「ペトラ、そんなとこでボーッとして何してるんだ？」

あれからどれくらい呆然としていただろうか。
グンタの声がして、ペトラは遠くへ飛んでいた意識を戻した。
不思議そうな顔をして近づいてくるのは、グンタを含めたリヴァイ班のメンバーだった。

「待たせて悪かったな。ちょっと野暮用が———。」
「オルオが腹が痛ぇと言い出してトイレにこもってたんだ。
　立体起動装置で飛びながら下痢をまき散らされても困るしな。」
「下痢じゃない！！
　おう、ペトラ。旦那である俺のことを待ちかね過ぎて、寂しかったか。
　もう少し、待つことに強くならねぇと調査兵の嫁なんて務まらねぇぞ。」

グンタの指摘にツッコみを入れながら繰り広げられるオルオのいつもの戯言も、ペトラの耳をすり抜けて消えていく。
リヴァイ兵長が父親になる———その意味を、頭の中で必死に組み立てようとしている。
けれど、心がそれを拒否するのだ。
嫌だ。知りたくない———。

「ペトラ、どうした？顔色が悪いぞ。真っ青だ。」

グンタが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「どうした。お前まで腹壊したのか？」
「さすが夫婦だな。腹の調子まで同じとは、俺のことを愛し過ぎだ。」

エルドに続いて、オルオがまた戯言をこぼす。
自信満々なその表情が、今はなぜかとても有難かった。
いつも通りだった。
だからきっと、これからも自分達はこのままだ。
何も変わらないし、変わっていない————。

「リヴァイ兵長が…、」

確かめる勇気はなかった。
だから、ペトラの声は震えていた。

「リヴァイ兵長がどうしたって？」
「あぁ、そういえば、今日の訓練は兵長は用事が出来て不参加らしい。
　俺達でうまくやってくれって———。」
「父親になるって…。」

グンタやエルドが何か言っていた気がする。
けれど、血の気が引いて青白いペトラの耳からすり抜けていく。
その代わりに、声を出すだけで精一杯だったのだ。

「！」

エルド達の表情が強張った。
大きく目を見開き、動きを止める。
その瞬間、ペトラはすべてを悟った。

「みんな、知ってたんだね…。」

ペトラが呟くように言う。
同時に、彼女の大きな瞳から涙が一粒零れ落ちて、頬を伝っていく。

「悪かった、俺がまだ言うのはよそうって———。」
「ごめん、今日はお腹痛いから訓練休む。」

オルオが伸ばしたから逃げるように、ペトラは彼らに背を向けた。