのならすごく興味があるが、いつもは無表情の同僚の締まりのない顔を見ても、別に滾らない。
(仕方ない。今夜はモブリットの飲みに付き合ってやるか。)
もう何日もシャワーを浴びていない頭をボリボリと掻きながら、ハンジは、大切な右腕の顔を思い浮かべていた。