◇第二十話◇誤解を解く
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夕方、なまえは部屋にはいなかった。
そして、ハンジの思った通り、談話室のベランダで手すりに座り、赤く染まる空を見上げていた。
「どうして助けに行ったんだい?」
ハンジが声をかけると、なまえは一瞬ビクリと肩を揺らした。
「なんだ、ハンジさんですか。
また、私の大切な時間を邪魔されるのかと思いました。」
困ったように笑うなまえの隣に並び、ハンジはもう一度、同じ質問をした。
今日、なまえが助けた女兵士は、重傷ではあるものの命はとりとめた。
いくつか骨折をしているようだが、安静にしていれば問題ないらしい。
彼女の兵士としての命は、なんとか繋がったのだ。
だが、だからよかった、とは決して思わない。
なまえのあの動きは、あまりにも無謀だった。
「助けない選択肢があったんですか?」
至極不思議そうに訊ねるなまえの言葉には、きっと悪い意味はない。
でも、彼女の目が無垢であれば無垢であるほど、ハンジは責められているような気持ちになる。
「今日は運が良かっただけだよ。
あれでは、彼女だけじゃなく、なまえも一緒にいた兵士達も食われるところだった。」
「もしそうでも、私は助けに行きます。」
「あのね、なまえ。いつも言っているけど、
みんなを助けようとしていたら、キリがないんだよ。
分かるだろう?調査兵団には、犠牲はつきものなんだ。」
「だから、諦めるんですか?」
「そうだよ。」
「諦めなかったから、彼女は今生きているのに?」
「それは運が良かったんだって言っただろう。」
「じゃあ、運が悪くなるまで、私は諦めません。」
「お願いだよ。私の言うことを少しは聞いてくれよ。」
「ごめんなさい、それでも、私は、死んでほしくないんです。」
困った顔のハンジに、なまえは申し訳なさそうに言って、目を伏せた。
「それが、自分のことを嫌っている誰かでも?」
ハンジが言うと、なまえは小さく肩を震わせた。
どうして助けに行ったのか―。
初めにそう尋ねたとき、知りたかったのは、兵士としての答えではなかったと思う。
人間としての答えが、聞きたかったのだ。
どうして、自分を嫌っている相手を命を賭して助けに行けたのか、と―。
「私は別に嫌いでも好きでもないですから。」
「じゃあ、なまえは、好きでも嫌いでもない人間を命を懸けて助けたのかい?」
「私にはそうでも、彼女は誰かにとって命を捨てても惜しくないほどに大切な人でしょう?」
「え?」
「私、トロスト区奪還作戦の時に思ったんです。
この世界は尊い命で溢れているのに、
どうして誰かの都合でその命が奪われないといけないんだろうって。」
「…そうだね。」
「人類のために、とか。調査兵団のために、とか。そんな大きなことは分かりません。
でも、それは誰かの都合であって、あのときの彼女の大切な人達にとってはどうだっていいことです。
私が彼女のことをどう思ってるのか、なんて尚更です。」
「…そうかもしれないね。」
「だから、私は助けに行ったんです。
誰も死なせない兵士になりたいのは、誰も泣かせない兵士になりたいから。
もう…二度と…、誰も…!あんなツラい顔をしたらいけないから…!」
幾度も流してきた人類の真っ赤な血のように赤い夕陽の空を見上げて、なまえは強く握りしめた拳を震わせていた。
自分が思っていたよりも強く、なまえは兵士になると決意したときに覚悟を決めていたのかもしれない。
信念をもって、兵士として生きているのかもしれない。
ハンジからすれば、それはとても危険な思想で、調査兵団だけに留まらず、人類にも迷惑がかかることがあるかもしれない。
でも、今、彼女に何を言ってもきっと無駄だ。
「今、いいかな。」
なまえに対して言葉を出せずにいる間に、いつのまにか談話室には数名の兵士が入ってきて、談笑を楽しみだしていたようだった。
声をかけてきたのは、重傷を負った兵士以外の彼女達だった。
隣にいるなまえの身体に緊張感が走ったのが、伸びた背筋で分かった。
「私は席を離した方がいいかな。」
「いえ、いてください。ハンジ分隊長にも謝りたいことがあります。」
「そうか。」
神妙な顔でベランダに足を踏み入れた彼女達は、横並びに立つと一斉に頭を下げた。
そして、謝罪と感謝の言葉を口にした。
プライドと恥じよりも、今回助かった友人と自分の命が彼女達の何かを変えたのかもしれない。
彼女達の班長からは、どうして帰還直前にあのような危機的状況に陥ったのかは聞いている。
なまえの討伐数や討伐補佐数に到底届かないことが悔しかった彼女達が、班長達の制止を振り切って、遠くにいた巨人の元へわざわざアンカーを飛ばしたのが原因だ。
自業自得、と言ってしまえばそれまでの状況だったのだ。
それも含め、彼女達は、背中を小さく震わせながら、ずっと下に見ていたなまえに頭を下げ続けた。
彼女達が去ってしまってから、ハンジは帰還してから聞こうと思っていたとても大事なことを訊ねた。
「いつからリヴァイとはその…恋人になったんだい?」
「え、ハンジさんも知ってたんですか?」
「昨日、見てしまったと言っただろう?」
「そうでした?それは、私とリヴァイ兵長を見たんでしょう?」
「だから、君とリヴァイは恋人同士なんだろう?」
「…へ?え?エーーーーー!?!?!?」
その後、腰を抜かすほど驚いたなまえに、毎晩のように付き合わされているのは、逢瀬でもなんでもなく、リヴァイがサボって溜めまくった書類仕事だと必死に説明された。
旧調査兵団本部に行く前にどうしても終わらせておかないといけない書類が多すぎた昨晩は、仕事の合間に談話室に来て紅茶を飲んで休憩をしていただけだったらしい。
その後、明け方近くにやっと書類仕事が終わって、今日は寝不足状態で壁外任務に出て申し訳なかったとなまえに謝られた。
だが、謝るべきはリヴァイだ。
今度会ったら、土下座でもさせようか。
いや、少しでいいから謝ってくれたらいい。とりあえず、文句は言っておこう。
他の兵士達から悪口を言われていることをリヴァイにだけは話していたのも、自分は今は悩みで忙しくて書類仕事をしている暇がないのだと突き放したときに、たまたまリヴァイが知ることになっただけらしい。
そして、どうしても書類仕事をなまえにやらせたいリヴァイが、仕事を手伝ってもらう代わりに相談に乗ってやるということになったらしいが、あまりにも適当なアドバイスしかくれず、むしろ他の兵士達との関係は悪化するばかりでどうしようもないときに、今回の壁外任務で少しだけでも彼女達との壁が壊れるきっかけになったかもしれないのなら、命を懸けてよかった、と感謝の言葉までもらった。
「なぁ~んだ。そういうことか~。」
ホッとして言えば、なまえは気味の悪い勘違いはやめてくださいと心底嫌そうに言った。
それがおかしくて、ごめんごめん、と笑いが止まらない。
「今朝、ハンジさんとの会話がかみ合わなかったのは、そのせいだったんですね。」
「あ~、ごめんねぇ。すっかり勘違いしてたよ。」
「そうですよねぇ。そりゃあ、人類最強の兵士に自分でさせるのは可哀想ですよねぇ。」
「え…?」
なまえを見たら、とてつもなくニヤニヤしていた。
そういえば、そんな話もチラッとした。
いや、忘れていたわけではない。
むしろ、忘れていてほしいと思っていたくらいだ。
「でも、ハンジさんは、他の人に無理やりやらせないで
きっと、ちゃ~んと自分でするんですよね?」
「し、しないよ!!自分ではしないっ!!」
「書類仕事のことですけど?自分ではしないんですか?」
「え?あ、あーーーーー!!!もう、エッチ!!」
なまえが腹を抱えて笑うから、ハンジも腹を抱えて笑った。
こんなに笑うのは、いつぶりだろう―。
そういえば、リヴァイと恋人になったのはいつかと訊ねたとき、なまえは、知っていたのかと驚いていた。
なまえが恋人ではないのなら、一体誰のことを言っていたのだろう。
少しだけ気になったけれど、なまえが楽しそうに笑うから、すぐに忘れた。
彼女を調査兵団に引き込んだことを、少しだけ後悔していた。
でも、よかった。
彼女が調査兵団に来てくれて、本当に良かった。
今、心から思うよ―。
そして、ハンジの思った通り、談話室のベランダで手すりに座り、赤く染まる空を見上げていた。
「どうして助けに行ったんだい?」
ハンジが声をかけると、なまえは一瞬ビクリと肩を揺らした。
「なんだ、ハンジさんですか。
また、私の大切な時間を邪魔されるのかと思いました。」
困ったように笑うなまえの隣に並び、ハンジはもう一度、同じ質問をした。
今日、なまえが助けた女兵士は、重傷ではあるものの命はとりとめた。
いくつか骨折をしているようだが、安静にしていれば問題ないらしい。
彼女の兵士としての命は、なんとか繋がったのだ。
だが、だからよかった、とは決して思わない。
なまえのあの動きは、あまりにも無謀だった。
「助けない選択肢があったんですか?」
至極不思議そうに訊ねるなまえの言葉には、きっと悪い意味はない。
でも、彼女の目が無垢であれば無垢であるほど、ハンジは責められているような気持ちになる。
「今日は運が良かっただけだよ。
あれでは、彼女だけじゃなく、なまえも一緒にいた兵士達も食われるところだった。」
「もしそうでも、私は助けに行きます。」
「あのね、なまえ。いつも言っているけど、
みんなを助けようとしていたら、キリがないんだよ。
分かるだろう?調査兵団には、犠牲はつきものなんだ。」
「だから、諦めるんですか?」
「そうだよ。」
「諦めなかったから、彼女は今生きているのに?」
「それは運が良かったんだって言っただろう。」
「じゃあ、運が悪くなるまで、私は諦めません。」
「お願いだよ。私の言うことを少しは聞いてくれよ。」
「ごめんなさい、それでも、私は、死んでほしくないんです。」
困った顔のハンジに、なまえは申し訳なさそうに言って、目を伏せた。
「それが、自分のことを嫌っている誰かでも?」
ハンジが言うと、なまえは小さく肩を震わせた。
どうして助けに行ったのか―。
初めにそう尋ねたとき、知りたかったのは、兵士としての答えではなかったと思う。
人間としての答えが、聞きたかったのだ。
どうして、自分を嫌っている相手を命を賭して助けに行けたのか、と―。
「私は別に嫌いでも好きでもないですから。」
「じゃあ、なまえは、好きでも嫌いでもない人間を命を懸けて助けたのかい?」
「私にはそうでも、彼女は誰かにとって命を捨てても惜しくないほどに大切な人でしょう?」
「え?」
「私、トロスト区奪還作戦の時に思ったんです。
この世界は尊い命で溢れているのに、
どうして誰かの都合でその命が奪われないといけないんだろうって。」
「…そうだね。」
「人類のために、とか。調査兵団のために、とか。そんな大きなことは分かりません。
でも、それは誰かの都合であって、あのときの彼女の大切な人達にとってはどうだっていいことです。
私が彼女のことをどう思ってるのか、なんて尚更です。」
「…そうかもしれないね。」
「だから、私は助けに行ったんです。
誰も死なせない兵士になりたいのは、誰も泣かせない兵士になりたいから。
もう…二度と…、誰も…!あんなツラい顔をしたらいけないから…!」
幾度も流してきた人類の真っ赤な血のように赤い夕陽の空を見上げて、なまえは強く握りしめた拳を震わせていた。
自分が思っていたよりも強く、なまえは兵士になると決意したときに覚悟を決めていたのかもしれない。
信念をもって、兵士として生きているのかもしれない。
ハンジからすれば、それはとても危険な思想で、調査兵団だけに留まらず、人類にも迷惑がかかることがあるかもしれない。
でも、今、彼女に何を言ってもきっと無駄だ。
「今、いいかな。」
なまえに対して言葉を出せずにいる間に、いつのまにか談話室には数名の兵士が入ってきて、談笑を楽しみだしていたようだった。
声をかけてきたのは、重傷を負った兵士以外の彼女達だった。
隣にいるなまえの身体に緊張感が走ったのが、伸びた背筋で分かった。
「私は席を離した方がいいかな。」
「いえ、いてください。ハンジ分隊長にも謝りたいことがあります。」
「そうか。」
神妙な顔でベランダに足を踏み入れた彼女達は、横並びに立つと一斉に頭を下げた。
そして、謝罪と感謝の言葉を口にした。
プライドと恥じよりも、今回助かった友人と自分の命が彼女達の何かを変えたのかもしれない。
彼女達の班長からは、どうして帰還直前にあのような危機的状況に陥ったのかは聞いている。
なまえの討伐数や討伐補佐数に到底届かないことが悔しかった彼女達が、班長達の制止を振り切って、遠くにいた巨人の元へわざわざアンカーを飛ばしたのが原因だ。
自業自得、と言ってしまえばそれまでの状況だったのだ。
それも含め、彼女達は、背中を小さく震わせながら、ずっと下に見ていたなまえに頭を下げ続けた。
彼女達が去ってしまってから、ハンジは帰還してから聞こうと思っていたとても大事なことを訊ねた。
「いつからリヴァイとはその…恋人になったんだい?」
「え、ハンジさんも知ってたんですか?」
「昨日、見てしまったと言っただろう?」
「そうでした?それは、私とリヴァイ兵長を見たんでしょう?」
「だから、君とリヴァイは恋人同士なんだろう?」
「…へ?え?エーーーーー!?!?!?」
その後、腰を抜かすほど驚いたなまえに、毎晩のように付き合わされているのは、逢瀬でもなんでもなく、リヴァイがサボって溜めまくった書類仕事だと必死に説明された。
旧調査兵団本部に行く前にどうしても終わらせておかないといけない書類が多すぎた昨晩は、仕事の合間に談話室に来て紅茶を飲んで休憩をしていただけだったらしい。
その後、明け方近くにやっと書類仕事が終わって、今日は寝不足状態で壁外任務に出て申し訳なかったとなまえに謝られた。
だが、謝るべきはリヴァイだ。
今度会ったら、土下座でもさせようか。
いや、少しでいいから謝ってくれたらいい。とりあえず、文句は言っておこう。
他の兵士達から悪口を言われていることをリヴァイにだけは話していたのも、自分は今は悩みで忙しくて書類仕事をしている暇がないのだと突き放したときに、たまたまリヴァイが知ることになっただけらしい。
そして、どうしても書類仕事をなまえにやらせたいリヴァイが、仕事を手伝ってもらう代わりに相談に乗ってやるということになったらしいが、あまりにも適当なアドバイスしかくれず、むしろ他の兵士達との関係は悪化するばかりでどうしようもないときに、今回の壁外任務で少しだけでも彼女達との壁が壊れるきっかけになったかもしれないのなら、命を懸けてよかった、と感謝の言葉までもらった。
「なぁ~んだ。そういうことか~。」
ホッとして言えば、なまえは気味の悪い勘違いはやめてくださいと心底嫌そうに言った。
それがおかしくて、ごめんごめん、と笑いが止まらない。
「今朝、ハンジさんとの会話がかみ合わなかったのは、そのせいだったんですね。」
「あ~、ごめんねぇ。すっかり勘違いしてたよ。」
「そうですよねぇ。そりゃあ、人類最強の兵士に自分でさせるのは可哀想ですよねぇ。」
「え…?」
なまえを見たら、とてつもなくニヤニヤしていた。
そういえば、そんな話もチラッとした。
いや、忘れていたわけではない。
むしろ、忘れていてほしいと思っていたくらいだ。
「でも、ハンジさんは、他の人に無理やりやらせないで
きっと、ちゃ~んと自分でするんですよね?」
「し、しないよ!!自分ではしないっ!!」
「書類仕事のことですけど?自分ではしないんですか?」
「え?あ、あーーーーー!!!もう、エッチ!!」
なまえが腹を抱えて笑うから、ハンジも腹を抱えて笑った。
こんなに笑うのは、いつぶりだろう―。
そういえば、リヴァイと恋人になったのはいつかと訊ねたとき、なまえは、知っていたのかと驚いていた。
なまえが恋人ではないのなら、一体誰のことを言っていたのだろう。
少しだけ気になったけれど、なまえが楽しそうに笑うから、すぐに忘れた。
彼女を調査兵団に引き込んだことを、少しだけ後悔していた。
でも、よかった。
彼女が調査兵団に来てくれて、本当に良かった。
今、心から思うよ―。