◇第二十六話◇104期の新兵達
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「アンタ、意外とやるね。」
地面に仰向けに倒れこんだ私の隣に、アニが座った。
それは、褒めたのだろうか。嫌味だろうか。
息も絶え絶えで、汗だくの私とは違って、アニは涼しい顔で息も乱れていないし、一筋の汗すら流れていない。
それも仕方がないか。
私は、あれからずっと、アニに投げ飛ばされ続けた。
気づけば、空には夕日がさそうとしている。
そろそろ、馬車に乗ったハンジさんが迎えに来る時間だろう。
「すぐに音を上げると思ったんだけどね。」
「約束したからね。最後まで頑張るって。」
手を引いてくれるアニの力に頼って、私はようやく上半身を起こした。
対人格闘術の指導を始めたときより、アニの表情が僅かに柔らかくなったような気がする。
さっきの言葉は、褒め言葉だったと受け止めることにしよう。
「これで、私は死なないで帰ってこられるかな?」
「さぁ、それはアンタ次第じゃないの。」
そっけない言い方だけれど、嫌な気持ちにはならない。
なんとなくだけれど、リヴァイ兵長のそれと似ているような気がした。
「ねぇ、アニはどうして憲兵団に入ったの?」
言ってからどうしてそんなことを聞いたのだろう、と思った。
成績上位で権利を貰えたのなら、普通は憲兵団に入る。
エレン達が少し、というかだいぶおかしいのだ。
「ごめん、変なこと聞いたね。
ただ…、ただアニはすごく優しいから。
なんとなく、どうして憲兵団にしたのかなって思っただけなの。」
驚いた顔をして私を見たアニに、慌てて言い訳をした。
何度か憲兵団施設に足を運んで、汚い兵士を見たのは1度や2度ではない。
調査兵団の兵士達と関わって、兵士というのは私がイメージしていたのとはだいぶ違うのだと知った。
でも、それは私が知った兵士達がそうだったのであって、他の兵士達もそうだとは限らないだけだ。
そして、そうだとは限らない兵士が最も多いのが憲兵だということも知った。
だから、彼らとアニとのイメージにどうしても違和感があった。
「…一緒だよ。」
「え?」
「私はただ自分が助けりたいだけだよ。」
すっと私から目を反らして、アニは言った。
無表情のその顔は、なぜか泣いているように見えて―。
「偉いね。」
「は?」
表情の戻ったアニは、少し怒ったように私を見た。
「私はね、誰も死なせない兵士になりたくて、調査兵をしてるの。」
「…本当に調査兵になるやつはバカばっかりだね。」
「そうかも。」
クスクスと笑う私をアニは呆れたように見ていたけれど、バカみたいな私の目標を否定したりはしなかった。
だからやっぱり、私は、アニは優しいと思うのだ。
「でも、上官とか先輩にいつも言われてる。
それじゃ、私が死んじゃうって。生きて帰ることを目標にしろって。」
「だろうね。」
「分かってるの。でも、もう決めたから止められない。
私は今度の壁外調査で、他の誰かを助けられたとしても、自分が死ぬかもしれない。
そしたら…家族を泣かせる。」
目を伏せると、足元にいくつもの小さな石が落ちていた。
私の命なんて、人類規模で見ればこの小さな石ころみたいなものだ。
でも、家族にとっては、唯一の宝石なのだと知ってる。
知っているのに―。
誰も泣かせない兵士になりたい、とハンジさんに言ったことがある。
でも、私はいつか、家族を泣かせるのだろう。
それは、私が調査兵として壁外に出たことを家族が知ったとき。
それは、私が調査兵として壁外に出て、そして、死んだとき。
私の志は、矛盾しているのだろう。
家族の命のために、家族を泣かせないために、調査兵団に入って、私はおそらくそう遠くない未来で家族を絶望に突き落とす。
その日までの、束の間で、偽りの平穏を家族に与えているだけだ。
「だから思うの。
アニを大切に思ってる人にとって、アニはとっても偉いって。」
確かに人類に心臓を捧げる兵士としては、自分のために憲兵を選ぶのは間違っているのかもしれない。
でも、それの何が悪いというのだろう。
彼女は他の憲兵がしているように不正をして民間人の税金を懐に入れてるわけでも、誰かを傷つけているわけではない。
むしろ、その逆じゃないか。
自分を守るということは、自分を想う人達の笑顔を守るということになるというのに、それを誰に責める権利がある。
民間人が兵団服を着ているような私だから、そんなことを想ってしまうのかもしれない。
間違ってるのかもしれない。
でも、私がもし、兵士の家族なら、人類に心臓なんて捧げてほしくない―。
私の言葉を聞いて、アニが息を呑んだのが分かった。
私がアニだったなら、私の家族は幸せだったと思う。
だって―。
「アニはいい子だね。」
髪をクシャリと撫でると、アニは迷惑そうに文句を言ったけれど、その手を振りほどかれることはなかった。
それから、もう一度だけ対人格闘術を習って、私が投げ飛ばされた頃にハンジさんが迎えに来てくれた。
「ねぇ、アニ。」
ハンジさんの元へ向かう前に、私はアニに向き直って名前を呼んだ。
「なに?」
「帰ってきたら、一緒に買い物行こうよ。」
「は?なんで私が。」
「可愛い妹だから?」
「へー、知らなかった。」
「対人格闘術を教えてくれたお礼をさせてよ。」
「憲兵なんて暇だから付き合っただけだし。」
「約束ね。」
「だから、なんで。」
嫌とは言わないアニが、可愛い。
会ったばかりだけれど、会ったばかりの私のために真剣に対人格闘術に向き合ってくれた。
また、会いたいと思った。
「おまじない。」
「は?」
「絶対に生きててくれるアニとしか出来ない未来の約束。
ね?いいでしょ?」
「…嫌って言ったって、勝手に決めるんでしょ。」
「すごいね、さすが妹だね。」
可笑しそうに笑う私に、アニがわざとらしいため息を吐いた。
妹だなんて、そんなに心の距離が近くなったとは思わない。
まだ私達の間には遠い距離がある。
だって、アニは私に心を開こうとはしていない。
でも、少しずつアニと心を通わせていく。そんな未来への目標を作るのも、いい気がした。
私の勝手な都合。
「待って。」
帰ってきたら休みを取って会いに来ると告げて、さよならと背を向けた私をアニが呼び止めた。
振り向いても、アニはすぐに口を開かなかった。
でも、待っていれば、何か言葉が続くと思って、続きを促そうとは思わなかった。
思った通り、少しして、アニの口はゆっくりと開いた。
「せいぜい、死なないようにしなよ。」
私は笑顔を返した。
命を懸ける調査兵の仲間とも家族とも出来ない約束を、アニが受け止めてくれた。
私は、必ず帰って、アニにお礼をしないといけない。
地面に仰向けに倒れこんだ私の隣に、アニが座った。
それは、褒めたのだろうか。嫌味だろうか。
息も絶え絶えで、汗だくの私とは違って、アニは涼しい顔で息も乱れていないし、一筋の汗すら流れていない。
それも仕方がないか。
私は、あれからずっと、アニに投げ飛ばされ続けた。
気づけば、空には夕日がさそうとしている。
そろそろ、馬車に乗ったハンジさんが迎えに来る時間だろう。
「すぐに音を上げると思ったんだけどね。」
「約束したからね。最後まで頑張るって。」
手を引いてくれるアニの力に頼って、私はようやく上半身を起こした。
対人格闘術の指導を始めたときより、アニの表情が僅かに柔らかくなったような気がする。
さっきの言葉は、褒め言葉だったと受け止めることにしよう。
「これで、私は死なないで帰ってこられるかな?」
「さぁ、それはアンタ次第じゃないの。」
そっけない言い方だけれど、嫌な気持ちにはならない。
なんとなくだけれど、リヴァイ兵長のそれと似ているような気がした。
「ねぇ、アニはどうして憲兵団に入ったの?」
言ってからどうしてそんなことを聞いたのだろう、と思った。
成績上位で権利を貰えたのなら、普通は憲兵団に入る。
エレン達が少し、というかだいぶおかしいのだ。
「ごめん、変なこと聞いたね。
ただ…、ただアニはすごく優しいから。
なんとなく、どうして憲兵団にしたのかなって思っただけなの。」
驚いた顔をして私を見たアニに、慌てて言い訳をした。
何度か憲兵団施設に足を運んで、汚い兵士を見たのは1度や2度ではない。
調査兵団の兵士達と関わって、兵士というのは私がイメージしていたのとはだいぶ違うのだと知った。
でも、それは私が知った兵士達がそうだったのであって、他の兵士達もそうだとは限らないだけだ。
そして、そうだとは限らない兵士が最も多いのが憲兵だということも知った。
だから、彼らとアニとのイメージにどうしても違和感があった。
「…一緒だよ。」
「え?」
「私はただ自分が助けりたいだけだよ。」
すっと私から目を反らして、アニは言った。
無表情のその顔は、なぜか泣いているように見えて―。
「偉いね。」
「は?」
表情の戻ったアニは、少し怒ったように私を見た。
「私はね、誰も死なせない兵士になりたくて、調査兵をしてるの。」
「…本当に調査兵になるやつはバカばっかりだね。」
「そうかも。」
クスクスと笑う私をアニは呆れたように見ていたけれど、バカみたいな私の目標を否定したりはしなかった。
だからやっぱり、私は、アニは優しいと思うのだ。
「でも、上官とか先輩にいつも言われてる。
それじゃ、私が死んじゃうって。生きて帰ることを目標にしろって。」
「だろうね。」
「分かってるの。でも、もう決めたから止められない。
私は今度の壁外調査で、他の誰かを助けられたとしても、自分が死ぬかもしれない。
そしたら…家族を泣かせる。」
目を伏せると、足元にいくつもの小さな石が落ちていた。
私の命なんて、人類規模で見ればこの小さな石ころみたいなものだ。
でも、家族にとっては、唯一の宝石なのだと知ってる。
知っているのに―。
誰も泣かせない兵士になりたい、とハンジさんに言ったことがある。
でも、私はいつか、家族を泣かせるのだろう。
それは、私が調査兵として壁外に出たことを家族が知ったとき。
それは、私が調査兵として壁外に出て、そして、死んだとき。
私の志は、矛盾しているのだろう。
家族の命のために、家族を泣かせないために、調査兵団に入って、私はおそらくそう遠くない未来で家族を絶望に突き落とす。
その日までの、束の間で、偽りの平穏を家族に与えているだけだ。
「だから思うの。
アニを大切に思ってる人にとって、アニはとっても偉いって。」
確かに人類に心臓を捧げる兵士としては、自分のために憲兵を選ぶのは間違っているのかもしれない。
でも、それの何が悪いというのだろう。
彼女は他の憲兵がしているように不正をして民間人の税金を懐に入れてるわけでも、誰かを傷つけているわけではない。
むしろ、その逆じゃないか。
自分を守るということは、自分を想う人達の笑顔を守るということになるというのに、それを誰に責める権利がある。
民間人が兵団服を着ているような私だから、そんなことを想ってしまうのかもしれない。
間違ってるのかもしれない。
でも、私がもし、兵士の家族なら、人類に心臓なんて捧げてほしくない―。
私の言葉を聞いて、アニが息を呑んだのが分かった。
私がアニだったなら、私の家族は幸せだったと思う。
だって―。
「アニはいい子だね。」
髪をクシャリと撫でると、アニは迷惑そうに文句を言ったけれど、その手を振りほどかれることはなかった。
それから、もう一度だけ対人格闘術を習って、私が投げ飛ばされた頃にハンジさんが迎えに来てくれた。
「ねぇ、アニ。」
ハンジさんの元へ向かう前に、私はアニに向き直って名前を呼んだ。
「なに?」
「帰ってきたら、一緒に買い物行こうよ。」
「は?なんで私が。」
「可愛い妹だから?」
「へー、知らなかった。」
「対人格闘術を教えてくれたお礼をさせてよ。」
「憲兵なんて暇だから付き合っただけだし。」
「約束ね。」
「だから、なんで。」
嫌とは言わないアニが、可愛い。
会ったばかりだけれど、会ったばかりの私のために真剣に対人格闘術に向き合ってくれた。
また、会いたいと思った。
「おまじない。」
「は?」
「絶対に生きててくれるアニとしか出来ない未来の約束。
ね?いいでしょ?」
「…嫌って言ったって、勝手に決めるんでしょ。」
「すごいね、さすが妹だね。」
可笑しそうに笑う私に、アニがわざとらしいため息を吐いた。
妹だなんて、そんなに心の距離が近くなったとは思わない。
まだ私達の間には遠い距離がある。
だって、アニは私に心を開こうとはしていない。
でも、少しずつアニと心を通わせていく。そんな未来への目標を作るのも、いい気がした。
私の勝手な都合。
「待って。」
帰ってきたら休みを取って会いに来ると告げて、さよならと背を向けた私をアニが呼び止めた。
振り向いても、アニはすぐに口を開かなかった。
でも、待っていれば、何か言葉が続くと思って、続きを促そうとは思わなかった。
思った通り、少しして、アニの口はゆっくりと開いた。
「せいぜい、死なないようにしなよ。」
私は笑顔を返した。
命を懸ける調査兵の仲間とも家族とも出来ない約束を、アニが受け止めてくれた。
私は、必ず帰って、アニにお礼をしないといけない。