相変わらず
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涙を拭ってリビングに戻った頃には、ティーカップの破片はすべて片付けられていた。
私が持って行ったタオルで零れた紅茶を拭いたリヴァイは、送っていくと言って、棚の上から鍵をとる。
「いいよ。」
「いいから。」
「でも、」
「昼飯食ってねぇから、コンビニで弁当買う。
そのついでだ。」
「…分かった。」
何も言えなくなってしまって、私はリヴァイの後ろから玄関を出た。
マンションのエントランスを抜けて通りに出ると、夏を過ぎたというのにまだ熱い日差しがアスファルトをジリジリと照らしていた。
一緒に何度も通った狭い通り。
隣を歩く勇気も権利もなくて、私はリヴァイの少し斜め後ろを歩いた。
当然のように繋いでいた華奢で細い手は、すぐそこにあるのに、今ではすごく遠い。
そういえば、私達はどうして別れてしまったんだっけ。
思い返してみても、特別な理由なんて思いつかない。
たぶん、電池切れの時計みたいに徐々にズレて行って、最終的に取り返しがつかなくなったのだ。
電池を取り返れば、また時計の針は動き出すのを知っていたけれど、私は、時計がズレていたっていいから、リヴァイのそばにいたかった。
たとえば、明白な理由があれば、解決策だってあって、私達は乗り越えられたかもしれない。
でも、好きという気持ちが蜃気楼みたいに色褪せてしまって、やり直すきっかけなんてもう、見つからない。
最初から、きっとない
私は、少し早足になる。
隣に並ぶと、リヴァイがチラリと私の方を見た。
「貸せ。持ってやる。」
リヴァイが、私の持っている黒いトートバッグを顎で指す。
「いいよ、そんなに重たいものでもないし。」
「いいから貸せ。」
強引に押しつけるように言って、リヴァイが私の手から黒いトートバッグを乱暴に奪う。
だから、空っぽになった右手が、急に寂しくなった。
リヴァイは、黒いトートバッグを右肩にかけると、寂しがりの私の右手を握った。
驚いてリヴァイを見たけれど、前だけを見ている切れ長の瞳と視線が合うことはなかった。
(相変わらず、冷たい手だな。)
少し目を伏せて、リヴァイのマンションから離れるためだけに歩みを進める靴の先を眺めた。
見慣れた通りを手を繋いで歩いたのは、何度目だろう。
覚えていないくらいに何の変哲もない日の方がきっと多くて、私はきっともう二度と思い出せない。
どうして、隣にいるときにもっと大事に出来なかったんだろう。
今さら後悔して、あの日々の愛おしさに押し潰されそうだった。
だから、少しだけ握る手に力を込めてみたら、それに応えるみたいに、リヴァイの手にも力が入る。
キュッと胸が苦しくなる。
もしかして、私と同じように、リヴァイも寂しいと思ってくれているのだろうか。
心の奥ではそうであってほしくて、気持ちとしては違うことを願う。
別れたのに手を繋いで歩いているなんて、私達らしくない。
決して近くはない距離を無言で歩くのは初めてだ。
何か話して欲しいと思っているうちに、すぐそこにバス停が見えて来た。
相変わらず、あっという間に着いてしまう短い距離に、懐かしい寂しさが胸に込み上げた。
「じゃあ、送ってくれてありがとうね。」
そう言って微笑めば、リヴァイの手が呆気なく離なれていく。
思わず、引き留めたくなって、なんとか堪えた。
今だけの感情に心を揺らしちゃいけない。
私達はお互いにこれが一番いいと考えて、別々の道を歩くことを決めたのだから。
「元気でね。」
「お前もな。」
「コンビニのお弁当ばっかり食べてちゃダメだよ。
たまにはちゃんとしたもの食べるんだよ。」
「分かってる。相変わらず、うるせぇな。」
面倒くさそうに眉を顰めるリヴァイに、数週間前までの私なら、ムカッとして、文句のひとつも言わないと気が済まなかった。
でも、これが最後なのだと思うと、いつものその態度すらも愛おしく感じてしまう。
せめて、あと数か月だけ前の私が、こんな風に思えたなら、私達はこんなことになっていなかったかもしれないのに。
「そうだね、ごめんね。でも、リヴァイの身体が心配なだけなんだよ。」
「…悪い。それも、分かってる。
ちゃんと、分かってた。」
「うん、それも知ってたよ。
それなのに、グチグチ文句ばっかり言って、面倒くさい彼女でごめんね。」
「そんなこと思ったことはねぇ。」
「そっか。それならよかった。」
それが嘘か本当かなんて、今の私にはもうどっちでもよかった。
どちらにしたってそれは、リヴァイが私に最後にくれた優しさに違いなかったから。
優しいリヴァイが心配しないように、私は強い人のフリをして、精一杯の笑顔を見せた。
「じゃあ、さよなら。」
「あぁ。じゃあな。」
リヴァイは短く言って、少しだけ名残惜しそうにしながら背を向けた。
振り向かないと分かっている背中を数秒だけ見送って、私もリヴァイに背を向ける。
遠くにバスが見えていた。
両手で抱えた黒いトートバッグを胸元でギュッと抱きしめると、甘くて苦い紅茶の香りがぶわっと広がって、楽しかった思い出とか、悲しかったこと、リヴァイの嫌いだったとこ、大好きだったところとか、今さら苦しいくらいに愛おしい想い出になって一気に溢れた。
(やだよ…っ。まだ、ずっと、ずっと…っ、一緒にいたいのに…っ。)
リヴァイに背を向けたまま、リヴァイの匂いがする黒いトートバッグを抱きしめた私は、しゃくり上げそうになる声を必死に堪えながら、肩を震わせて泣いた。
本当は、会いたかっただけなの。
荷物をずっと取りに行かなかったのも、私の家に送ってって言わなかったのも、リヴァイの生きる空間の中に、あと数秒だけでもいいから私の欠片を残しておきたかったからなの。
だから、久しぶりにリヴァイに会えて嬉しかった。
リヴァイの部屋が、私の知っているままで、嬉しかった。
荷物が捨てられてなくて、安心した。すごく、嬉しかった。
でも、もう会えない。
もう、あの部屋には私の欠片は残ってない。
好きという気持ちさえも、背を向けて泣きじゃくる私が、想い出と一緒に1人で抱えているから、リヴァイが知ることは一生ない。
私の前にバスが停まる。
乗車口が開いた。
もう、本当にサヨナラだー。
流れる涙をそのままで、私は乗車口に片足を乗せた。
「名前!!」
名前を叫ばれてすぐに腕を掴まれた私は、倒れるように後ろに引っ張られた。
驚いた拍子に落としてしまった黒いトートバッグから、抱えていた思い出の品が零れて、アスファルトの上に散らばる。
すぐに背中にぶつかったのはリヴァイの胸板で、気づけば後ろから抱きしめられていた。
「俺の身体が心配なら、飯は、お前が作れ…!」
リヴァイは私を拘束するように後ろから抱きしめたままで言った。
「…め、し…?」
「俺は掃除をする。いつも綺麗な部屋で生活できるようにしてやるし、
お前が買ってくるばっかりで使いもしねぇガラクタを入れる箱も用意するっ。
マニキュアでテーブルを汚されても、もう怒らねぇから…っ。」
だから俺に飯を作ってー。
痛いくらいに腕に力を込めて、リヴァイは私の耳元で弱々しい声で懇願する。
あぁ、もう本当にー。
この人のどこが、完璧な人間なんだろう。
本当はだらしなくて、強いどころかすごくもろくって、弱くて、生活力なんて掃除以外は壊滅的だ。
挙句の果てには、元カノを抱きしめて、お昼ご飯を作ってくれって泣きそうな声でお願いする。
本当に、どうしようもない人。
私が知っているリヴァイは、私だけに見せてくれた本当のリヴァイは、すごく優しくて、すごく人間臭い、誰よりも温かい人ー。
≪乗らないんですか?≫
バスの運転手の面倒くさそうな声に、私もリヴァイも答えられなかった。
だって、胸が痛くて苦しくて、喉が詰まっていたから。
呆れたのか、見捨てたのか、目的地へ向かう乗客を乗せたバスが走り去って、私達は排気ガスの匂いが鼻と目に痛いバス停に、取り残された。
「私、いっぱい我儘言うよ。」
「知ってる。」
「すぐに怒るよ。」
「それは俺にも原因があるし、覚悟もしてる。」
「朝寝坊もするし、なんでも適当だから汚しちゃうこともいっぱいあるし、
片付けが苦手ですぐ散らかしちゃう。」
「それは俺が得意だから問題ねぇ。」
「構ってくれないと不機嫌になるくせに、メイクを手抜きしちゃう。
いつまでも、可愛い恋人では、いてあげられないよ。」
「それはお互い様だ。それに、そのままでいい。
名前は、すっぴんも…可愛い…から…。」
消え入りそうな声が、耳元で微かに聞こえた。
あぁ、今のリヴァイの顔、見たいな。
きっと、耳まで真っ赤なんだろうな。
「リヴァイも、カッコいいよ。出逢ったときからずっと変わらない。
誰よりカッコよくて、強くて、世界で一番大好き…。」
胸元にまわるリヴァイの腕に手を添えて、私はすごく久しぶりに素直になった。
溢れる涙は止まらなくて、鼻水まで出て来たのに、頬と口元は緩むばかりで、顔がグチャグチャだ。
今の私はきっとすごく不細工に決まってる。
リヴァイには見られたくない。
あぁ、でもー。
リヴァイは、リヴァイだけは、そんな私を可愛いって、愛おしいって思ってくれるのかな。
喧嘩をしても、不機嫌な私も、我儘な私も、背中合わせに立っていても、そんな私も可愛いんだってリヴァイは思ってたのかな。
どんな失敗をしても、いつだって、私の味方でいてくれたみたいにー。
久しぶりに包まれたリヴァイの腕の中は、紅茶と石鹸の混ざった香りの中に私のお気に入りの香水の匂いがしていた。
相変わらずだね私達って笑ったら
それが俺達だからいいんだって、あなたが愛おしそうに微笑むから
私はまた、私といるときのあなたを好きになるの
「お昼ご飯は何を食べたい?」
「なんでもいい。」
「それが一番困るんだよ。」
なんだかすごく懐かしくて、ひどく愛おしくて、他愛のない話をしながら、何度も何度も通った狭い路地を手を繋いで歩く。
それがすごく嬉しくて、リヴァイの顔を覗き込んでふふっと笑ったら、髪をクシャッとされた。
マンションのエントランスから一緒に中に入って、家に帰る。
「待って。お昼ご飯作る前にこっちだよ。」
リヴァイの手を握って、寝室に引っ張る。
勘違いしないでね。そういうことじゃないから。
黒いトートバッグの中から、黒猫と白猫のぬいぐるみを取り出して、寝室のベッドのヘッドボードの上に並べる。
ピタリとくっついて座っている彼らは、やっぱり私達にそっくりだ。
すごく、嬉しそうに見えた。
「ここで並んでるのが一番しっくりくるね。」
「そうだな。」
自然と顔を見合わせて、私達はそっくりな笑顔を互いの瞳に映す。
私達はきっといつまでも相変わらずで、正反対なようで似ているから、私達にそっくりのこのぬいぐるみみたいに、いつもピタリと並んで歩くことは出来ないのかもしれない。
時々、歩幅が合わなくなって、気づいたら背中を合わせて立っていることだって、きっとあるんだろう。
でも、今みたいに、この手だけは離さないようにしよう。
私も、優しくすることを、忘れないから。
うん、ちゃんと努力する。
だから、リヴァイは、今日みたいにまた、強がりな私を追いかけて抱きしめてねー。
昼飯の前にお前を食う、なんて真面目な顔のムードも何もない相変わらずなリヴァイがね、大好きだよ。
だからずっと、相変わらず私の前では格好悪いリヴァイでいて。
いつまでも相変わらず、そばにいさせてね。
私が持って行ったタオルで零れた紅茶を拭いたリヴァイは、送っていくと言って、棚の上から鍵をとる。
「いいよ。」
「いいから。」
「でも、」
「昼飯食ってねぇから、コンビニで弁当買う。
そのついでだ。」
「…分かった。」
何も言えなくなってしまって、私はリヴァイの後ろから玄関を出た。
マンションのエントランスを抜けて通りに出ると、夏を過ぎたというのにまだ熱い日差しがアスファルトをジリジリと照らしていた。
一緒に何度も通った狭い通り。
隣を歩く勇気も権利もなくて、私はリヴァイの少し斜め後ろを歩いた。
当然のように繋いでいた華奢で細い手は、すぐそこにあるのに、今ではすごく遠い。
そういえば、私達はどうして別れてしまったんだっけ。
思い返してみても、特別な理由なんて思いつかない。
たぶん、電池切れの時計みたいに徐々にズレて行って、最終的に取り返しがつかなくなったのだ。
電池を取り返れば、また時計の針は動き出すのを知っていたけれど、私は、時計がズレていたっていいから、リヴァイのそばにいたかった。
たとえば、明白な理由があれば、解決策だってあって、私達は乗り越えられたかもしれない。
でも、好きという気持ちが蜃気楼みたいに色褪せてしまって、やり直すきっかけなんてもう、見つからない。
最初から、きっとない
私は、少し早足になる。
隣に並ぶと、リヴァイがチラリと私の方を見た。
「貸せ。持ってやる。」
リヴァイが、私の持っている黒いトートバッグを顎で指す。
「いいよ、そんなに重たいものでもないし。」
「いいから貸せ。」
強引に押しつけるように言って、リヴァイが私の手から黒いトートバッグを乱暴に奪う。
だから、空っぽになった右手が、急に寂しくなった。
リヴァイは、黒いトートバッグを右肩にかけると、寂しがりの私の右手を握った。
驚いてリヴァイを見たけれど、前だけを見ている切れ長の瞳と視線が合うことはなかった。
(相変わらず、冷たい手だな。)
少し目を伏せて、リヴァイのマンションから離れるためだけに歩みを進める靴の先を眺めた。
見慣れた通りを手を繋いで歩いたのは、何度目だろう。
覚えていないくらいに何の変哲もない日の方がきっと多くて、私はきっともう二度と思い出せない。
どうして、隣にいるときにもっと大事に出来なかったんだろう。
今さら後悔して、あの日々の愛おしさに押し潰されそうだった。
だから、少しだけ握る手に力を込めてみたら、それに応えるみたいに、リヴァイの手にも力が入る。
キュッと胸が苦しくなる。
もしかして、私と同じように、リヴァイも寂しいと思ってくれているのだろうか。
心の奥ではそうであってほしくて、気持ちとしては違うことを願う。
別れたのに手を繋いで歩いているなんて、私達らしくない。
決して近くはない距離を無言で歩くのは初めてだ。
何か話して欲しいと思っているうちに、すぐそこにバス停が見えて来た。
相変わらず、あっという間に着いてしまう短い距離に、懐かしい寂しさが胸に込み上げた。
「じゃあ、送ってくれてありがとうね。」
そう言って微笑めば、リヴァイの手が呆気なく離なれていく。
思わず、引き留めたくなって、なんとか堪えた。
今だけの感情に心を揺らしちゃいけない。
私達はお互いにこれが一番いいと考えて、別々の道を歩くことを決めたのだから。
「元気でね。」
「お前もな。」
「コンビニのお弁当ばっかり食べてちゃダメだよ。
たまにはちゃんとしたもの食べるんだよ。」
「分かってる。相変わらず、うるせぇな。」
面倒くさそうに眉を顰めるリヴァイに、数週間前までの私なら、ムカッとして、文句のひとつも言わないと気が済まなかった。
でも、これが最後なのだと思うと、いつものその態度すらも愛おしく感じてしまう。
せめて、あと数か月だけ前の私が、こんな風に思えたなら、私達はこんなことになっていなかったかもしれないのに。
「そうだね、ごめんね。でも、リヴァイの身体が心配なだけなんだよ。」
「…悪い。それも、分かってる。
ちゃんと、分かってた。」
「うん、それも知ってたよ。
それなのに、グチグチ文句ばっかり言って、面倒くさい彼女でごめんね。」
「そんなこと思ったことはねぇ。」
「そっか。それならよかった。」
それが嘘か本当かなんて、今の私にはもうどっちでもよかった。
どちらにしたってそれは、リヴァイが私に最後にくれた優しさに違いなかったから。
優しいリヴァイが心配しないように、私は強い人のフリをして、精一杯の笑顔を見せた。
「じゃあ、さよなら。」
「あぁ。じゃあな。」
リヴァイは短く言って、少しだけ名残惜しそうにしながら背を向けた。
振り向かないと分かっている背中を数秒だけ見送って、私もリヴァイに背を向ける。
遠くにバスが見えていた。
両手で抱えた黒いトートバッグを胸元でギュッと抱きしめると、甘くて苦い紅茶の香りがぶわっと広がって、楽しかった思い出とか、悲しかったこと、リヴァイの嫌いだったとこ、大好きだったところとか、今さら苦しいくらいに愛おしい想い出になって一気に溢れた。
(やだよ…っ。まだ、ずっと、ずっと…っ、一緒にいたいのに…っ。)
リヴァイに背を向けたまま、リヴァイの匂いがする黒いトートバッグを抱きしめた私は、しゃくり上げそうになる声を必死に堪えながら、肩を震わせて泣いた。
本当は、会いたかっただけなの。
荷物をずっと取りに行かなかったのも、私の家に送ってって言わなかったのも、リヴァイの生きる空間の中に、あと数秒だけでもいいから私の欠片を残しておきたかったからなの。
だから、久しぶりにリヴァイに会えて嬉しかった。
リヴァイの部屋が、私の知っているままで、嬉しかった。
荷物が捨てられてなくて、安心した。すごく、嬉しかった。
でも、もう会えない。
もう、あの部屋には私の欠片は残ってない。
好きという気持ちさえも、背を向けて泣きじゃくる私が、想い出と一緒に1人で抱えているから、リヴァイが知ることは一生ない。
私の前にバスが停まる。
乗車口が開いた。
もう、本当にサヨナラだー。
流れる涙をそのままで、私は乗車口に片足を乗せた。
「名前!!」
名前を叫ばれてすぐに腕を掴まれた私は、倒れるように後ろに引っ張られた。
驚いた拍子に落としてしまった黒いトートバッグから、抱えていた思い出の品が零れて、アスファルトの上に散らばる。
すぐに背中にぶつかったのはリヴァイの胸板で、気づけば後ろから抱きしめられていた。
「俺の身体が心配なら、飯は、お前が作れ…!」
リヴァイは私を拘束するように後ろから抱きしめたままで言った。
「…め、し…?」
「俺は掃除をする。いつも綺麗な部屋で生活できるようにしてやるし、
お前が買ってくるばっかりで使いもしねぇガラクタを入れる箱も用意するっ。
マニキュアでテーブルを汚されても、もう怒らねぇから…っ。」
だから俺に飯を作ってー。
痛いくらいに腕に力を込めて、リヴァイは私の耳元で弱々しい声で懇願する。
あぁ、もう本当にー。
この人のどこが、完璧な人間なんだろう。
本当はだらしなくて、強いどころかすごくもろくって、弱くて、生活力なんて掃除以外は壊滅的だ。
挙句の果てには、元カノを抱きしめて、お昼ご飯を作ってくれって泣きそうな声でお願いする。
本当に、どうしようもない人。
私が知っているリヴァイは、私だけに見せてくれた本当のリヴァイは、すごく優しくて、すごく人間臭い、誰よりも温かい人ー。
≪乗らないんですか?≫
バスの運転手の面倒くさそうな声に、私もリヴァイも答えられなかった。
だって、胸が痛くて苦しくて、喉が詰まっていたから。
呆れたのか、見捨てたのか、目的地へ向かう乗客を乗せたバスが走り去って、私達は排気ガスの匂いが鼻と目に痛いバス停に、取り残された。
「私、いっぱい我儘言うよ。」
「知ってる。」
「すぐに怒るよ。」
「それは俺にも原因があるし、覚悟もしてる。」
「朝寝坊もするし、なんでも適当だから汚しちゃうこともいっぱいあるし、
片付けが苦手ですぐ散らかしちゃう。」
「それは俺が得意だから問題ねぇ。」
「構ってくれないと不機嫌になるくせに、メイクを手抜きしちゃう。
いつまでも、可愛い恋人では、いてあげられないよ。」
「それはお互い様だ。それに、そのままでいい。
名前は、すっぴんも…可愛い…から…。」
消え入りそうな声が、耳元で微かに聞こえた。
あぁ、今のリヴァイの顔、見たいな。
きっと、耳まで真っ赤なんだろうな。
「リヴァイも、カッコいいよ。出逢ったときからずっと変わらない。
誰よりカッコよくて、強くて、世界で一番大好き…。」
胸元にまわるリヴァイの腕に手を添えて、私はすごく久しぶりに素直になった。
溢れる涙は止まらなくて、鼻水まで出て来たのに、頬と口元は緩むばかりで、顔がグチャグチャだ。
今の私はきっとすごく不細工に決まってる。
リヴァイには見られたくない。
あぁ、でもー。
リヴァイは、リヴァイだけは、そんな私を可愛いって、愛おしいって思ってくれるのかな。
喧嘩をしても、不機嫌な私も、我儘な私も、背中合わせに立っていても、そんな私も可愛いんだってリヴァイは思ってたのかな。
どんな失敗をしても、いつだって、私の味方でいてくれたみたいにー。
久しぶりに包まれたリヴァイの腕の中は、紅茶と石鹸の混ざった香りの中に私のお気に入りの香水の匂いがしていた。
相変わらずだね私達って笑ったら
それが俺達だからいいんだって、あなたが愛おしそうに微笑むから
私はまた、私といるときのあなたを好きになるの
「お昼ご飯は何を食べたい?」
「なんでもいい。」
「それが一番困るんだよ。」
なんだかすごく懐かしくて、ひどく愛おしくて、他愛のない話をしながら、何度も何度も通った狭い路地を手を繋いで歩く。
それがすごく嬉しくて、リヴァイの顔を覗き込んでふふっと笑ったら、髪をクシャッとされた。
マンションのエントランスから一緒に中に入って、家に帰る。
「待って。お昼ご飯作る前にこっちだよ。」
リヴァイの手を握って、寝室に引っ張る。
勘違いしないでね。そういうことじゃないから。
黒いトートバッグの中から、黒猫と白猫のぬいぐるみを取り出して、寝室のベッドのヘッドボードの上に並べる。
ピタリとくっついて座っている彼らは、やっぱり私達にそっくりだ。
すごく、嬉しそうに見えた。
「ここで並んでるのが一番しっくりくるね。」
「そうだな。」
自然と顔を見合わせて、私達はそっくりな笑顔を互いの瞳に映す。
私達はきっといつまでも相変わらずで、正反対なようで似ているから、私達にそっくりのこのぬいぐるみみたいに、いつもピタリと並んで歩くことは出来ないのかもしれない。
時々、歩幅が合わなくなって、気づいたら背中を合わせて立っていることだって、きっとあるんだろう。
でも、今みたいに、この手だけは離さないようにしよう。
私も、優しくすることを、忘れないから。
うん、ちゃんと努力する。
だから、リヴァイは、今日みたいにまた、強がりな私を追いかけて抱きしめてねー。
昼飯の前にお前を食う、なんて真面目な顔のムードも何もない相変わらずなリヴァイがね、大好きだよ。
だからずっと、相変わらず私の前では格好悪いリヴァイでいて。
いつまでも相変わらず、そばにいさせてね。
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