開いていく扉に、一気に緊張が高まった。
騒いでいたハンジも口を閉じて静かになる。
扉が開いた途端に、部屋中を眩しい西日が照らした。
思わず目を細めたハンジ達の視線の先では、まるで天国から降り注いでいるような柔らか光に包まれている女性のシルエットが映し出されていた。
彼女が、ゆっくりと扉を閉じれば、その姿も次第に確認できるようになる。
白く透き通る肌と優しさと強さを持ち合わせた大きな瞳、あどけない唇————。
そして、ついに、全貌が明らかになった。
その瞬間に、息を呑んだのは、ハンジだけではなかったはずだ。
何故なのかは、分からない。
嬉しいのか、悲しいのか、それとも、悔しいのか———。
自分でも整理のつかない色々な感情が、胸の奥からせり上がってきたのだ。
それは、息が出来ない程の苦しみになって、ハンジ達を襲った。
そして、気づけば、口が勝手に動いていた。

「おかえり…。」

最初にそう呟いたのは、ハンジだっただろうか。
それとも、エルヴィンか、モブリットか。
リヴァイだったかもしれないし、皆だったかもしれない。
でも、その言葉を口にした途端に、ストンと胸に何かが落ちたのだ。
言うべき言葉はそれだと、それしかないのだと思ったのだ。

「おかえり…！！」

気付くと、ハンジは彼女に飛びついて抱きしめていた。
今にも折れそうな細く華奢な身体が、ハンジの腕の中にすっぽりと包まれる。
驚いたような小さな声が耳元から聞こえた。突然、見ず知らずの女に抱きしめられたのだ。当然だ。
傍から見たら、ハンジは今、変質者以外の何ものでもないだろう。
けれど、ハンジにとってはそうではない。
抱きしめなければならないと思った。
いや、抱きしめたくて抱きしめたくて、ずっと会いたくて仕方がなかったのだ。
だからほら、彼女の温もりが、なんだかすごくしっくりくる。
戻って来た。やっと、彼女が戻って来た———なぜだか分からないけれど、彼女の姿を見た途端に、そんな思いが湧きあがっていた。

「おい、勝手に抱き着いてんじゃねぇ。」

リヴァイから首根っこをつかまれて、ハンジは強制的に彼女から引き剥がされた。
漸く彼女から離れたハンジは、不機嫌に眉を顰めるリヴァイの向こうに、なぜかひどく苦しそうに眉を顰めているエルヴィンとモブリットを見つける。
彼らも同じだったのだろう。
今にも涙が溢れ出しそうなほどの悲しみがせり上がって、けれど、とても温かい気持ちに包まれているのだ。

「驚かせて悪かった。
　家にいる愛妻が見てぇと勝手についてきやがって。
　まさか、勝手に抱き着くとは思わなかった。」

リヴァイが眉を顰めて、彼女に謝罪を始めた。
彼が謝っているところなんて、初めて見た気がする。

「えっ、愛妻なんてそんな…。」

彼女は、ハンジが抱き着いてきたことよりも、リヴァイの『愛妻』という発言が気になったようだ。
戸惑いつつも、頬を赤らめている。
彼女の戸惑いが『喜び』からきていることが、リヴァイにも分かったのだろう。

「愛妻じゃなかったのか。」

彼女につっかかるリヴァイの表情は、とてもご機嫌だ。

「いえ、そんな…。そう、なれたらいいなって…。
　思ってます…。」

彼女は恥ずかしそうに目を伏せて答える。
それがまたリヴァイを喜ばせたのだろう。
彼は、満足気に彼女の頭を撫でた。
普段のハンジならば、勝手に見せつけてきたイチャイチャに一言物申すくらいはしたかもしれない。
けれど、それよりもずっと、大切なことがあった。

「お…、おか…っ！おかえり…！」

ハンジは、自分でも信じられないくらいに声を張り上げていた。
楽しそうにいちゃついていた恋人同士の視線が、ハンジに向く。
楽しい時間を邪魔されたと思ったのか、リヴァイは思いきり眉を顰めて、ひどく不機嫌そうだ。
けれど、彼女は違った。
驚いて目を丸くした後、ハンジ、エルヴィン、モブリットの顔をひとりずつゆっくりと見つめると、大きな瞳から涙を一粒零したのだ。
その涙に驚かされたのは、今度はハンジの方だった。

「た…、ただいま、戻りました…っ。」

涙を拭った彼女は、ハンジ達をまっすぐに見据え、はっきりとそう応えた。
やっとみんなが揃った———。
彼女、なまえに出逢った瞬間は、ハンジ達にとってもまた、待ち望んだ"再会"だった。