その夜が、漸く明ける
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赤い夕陽が窓から射し込み出した店内には、有難いことに続々とお客様が集まり始めていた。
今夜を最後に、しばらく夜のバーを休業することを知った常連の方達が、友人や家族を引き連れて大勢遊びに来てくれたおかげだ。
「なまえちゃん、おめでとう!」
「おめでとう!」
私の方が沢山のお礼を伝えたいはずなのに、さっきからずっとまるで自分のことのように喜んでくれるお客様達からの祝いの言葉を幾つも貰ってしまっている。
夜に楽しく酒を飲む場所がなくなって困った、寂しい———少し恨めし気に告げる常連のお客様の表情もとても優しい。
何も分からないまま始めた喫茶店も、いつの間にかこんなにも沢山の人達に愛される場所になっていたのかと改めて実感して、感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
けれど、わざわざ、祝いの品まで持ってきてくださったお客様までいて、私はどんな風に笑えばいいか分からない。
本当に、おめでたいのか————自信がないのだ。
「よう、なまえ!ハンネスから聞いたぞ!
もうすぐガキが産まれるんだってなぁ!!」
数名の部下を引き連れて店の扉を開いたのは、昔から馴染みの駐屯兵だった。
彼は両腕いっぱいのベビーグッズを抱えてやってくると、人一倍賑やかな声で「めでてぇなぁ!」を繰り返す。
嬉しそうに広げられたベビーグッズは、カウンターから零れ落ちてしまいそうなほどの量だった。
予定日まではまだ早いが産休と育休を兼ねて、しばらく休業することに決まったと常連のハンネスに伝えたのは1週間程前のことだった。
その翌日、ハンネスから聞いて私の妊娠を知った常連の駐屯兵の方達が、お金を出し合って祝いの品を幾つも用意してくれたのだそうだ。中には、自分の子供が赤ちゃんの頃に使っていたという大切な想い出の品まであって、彼らの温かい優しさに泣きそうになってしまう。
けれど、深い感謝の気持ちを伝えて、ベビーグッズを奥のスペースに片付けに向かった私の後ろにも、泣きそうになっている男性がいた。
以前から、からかい交じりに私を口説いていた若い駐屯兵だ。
「はぁ~…、とうとうなまえも人妻になっちまうのか…。
バカな男がなまえを振ったときに、もう少し頑張っておけばよかった…。」
まだお酒を飲んでいないというのに、カウンターに突っ伏した彼は、まるで泣き上戸にでもなったみたいに愚痴と涙を零し続けている。
彼を慰めながらも、面白おかしくからかっている駐屯兵達の話を聞く感じだと、どうやら彼は本気で私を口説こうとしていたのだそうだ。けれど、照れ臭さから冗談っぽくしてしまっていたらしく、いつまでも彼の本気の気持ちに気付けなかった私は、とても驚いた。
「まぁ、どっちにしろ、リヴァイ兵長じゃ誰も勝ち目がねぇって。」
「そりゃそうだ。」
落ち込む仲間にとどめを刺して、駐屯兵達がゲラゲラと楽しそうに笑う。
リヴァイが喫茶店2階の家で暮らすようになってもう1年以上が経つ。
いろいろあったこともあって、敢えて自分達からその関係を言葉にしたことはないけれど、今では、私とリヴァイの仲は常連のお客様の間では公認の仲だ。
それは、失恋したと泣き喚いている若い駐屯兵の彼も同じで、なんだかんだと「おめでとうな!」と白い歯を見せてニシシと笑って祝ってくれる。
けれど、優しい人達から温かい言葉を貰う度に、私は、胸が苦しくなるのだ。
だって、彼らは、私がどんなに酷い女なのかを何も知らないから———。
「それで、結婚式はいつするんだ?」
「そうそう、ハンネスにも聞いてきてくれって言われてたんだ。
アイツも今日が夜勤じゃなきゃ、直接会いに来られたんだがなぁ。」
「やっぱ、ガキが産まれてからか?」
駐屯兵達は、ウェディングドレスはどんなものがいい———と勝手に盛り上がる。
けれど、私はそんな素敵なものを身に纏う予定はない。
「結婚式はしないの。」
「なんで!?」
駐屯兵達は皆驚いていたけれど、一番、ショックを受けていたのは、私に本気で惚れていたらしいあの若い駐屯兵だった。
「結婚よりも先にガキが出来たからか?
いいじゃねぇか。めでてぇことに順番なんて関係ねぇさ!」
豪快な駐屯兵が、頼もしく言ってくれた。
確かに、おめでたいことに順番は関係ないかもしれない。
けれど、私は、順番を間違えたのではなく、横入りしたのだ。そして、私のことを姉のように慕ってくれていた彼女を傷つけた。
幸せになる権利なんて、本当はないのだ。
「そういうことじゃないのよ。」
私が困ったように首を横に振れば、駐屯兵達は訝し気に眉を顰めた。
「籍は入れるんだろ?」
「その予定も、ないかな。」
「そりゃ、事実婚ってことか?」
「うん、まぁ…そんな感じなのかな。」
ヘヘ———と、少し情けない笑みを見せた私に、駐屯兵達が目を丸くした後に、思いきり眉をつり上げた。
「もしかして、リヴァイ兵長が結婚はしたくねぇとか言ってんのか?」
「家にまで転がり込んでガキまで作った挙句に、責任はとるつもりねぇなんて
俺達の世界を救う人類最強の兵士ってのは、そんなクズな男だったのか!?」
血気盛んな駐屯兵達は、驚く勘違いをして騒ぎだしてしまった。
今から、調査兵団の兵舎に乗り込んで文句を言って来てやるとまで言い出して、私は慌てて彼らを止める。
「ありがとう。でも、彼は私達のことをとても大切にしてくれてるから、心配しないで。
結婚式をしないことも、籍を入れないことも、私が決めて、リヴァイにお願いしたのよ。」
だから、これでいいの————。
それでもまだ何か言おうとしていた駐屯兵達は、私のその一言で口を真一文字に結んだ。
彼らは皆、とても真っ直ぐな人達だ。恋人や家族、友人に対して誠実な彼らだからこそ、納得できない思いがあるのだろう。
けれど、だからこそ、男女の問題に第三者が口を挟むべきではないと考えを改めてくれたのだとも思う。
そんな彼らに、私は、姉のように慕ってくれていた女性から恋人を奪って、彼の子供まで産もうとしているのだと言ったら、どんな顔をするのだろう。
敢えて、それを誰かに教えるものでもないはずだ。
けれど、私に優しくしてくれる彼らを騙しているようで、時々、ものすごく辛くなる。罪悪感に苛まれて、どうしようもなくなる時があるのだ。
妊娠すると情緒も不安定になることが多くあると聞くけれど、私のこの気持ちは、子供が産まれたらといって解放されるものではない。
私は、愛する人を選んだ。後悔はない。
どんなに大きな罪悪感に苛まれようとも、私はこの選択を後悔していないのだ。
それこそがまさに、私の中に巨大な罪悪感を生んでいる根源なのだと思う。
「おう、旦那のお帰りか!今日は早ぇなぁ!」
一瞬、驚いた顔をした後に、駐屯兵の彼が右手を軽く上げた。
それとほぼ同時に、引き連れていた彼の部下達が、私の肩越しにカウンター奥を見て、背中に針金でも入ったかのように背筋をピンと伸ばす。
振り返れば、既に私服に着替え終わっているリヴァイが、腕まくりをしながらカウンター内にやってきているところだった。
シンクの蛇口をひねり手を洗い出した彼の首からは愛用のエプロンがかけられている。
「リヴァイ、お帰りなさい。
今日は早いのね。」
バーの営業を始めたばかりの時間にリヴァイが帰ってくるなんて珍しい。
人類最強の兵士と褒め称えられている彼だけれど、兵士長という役職が与えられていることもあってか、目を通さなければならない手紙や文書、壁外調査に向けた会議等———兵団という組織についての知識が乏しい私には想像も出来ないような仕事を幾つも抱えている。
翌日の訓練に支障を出さないためにも、極力遅くまで仕事はさせないようにと団長のエルヴィンさんが配慮はしてくれているようだけれど、だからといっていつも定時で帰ってこれるわけじゃない。
今日は、バーの臨時休業前の最終日ということもあっていつもよりも早く店を開けている。
それなのに、営業開始してすぐにリヴァイが着替えも済ませてここにいるということは、定時で終わってすぐに帰って来たということだ。
「早めに上がってきた。
なまえ、昨日、腹が痛ぇと言ってただろ。
今日は俺がここはやっておくから、お前は上がって寝とけ。」
「え、でも———。」
「なんだ、なまえ。体調悪ぃのか!
こんなとこにいねぇで、しっかり休んどけ!」
駐屯兵の彼の大きな声は、他の常連客達の耳にまで届き、彼らも一緒になって私の身体を気遣ってくれた。
けれど、今日は最後の営業日なのだ。
子供が産まれれば、育児で忙しくなるだろう。
出産後はしばらく育児休業としているけれど、開始出来るのがいつになるのか全く見当がつかない。
出来れば、最後まで責任もってこのバーで働きたいのだ。
「昨日は少しお腹が張った感じがしたけど、もう大丈夫よ。
ゆっくり寝たらすっかり良くなったから。」
「何言って———。」
「何言ってんだ!無理してガキに何かあったらどうすんだ!
今、赤ん坊を守れんのはなまえしかいねぇんだぞ。
男の俺達に出来んのは、せめてなまえの身体を気遣うことくらいだ。
それならせめて、俺達に出来ることをさせてくれよ!」
なぁ、リヴァイ兵長!!————駐屯兵の彼が豪快な笑顔を見せる。
おそらく、言いたかったであろう科白をすべて盗まれてしまったリヴァイは「あ…あぁ。」と引き気味に頷いた。
「なまえ、コイツの言う通りだ。
ここは俺に任せて、今は赤ん坊の為にもゆっくり休め。
その代わり、ガキが産まれたら———。」
「そうそう!ガキが産まれたら、今度は男の俺達が
命懸けて、なまえとガキを守ってやるからよ!!」
なぁ、リヴァイ兵長!!————デジャヴのようだった。
おそらく、言いたかったであろう科白をすべて盗まれてしまったリヴァイは、今度は口をきつく結んで、科白泥棒を睨みつける。
「———ありがとう、リヴァイ。
それじゃ、お言葉に甘えて、今日は休ませてもらうね。」
これ以上、リヴァイを不機嫌にさせてしまわないうちに、私は彼らの優しさを受け止めることにした。
リヴァイと入れ替わるようにカウンターの奥に引っ込み、エプロンを外す。
「ガキはいつ頃産まれる予定なんだ?」
「春だ。」
シンクで手を洗いながら、リヴァイの様子を見ていると、彼は慣れた仕草で酒や料理の下準備を始めていた。
今までも時々バーの仕事を手伝ってもらうことはあったし、元々まめで丁寧な性格なところもあるリヴァイにとっては、特に難しい作業でもないのだろう。
カウンター越しに話しかけてくる彼と会話をする余裕もあるようだ。
「春か!暖かくて良い季節だな!」
「あぁ、俺もそう思う。」
「名前はもう決めてんのか?」
「今、考えてるところだ。」
「そうか!ちなみに候補はあるのか———。」
「死んでもお前にだけは言わねぇと、今決めた。」
「なんでだよ!!」
先ほどの恨みなのか、彼に塩対応を続けているリヴァイがおかしくて吹き出しそうになる。
けれど、気にしている様子のない彼は、リヴァイが出した酒を思いっきり飲み干して上機嫌だ。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。
リヴァイ、ありがとう。今夜はよろしくね。」
「あぁ。何かあればすぐに鈴を鳴らせ。飛んでいく。」
「ふふ、ありがとう。
みんなも好きなだけ楽しんでいってね。
おやすみなさい。」
「おう!なまえに似た可愛いガキに会えるのを楽しみにしてるぜ!
ほら!お前らからもなんか言ってやれ!」
「え、えっと…リヴァイ兵長に似た…可愛い…
強い…赤ちゃんを———。」
「無理しなくていい。」
「ヒィ!顔が怒ってますぅ…!ごめんなさいぃ…!!」
リヴァイが来たことで、一際賑やかになった店内を見渡して、私は今度こそ「おやすみなさい。」とカウンター奥の扉を閉じた。
今夜を最後に、しばらく夜のバーを休業することを知った常連の方達が、友人や家族を引き連れて大勢遊びに来てくれたおかげだ。
「なまえちゃん、おめでとう!」
「おめでとう!」
私の方が沢山のお礼を伝えたいはずなのに、さっきからずっとまるで自分のことのように喜んでくれるお客様達からの祝いの言葉を幾つも貰ってしまっている。
夜に楽しく酒を飲む場所がなくなって困った、寂しい———少し恨めし気に告げる常連のお客様の表情もとても優しい。
何も分からないまま始めた喫茶店も、いつの間にかこんなにも沢山の人達に愛される場所になっていたのかと改めて実感して、感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
けれど、わざわざ、祝いの品まで持ってきてくださったお客様までいて、私はどんな風に笑えばいいか分からない。
本当に、おめでたいのか————自信がないのだ。
「よう、なまえ!ハンネスから聞いたぞ!
もうすぐガキが産まれるんだってなぁ!!」
数名の部下を引き連れて店の扉を開いたのは、昔から馴染みの駐屯兵だった。
彼は両腕いっぱいのベビーグッズを抱えてやってくると、人一倍賑やかな声で「めでてぇなぁ!」を繰り返す。
嬉しそうに広げられたベビーグッズは、カウンターから零れ落ちてしまいそうなほどの量だった。
予定日まではまだ早いが産休と育休を兼ねて、しばらく休業することに決まったと常連のハンネスに伝えたのは1週間程前のことだった。
その翌日、ハンネスから聞いて私の妊娠を知った常連の駐屯兵の方達が、お金を出し合って祝いの品を幾つも用意してくれたのだそうだ。中には、自分の子供が赤ちゃんの頃に使っていたという大切な想い出の品まであって、彼らの温かい優しさに泣きそうになってしまう。
けれど、深い感謝の気持ちを伝えて、ベビーグッズを奥のスペースに片付けに向かった私の後ろにも、泣きそうになっている男性がいた。
以前から、からかい交じりに私を口説いていた若い駐屯兵だ。
「はぁ~…、とうとうなまえも人妻になっちまうのか…。
バカな男がなまえを振ったときに、もう少し頑張っておけばよかった…。」
まだお酒を飲んでいないというのに、カウンターに突っ伏した彼は、まるで泣き上戸にでもなったみたいに愚痴と涙を零し続けている。
彼を慰めながらも、面白おかしくからかっている駐屯兵達の話を聞く感じだと、どうやら彼は本気で私を口説こうとしていたのだそうだ。けれど、照れ臭さから冗談っぽくしてしまっていたらしく、いつまでも彼の本気の気持ちに気付けなかった私は、とても驚いた。
「まぁ、どっちにしろ、リヴァイ兵長じゃ誰も勝ち目がねぇって。」
「そりゃそうだ。」
落ち込む仲間にとどめを刺して、駐屯兵達がゲラゲラと楽しそうに笑う。
リヴァイが喫茶店2階の家で暮らすようになってもう1年以上が経つ。
いろいろあったこともあって、敢えて自分達からその関係を言葉にしたことはないけれど、今では、私とリヴァイの仲は常連のお客様の間では公認の仲だ。
それは、失恋したと泣き喚いている若い駐屯兵の彼も同じで、なんだかんだと「おめでとうな!」と白い歯を見せてニシシと笑って祝ってくれる。
けれど、優しい人達から温かい言葉を貰う度に、私は、胸が苦しくなるのだ。
だって、彼らは、私がどんなに酷い女なのかを何も知らないから———。
「それで、結婚式はいつするんだ?」
「そうそう、ハンネスにも聞いてきてくれって言われてたんだ。
アイツも今日が夜勤じゃなきゃ、直接会いに来られたんだがなぁ。」
「やっぱ、ガキが産まれてからか?」
駐屯兵達は、ウェディングドレスはどんなものがいい———と勝手に盛り上がる。
けれど、私はそんな素敵なものを身に纏う予定はない。
「結婚式はしないの。」
「なんで!?」
駐屯兵達は皆驚いていたけれど、一番、ショックを受けていたのは、私に本気で惚れていたらしいあの若い駐屯兵だった。
「結婚よりも先にガキが出来たからか?
いいじゃねぇか。めでてぇことに順番なんて関係ねぇさ!」
豪快な駐屯兵が、頼もしく言ってくれた。
確かに、おめでたいことに順番は関係ないかもしれない。
けれど、私は、順番を間違えたのではなく、横入りしたのだ。そして、私のことを姉のように慕ってくれていた彼女を傷つけた。
幸せになる権利なんて、本当はないのだ。
「そういうことじゃないのよ。」
私が困ったように首を横に振れば、駐屯兵達は訝し気に眉を顰めた。
「籍は入れるんだろ?」
「その予定も、ないかな。」
「そりゃ、事実婚ってことか?」
「うん、まぁ…そんな感じなのかな。」
ヘヘ———と、少し情けない笑みを見せた私に、駐屯兵達が目を丸くした後に、思いきり眉をつり上げた。
「もしかして、リヴァイ兵長が結婚はしたくねぇとか言ってんのか?」
「家にまで転がり込んでガキまで作った挙句に、責任はとるつもりねぇなんて
俺達の世界を救う人類最強の兵士ってのは、そんなクズな男だったのか!?」
血気盛んな駐屯兵達は、驚く勘違いをして騒ぎだしてしまった。
今から、調査兵団の兵舎に乗り込んで文句を言って来てやるとまで言い出して、私は慌てて彼らを止める。
「ありがとう。でも、彼は私達のことをとても大切にしてくれてるから、心配しないで。
結婚式をしないことも、籍を入れないことも、私が決めて、リヴァイにお願いしたのよ。」
だから、これでいいの————。
それでもまだ何か言おうとしていた駐屯兵達は、私のその一言で口を真一文字に結んだ。
彼らは皆、とても真っ直ぐな人達だ。恋人や家族、友人に対して誠実な彼らだからこそ、納得できない思いがあるのだろう。
けれど、だからこそ、男女の問題に第三者が口を挟むべきではないと考えを改めてくれたのだとも思う。
そんな彼らに、私は、姉のように慕ってくれていた女性から恋人を奪って、彼の子供まで産もうとしているのだと言ったら、どんな顔をするのだろう。
敢えて、それを誰かに教えるものでもないはずだ。
けれど、私に優しくしてくれる彼らを騙しているようで、時々、ものすごく辛くなる。罪悪感に苛まれて、どうしようもなくなる時があるのだ。
妊娠すると情緒も不安定になることが多くあると聞くけれど、私のこの気持ちは、子供が産まれたらといって解放されるものではない。
私は、愛する人を選んだ。後悔はない。
どんなに大きな罪悪感に苛まれようとも、私はこの選択を後悔していないのだ。
それこそがまさに、私の中に巨大な罪悪感を生んでいる根源なのだと思う。
「おう、旦那のお帰りか!今日は早ぇなぁ!」
一瞬、驚いた顔をした後に、駐屯兵の彼が右手を軽く上げた。
それとほぼ同時に、引き連れていた彼の部下達が、私の肩越しにカウンター奥を見て、背中に針金でも入ったかのように背筋をピンと伸ばす。
振り返れば、既に私服に着替え終わっているリヴァイが、腕まくりをしながらカウンター内にやってきているところだった。
シンクの蛇口をひねり手を洗い出した彼の首からは愛用のエプロンがかけられている。
「リヴァイ、お帰りなさい。
今日は早いのね。」
バーの営業を始めたばかりの時間にリヴァイが帰ってくるなんて珍しい。
人類最強の兵士と褒め称えられている彼だけれど、兵士長という役職が与えられていることもあってか、目を通さなければならない手紙や文書、壁外調査に向けた会議等———兵団という組織についての知識が乏しい私には想像も出来ないような仕事を幾つも抱えている。
翌日の訓練に支障を出さないためにも、極力遅くまで仕事はさせないようにと団長のエルヴィンさんが配慮はしてくれているようだけれど、だからといっていつも定時で帰ってこれるわけじゃない。
今日は、バーの臨時休業前の最終日ということもあっていつもよりも早く店を開けている。
それなのに、営業開始してすぐにリヴァイが着替えも済ませてここにいるということは、定時で終わってすぐに帰って来たということだ。
「早めに上がってきた。
なまえ、昨日、腹が痛ぇと言ってただろ。
今日は俺がここはやっておくから、お前は上がって寝とけ。」
「え、でも———。」
「なんだ、なまえ。体調悪ぃのか!
こんなとこにいねぇで、しっかり休んどけ!」
駐屯兵の彼の大きな声は、他の常連客達の耳にまで届き、彼らも一緒になって私の身体を気遣ってくれた。
けれど、今日は最後の営業日なのだ。
子供が産まれれば、育児で忙しくなるだろう。
出産後はしばらく育児休業としているけれど、開始出来るのがいつになるのか全く見当がつかない。
出来れば、最後まで責任もってこのバーで働きたいのだ。
「昨日は少しお腹が張った感じがしたけど、もう大丈夫よ。
ゆっくり寝たらすっかり良くなったから。」
「何言って———。」
「何言ってんだ!無理してガキに何かあったらどうすんだ!
今、赤ん坊を守れんのはなまえしかいねぇんだぞ。
男の俺達に出来んのは、せめてなまえの身体を気遣うことくらいだ。
それならせめて、俺達に出来ることをさせてくれよ!」
なぁ、リヴァイ兵長!!————駐屯兵の彼が豪快な笑顔を見せる。
おそらく、言いたかったであろう科白をすべて盗まれてしまったリヴァイは「あ…あぁ。」と引き気味に頷いた。
「なまえ、コイツの言う通りだ。
ここは俺に任せて、今は赤ん坊の為にもゆっくり休め。
その代わり、ガキが産まれたら———。」
「そうそう!ガキが産まれたら、今度は男の俺達が
命懸けて、なまえとガキを守ってやるからよ!!」
なぁ、リヴァイ兵長!!————デジャヴのようだった。
おそらく、言いたかったであろう科白をすべて盗まれてしまったリヴァイは、今度は口をきつく結んで、科白泥棒を睨みつける。
「———ありがとう、リヴァイ。
それじゃ、お言葉に甘えて、今日は休ませてもらうね。」
これ以上、リヴァイを不機嫌にさせてしまわないうちに、私は彼らの優しさを受け止めることにした。
リヴァイと入れ替わるようにカウンターの奥に引っ込み、エプロンを外す。
「ガキはいつ頃産まれる予定なんだ?」
「春だ。」
シンクで手を洗いながら、リヴァイの様子を見ていると、彼は慣れた仕草で酒や料理の下準備を始めていた。
今までも時々バーの仕事を手伝ってもらうことはあったし、元々まめで丁寧な性格なところもあるリヴァイにとっては、特に難しい作業でもないのだろう。
カウンター越しに話しかけてくる彼と会話をする余裕もあるようだ。
「春か!暖かくて良い季節だな!」
「あぁ、俺もそう思う。」
「名前はもう決めてんのか?」
「今、考えてるところだ。」
「そうか!ちなみに候補はあるのか———。」
「死んでもお前にだけは言わねぇと、今決めた。」
「なんでだよ!!」
先ほどの恨みなのか、彼に塩対応を続けているリヴァイがおかしくて吹き出しそうになる。
けれど、気にしている様子のない彼は、リヴァイが出した酒を思いっきり飲み干して上機嫌だ。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。
リヴァイ、ありがとう。今夜はよろしくね。」
「あぁ。何かあればすぐに鈴を鳴らせ。飛んでいく。」
「ふふ、ありがとう。
みんなも好きなだけ楽しんでいってね。
おやすみなさい。」
「おう!なまえに似た可愛いガキに会えるのを楽しみにしてるぜ!
ほら!お前らからもなんか言ってやれ!」
「え、えっと…リヴァイ兵長に似た…可愛い…
強い…赤ちゃんを———。」
「無理しなくていい。」
「ヒィ!顔が怒ってますぅ…!ごめんなさいぃ…!!」
リヴァイが来たことで、一際賑やかになった店内を見渡して、私は今度こそ「おやすみなさい。」とカウンター奥の扉を閉じた。
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