その夜に、沈む
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
地面も、視界も、思考さえも揺れていた。
私は、病院で風邪薬を貰った帰りだった。
ぼやけた世界をふらふらと歩き、家へと向かう。
夕方前には病院へ行ったのだけれど、患者の数が多く、かなり待たされてしまった。
いつの間にかもう赤い夕陽が、ユラユラと空を染めている。
「キツい…。」
39度の熱が、なんとか歩こうとする私を倒れ込ませようとする。
せり上がってくる生理的な涙のせいで、視界が滲んで、余計に見えづらくなる。
今朝、起きたときから身体が重たいような気はしたのだ。
それでも、熱はなかったから、喫茶店を開ける準備はしていたものの次第にダルさが増してしまい、早めに来てくれていた常連のお客さんにはお詫びして、今日は臨時休業にさせてもらった。
それから、カフェの2階にある自宅で眠っていたのだけれど、熱が下がるどころか、上がっていくばかりで怖くなって病院へ向かった。
そこで、ただの風邪だと診断されて、薬を出されて帰されたのだけれど、そう遠くないはずの家路が、途方もなく遠く感じる程度には、身体が重たくて、頭もぼんやりとして、ふらふらするのだ。
こういうとき、恋人でもいれば、一緒に病院に付き添ってくれて、帰りも身体を支えてくれたのかもしれない。
家に帰れば、ベッドで寝ている間、献身的に看病だってしてくれる。
でも私は、家に帰っても、ひとりで、服を脱いで、風呂に入る代わりに身体を拭いて、簡単に食事の用意をして、薬を飲んで、ベッドで眠らないといけない。
することがありすぎて、考えただけで倒れそうになる。
(もう、ダメかも————。)
そう思ったときには、身体は前のめりに倒れていた。
なんとか立っていようとしたのか、顔だけは上を向いていて、真っ赤な空が一瞬だけ見えた。
ドン————。
鈍い音が響いて、胸に衝撃を受ける。
でも、地面に倒れてはいない。
上半身が、何かに引っかかって止まったのだ。
「危ねぇな。フラフラ歩きやがって。クソでもしてぇのか。」
呆れたように叱る声が、頭上から聞こえてきた。
聞き覚えのある低い声だった。
ゆっくり顔を上げて、地面に叩きつけられる寸前で受け止めてくれた人の顔を確かめる。
でも、熱のせいで滲んだ涙と、熱で浮かされてぼんやりとした視界では、判然とはしない。
それでも、ふわりと包むような紅茶の香りが、その人が、ずっと私が会いたくて仕方なかった人だと教えてくれる。
「リ、ヴァイ…?」
「お前、どうして泣いてる。」
「熱…。」
「あ?」
「病院行って、風邪って…。」
掠れた私の声をなんとか聞き取り、リヴァイは理解したようだった。
私の身体を片腕で支えながら、額に触れると「熱っ。」と小さく声を漏らしていた。
「貸せ。」
リヴァイが何かを奪った。
ぼんやりと考えて、それが風邪薬の入った紙袋だと分かったときには、私はもうリヴァイに横抱きに抱え上げられていた。
「家まで送る。」
大丈夫だから、いい————そう言ったときにはもう、リヴァイは歩き始めていた。
駄目だと分かっている頭は、熱のせいで正しく思考していない。
そして、忘れられないあの晩、何度も触れたリヴァイの心臓の音が心地よくて、離れ難かった。
力の入らない手で、リヴァイのジャケットの胸元を弱弱しく握りしめる。
「ひ、ばん・・・?」
「非番の日にまで兵団服は着ねぇ。」
改めて、握りしめたジャケットの胸元辺りを確認して、そういえば、兵団服を着ていることを知る。
それなら、どうしてこんなところにいたのか。
調査兵団の兵舎と喫茶店を兼用している私の自宅は距離がある。
期待を出来るほど、頭はまわっていない。
ただ純粋に、ぼんやりとした思考の中で疑問に思ったのだ。
それが分かったのかは知らないけれど、リヴァイはまるでその疑問に答えるように続けてくれた。
「書類を届けに行った家がこの辺りだったんだ。
帰ろうとしてたところで、フラフラしながら歩いてる危ぇ女がいると思ったらなまえで、
気づかねぇフリして通り過ぎてやろうとしたのに、急に倒れだすからビックリしたじゃねぇか。」
「ごめん…。」
「せっかく会わねぇようにしても、お前がこんな様子じゃ放っておけるわけねぇだろ。」
「いい、よ…、どこ、かに捨てても。」
「クソが。出来たらとっくに、クソ溜めにでも捨ててきてやってる。
俺に放っておいてほしいなら、熱があるときは、おとなしく家で寝とけ。」
「うん…。今度、から、そうする———。」
言葉と行動は裏腹で、私はそう言いながら、リヴァイの首に腕を回していた。
私の身体を抱えるリヴァイの腕に力が入って、触れていた距離がもっと近くなる。
あの大雨の日もそうだった。リヴァイのことをもうあきらめなければと思っていたら、会ってしまう。
どうして、会ってはいけないと思えば思うほど、会いたくなるのだろう。
離れようとすればするほど、離れられない。
まるで、運命が私達を玩具にして悪戯をしているようだ。
それともまさか、大切な人を傷つけるこの想いを、結ばれる運命だと、神様は言ってくれるわけないのに———。
私は、病院で風邪薬を貰った帰りだった。
ぼやけた世界をふらふらと歩き、家へと向かう。
夕方前には病院へ行ったのだけれど、患者の数が多く、かなり待たされてしまった。
いつの間にかもう赤い夕陽が、ユラユラと空を染めている。
「キツい…。」
39度の熱が、なんとか歩こうとする私を倒れ込ませようとする。
せり上がってくる生理的な涙のせいで、視界が滲んで、余計に見えづらくなる。
今朝、起きたときから身体が重たいような気はしたのだ。
それでも、熱はなかったから、喫茶店を開ける準備はしていたものの次第にダルさが増してしまい、早めに来てくれていた常連のお客さんにはお詫びして、今日は臨時休業にさせてもらった。
それから、カフェの2階にある自宅で眠っていたのだけれど、熱が下がるどころか、上がっていくばかりで怖くなって病院へ向かった。
そこで、ただの風邪だと診断されて、薬を出されて帰されたのだけれど、そう遠くないはずの家路が、途方もなく遠く感じる程度には、身体が重たくて、頭もぼんやりとして、ふらふらするのだ。
こういうとき、恋人でもいれば、一緒に病院に付き添ってくれて、帰りも身体を支えてくれたのかもしれない。
家に帰れば、ベッドで寝ている間、献身的に看病だってしてくれる。
でも私は、家に帰っても、ひとりで、服を脱いで、風呂に入る代わりに身体を拭いて、簡単に食事の用意をして、薬を飲んで、ベッドで眠らないといけない。
することがありすぎて、考えただけで倒れそうになる。
(もう、ダメかも————。)
そう思ったときには、身体は前のめりに倒れていた。
なんとか立っていようとしたのか、顔だけは上を向いていて、真っ赤な空が一瞬だけ見えた。
ドン————。
鈍い音が響いて、胸に衝撃を受ける。
でも、地面に倒れてはいない。
上半身が、何かに引っかかって止まったのだ。
「危ねぇな。フラフラ歩きやがって。クソでもしてぇのか。」
呆れたように叱る声が、頭上から聞こえてきた。
聞き覚えのある低い声だった。
ゆっくり顔を上げて、地面に叩きつけられる寸前で受け止めてくれた人の顔を確かめる。
でも、熱のせいで滲んだ涙と、熱で浮かされてぼんやりとした視界では、判然とはしない。
それでも、ふわりと包むような紅茶の香りが、その人が、ずっと私が会いたくて仕方なかった人だと教えてくれる。
「リ、ヴァイ…?」
「お前、どうして泣いてる。」
「熱…。」
「あ?」
「病院行って、風邪って…。」
掠れた私の声をなんとか聞き取り、リヴァイは理解したようだった。
私の身体を片腕で支えながら、額に触れると「熱っ。」と小さく声を漏らしていた。
「貸せ。」
リヴァイが何かを奪った。
ぼんやりと考えて、それが風邪薬の入った紙袋だと分かったときには、私はもうリヴァイに横抱きに抱え上げられていた。
「家まで送る。」
大丈夫だから、いい————そう言ったときにはもう、リヴァイは歩き始めていた。
駄目だと分かっている頭は、熱のせいで正しく思考していない。
そして、忘れられないあの晩、何度も触れたリヴァイの心臓の音が心地よくて、離れ難かった。
力の入らない手で、リヴァイのジャケットの胸元を弱弱しく握りしめる。
「ひ、ばん・・・?」
「非番の日にまで兵団服は着ねぇ。」
改めて、握りしめたジャケットの胸元辺りを確認して、そういえば、兵団服を着ていることを知る。
それなら、どうしてこんなところにいたのか。
調査兵団の兵舎と喫茶店を兼用している私の自宅は距離がある。
期待を出来るほど、頭はまわっていない。
ただ純粋に、ぼんやりとした思考の中で疑問に思ったのだ。
それが分かったのかは知らないけれど、リヴァイはまるでその疑問に答えるように続けてくれた。
「書類を届けに行った家がこの辺りだったんだ。
帰ろうとしてたところで、フラフラしながら歩いてる危ぇ女がいると思ったらなまえで、
気づかねぇフリして通り過ぎてやろうとしたのに、急に倒れだすからビックリしたじゃねぇか。」
「ごめん…。」
「せっかく会わねぇようにしても、お前がこんな様子じゃ放っておけるわけねぇだろ。」
「いい、よ…、どこ、かに捨てても。」
「クソが。出来たらとっくに、クソ溜めにでも捨ててきてやってる。
俺に放っておいてほしいなら、熱があるときは、おとなしく家で寝とけ。」
「うん…。今度、から、そうする———。」
言葉と行動は裏腹で、私はそう言いながら、リヴァイの首に腕を回していた。
私の身体を抱えるリヴァイの腕に力が入って、触れていた距離がもっと近くなる。
あの大雨の日もそうだった。リヴァイのことをもうあきらめなければと思っていたら、会ってしまう。
どうして、会ってはいけないと思えば思うほど、会いたくなるのだろう。
離れようとすればするほど、離れられない。
まるで、運命が私達を玩具にして悪戯をしているようだ。
それともまさか、大切な人を傷つけるこの想いを、結ばれる運命だと、神様は言ってくれるわけないのに———。