◇第二十四話◇好きになった人
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「わざわざ会いに来て頂けるなんて、ありがとうございます。」
母が、ハンジさんとリヴァイ兵長に深く頭を下げる。
あの後、リヴァイ兵長の提案で私の家族が住む家に連れてきてもらっていた。
父は仕事に出ていて、今は家に母だけしかいないのだそうだ。
調査兵団が私の家族のために用意したその家は、貴族達が住むような豪華絢爛とまではいかないものの、とても広くて綺麗だった。
エルヴィン団長が懇意にしている貴族の使っていなかった別荘だったと聞いている。
一応、調査兵になったことは秘密にしているため、兵団服を着ていたら怪しまれるかもというハンジさんのその通りの指摘を受けて、近くの店で洋服も買った。
調査兵団に入団してから洋服なんて買いに行く暇もなかったから、欲しいとは思っていたとは言え、貴族御用達の店の洋服を買う羽目になるとは、かなり痛い出費だ。
でも、それで、家族が安心を得られるのなら安い買い物かもしれない。
「いえいえ、美味しい紅茶まで出して頂いて、ありがとうございます。」
「調査兵団さんのおかげで、何不自由ない暮らしをさせて頂いて
今度、お礼に伺おうと思ってたんですよ。」
「そんなっ!お構いなく!!ぜんっぜんっ、大丈夫ですから!!」
傍から見ると、大げさに謙遜しているように見えるかもしれないけれど、事情を知っている私には、真実がバレるから焦っているようにしか見えない。
前から思っていたけれど、ハンジさんは嘘を吐くのがとてつもなく下手だ。
調査兵団に入団することになったことは、やっぱり私にとっては良かったことだとは今もあまり思えない。
でも、家族がこうして不自由なく暮らしていることも、ハンジさんが私を見つけてくれたおかげだ。
上官が優しいハンジさんだったことは、私にとっては不幸中の幸いだったに違いない。
「それにしても、なまえが突然、結婚して調査兵団の兵舎に嫁入りするなんて聞いて
本当に驚きました。でも、引っ越しのときもみなさんとても良い方ばかりで
安心したんですよ。」
嬉しそうに話す母の姿に、ズキリと胸が痛んだ。
家族のために調査兵団に入団することを決めた。そうカッコいいことを思っていたけれど、結局は騙しているのだと、改めて理解した。
もしも、私に何かがあったとき、母はどう思うのだろう。父はどんな顔をするのだろう。
母が淹れてくれた紅茶に伸ばしかけていた手が、止まった。
私は、母の紅茶を飲む権利がなくなったのだ。
母の優しさを貰える権利をなくした。
膝の上で握った拳に気づいたのか、ハンジさんの大きな手が優しく包んでくれた。
驚いて顔を上げた私と目があったハンジさんは、私にウィンクをくれる。
やっぱり、上官がハンジさんで、私は本当に運が良かっった。
「お母さんたちの大切な娘さんは、私達がしっかり守りますので、安心してください。」
「はい、それはもちろん。
何といっても、娘には人類最強の兵士さんがついていますからね。」
「そうですよっ!だから、大丈夫ですっ。」
「本当に驚きましたよ。娘がリヴァイ兵長と結婚したなんて、今でも信じられません。」
「え?」
わけのわからないことを言った母が困った顔をして、なんだか可笑しそうに笑う。
そして、ハンジさんも、私も信じられません、とかなんとか言いながら大笑いした。
一瞬、パニックになったけれど、すぐに思い出した。
『家族が移住するときには、私は調査兵団の誰か偉い人と結婚することになって
トロスト区の兵舎に嫁いだと言ってください。』
調査兵団に入団することが決まって、私はハンジさんにそうお願いした。
調査兵団の誰か偉い人、もしかして、それがリヴァイ兵長だったのだろうか。
慌ててリヴァイ兵長を見て、ここは地獄かと血の気が引いた。
独特なティーカップの持ち方で紅茶を飲む格好のまま、リヴァイ兵長はこの世のものとは思えないほど恐ろしい顔でハンジさんを睨みつけている。
ハンジさんの額に冷や汗が流れているのは、苦手な嘘に付き合っているからではなくて、人類最強の兵士が放つ殺気のせいだったようだ。
「お母さん、あのね、本当は―。」
「でも、本当によかったわ。娘が、本当に好きな人と結婚してくれたみたいで。」
恋人のいるリヴァイ兵長に迷惑な役を押し付けるわけにはいかない。
事実を話すしかないと腹を括った私に、母は本当に幸せそうな笑みを返す。
言えない。
あなたの娘は、あと1か月もしないうちに巨人がウロウロいる壁外に出て、生きるか死ぬかの戦いをしてきますなんて、言えない。
言えるわけがない。
母の笑顔からも、何も知らないリヴァイ兵長の事情からも目を反らした私は、本当に最低だ。
今朝よりまた、私は自分のことが嫌いになる。
「リヴァイ兵長もこんな娘で本当に良かったんですか?
あなたならもっと素敵な人がいたでしょうに。」
母が申し訳なさそうに訊ねる。
私は母以上に、申し訳ない気持ちになっている自信がある。
リヴァイ兵長は、こんな娘のことを嫁に欲しいなんて望んだことなんて一度もないし、もっと素敵な人が現在進行形でいる、のだ。
「お母さんっ!お願いだから、本当にもうやめてっ。」
「だって、本当のことでしょう?
私は母親だからあなたが可愛いけれど、お嫁さんにふさわしいかって言われたら…。
自信がないわ。」
「そんなに堂々と自信がない宣言しないでよ。
あなたの娘でしょうに。」
「娘だから、でしょう。
あなたが人類最強の兵士を支えられるだけのお嫁さんになれる自信あるの?」
「…ありません。」
母のため息に、殴られた気分だ。
これは何の罰だろう。昨日、仲睦まじい恋人たちの邪魔をした自覚ならある、でもだからってこんなにひどい罰を受けるほどのことだろうか。
そんなことを思うから、私は最低なんだろう。
でもこれでは、公開処刑でもされている気分だ。
「兵士長さん、本当にうちの娘でいいの?
返却したいのなら、今からでも大丈夫ですよ。
私達はいつでも、トロスト区へ戻ることできますから。」
母は、またリヴァイ兵長に返事を求める。
チラリとリヴァイ兵長を見たら、母親の方をまっすぐに見ていた。
その瞳からは、彼が何を考えているのかを読むことは出来ない。
「もういいでしょ。私のおかげで内地に住めてるんだからー。」
「アンタの娘でいい、なんて思ったことも
支えてもらおうと思ったことも、一度もねぇ。」
「え?」
リヴァイ兵長の発言に、その場が凍り付いたのを感じた。
自分から訊ねた母も、驚いて言葉をなくしたようだった。
やっぱり、さっき、ちゃんと本当のことを言うべきだったのだ。
私は今、リヴァイ兵長に言わなくてもいいことを言わせて、母を無駄に傷つけた。
そして、私も―。
「ちょっ、ちょっと、リヴァイっ!君は何を言ってるんだよっ!
いや、お母さん、リヴァイって冗談は言うんだけど、下手でねっ!」
ハンジさんが、冗談で流そうとはしてるみたいだけど、笑い声が虚しく響くだけだ。
母親は完全に引いているし、何かを疑い出したかもしれない。
私が、腹を括るしかない。
「あのね、お母さ―。」
「結婚ってのを他の奴らが何を思ってするのかはしらねぇが、
おれも、アンタの娘も、自分で選んで決めてここにいる。
そもそも、おれは、妥協はしねぇ主義だ。」
「はぁ…。」
母は困惑していたけれど、私はその母よりもパニックになっていた自信がある。
リヴァイ兵長は、何を言っているのだろう。
もしかして、私の嘘に付き合ってくれたのだろうか。
言ってる意味がさっぱり分からないけれど、そんな気がする。
首を傾げる私の隣で、ハンジさんがフフッと笑うと、嬉しそうに口を開いた。
「リヴァイはね、こう言いたかったんですよ。
他の人はどうでも、自分達はお互いが好きになって結婚しただけであって、
娘さんでいい、じゃなくて、娘さんが良かったんですよ、って。」
「あ…!」
とてつもなく楽しそうなハンジさんの言葉に、母は驚いていたけれど、私はそれよりも驚いていた自信があるし、心臓が飛び出そうだ。
そうだよね、とハンジさんに確認されて、リヴァイ兵長は仕方ないという顔で頷いている。
やっぱり、リヴァイ兵長は、勝手な都合の私の嘘に付き合ってくれたのだ。
嘘だと分かっているのに、胸がドキドキしてる。
嘘だと分かっているから、そんな自分の心臓の音も無性に虚しくなる。
「なまえさんには、人類最強の兵士がついているから、
ご安心くださいっ。」
「えぇ、そうみたいですね。」
ハンジさんがリヴァイ兵長の背中をバシッと叩くと、すごく怖い顔で睨んでいたけれど、母はすごく嬉しそうだった。
ルーカスにプロポーズをされて、家族みんなで内地に引っ越せると言ったときは、喜んでいいのかわからないって顔をしていたのに。
私達の嘘を聞いた母は、なんだかとても幸せそうで、私は―。
「でも、この子は子供の頃から器用で何でも出来たんですよ。
運動も勉強も得意で、学校でもお友達がたくさんいてね。」
「ちょっとっ、やめてよっ!そんな親バカみたいなことっ!」
「だって、私が言っておかなくちゃ。
アンタは昔から気が強くて、誤解されて困ったら大変でしょう。」
突然、私の自慢話を始めた母を慌てて窘めるけれど、必要なことだとやめてくれない。
親バカ丸出しの自慢話をハンジさんだけならまだしも、リヴァイ兵長にまで聞かれるなんて最悪だ。
恥ずかしいなんてレベルじゃない。
もう泣きたい、逃げ出したい。
「確かに、気は強ぇ。」
リヴァイ兵長が、少し意地悪く口元を歪めた。
あぁ、もう最悪だ。
そんな風に思われていたなんて知らなかった。
少なくとも、調査兵団の2トップであるエルヴィン団長とリヴァイ兵長には、しおらしく接していたつもりだった。
気の強いようなことをした覚えがない。
きっと、それが私の気の強さの悪いところなのだろう。
無意識に何かやらかしているのか―、初めて会ったときの態度が悪すぎた事実を消すことも出来ない。
「なまえ。」
「…ごめんなさい。」
母に睨まれて、私はこれでもかというほどに身体を縮めて謝る。
旦那さんに何をやらかしたのか、ということを言っているのだろうが、実際は、上官に何をやらかしたのだ、ということであって。
とにかく謝罪が必要な事態であることは事実だ。
「でも、料理は得意なんですよ。
子供のころから、私達夫婦の帰りが遅いと兄弟の食事の支度をしててくれて、
とても助かったんです。」
母がいろんな人に話す、私の子供の頃の自慢話だ。
そんなこと、自分もお腹がすいたから、仕方なくしていただけなのに、母は今でもこうして嬉しそうに話す。
そんなことを他人が聞いたって、困るだけなのに。
でも、ハンジさんもリヴァイ兵長も嫌な顔一つしないで、親バカ話に耳を傾けてくれた。
本当に、いい人たちだと思う。
でも、正直な2人のせいで、兵舎では料理を一切していないことが母親にバレて叱られた。
「じゃあ、リヴァイも今度、可愛いお嫁さんに料理を作ってもらわないとねっ!」
今日、幸せそうだったのは母だった。
でも、一番楽しそうだったのは、ハンジさんだと思う。
母が、ハンジさんとリヴァイ兵長に深く頭を下げる。
あの後、リヴァイ兵長の提案で私の家族が住む家に連れてきてもらっていた。
父は仕事に出ていて、今は家に母だけしかいないのだそうだ。
調査兵団が私の家族のために用意したその家は、貴族達が住むような豪華絢爛とまではいかないものの、とても広くて綺麗だった。
エルヴィン団長が懇意にしている貴族の使っていなかった別荘だったと聞いている。
一応、調査兵になったことは秘密にしているため、兵団服を着ていたら怪しまれるかもというハンジさんのその通りの指摘を受けて、近くの店で洋服も買った。
調査兵団に入団してから洋服なんて買いに行く暇もなかったから、欲しいとは思っていたとは言え、貴族御用達の店の洋服を買う羽目になるとは、かなり痛い出費だ。
でも、それで、家族が安心を得られるのなら安い買い物かもしれない。
「いえいえ、美味しい紅茶まで出して頂いて、ありがとうございます。」
「調査兵団さんのおかげで、何不自由ない暮らしをさせて頂いて
今度、お礼に伺おうと思ってたんですよ。」
「そんなっ!お構いなく!!ぜんっぜんっ、大丈夫ですから!!」
傍から見ると、大げさに謙遜しているように見えるかもしれないけれど、事情を知っている私には、真実がバレるから焦っているようにしか見えない。
前から思っていたけれど、ハンジさんは嘘を吐くのがとてつもなく下手だ。
調査兵団に入団することになったことは、やっぱり私にとっては良かったことだとは今もあまり思えない。
でも、家族がこうして不自由なく暮らしていることも、ハンジさんが私を見つけてくれたおかげだ。
上官が優しいハンジさんだったことは、私にとっては不幸中の幸いだったに違いない。
「それにしても、なまえが突然、結婚して調査兵団の兵舎に嫁入りするなんて聞いて
本当に驚きました。でも、引っ越しのときもみなさんとても良い方ばかりで
安心したんですよ。」
嬉しそうに話す母の姿に、ズキリと胸が痛んだ。
家族のために調査兵団に入団することを決めた。そうカッコいいことを思っていたけれど、結局は騙しているのだと、改めて理解した。
もしも、私に何かがあったとき、母はどう思うのだろう。父はどんな顔をするのだろう。
母が淹れてくれた紅茶に伸ばしかけていた手が、止まった。
私は、母の紅茶を飲む権利がなくなったのだ。
母の優しさを貰える権利をなくした。
膝の上で握った拳に気づいたのか、ハンジさんの大きな手が優しく包んでくれた。
驚いて顔を上げた私と目があったハンジさんは、私にウィンクをくれる。
やっぱり、上官がハンジさんで、私は本当に運が良かっった。
「お母さんたちの大切な娘さんは、私達がしっかり守りますので、安心してください。」
「はい、それはもちろん。
何といっても、娘には人類最強の兵士さんがついていますからね。」
「そうですよっ!だから、大丈夫ですっ。」
「本当に驚きましたよ。娘がリヴァイ兵長と結婚したなんて、今でも信じられません。」
「え?」
わけのわからないことを言った母が困った顔をして、なんだか可笑しそうに笑う。
そして、ハンジさんも、私も信じられません、とかなんとか言いながら大笑いした。
一瞬、パニックになったけれど、すぐに思い出した。
『家族が移住するときには、私は調査兵団の誰か偉い人と結婚することになって
トロスト区の兵舎に嫁いだと言ってください。』
調査兵団に入団することが決まって、私はハンジさんにそうお願いした。
調査兵団の誰か偉い人、もしかして、それがリヴァイ兵長だったのだろうか。
慌ててリヴァイ兵長を見て、ここは地獄かと血の気が引いた。
独特なティーカップの持ち方で紅茶を飲む格好のまま、リヴァイ兵長はこの世のものとは思えないほど恐ろしい顔でハンジさんを睨みつけている。
ハンジさんの額に冷や汗が流れているのは、苦手な嘘に付き合っているからではなくて、人類最強の兵士が放つ殺気のせいだったようだ。
「お母さん、あのね、本当は―。」
「でも、本当によかったわ。娘が、本当に好きな人と結婚してくれたみたいで。」
恋人のいるリヴァイ兵長に迷惑な役を押し付けるわけにはいかない。
事実を話すしかないと腹を括った私に、母は本当に幸せそうな笑みを返す。
言えない。
あなたの娘は、あと1か月もしないうちに巨人がウロウロいる壁外に出て、生きるか死ぬかの戦いをしてきますなんて、言えない。
言えるわけがない。
母の笑顔からも、何も知らないリヴァイ兵長の事情からも目を反らした私は、本当に最低だ。
今朝よりまた、私は自分のことが嫌いになる。
「リヴァイ兵長もこんな娘で本当に良かったんですか?
あなたならもっと素敵な人がいたでしょうに。」
母が申し訳なさそうに訊ねる。
私は母以上に、申し訳ない気持ちになっている自信がある。
リヴァイ兵長は、こんな娘のことを嫁に欲しいなんて望んだことなんて一度もないし、もっと素敵な人が現在進行形でいる、のだ。
「お母さんっ!お願いだから、本当にもうやめてっ。」
「だって、本当のことでしょう?
私は母親だからあなたが可愛いけれど、お嫁さんにふさわしいかって言われたら…。
自信がないわ。」
「そんなに堂々と自信がない宣言しないでよ。
あなたの娘でしょうに。」
「娘だから、でしょう。
あなたが人類最強の兵士を支えられるだけのお嫁さんになれる自信あるの?」
「…ありません。」
母のため息に、殴られた気分だ。
これは何の罰だろう。昨日、仲睦まじい恋人たちの邪魔をした自覚ならある、でもだからってこんなにひどい罰を受けるほどのことだろうか。
そんなことを思うから、私は最低なんだろう。
でもこれでは、公開処刑でもされている気分だ。
「兵士長さん、本当にうちの娘でいいの?
返却したいのなら、今からでも大丈夫ですよ。
私達はいつでも、トロスト区へ戻ることできますから。」
母は、またリヴァイ兵長に返事を求める。
チラリとリヴァイ兵長を見たら、母親の方をまっすぐに見ていた。
その瞳からは、彼が何を考えているのかを読むことは出来ない。
「もういいでしょ。私のおかげで内地に住めてるんだからー。」
「アンタの娘でいい、なんて思ったことも
支えてもらおうと思ったことも、一度もねぇ。」
「え?」
リヴァイ兵長の発言に、その場が凍り付いたのを感じた。
自分から訊ねた母も、驚いて言葉をなくしたようだった。
やっぱり、さっき、ちゃんと本当のことを言うべきだったのだ。
私は今、リヴァイ兵長に言わなくてもいいことを言わせて、母を無駄に傷つけた。
そして、私も―。
「ちょっ、ちょっと、リヴァイっ!君は何を言ってるんだよっ!
いや、お母さん、リヴァイって冗談は言うんだけど、下手でねっ!」
ハンジさんが、冗談で流そうとはしてるみたいだけど、笑い声が虚しく響くだけだ。
母親は完全に引いているし、何かを疑い出したかもしれない。
私が、腹を括るしかない。
「あのね、お母さ―。」
「結婚ってのを他の奴らが何を思ってするのかはしらねぇが、
おれも、アンタの娘も、自分で選んで決めてここにいる。
そもそも、おれは、妥協はしねぇ主義だ。」
「はぁ…。」
母は困惑していたけれど、私はその母よりもパニックになっていた自信がある。
リヴァイ兵長は、何を言っているのだろう。
もしかして、私の嘘に付き合ってくれたのだろうか。
言ってる意味がさっぱり分からないけれど、そんな気がする。
首を傾げる私の隣で、ハンジさんがフフッと笑うと、嬉しそうに口を開いた。
「リヴァイはね、こう言いたかったんですよ。
他の人はどうでも、自分達はお互いが好きになって結婚しただけであって、
娘さんでいい、じゃなくて、娘さんが良かったんですよ、って。」
「あ…!」
とてつもなく楽しそうなハンジさんの言葉に、母は驚いていたけれど、私はそれよりも驚いていた自信があるし、心臓が飛び出そうだ。
そうだよね、とハンジさんに確認されて、リヴァイ兵長は仕方ないという顔で頷いている。
やっぱり、リヴァイ兵長は、勝手な都合の私の嘘に付き合ってくれたのだ。
嘘だと分かっているのに、胸がドキドキしてる。
嘘だと分かっているから、そんな自分の心臓の音も無性に虚しくなる。
「なまえさんには、人類最強の兵士がついているから、
ご安心くださいっ。」
「えぇ、そうみたいですね。」
ハンジさんがリヴァイ兵長の背中をバシッと叩くと、すごく怖い顔で睨んでいたけれど、母はすごく嬉しそうだった。
ルーカスにプロポーズをされて、家族みんなで内地に引っ越せると言ったときは、喜んでいいのかわからないって顔をしていたのに。
私達の嘘を聞いた母は、なんだかとても幸せそうで、私は―。
「でも、この子は子供の頃から器用で何でも出来たんですよ。
運動も勉強も得意で、学校でもお友達がたくさんいてね。」
「ちょっとっ、やめてよっ!そんな親バカみたいなことっ!」
「だって、私が言っておかなくちゃ。
アンタは昔から気が強くて、誤解されて困ったら大変でしょう。」
突然、私の自慢話を始めた母を慌てて窘めるけれど、必要なことだとやめてくれない。
親バカ丸出しの自慢話をハンジさんだけならまだしも、リヴァイ兵長にまで聞かれるなんて最悪だ。
恥ずかしいなんてレベルじゃない。
もう泣きたい、逃げ出したい。
「確かに、気は強ぇ。」
リヴァイ兵長が、少し意地悪く口元を歪めた。
あぁ、もう最悪だ。
そんな風に思われていたなんて知らなかった。
少なくとも、調査兵団の2トップであるエルヴィン団長とリヴァイ兵長には、しおらしく接していたつもりだった。
気の強いようなことをした覚えがない。
きっと、それが私の気の強さの悪いところなのだろう。
無意識に何かやらかしているのか―、初めて会ったときの態度が悪すぎた事実を消すことも出来ない。
「なまえ。」
「…ごめんなさい。」
母に睨まれて、私はこれでもかというほどに身体を縮めて謝る。
旦那さんに何をやらかしたのか、ということを言っているのだろうが、実際は、上官に何をやらかしたのだ、ということであって。
とにかく謝罪が必要な事態であることは事実だ。
「でも、料理は得意なんですよ。
子供のころから、私達夫婦の帰りが遅いと兄弟の食事の支度をしててくれて、
とても助かったんです。」
母がいろんな人に話す、私の子供の頃の自慢話だ。
そんなこと、自分もお腹がすいたから、仕方なくしていただけなのに、母は今でもこうして嬉しそうに話す。
そんなことを他人が聞いたって、困るだけなのに。
でも、ハンジさんもリヴァイ兵長も嫌な顔一つしないで、親バカ話に耳を傾けてくれた。
本当に、いい人たちだと思う。
でも、正直な2人のせいで、兵舎では料理を一切していないことが母親にバレて叱られた。
「じゃあ、リヴァイも今度、可愛いお嫁さんに料理を作ってもらわないとねっ!」
今日、幸せそうだったのは母だった。
でも、一番楽しそうだったのは、ハンジさんだと思う。