◇62話◇悪足掻きでもなんでもいいから
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あれから1週間以上が経っている。
壁外調査後で忙しい時期と重なったこともあって、リヴァイは出張やエレンの実験で遠征に出ることが多くなり、話し合う時間も取れなかった。
話し合いを避けるために、リヴァイがわざと忙しくしているというのもあるはずだ。
それなら、リヴァイが兵舎にいない間に、寝室の鏡で実験でもしてみようかと考えたハンジだったが、モブリットが執務室に行ってみるとしっかりと鍵がかかっていたらしかった。
まぁ、当然だ。
リヴァイの執務室に入れないせいで着替えをなくした彼女は、事情を知っているペトラから着なくなった服を貰いなんとか生活をしている。
自分の人生を捨ててもそばにいたいと思った男に拒絶されて、ひどく傷ついて、それでも、必死に、この世界で生きている。
本当ならもっと安心して生きていける世界を知っているはずなのに、それでも彼女はー。
「リヴァイ、見せたいものがあるんだ。」
リヴァイが出張から帰ってきたとモブリットから報告を貰ったハンジは、早速、執務室を訪れていた。
ノックもしないまま扉を開けば、リヴァイはジャケットをハンガーにかけようとしているところだった。
今、部屋に戻ったばかりのようだ。
モブリットは、リヴァイが兵舎に戻って本当にすぐに報告に来たのだろう。
長い出張が終わりやっと帰ってくるリヴァイを、今か今かと待っていたのかもしれない。
彼女があんな無謀な真似をするのをすぐにでもやめさせたいのだと思う。
きっと、リヴァイに彼女を説得してもらいたいのだ。
もう諦めて、元の世界に帰れ、とー。
「勝手に開けんじゃねぇ。クソ眼鏡。」
「それは謝るよ。
でも、リヴァイに見せたいものがあるんだ。来てほしい。」
訝し気に眉を顰めたリヴァイが見えたけれど、ハンジは背を向けて執務室を出た。
来てくれる自信があった。
彼女のことだろう、と見当はついたはずだ。
思った通り、リヴァイは執務室から出て来た。
今までなら、自分が兵舎にいる間は鍵なんかかけなかったくせに、ご丁寧に施錠までしてからハンジの隣に並ぶ。
どうしても、自分の部屋に彼女を入れたくないらしい。
そんなに、元の世界に帰したくないのだろうか。
ハンジは、隣に並んだリヴァイをチラリと見る。
彼は、どこへ行くのかも訊ねず、ただ難しそうに眉を顰めたまま前を見ていた。
今、自分がしていることは無駄な悪足掻きに過ぎず、彼女の時間すら無駄にしているということに、気づいていないはずがない。
彼女の人生は、彼女のものだということだって、分かっていないはずがない。
あぁ、でも、きっとー。
リヴァイは失いすぎたのかもしれない。
母親も、親友も、恋人もー。
大切な人達をことごとく失ってきて、もう彼女しか残っていないのかもしれない。
リヴァイにとって彼女はもう、失ってしまえば心が壊れてしまう存在になっているのかもしれない。
でも、それならやっぱり、彼女のためにどうすることが一番良いのかを考えて欲しい。
彼女が大切なのなら、ちゃんと彼女を見てやって欲しいー。
「こっちだよ。」
巨人研究所に入ったハンジは、奥の勝手口を開けた。
その向こうの広い敷地に、実験の被験体である巨人が拘束されている。
この世界に来たばかりの彼女が、姿を見ただけで気絶してしまったあの巨人。ソニーとビーンだ。
さすがにリヴァイも、なぜこんなところに連れて来られたのか分からない様子だ。
だが、被験体の見張りを任されていた調査兵達は、彼の姿を見つけると一様に胸を撫でおろした。
その反応もまた、リヴァイに疑問を抱かせているようだった。
でもそれも、すぐにわかるー。
「ハンジさん!よかった、連れてきてくれたんでー。」
「シー、気づかれないように、そっとね。」
嬉しそうに駆け寄って来たニファに、ハンジは唇に人差し指を立てた。
不思議そうにした彼女だったが、口を閉ざす。
その様子を見ていた他の調査兵達も、空気を呼んだのかリヴァイの名前を口にするものはいなかった。
だから、コッソリと見える位置にリヴァイを連れて行く。
実験中、休憩や書き仕事をするときの為のテントの陰にリヴァイを立たせたハンジは、ソニーとビーンの足元を見るように伝えた。
見張りの調査兵達が囲むその向こうを覗くようにして目を細めたリヴァイは、白いロングワンピースが風に揺れているのが見えたようだった。
「…!?」
驚き、目を見開いたリヴァイが、息を呑んだのが分かった。
ソニーとビーンに挟まれる位置に彼女はいる。
怖くて仕方がないくせに、膝を抱えて座ってそこから動かないのだ。
ここ数日は、そこが彼女の指定席になっていて、調査兵達を困惑させ、混乱させている。
そうやって、食事もろくにとらないで、1日を過ごしている。
「なまえさん!危険ですから!!こっちに戻って来てください!!」
「この場所なら巨人に食べられないってケイジが言ったから、大丈夫。」
「余計なこと言ってんじゃねぇよ!ケイジ!」
「ただの世間話だと思ったんだよ!」
「とにかく、何かあってからじゃ遅いんですよ!!早くこっちに!」
「やだ!!」
ああやってハンジの分隊の調査兵達が、彼女の手を引っ張ってなんとか被験体から引き離そうとしているのだが、頑なに動こうとしない。
そのくせ、身体はずっと震えていて、巨人の方を見ることも出来ないのだ。
「ウヴォォォオオッ!!」
「キャーーーーッ!!ごめんなさぃぃいいいっ!!」
自分の周りで人間が騒ぎ出したからか、ソニーが声を上げて身体を動かしだした。
途端に、彼女は身体を丸めて悲鳴を上げる。
それでも、自分を守ろうとする調査兵達に、必要ないと断って、やっぱり被験体のそばから離れてはくれない。
これもいつものことで、モブリットは、この馬鹿げた行動をすぐにやめさせたいのだ。
危険だし、無謀だし、それにー。
見ていられないくらいに、悲しくてー。
「アイツは…、何やってんだ。」
漸く、リヴァイが口を開いた。
目を見開いたまま、自分が見ている光景を信じられない様子だ。
ハンジも、信じられない。
か弱くて、儚いと思っていた彼女が、こんな思い切った行動に出るだなんてー。
ただただそれはー。
「リヴァイの為だよ。」
「俺のため…?」
「君がまたひとりぼっちになってしまったのは、
自分がちゃんとなまえになりきれなかったのが悪かったんだって、
兵士だったなまえに少しでも近づくために、巨人に慣れようとしてるんだ。」
「…馬鹿なのか。」
「私も驚きの馬鹿だよ。」
馬鹿だけど、凄いと思う。
儚くて、か弱くて、1人では生きていけそうにないと思っていた彼女は、自分を拒絶した男の為に命を賭けようとしているのだ。
彼女は絶対に元の世界に帰るべきで、この世界に残ってリヴァイのそばにいたいという想いは間違っている。
少なくとも、ハンジもモブリットもそう思っていて、彼女もたぶん分かっているはずだ。
それでも、リヴァイへの愛に生きることを決めて、どうすれば彼のそばにいられるのかを必死に考えたのだろう。
自分がこの世界に残るために何をすればいいのか、きっと必死にー。
リヴァイに愛されたなまえと拒絶された自分との違いを、考えたくもなかっただろうに、きっと必死に、必死にー。
「そんなことしても、アイツはなまえとは違ぇ。すぐにやめさせろ。」
リヴァイはそれだけ言って、この場を離れようとする。
その腕を掴んで引き留めた。
振り返らない彼の背中に、ハンジは言葉を続ける。
「私達が言っても聞かないから、リヴァイを呼んだんだろ。」
「知るか。俺はもう関係ねぇ。」
「なら、今すぐ彼女を元の世界に帰してやってよ。
本当に関係ない女だと思うなら、簡単に出来るだろう?
君が心変わりしてないって証明してよ。」
挑発的なハンジの言葉に、リヴァイは分かりやすく反応した。
掴まれた腕を乱暴に振りほどき、後ろを振り向いてハンジを睨みつける。
彼は一体、何と戦っているのだろう。
そして、何から逃げているのだろう。
不機嫌な表情で何かを言おうとしたリヴァイだったけれど、ハンジの向こうに彼女の姿を見つけると、一旦、開きかけた口を閉じた。
そして、目を反らしてから、躊躇いがちに口を開く。
「明後日が俺の非番だ。1日中、部屋に居て扉が開くまで待てばいい。」
「…いいの?」
「…お前らもどうせ書類仕事だけだろ。俺の執務室を使っても構わねぇ。
アイツも、お前とモブリットがいた方が安心だろうからな。」
ハンジの質問には答えず、リヴァイはそれだけ言うと今度こそ背を向けて研究所を出て行った。
リヴァイの姿が見えなくなった後、ハンジは被験体のいる方を向く。
相変わらず、彼女は恐怖に必死に耐えながら、どうにかして巨人に慣れようとしていた。
巨人を見ても怖くないと思えるようになったら、今度は筋力をつける特訓もしたいのだそうだ。
健気な彼女の想いは、きっと、リヴァイには届いていない。
届くこともない。
切なそうに彼女を見つめたリヴァイの瞳を、彼女が見ることもない。
それがいい。
届かないまま、見つめ合うこともないまま、お互いに何も知らないまま、彼女は元の世界へ帰るのが正しい。
彼女になまえのフリを頼んでしまったことを、ハンジは後悔して、そして、責任を感じていた。
だからせめて、彼女が生きているうちに元の世界へ帰してやりたい。
ハンジの視線の向こうで、ケイジに呼ばれたらしく走ってやってきたモブリットが、抵抗する彼女を無理やり抱え上げて被験体から引き剥がしていた。
壁外調査後で忙しい時期と重なったこともあって、リヴァイは出張やエレンの実験で遠征に出ることが多くなり、話し合う時間も取れなかった。
話し合いを避けるために、リヴァイがわざと忙しくしているというのもあるはずだ。
それなら、リヴァイが兵舎にいない間に、寝室の鏡で実験でもしてみようかと考えたハンジだったが、モブリットが執務室に行ってみるとしっかりと鍵がかかっていたらしかった。
まぁ、当然だ。
リヴァイの執務室に入れないせいで着替えをなくした彼女は、事情を知っているペトラから着なくなった服を貰いなんとか生活をしている。
自分の人生を捨ててもそばにいたいと思った男に拒絶されて、ひどく傷ついて、それでも、必死に、この世界で生きている。
本当ならもっと安心して生きていける世界を知っているはずなのに、それでも彼女はー。
「リヴァイ、見せたいものがあるんだ。」
リヴァイが出張から帰ってきたとモブリットから報告を貰ったハンジは、早速、執務室を訪れていた。
ノックもしないまま扉を開けば、リヴァイはジャケットをハンガーにかけようとしているところだった。
今、部屋に戻ったばかりのようだ。
モブリットは、リヴァイが兵舎に戻って本当にすぐに報告に来たのだろう。
長い出張が終わりやっと帰ってくるリヴァイを、今か今かと待っていたのかもしれない。
彼女があんな無謀な真似をするのをすぐにでもやめさせたいのだと思う。
きっと、リヴァイに彼女を説得してもらいたいのだ。
もう諦めて、元の世界に帰れ、とー。
「勝手に開けんじゃねぇ。クソ眼鏡。」
「それは謝るよ。
でも、リヴァイに見せたいものがあるんだ。来てほしい。」
訝し気に眉を顰めたリヴァイが見えたけれど、ハンジは背を向けて執務室を出た。
来てくれる自信があった。
彼女のことだろう、と見当はついたはずだ。
思った通り、リヴァイは執務室から出て来た。
今までなら、自分が兵舎にいる間は鍵なんかかけなかったくせに、ご丁寧に施錠までしてからハンジの隣に並ぶ。
どうしても、自分の部屋に彼女を入れたくないらしい。
そんなに、元の世界に帰したくないのだろうか。
ハンジは、隣に並んだリヴァイをチラリと見る。
彼は、どこへ行くのかも訊ねず、ただ難しそうに眉を顰めたまま前を見ていた。
今、自分がしていることは無駄な悪足掻きに過ぎず、彼女の時間すら無駄にしているということに、気づいていないはずがない。
彼女の人生は、彼女のものだということだって、分かっていないはずがない。
あぁ、でも、きっとー。
リヴァイは失いすぎたのかもしれない。
母親も、親友も、恋人もー。
大切な人達をことごとく失ってきて、もう彼女しか残っていないのかもしれない。
リヴァイにとって彼女はもう、失ってしまえば心が壊れてしまう存在になっているのかもしれない。
でも、それならやっぱり、彼女のためにどうすることが一番良いのかを考えて欲しい。
彼女が大切なのなら、ちゃんと彼女を見てやって欲しいー。
「こっちだよ。」
巨人研究所に入ったハンジは、奥の勝手口を開けた。
その向こうの広い敷地に、実験の被験体である巨人が拘束されている。
この世界に来たばかりの彼女が、姿を見ただけで気絶してしまったあの巨人。ソニーとビーンだ。
さすがにリヴァイも、なぜこんなところに連れて来られたのか分からない様子だ。
だが、被験体の見張りを任されていた調査兵達は、彼の姿を見つけると一様に胸を撫でおろした。
その反応もまた、リヴァイに疑問を抱かせているようだった。
でもそれも、すぐにわかるー。
「ハンジさん!よかった、連れてきてくれたんでー。」
「シー、気づかれないように、そっとね。」
嬉しそうに駆け寄って来たニファに、ハンジは唇に人差し指を立てた。
不思議そうにした彼女だったが、口を閉ざす。
その様子を見ていた他の調査兵達も、空気を呼んだのかリヴァイの名前を口にするものはいなかった。
だから、コッソリと見える位置にリヴァイを連れて行く。
実験中、休憩や書き仕事をするときの為のテントの陰にリヴァイを立たせたハンジは、ソニーとビーンの足元を見るように伝えた。
見張りの調査兵達が囲むその向こうを覗くようにして目を細めたリヴァイは、白いロングワンピースが風に揺れているのが見えたようだった。
「…!?」
驚き、目を見開いたリヴァイが、息を呑んだのが分かった。
ソニーとビーンに挟まれる位置に彼女はいる。
怖くて仕方がないくせに、膝を抱えて座ってそこから動かないのだ。
ここ数日は、そこが彼女の指定席になっていて、調査兵達を困惑させ、混乱させている。
そうやって、食事もろくにとらないで、1日を過ごしている。
「なまえさん!危険ですから!!こっちに戻って来てください!!」
「この場所なら巨人に食べられないってケイジが言ったから、大丈夫。」
「余計なこと言ってんじゃねぇよ!ケイジ!」
「ただの世間話だと思ったんだよ!」
「とにかく、何かあってからじゃ遅いんですよ!!早くこっちに!」
「やだ!!」
ああやってハンジの分隊の調査兵達が、彼女の手を引っ張ってなんとか被験体から引き離そうとしているのだが、頑なに動こうとしない。
そのくせ、身体はずっと震えていて、巨人の方を見ることも出来ないのだ。
「ウヴォォォオオッ!!」
「キャーーーーッ!!ごめんなさぃぃいいいっ!!」
自分の周りで人間が騒ぎ出したからか、ソニーが声を上げて身体を動かしだした。
途端に、彼女は身体を丸めて悲鳴を上げる。
それでも、自分を守ろうとする調査兵達に、必要ないと断って、やっぱり被験体のそばから離れてはくれない。
これもいつものことで、モブリットは、この馬鹿げた行動をすぐにやめさせたいのだ。
危険だし、無謀だし、それにー。
見ていられないくらいに、悲しくてー。
「アイツは…、何やってんだ。」
漸く、リヴァイが口を開いた。
目を見開いたまま、自分が見ている光景を信じられない様子だ。
ハンジも、信じられない。
か弱くて、儚いと思っていた彼女が、こんな思い切った行動に出るだなんてー。
ただただそれはー。
「リヴァイの為だよ。」
「俺のため…?」
「君がまたひとりぼっちになってしまったのは、
自分がちゃんとなまえになりきれなかったのが悪かったんだって、
兵士だったなまえに少しでも近づくために、巨人に慣れようとしてるんだ。」
「…馬鹿なのか。」
「私も驚きの馬鹿だよ。」
馬鹿だけど、凄いと思う。
儚くて、か弱くて、1人では生きていけそうにないと思っていた彼女は、自分を拒絶した男の為に命を賭けようとしているのだ。
彼女は絶対に元の世界に帰るべきで、この世界に残ってリヴァイのそばにいたいという想いは間違っている。
少なくとも、ハンジもモブリットもそう思っていて、彼女もたぶん分かっているはずだ。
それでも、リヴァイへの愛に生きることを決めて、どうすれば彼のそばにいられるのかを必死に考えたのだろう。
自分がこの世界に残るために何をすればいいのか、きっと必死にー。
リヴァイに愛されたなまえと拒絶された自分との違いを、考えたくもなかっただろうに、きっと必死に、必死にー。
「そんなことしても、アイツはなまえとは違ぇ。すぐにやめさせろ。」
リヴァイはそれだけ言って、この場を離れようとする。
その腕を掴んで引き留めた。
振り返らない彼の背中に、ハンジは言葉を続ける。
「私達が言っても聞かないから、リヴァイを呼んだんだろ。」
「知るか。俺はもう関係ねぇ。」
「なら、今すぐ彼女を元の世界に帰してやってよ。
本当に関係ない女だと思うなら、簡単に出来るだろう?
君が心変わりしてないって証明してよ。」
挑発的なハンジの言葉に、リヴァイは分かりやすく反応した。
掴まれた腕を乱暴に振りほどき、後ろを振り向いてハンジを睨みつける。
彼は一体、何と戦っているのだろう。
そして、何から逃げているのだろう。
不機嫌な表情で何かを言おうとしたリヴァイだったけれど、ハンジの向こうに彼女の姿を見つけると、一旦、開きかけた口を閉じた。
そして、目を反らしてから、躊躇いがちに口を開く。
「明後日が俺の非番だ。1日中、部屋に居て扉が開くまで待てばいい。」
「…いいの?」
「…お前らもどうせ書類仕事だけだろ。俺の執務室を使っても構わねぇ。
アイツも、お前とモブリットがいた方が安心だろうからな。」
ハンジの質問には答えず、リヴァイはそれだけ言うと今度こそ背を向けて研究所を出て行った。
リヴァイの姿が見えなくなった後、ハンジは被験体のいる方を向く。
相変わらず、彼女は恐怖に必死に耐えながら、どうにかして巨人に慣れようとしていた。
巨人を見ても怖くないと思えるようになったら、今度は筋力をつける特訓もしたいのだそうだ。
健気な彼女の想いは、きっと、リヴァイには届いていない。
届くこともない。
切なそうに彼女を見つめたリヴァイの瞳を、彼女が見ることもない。
それがいい。
届かないまま、見つめ合うこともないまま、お互いに何も知らないまま、彼女は元の世界へ帰るのが正しい。
彼女になまえのフリを頼んでしまったことを、ハンジは後悔して、そして、責任を感じていた。
だからせめて、彼女が生きているうちに元の世界へ帰してやりたい。
ハンジの視線の向こうで、ケイジに呼ばれたらしく走ってやってきたモブリットが、抵抗する彼女を無理やり抱え上げて被験体から引き剥がしていた。