休憩時間が終わり、ゲルガーとナナバは訓練に戻って行った。
そのタイミングで、ハンジからは今回の壁外調査後の報告をリヴァイに行う。
なまえにもこの世界の成り立ちについての説明をするときに、調査兵団の存在意義や壁外調査についても教えている。
今回の壁外調査が何を目的としていたのかについても、今は彼女も知っている。
リヴァイの『散歩だ。』という嘘の意味も、理解している。

「そうか。」

話が終わると、ハンジから受け取った資料に目線を落としたままでリヴァイが答える。
ハンジとリヴァイが仕事の話をしている間、興味なさそうな顔でソファに腰を降ろしたなまえは、愛読書を開いていた。
そういうところも、本当に生前のなまえそのもので、そこにいるのが誰なのか分からなくなるー。
今後の継続調査についての説明をハンジがしていると、病室の扉がノックされた。
毎日、誰かしらが見舞いに来てくれるとなまえが言っていたが、本当だったようだ。
リヴァイが返事をすれば、すぐに扉が開く。
入ってきた人物を見て、驚いた。
なまえも意外な人物の登場に驚いたらしく、慌ててソファから立ち上がった。
そして、背筋を伸ばして、敬礼で出迎える。
それは、誰がどう見ても、上官を前にした駐屯兵だった。
事情を知っているピクシスでさえ、リヴァイを見た後、なまえに視線を移し、僅かに肩眉を上げた。

「前回会ったときは、敬礼なんて知らない小娘じゃったのになぁ。
　記憶が戻ったというのは本当らしい。どうじゃ、また駐屯兵団に戻って来んか。
　美人はそばに置いておきたい性分なのは知っとるじゃろう？」
「そうですね。私が駐屯兵団に戻った暁には、
　その腰のお酒をすべてお水に変えて差し上げましょう。
　さぞかし、アンカも喜んでくれると思います。」
「それは恐ろしい交換条件じゃな。」
「駐屯兵時代は、あなたのお酒に散々付き合わされては
　リヴァイとの時間を邪魔されましたので。」
「ほっほ、そうじゃったかな。」

ピクシスは可笑しそうに笑う。
そして、なまえに、もう兵士ではないのだから敬礼は直して構わないと伝える。
なまえは頭を下げた後に、手を下げた。
ハンジは、彼女から目が離せなかった。
完璧だ。
ここになまえがいたら、きっと今の彼女と同じ受け答えをしたに違いない。
彼女が話したことはすべて、ハンジとモブリットが教えてやっていたことだ。
それを分かっているハンジでさえも、彼女がなまえに見えたのだ。
パラレルワールドのなまえと同一人物だということを差し引いたって、誰かになりきるなんて簡単にできることじゃない。
彼女はきっと、なまえの人生を暗記した後、なまえという人間について想像して、考えて、いろんなシチュエーションでの受け答えを予習しているのだろう。
いつだって、なまえでいられるように。
殺したはずの彼女自身が、出てきてしまわないようにー。

「人類最強の兵士も思ったよりも元気そうで、安心したわい。」

ピクシスはベッドへ歩み寄りながら、楽しそうに言う。
リヴァイが不機嫌に眉を顰めているのが、面白いのだろう。
きっと、懐かしいのだ。

「ジジイが、くだらねぇことをなまえに言うからだろ。
　ソイツは二度と兵士にはしねぇぞ。」
「分かっとるわい。ワシもまだまだ酒を愉しみたいお年頃なんじゃ。」
「そういうことじゃねぇ。」
「あぁ、真面目な話をしよう。なまえのことは、まだ口外せん方がいい。
　死人が生き返ったなんて、そうじゃなくても混乱してるこの世界が余計混乱する。
　家族にもまだ、言わないことにしたんじゃろう？」
「エルヴィンの判断だ。とりあえず、いろんなことが落ち着くまでは
　なまえは世間から隠し続けるそうだ。」
「まぁ、それが安全じゃろうな。」

ピクシスはそれからリヴァイの身体の調子を聞いた後、迎えに来た参謀のアンカと共に帰って行った。
アンカともあの頃のように自然に話していた彼女は、やっぱり、誰がどう見てもなまえだった。
きっと、ピクシスは、この世界に残ると決めた彼女を見に来たのだろう。
彼女が本当になまえになれているのかー。

『なまえ。ワシからの最後の任務を言い渡そう。』
『はい、何でしょうか。』
『人類最強の兵士を、よろしく頼むぞ。』
『はい！もちろんです！』

最後にピクシスとなまえが交わした会話を思い出す。
ピクシスにも、彼女はなまえに見えたようだ。
最高司令官にまで認められた。
彼女は本当に、この世界で一生を過ごしてしまうようだー。