◇第百四十二話◇すくうために必要なのは、許し合うこと
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの後、ユミルはすぐに自室に戻ったけれど、私はずっと談話室に残っていた。
ただ単純に、部屋に戻るのが、怖かったからー。
別れ話をされたらー。
顔も見たくないと言われておきながら、今さら別れ話も何もないのかもしれない。
でも、決定的な言葉を聞くまではまだ恋人でいられるのなら、あともう少しだけー。
そんなことを思いながら窓の外を眺め続けていたけれど、もうそろそろ時計の針が日付をまたごうとしているのに気づいて、部屋に戻ることにした。
さすがにもう疲れた身体を眠らせたかったのと、リヴァイ兵長も寝室に戻っているだろうと思ったからだ。
明日も朝から会議や今回のことの報告もある。どんなにツラくても、仕事は休めない。
たとえば、明日は、別れ話をされるのだとしてもー。
ため息を吐いてから、私は部屋の扉を開けた。
そして、もう少し談話室にいればよかったと後悔した。
ソファに座って私を待っていたらしいリヴァイ兵長と目が合う。
どうしても今夜、別れ話からは逃げられないようだ。
疲れてるのにー。
心の準備も出来てないのにー。
そんなの私の自分勝手な都合だと分かっている。
リヴァイ兵長がもう無理だと思ったのなら、仕方がないのにー。
私は部屋に足を踏み入れると、後ろ手で扉を閉めた。
「話がある。」
「…はい。」
逃げられないと悟って、私はソファを避けてベッドの縁に腰を降ろした。
目が合った途端に別れ話をされる気がして、目を伏せて精一杯の抵抗をする。
足が震えて、うまく息が出来ない。
いやきっと、もう好きじゃないとか、別れたいと言われたら、膝から崩れ落ちるんだろう。
そんな未来まであと何秒だろうー。
「なまえはいつも聞き分けがいいな。」
「え?」
思わず顔を上げて見れば、リヴァイ兵長は困ったように眉尻を下げていた。
それがひどく悲しそうで、私は胸が苦しくなった。
「そんなことは…、ないと思います。
だから、勝手な行動をとって迷惑や心配をかけてしまいましたから。」
「そういうことじゃねーよ。今だって本当は、俺の話なんか聞きたくねぇんだろ?」
「それは…。」
違うと言えなくて、私は顔を伏せる。
本当は逃げ出したい。
違う、本当は好きだと言いたい。愛してると言いたい。
別れたくないと、追い縋りたいー。
でも、面倒な女だと思われたくなくて、少しでも良い印象を残したくて、その結果、黙り込むしか出来ないなんてー。
視界の端で、リヴァイ兵長が立ちあがったのが見えた。
見慣れたブーツが、一歩、一歩、近づいてくる。
まるで、別れへのカウントダウンみたいー。
膝の上で握った拳を、私の前に膝をついて跪いたリヴァイ兵長の両手が包んだ。
ビクッとして震えた私の手を、少しキツく握って、リヴァイ兵長が口を開く。
「今から、喧嘩をしよう。」
「…え?」
顔を上げると、私の前で跪き見上げるリヴァイ兵長と目が合った。
何を言っているか分からない表情の私をじっと見つめて、リヴァイ兵長は続ける。
「俺達はこの関係を守ろうとするあまり溜めこみ過ぎた。それが今のこのザマだ。
もううまくいってるフリは必要ねぇ。聞き分けのいいフリも見飽きたし、したくもねぇ。
もし、お互いに、お互いを失いたくなくてそんなことしてんなら、今すぐやめよう。」
別れ話をされるとばかり思っていた私は、何と答えればいいか分からなかった。
でも、私の返事を待っている様子のリヴァイ兵長に、少し時間を置いてから訊ねる。
「…別れ話をするんじゃないんですか?」
「そっちの方がよかったのか?」
焦って首を横に振る。
「俺もだ。だから、なまえが帰ってくんのを待ってた。
もう一度言う。なまえ、今から喧嘩をしよう。」
私は、頷けなかった。
ただ、いきなり喧嘩をしようと言われて戸惑っている。
だからって、その意図が、分からないわけじゃない。
「俺は言うぞ。」
「…何ですか?」
「なまえは無防備すぎる。他の男にすぐに触れさせるのが気に入らねぇ。
命懸けの勝手な行動も、すぐに俺の目の届かねぇところに行くのも、
挙句の果てには、俺より女型をとりやがった。クソ野郎が。」
リヴァイ兵長の口調は、冷静な指摘から、次第に苛立った棘のあるものに変わっていった。
本当に喧嘩する気なんだ。
そう思ったのと同時に、こんな風に感情をまっすぐにぶつけてくるリヴァイ兵長を見るのは初めてで、呆気にとられていたと思う。
怒られているという自覚は、たぶん、まだなかった。
「何か言い返すことはねぇのか。」
「えっと…、」
何か言えという顔で見られて、困ってしまう。
言い返すと言っても、何を言えばいいか分からない。
だから、とりあえず、誤解しているようなところだけは訂正しようと思った。
「無防備なつもりは、ないです。リヴァイ兵長以外の男の人に触れられるようなこともしてません。
勝手な行動については、私が悪かったです。どんな理由も言い訳にならないと思ってます。
でも、私の一番はいつでもリヴァイ兵長です。」
とりあえず、誤解だけは解こうと思っただけだったが、リヴァイ兵長の片眉を上げてしまった。
私の返答が、気に入らなかったようだった。
「夜勤の見回りのときにダイに抱きしめられてただろ。」
「え…。」
「俺が気づいてねぇとでも思ったのか。」
「それは…、でも、浮気とかじゃなくてー。」
「あぁ、俺のことで泣いてるところを抱きしめられたんだもんな。」
「なんで、知ってー。」
「いいか、あぁいうのは男はチャンスだと思うんだ。そこにつけこまれる。
俺のことで泣くなら、俺の胸で泣け。言いてぇことがあるなら、俺に言え。
そもそも、俺のことでも違っても、他の男の前で涙を見せるな。俺のもんだ。分かったか。」
怒ったように言われて、私は躊躇いがちに頷く。
それから、リヴァイ兵長は、今日の一日をどれだけ心配して、不安で過ごしたのかを教えてくれた。
腹が立ったことも、怪我をした足も自分も嫌いになったこともー。
「俺を死ぬほど心配させて、いつも俺の手の届かねぇ場所に行っちまう。
やっと帰ってきたと思えば、出てくる言い訳は女型のことばっかだ。
今度こそ俺はお前を、嫌いに…、なりそうだったんだぞ…。」
ずっと私の目を見て、喧嘩を吹っかけようとしていたリヴァイ兵長が、最後だけ目を伏せた。
私の手を握りしめる手は力がこもって震えていて、それが喧嘩を吹っかけるための大袈裟でも何でもないとすぐに悟る。
「…っ、ごめんなさいっ。私、いっぱいいっぱいで、アニのこと傷つけちゃったからっ。
それでまた、リヴァイ兵長のことまで傷つけるかもしれないなんて考えなくて…っ。
でも、お願い…っ、嫌いに、ならないで…っ。」
焦って懇願すれば、リヴァイ兵長はゆっくり顔を上げて、困ったようにため息を吐いた。
それにまた焦った私が口を開こうとするより先に、リヴァイ兵長の手が私の腕を自分の方へ引き寄せた。
前のめりになった私の唇に、リヴァイ兵長の唇が重なる。
すごく、懐かしく思えたキスに、胸が苦しくなった。
でも、すごく安心もした。
それで分かった。
帰ってからずっと、私はリヴァイ兵長にキスしてもらいたかった。
もう大丈夫だよー、そう言って、本当は抱きしめてもらいたかった。
きっと、そうしてくれると思っていたんだ。
リヴァイ兵長ならきっと分かってくれる。
私がどんな無茶をしても許してくれる。
根拠もなくそう信じていて、それが、リヴァイ兵長を苦しめているなんて、気づきもしないでー。
短いキスは、私の大きな過ちを教えてから、ゆっくり唇が離れて終わった。
そして、リヴァイ兵長は困ったように眉尻を下げて、私の頭を撫でる。
「嫌いに、なれなかったからこうしてんだろ?
いっそ、嫌いになっちまった方が楽なくらい、俺はお前に惚れてるんだ。
だからもう、心配させないでくれ。心臓がいくらあっても足りねぇじゃねーか。」
「ごめ…っ、ごめんなさい…っ。私、リヴァイ兵長の優しさにっ、甘え過ぎてました…っ。」
何度も何度も謝る私を、リヴァイ兵長は隣に座ってから抱きしめた。
分かっているから、もう大丈夫だよって。
お互いに、自分ばかりがツラいと思っていた。
だから、優しく出来なかった。
私ばかりが悪いんじゃないって、ひどい言葉を投げつけてごめんねって。
私が談話室で、ひとりで拗ねてるとき、愛おしい人を傷つけてしまった事実を嘆くことしか出来ないでいたとき、リヴァイ兵長はひとりで、2人の関係をどうすれば守れるか考えてくれていた。
お互いに何が悪かったのか、自分が犯した間違い。
私が受け入れるのが怖くて目を反らし続けようとしたことと、ちゃんと向き合ってー。
だから私はやっぱり、何度も何度も謝った。
その度に、リヴァイ兵長は強く私を抱きしめたー。
ただ単純に、部屋に戻るのが、怖かったからー。
別れ話をされたらー。
顔も見たくないと言われておきながら、今さら別れ話も何もないのかもしれない。
でも、決定的な言葉を聞くまではまだ恋人でいられるのなら、あともう少しだけー。
そんなことを思いながら窓の外を眺め続けていたけれど、もうそろそろ時計の針が日付をまたごうとしているのに気づいて、部屋に戻ることにした。
さすがにもう疲れた身体を眠らせたかったのと、リヴァイ兵長も寝室に戻っているだろうと思ったからだ。
明日も朝から会議や今回のことの報告もある。どんなにツラくても、仕事は休めない。
たとえば、明日は、別れ話をされるのだとしてもー。
ため息を吐いてから、私は部屋の扉を開けた。
そして、もう少し談話室にいればよかったと後悔した。
ソファに座って私を待っていたらしいリヴァイ兵長と目が合う。
どうしても今夜、別れ話からは逃げられないようだ。
疲れてるのにー。
心の準備も出来てないのにー。
そんなの私の自分勝手な都合だと分かっている。
リヴァイ兵長がもう無理だと思ったのなら、仕方がないのにー。
私は部屋に足を踏み入れると、後ろ手で扉を閉めた。
「話がある。」
「…はい。」
逃げられないと悟って、私はソファを避けてベッドの縁に腰を降ろした。
目が合った途端に別れ話をされる気がして、目を伏せて精一杯の抵抗をする。
足が震えて、うまく息が出来ない。
いやきっと、もう好きじゃないとか、別れたいと言われたら、膝から崩れ落ちるんだろう。
そんな未来まであと何秒だろうー。
「なまえはいつも聞き分けがいいな。」
「え?」
思わず顔を上げて見れば、リヴァイ兵長は困ったように眉尻を下げていた。
それがひどく悲しそうで、私は胸が苦しくなった。
「そんなことは…、ないと思います。
だから、勝手な行動をとって迷惑や心配をかけてしまいましたから。」
「そういうことじゃねーよ。今だって本当は、俺の話なんか聞きたくねぇんだろ?」
「それは…。」
違うと言えなくて、私は顔を伏せる。
本当は逃げ出したい。
違う、本当は好きだと言いたい。愛してると言いたい。
別れたくないと、追い縋りたいー。
でも、面倒な女だと思われたくなくて、少しでも良い印象を残したくて、その結果、黙り込むしか出来ないなんてー。
視界の端で、リヴァイ兵長が立ちあがったのが見えた。
見慣れたブーツが、一歩、一歩、近づいてくる。
まるで、別れへのカウントダウンみたいー。
膝の上で握った拳を、私の前に膝をついて跪いたリヴァイ兵長の両手が包んだ。
ビクッとして震えた私の手を、少しキツく握って、リヴァイ兵長が口を開く。
「今から、喧嘩をしよう。」
「…え?」
顔を上げると、私の前で跪き見上げるリヴァイ兵長と目が合った。
何を言っているか分からない表情の私をじっと見つめて、リヴァイ兵長は続ける。
「俺達はこの関係を守ろうとするあまり溜めこみ過ぎた。それが今のこのザマだ。
もううまくいってるフリは必要ねぇ。聞き分けのいいフリも見飽きたし、したくもねぇ。
もし、お互いに、お互いを失いたくなくてそんなことしてんなら、今すぐやめよう。」
別れ話をされるとばかり思っていた私は、何と答えればいいか分からなかった。
でも、私の返事を待っている様子のリヴァイ兵長に、少し時間を置いてから訊ねる。
「…別れ話をするんじゃないんですか?」
「そっちの方がよかったのか?」
焦って首を横に振る。
「俺もだ。だから、なまえが帰ってくんのを待ってた。
もう一度言う。なまえ、今から喧嘩をしよう。」
私は、頷けなかった。
ただ、いきなり喧嘩をしようと言われて戸惑っている。
だからって、その意図が、分からないわけじゃない。
「俺は言うぞ。」
「…何ですか?」
「なまえは無防備すぎる。他の男にすぐに触れさせるのが気に入らねぇ。
命懸けの勝手な行動も、すぐに俺の目の届かねぇところに行くのも、
挙句の果てには、俺より女型をとりやがった。クソ野郎が。」
リヴァイ兵長の口調は、冷静な指摘から、次第に苛立った棘のあるものに変わっていった。
本当に喧嘩する気なんだ。
そう思ったのと同時に、こんな風に感情をまっすぐにぶつけてくるリヴァイ兵長を見るのは初めてで、呆気にとられていたと思う。
怒られているという自覚は、たぶん、まだなかった。
「何か言い返すことはねぇのか。」
「えっと…、」
何か言えという顔で見られて、困ってしまう。
言い返すと言っても、何を言えばいいか分からない。
だから、とりあえず、誤解しているようなところだけは訂正しようと思った。
「無防備なつもりは、ないです。リヴァイ兵長以外の男の人に触れられるようなこともしてません。
勝手な行動については、私が悪かったです。どんな理由も言い訳にならないと思ってます。
でも、私の一番はいつでもリヴァイ兵長です。」
とりあえず、誤解だけは解こうと思っただけだったが、リヴァイ兵長の片眉を上げてしまった。
私の返答が、気に入らなかったようだった。
「夜勤の見回りのときにダイに抱きしめられてただろ。」
「え…。」
「俺が気づいてねぇとでも思ったのか。」
「それは…、でも、浮気とかじゃなくてー。」
「あぁ、俺のことで泣いてるところを抱きしめられたんだもんな。」
「なんで、知ってー。」
「いいか、あぁいうのは男はチャンスだと思うんだ。そこにつけこまれる。
俺のことで泣くなら、俺の胸で泣け。言いてぇことがあるなら、俺に言え。
そもそも、俺のことでも違っても、他の男の前で涙を見せるな。俺のもんだ。分かったか。」
怒ったように言われて、私は躊躇いがちに頷く。
それから、リヴァイ兵長は、今日の一日をどれだけ心配して、不安で過ごしたのかを教えてくれた。
腹が立ったことも、怪我をした足も自分も嫌いになったこともー。
「俺を死ぬほど心配させて、いつも俺の手の届かねぇ場所に行っちまう。
やっと帰ってきたと思えば、出てくる言い訳は女型のことばっかだ。
今度こそ俺はお前を、嫌いに…、なりそうだったんだぞ…。」
ずっと私の目を見て、喧嘩を吹っかけようとしていたリヴァイ兵長が、最後だけ目を伏せた。
私の手を握りしめる手は力がこもって震えていて、それが喧嘩を吹っかけるための大袈裟でも何でもないとすぐに悟る。
「…っ、ごめんなさいっ。私、いっぱいいっぱいで、アニのこと傷つけちゃったからっ。
それでまた、リヴァイ兵長のことまで傷つけるかもしれないなんて考えなくて…っ。
でも、お願い…っ、嫌いに、ならないで…っ。」
焦って懇願すれば、リヴァイ兵長はゆっくり顔を上げて、困ったようにため息を吐いた。
それにまた焦った私が口を開こうとするより先に、リヴァイ兵長の手が私の腕を自分の方へ引き寄せた。
前のめりになった私の唇に、リヴァイ兵長の唇が重なる。
すごく、懐かしく思えたキスに、胸が苦しくなった。
でも、すごく安心もした。
それで分かった。
帰ってからずっと、私はリヴァイ兵長にキスしてもらいたかった。
もう大丈夫だよー、そう言って、本当は抱きしめてもらいたかった。
きっと、そうしてくれると思っていたんだ。
リヴァイ兵長ならきっと分かってくれる。
私がどんな無茶をしても許してくれる。
根拠もなくそう信じていて、それが、リヴァイ兵長を苦しめているなんて、気づきもしないでー。
短いキスは、私の大きな過ちを教えてから、ゆっくり唇が離れて終わった。
そして、リヴァイ兵長は困ったように眉尻を下げて、私の頭を撫でる。
「嫌いに、なれなかったからこうしてんだろ?
いっそ、嫌いになっちまった方が楽なくらい、俺はお前に惚れてるんだ。
だからもう、心配させないでくれ。心臓がいくらあっても足りねぇじゃねーか。」
「ごめ…っ、ごめんなさい…っ。私、リヴァイ兵長の優しさにっ、甘え過ぎてました…っ。」
何度も何度も謝る私を、リヴァイ兵長は隣に座ってから抱きしめた。
分かっているから、もう大丈夫だよって。
お互いに、自分ばかりがツラいと思っていた。
だから、優しく出来なかった。
私ばかりが悪いんじゃないって、ひどい言葉を投げつけてごめんねって。
私が談話室で、ひとりで拗ねてるとき、愛おしい人を傷つけてしまった事実を嘆くことしか出来ないでいたとき、リヴァイ兵長はひとりで、2人の関係をどうすれば守れるか考えてくれていた。
お互いに何が悪かったのか、自分が犯した間違い。
私が受け入れるのが怖くて目を反らし続けようとしたことと、ちゃんと向き合ってー。
だから私はやっぱり、何度も何度も謝った。
その度に、リヴァイ兵長は強く私を抱きしめたー。