その日の夜、ハンジはなまえの部屋へ向かっていた。
廊下をすれ違う兵士達は、分隊長の姿を見つけると綺麗な敬礼やお辞儀で挨拶をしていく。
この中の一体何人が、なまえに対して悪い感情を抱いているのだろう。
とても良いこ達だから仲良くしてほしいのに―。

『なまえはハンジ分隊長やミケ分隊長達のお気に入りだって言いがかりを受けてたんです。』

確かに、なまえは異例の新兵として調査兵団の中では浮いていたし、あまり良い噂が流れていないことは知っていた。
つい最近まで普通の女性として、お洒落をしたりショッピングを楽しむというような生活していたなまえは、調査兵の女性達とは違う雰囲気を持っているのはハンジ自身も感じていることだ。
それに対して、ハンジが何か思うことはなくとも、そうではない兵士が出るのも仕方ないことだとも思う。
何かフォローした方がいいのかもと考えなかったわけではないが、本人はあまり気にしていないようだったし、わざわざ大事にするようなことでもないのだろう、と楽観視していた。
だが、あの後、ペトラから聞いた話は、想像していた以上だった。
今朝、なまえがハンジの分隊に所属している数名の女兵士から言いがかりをつけられている現場を目撃したそうだ。
それは、ミケ達に声をかけられて少し立ち話をしてからなまえと離れた後だったようだ。
私服で兵舎を歩き回っていたことを咎められたことに加えて、ハンジやミケ達に私服姿を褒められて調子に乗るなというようなことも言われていたらしい。
そもそも、なまえはハンジのお気に入りだから調査兵団に入団し、時々行っている壁外任務でもハンジやリヴァイに守られてばかりで自分では何も出来ない、という噂もあると聞いてひどく驚いた。
まるでそれが真実であるかのように文句を言われていたから、その噂のこともなまえも知っているだろう、とペトラは言っていた。
ペトラ達、リヴァイ班には、リヴァイの判断であらかたの事実を伝えているから、それがただの悪い噂だと知ってくれている。
だから、なぜか何も言い返さないなまえの代わりにペトラが否定をしていてくれたらしい。
だが、彼女達が信じてくれたかは自信がない、とも言われた。
こういうことは、前から何度かあったらしい。
でも、なまえからハンジに相談していると思っていたから、今までずっと黙っていたが、どんどんひどくなっているから思わず部屋を訪ねてしまった、とペトラは申し訳なさそうに言った。
でも、そんなこと―。

(知らなかった…。どうして、教えてくれなかったんだ。)

毎日のように顔を合わせていたのに、なまえはそんな素振りを全く見せなかった。
だから、なんだかんだみんなうまく立ち回ってくれていると思っていたのだ。
それがー。
なまえの部屋にたどり着いたハンジは、一度深呼吸をしてから扉をノックした。