その夜に、沈む
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泣きそうな顔のペトラが、久しぶりに来店したのは、それから数日が経った頃だった。
あの日以来、毎晩のように来ていたリヴァイは、本当にピタリと来なくなった。
きっと、今度こそ、ペトラを一途に大切にして、2人で幸せにしているのだろう、となんとか心を落ち着かせようとしていた私は、傷ついた表情の彼女に、ひどく狼狽えた。
「いらっしゃい。」
自分の罪悪感を隠すのに、顔に貼り付けた笑顔の仮面は、とても役に立つことを思い知る。
それが偽物の仮面だと知らないペトラは、チラリと私の方を見た後、悲しそうに頷き、カウンターのいつもの席に腰を降ろす。
ペトラは、カウンターをじっと見おろすように俯いている。
一体、何が、彼女をこんなに悲しませているのだろう。
調査兵団に所属し、私の想像を絶する苦しみや痛みを知っているだろうペトラは、それでもいつもここにいるときだけは、子供のように無邪気に笑っていた。
こんなに傷ついた様子のペトラを見るのは初めてで、戸惑う。
「今日は何を飲む?」
「このお店で、一番強いのがいい。」
ペトラは、俯いたままボソボソと呟くように言う。
それでもしっかりと聞き取って「すぐに用意するね。」と努めて明るく振舞った。
後ろの酒棚から、アルコール度数が一番高い酒のボトルを手に取る。
数日前に、リヴァイが飲んでいたのと同じものだ。
注文をないがしろには出来ないけれど、これをペトラが、彼と同じようにロックで飲めるとは思えない。
甘いカクテルを好むペトラの為に、ジュースで割ることにして、奥の冷蔵庫からジュースの瓶と果物を取り出す。
「なまえ…。」
「ん?なぁに?」
氷を割りながら、返事をする。
いつもの他愛のない雑談でもするかのような私の態度は、白々しかったかもしれない。
でも、もしも、ペトラが傷ついている理由が、自分だったら———そう思うと怖くて、必死に考えないようにしていたのだ。
「リヴァイさんと…、」
名前が出ただけで、ドキリと心臓が跳ねる。
ガッ———思わず、氷を割る手に力がこもってしまって、氷が不格好に割れてしまった。
でも、俯いてカウンターをぼんやりと見ているペトラは、私の不審な行動に気づかなかったようで、そのまま続けた。
「別れた…。」
「え?」
不格好に割れた氷から、形の良いものを選んでいた手が止まる。
まさか———それが、正直な気持ちだ。
最低な裏切りをした後だって、リヴァイがペトラと別れるなんて想像もしていなかったのだ。
だって、彼はそんなことを一言も言っていなかったし、そんな素振りもなかった。
「どう、して?」
グラスに氷を入れる手も、声も、震えていたかもしれない。
どうして、別れたのだろう———。
妹のように可愛がってるペトラのことを心配している気持ちも、嘘じゃない。
でも、ドクン、ドクン、と大きくする鼓動が、愚かな期待と比例しているのもまた、事実だ。
「好きな人が出来たって…。」
ドクン———心臓が跳ねた瞬間、手から力が抜けた。
握っていたグラスが、指から離れて滑り落ちていくのを、ただじっと見ていた気がする。
ガシャーーーン—————救い出されることもなく、床に叩きつけられたグラスが、勢いよく割れて飛び散っていく。
大きな音にハッとしたときにはもう、グラスは、無残にも割れて粉々になっていた。
「ご、ごめん…っ。
ビックリしちゃって…っ。」
慌てて謝って、割れたグラスに手を伸ばす。
ペトラの愛用のグラスだった。
宝物のグラスは、宝物の場所で飲みたいと持ってきたのだ。
ウォール・シーナへの遠征中、好きな人に買ってもらったものだと嬉しそうに言っていたのをよく覚えている。
きっと、その好きな人というのが、リヴァイだったのだろう。
とても大切にしていたものなのに———。
「本当に、ごめんなさい…。」
無意識に、割れたグラスを拾い上げる指に力が入る。
尖った破片が、ゆっくりと指に食い込んだ。
鋭い痛みの後に、じんじんと鈍い痛みが続いていく。
でも、こんな痛み、ペトラの心の痛みに比べたら大したことない。
比べる対象にすら、ないのは分かっている。
そうやって自分を慰めているのだ。最低で、嫌な女だ。
「いいよ、気にしないで。
もうそのグラスは割っちゃおうと思ってきたところだったから。
なまえが割ってくれて、むしろ助かっちゃった。自分で割るのは悲しすぎるからね。」
椅子から立ち上がった音がした後、カウンターを覗き込んだペトラが優しく言う。
彼女との器の差を見たようで、自分が余計に惨めになった。
だって私は、リヴァイが『好きな人がいるから』とペトラに別れを告げたのだと聞いて、咄嗟にそれは自分だと思ってしまったのだ。
いや、違う。
今も思っている。リヴァイの心に住んでしまったのは、私だ。
やっぱり、リヴァイは、好意を持って私に触れたのだ———嬉しいとはどこか違う感情が、今この時も、消えないのだ。
「すぐに片付けてくるね。
本当に、ごめんね。」
早口で言って、カウンター奥の塵取りを持ってくると、指を傷つけることも厭わずに素早く割れた破片をかき集める。
そしてそのまま、一旦、カウンターの扉奥のゴミ箱のところまで持ってきて、手が止まった。
『なまえ、見て~!可愛いでしょう!
欲しいなぁと思って私が見てたらね、好きな人が気づいてくれて
任務を頑張ったご褒美だって買ってくれたの!その日から、これが私の一番の宝物!』
満面の笑みで、嬉しそうにしていたペトラを思い出す。
カウンターの向こうで、泣き腫らした目で、ひどく傷ついた表情で、ペトラはそれでも私に優しくしてくれた。
無垢で、精一杯に大好きな人を愛したペトラの幸せな笑顔を、粉々に壊してしまったのは、私なのに———。
ポケットの中からハンカチを取り出すと、塵取りの上に集められたグラスの破片をすべてその上に乗せて包んだ。
そして、店の鍵や小物を入れている棚の中にそっと仕舞う。
粉々のグラスの破片をペトラに渡すことは出来ない。
でも、ペトラの一途で一生懸命の愛を知っている私には、捨てることも出来なかった。
「お待たせ。ごめんね。
すぐに美味しいカクテルを作るから待っててね。」
カウンターの中に戻ると、ペトラが「一番強いやつね。」と少しおどけたように言う。
だから私も、冗談めかして「任せて。」と返した。
あの日以来、毎晩のように来ていたリヴァイは、本当にピタリと来なくなった。
きっと、今度こそ、ペトラを一途に大切にして、2人で幸せにしているのだろう、となんとか心を落ち着かせようとしていた私は、傷ついた表情の彼女に、ひどく狼狽えた。
「いらっしゃい。」
自分の罪悪感を隠すのに、顔に貼り付けた笑顔の仮面は、とても役に立つことを思い知る。
それが偽物の仮面だと知らないペトラは、チラリと私の方を見た後、悲しそうに頷き、カウンターのいつもの席に腰を降ろす。
ペトラは、カウンターをじっと見おろすように俯いている。
一体、何が、彼女をこんなに悲しませているのだろう。
調査兵団に所属し、私の想像を絶する苦しみや痛みを知っているだろうペトラは、それでもいつもここにいるときだけは、子供のように無邪気に笑っていた。
こんなに傷ついた様子のペトラを見るのは初めてで、戸惑う。
「今日は何を飲む?」
「このお店で、一番強いのがいい。」
ペトラは、俯いたままボソボソと呟くように言う。
それでもしっかりと聞き取って「すぐに用意するね。」と努めて明るく振舞った。
後ろの酒棚から、アルコール度数が一番高い酒のボトルを手に取る。
数日前に、リヴァイが飲んでいたのと同じものだ。
注文をないがしろには出来ないけれど、これをペトラが、彼と同じようにロックで飲めるとは思えない。
甘いカクテルを好むペトラの為に、ジュースで割ることにして、奥の冷蔵庫からジュースの瓶と果物を取り出す。
「なまえ…。」
「ん?なぁに?」
氷を割りながら、返事をする。
いつもの他愛のない雑談でもするかのような私の態度は、白々しかったかもしれない。
でも、もしも、ペトラが傷ついている理由が、自分だったら———そう思うと怖くて、必死に考えないようにしていたのだ。
「リヴァイさんと…、」
名前が出ただけで、ドキリと心臓が跳ねる。
ガッ———思わず、氷を割る手に力がこもってしまって、氷が不格好に割れてしまった。
でも、俯いてカウンターをぼんやりと見ているペトラは、私の不審な行動に気づかなかったようで、そのまま続けた。
「別れた…。」
「え?」
不格好に割れた氷から、形の良いものを選んでいた手が止まる。
まさか———それが、正直な気持ちだ。
最低な裏切りをした後だって、リヴァイがペトラと別れるなんて想像もしていなかったのだ。
だって、彼はそんなことを一言も言っていなかったし、そんな素振りもなかった。
「どう、して?」
グラスに氷を入れる手も、声も、震えていたかもしれない。
どうして、別れたのだろう———。
妹のように可愛がってるペトラのことを心配している気持ちも、嘘じゃない。
でも、ドクン、ドクン、と大きくする鼓動が、愚かな期待と比例しているのもまた、事実だ。
「好きな人が出来たって…。」
ドクン———心臓が跳ねた瞬間、手から力が抜けた。
握っていたグラスが、指から離れて滑り落ちていくのを、ただじっと見ていた気がする。
ガシャーーーン—————救い出されることもなく、床に叩きつけられたグラスが、勢いよく割れて飛び散っていく。
大きな音にハッとしたときにはもう、グラスは、無残にも割れて粉々になっていた。
「ご、ごめん…っ。
ビックリしちゃって…っ。」
慌てて謝って、割れたグラスに手を伸ばす。
ペトラの愛用のグラスだった。
宝物のグラスは、宝物の場所で飲みたいと持ってきたのだ。
ウォール・シーナへの遠征中、好きな人に買ってもらったものだと嬉しそうに言っていたのをよく覚えている。
きっと、その好きな人というのが、リヴァイだったのだろう。
とても大切にしていたものなのに———。
「本当に、ごめんなさい…。」
無意識に、割れたグラスを拾い上げる指に力が入る。
尖った破片が、ゆっくりと指に食い込んだ。
鋭い痛みの後に、じんじんと鈍い痛みが続いていく。
でも、こんな痛み、ペトラの心の痛みに比べたら大したことない。
比べる対象にすら、ないのは分かっている。
そうやって自分を慰めているのだ。最低で、嫌な女だ。
「いいよ、気にしないで。
もうそのグラスは割っちゃおうと思ってきたところだったから。
なまえが割ってくれて、むしろ助かっちゃった。自分で割るのは悲しすぎるからね。」
椅子から立ち上がった音がした後、カウンターを覗き込んだペトラが優しく言う。
彼女との器の差を見たようで、自分が余計に惨めになった。
だって私は、リヴァイが『好きな人がいるから』とペトラに別れを告げたのだと聞いて、咄嗟にそれは自分だと思ってしまったのだ。
いや、違う。
今も思っている。リヴァイの心に住んでしまったのは、私だ。
やっぱり、リヴァイは、好意を持って私に触れたのだ———嬉しいとはどこか違う感情が、今この時も、消えないのだ。
「すぐに片付けてくるね。
本当に、ごめんね。」
早口で言って、カウンター奥の塵取りを持ってくると、指を傷つけることも厭わずに素早く割れた破片をかき集める。
そしてそのまま、一旦、カウンターの扉奥のゴミ箱のところまで持ってきて、手が止まった。
『なまえ、見て~!可愛いでしょう!
欲しいなぁと思って私が見てたらね、好きな人が気づいてくれて
任務を頑張ったご褒美だって買ってくれたの!その日から、これが私の一番の宝物!』
満面の笑みで、嬉しそうにしていたペトラを思い出す。
カウンターの向こうで、泣き腫らした目で、ひどく傷ついた表情で、ペトラはそれでも私に優しくしてくれた。
無垢で、精一杯に大好きな人を愛したペトラの幸せな笑顔を、粉々に壊してしまったのは、私なのに———。
ポケットの中からハンカチを取り出すと、塵取りの上に集められたグラスの破片をすべてその上に乗せて包んだ。
そして、店の鍵や小物を入れている棚の中にそっと仕舞う。
粉々のグラスの破片をペトラに渡すことは出来ない。
でも、ペトラの一途で一生懸命の愛を知っている私には、捨てることも出来なかった。
「お待たせ。ごめんね。
すぐに美味しいカクテルを作るから待っててね。」
カウンターの中に戻ると、ペトラが「一番強いやつね。」と少しおどけたように言う。
だから私も、冗談めかして「任せて。」と返した。