◇第百四十二話◇すくうために必要なのは、許し合うこと
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リヴァイ兵長が隣室にいると分かっていて、自室に残ることも出来なくて、私は談話室に来ていた。
窓を開け、窓枠に腰かけると、冷たい夜風が、私の頬を殴った。
『ウォール・ローゼに巨人が出たって報告があった後、リヴァイは自分も行くって大変だったんだ。
でも、エルヴィンに止められて、状況も理解してるから必死に堪えたんだよ。
きっと、生き地獄だったはずだ。すべて君を想ってだってことは、分かってやってくれ。』
談話室に来る途中、ハンジさんに会った。
私の顔を見て、リヴァイ兵長との間に何があったのかを大体は察したようだった。
そして、私の単独行動を知ったとき、ウォール・ローゼが突破された上、鎧の巨人と超大型巨人まで出現したと知ったとき、リヴァイ兵長がどれだけ心配していたのかを教えてくれた。
ミケ分隊長やナナバさん達は、私が来たから助かったとも言ってくれた。
だから、お咎めもなかった。
でも、きっと、そういう問題じゃない。
私とリヴァイ兵長の間にある問題は、巨人とか人類とか、そういうこととは別のところにあるのだから。
私は、リヴァイ兵長に声をかけてから行くべきだったのだろうか。
どうすれば、リヴァイ兵長を傷つけずに済んだのだろう。
いくら考えたって、もう遅い。
これで本当に、リヴァイ兵長は私に愛想が尽きた。
私は自分の手で、世界で一番愛している人を傷つけて、背中を向かせてしまった。
その上、可愛い妹だと思っていたアニは女型の巨人で、仲間だと信じていたライナーとベルトルトは敵だったなんてー。
「あぁ、もう…。本当…、最悪…。」
前髪をクシャリと握りしめ、唇を噛む。
心から大切にして守ってきたつもりだったものが、私の掌の隙間から、まるで砂のように零れ落ちていく。
どうすれば、すくえるのだろう。
この手で、両手を使って、必死にすくいあげれば、もう一度戻ってくるだろうかー。
分かってる。
そんなの無理だ。
愛する人の心すら守れない私の手では、誰も助けられない。
むしろ、手離す方がいつだって多い。
あぁ、もう本当…ー。
「アンタってほんと、バカだね。」
自分の心の声と重なったそれに、顔を上げた。
こちらに歩み寄ろうとしているユミルを見つけて、私は自嘲気味に口元を歪める。
「すごいね、今、私もそう思ってたところなの。
本当、私は馬鹿だよ。もう嫌んなる…。自分が、大っ嫌い…!」
また、私は自分を痛めつけるみたいに前髪をクシャリと握りしめる。
こんなに自分のことを嫌いになったことはない。
呪い殺したいくらいだ。
でもその前に、せめて、リヴァイ兵長に謝りたい。
勝手な行動でどれだけ傷つけるのか、自分のことばかりで何も分かっていなかったことを、ちゃんとー。
許しては、もらえいないのだろうけれどー。
「そのバカに助けられる人間もいるんだ。嫌いになる必要はないと思うけどね。」
隣から思いがけない言葉をもらって、私は思わず顔を上げる。
ユミルは、壁に背中を預けて天井を見上げていた。
「私を地下牢に入れるって決めた団長達になまえが食って掛かったんだってね。
クリスタから聞いた。礼を言えって言われて探してたんだけど、必要ないだろ?」
「私が、勝手にしたことだから。」
「だよな。そう言うと思った。でも、分からねぇんだ。
どうして俺を助けるようなことをした?
アンタの親友を殺した巨人の仲間かもしれないんだぜ?」
ユミルは終始、私の方を見ようとはしなかった。
ただひたすら、天井を見上げていた。
きっと、答えが怖いんだ。
みんなそう、自分が誰かにどう思われているのか分からないから、それを知るのが怖い。
でも、本当は知りたい。
嫌われていないか、信じてもいい人なのかー。
「そうだね。まだ肝心なことは話してくれないし、ユミルは私達に心を見せてはくれない。」
ユミルは、小馬鹿にするような笑みを浮かべただけで、何も答えなかった。
今も、兵舎に帰ってからもー。
クリスタを救うために正体をバラし、ライナーとベルトルトが逃げていくときも調査兵達の味方に付いて戦ってくれた。
でも、帰ってきてからのエルヴィン団長達の尋問に対して、ユミルは多くは語らなかった。
自分が巨人化出来ること、そして、敵は壁の外にいる人間。
彼女が答えたのはそれだけだ。
後は、都合よく記憶喪失で忘れてしまっているそうだ。
ユミルは何か隠しているのかもしれない。
敵なのかもしれない。
でもー。
「でも、私はユミルを許すことに決めたの。」
「許す?」
「大切な情報を黙り続けていたことも、何かを知っていて黙り続けてるのだとしても、
私はユミルを信じるし、許し続けるよ。これからもずっと。」
「やっぱり、アンタはバカだね。」
「仕方ないよ。だって、私は何も知らないから。
ユミルが何を考えているのか、アニやライナー、ベルトルトがどんな想いを抱えていたのか。
何も知らないのに、憎んで、嫌ったりするのは嫌なの。」
思い出すのは、アニの素っ気ない表情と優しい瞳。
そして、忘れられない女型の涙。
あのとき、女型の巨人に向かって、私はひどい言葉を投げつけた。
女型の巨人が私達を人間だと思ってないみたいで許せなかった。
でも、アニが女型の巨人だって分かったとき、気づいてしまった。
知性のある巨人の中にいる人間のことを、私も人間だと思っていなかった。
だから、どんなにヒドイ言葉を投げつけたって許されると信じていた。
彼女は人間だと知っていたのに、心のある人間だと知っていたはずなのにー。
あのとき、心がなかったのは私の方だったのだ。
それを、女型の巨人が犯した罪を考えれば仕方のないことだと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
でも、そうやって、相手を憎んでは、傷つけられて、だからまた憎んでは、また深い傷を負ってー。
そんなことを続けていれば、憎しみの輪が広がっていくだけだ。
そんな世界では、誰も幸せにはなれない。
きっと誰もが、幸せを願っているはずなのに、どんどん不幸になるばかりだ。
私があのとき、それに気づいていたのならー。
もしかしたら、アニは今頃、あんなに冷たい石の中で独りぼっちにならなくてよかったのかもしれない。
そう思うと、悔しくてたまらない。
「この残酷な世界を救うために必要なのは、お互いに許し合うことだと思うの。
憎しみで傷つけあってたら、何も始まらない。それなら許し合って、
お互いにどうすればうまくいくか考えたい。」
「はっ!そんな綺麗ごとでうまくいくような世界じゃねぇよ。」
「今はそうかもしれない!でも、これから変わっていけばいい。
それならまずは、自分が変わらなくちゃ。憎さも、悔しさも、悲しみも、グッと堪えて。
何も知らない私だけど、憎しみが世界を幸せにはしないことだけは、分かってるから。」
だから、ユミルを許したんだよー。
そう続けて、ユミルの方を見れば、彼女は握った拳を震わせて、相変わらず天井を見上げていた。
私は、ユミルが抱えているものを知らない。
彼女がそれをいつか教えてくれるのかも分からない。
たぶん、大切な情報は話してくれていない。
それでも、彼女は私達のそばにいることを選んでくれた。
それなら私達にできることは、彼女を信じ、共によりよい未来を目指して奮起することだと思うのだ。
絶対に、彼女を疑い、地下牢に閉じ込め、関係を悪化されることじゃない。
「そうやって、少しずつこの世界が優しくなったら、
アニがいつか目を覚ました時、きっとまわりには味方がたくさんいてくれると思うんだよね。」
そうなるといいなー、そんなことを思いながら、ホッとしたように笑うアニを想像する。
いつか、そんな風にアニが笑える世界がくればいい。
彼女を傷つけて、そして、独りぼっちになった彼女を救うことは出来なかった。
私に唯一出来るのは、いつか彼女が目を覚ました時、独りぼっちにならなくていい世界を作ることだ。
「それに、そうなるように頑張るのは、人類のためにもなると思うの。
だって、人類の敵のアニにとって優しい世界なら、
きっと世界中の誰にとっても優しい世界に違いないから。」
そう言うと、ユミルは漸く天井を見上げるのをやめた。
ゆっくり私の方を見て、口を開く。
「世界中のみんながアンタみたいに単純だったらきっと、
この世界はこんなに複雑になってなかったかもね。」
いつもみたいにバカにしたように口元を歪めたユミルは、どこか切なげに、瞳を揺らしていた。
窓を開け、窓枠に腰かけると、冷たい夜風が、私の頬を殴った。
『ウォール・ローゼに巨人が出たって報告があった後、リヴァイは自分も行くって大変だったんだ。
でも、エルヴィンに止められて、状況も理解してるから必死に堪えたんだよ。
きっと、生き地獄だったはずだ。すべて君を想ってだってことは、分かってやってくれ。』
談話室に来る途中、ハンジさんに会った。
私の顔を見て、リヴァイ兵長との間に何があったのかを大体は察したようだった。
そして、私の単独行動を知ったとき、ウォール・ローゼが突破された上、鎧の巨人と超大型巨人まで出現したと知ったとき、リヴァイ兵長がどれだけ心配していたのかを教えてくれた。
ミケ分隊長やナナバさん達は、私が来たから助かったとも言ってくれた。
だから、お咎めもなかった。
でも、きっと、そういう問題じゃない。
私とリヴァイ兵長の間にある問題は、巨人とか人類とか、そういうこととは別のところにあるのだから。
私は、リヴァイ兵長に声をかけてから行くべきだったのだろうか。
どうすれば、リヴァイ兵長を傷つけずに済んだのだろう。
いくら考えたって、もう遅い。
これで本当に、リヴァイ兵長は私に愛想が尽きた。
私は自分の手で、世界で一番愛している人を傷つけて、背中を向かせてしまった。
その上、可愛い妹だと思っていたアニは女型の巨人で、仲間だと信じていたライナーとベルトルトは敵だったなんてー。
「あぁ、もう…。本当…、最悪…。」
前髪をクシャリと握りしめ、唇を噛む。
心から大切にして守ってきたつもりだったものが、私の掌の隙間から、まるで砂のように零れ落ちていく。
どうすれば、すくえるのだろう。
この手で、両手を使って、必死にすくいあげれば、もう一度戻ってくるだろうかー。
分かってる。
そんなの無理だ。
愛する人の心すら守れない私の手では、誰も助けられない。
むしろ、手離す方がいつだって多い。
あぁ、もう本当…ー。
「アンタってほんと、バカだね。」
自分の心の声と重なったそれに、顔を上げた。
こちらに歩み寄ろうとしているユミルを見つけて、私は自嘲気味に口元を歪める。
「すごいね、今、私もそう思ってたところなの。
本当、私は馬鹿だよ。もう嫌んなる…。自分が、大っ嫌い…!」
また、私は自分を痛めつけるみたいに前髪をクシャリと握りしめる。
こんなに自分のことを嫌いになったことはない。
呪い殺したいくらいだ。
でもその前に、せめて、リヴァイ兵長に謝りたい。
勝手な行動でどれだけ傷つけるのか、自分のことばかりで何も分かっていなかったことを、ちゃんとー。
許しては、もらえいないのだろうけれどー。
「そのバカに助けられる人間もいるんだ。嫌いになる必要はないと思うけどね。」
隣から思いがけない言葉をもらって、私は思わず顔を上げる。
ユミルは、壁に背中を預けて天井を見上げていた。
「私を地下牢に入れるって決めた団長達になまえが食って掛かったんだってね。
クリスタから聞いた。礼を言えって言われて探してたんだけど、必要ないだろ?」
「私が、勝手にしたことだから。」
「だよな。そう言うと思った。でも、分からねぇんだ。
どうして俺を助けるようなことをした?
アンタの親友を殺した巨人の仲間かもしれないんだぜ?」
ユミルは終始、私の方を見ようとはしなかった。
ただひたすら、天井を見上げていた。
きっと、答えが怖いんだ。
みんなそう、自分が誰かにどう思われているのか分からないから、それを知るのが怖い。
でも、本当は知りたい。
嫌われていないか、信じてもいい人なのかー。
「そうだね。まだ肝心なことは話してくれないし、ユミルは私達に心を見せてはくれない。」
ユミルは、小馬鹿にするような笑みを浮かべただけで、何も答えなかった。
今も、兵舎に帰ってからもー。
クリスタを救うために正体をバラし、ライナーとベルトルトが逃げていくときも調査兵達の味方に付いて戦ってくれた。
でも、帰ってきてからのエルヴィン団長達の尋問に対して、ユミルは多くは語らなかった。
自分が巨人化出来ること、そして、敵は壁の外にいる人間。
彼女が答えたのはそれだけだ。
後は、都合よく記憶喪失で忘れてしまっているそうだ。
ユミルは何か隠しているのかもしれない。
敵なのかもしれない。
でもー。
「でも、私はユミルを許すことに決めたの。」
「許す?」
「大切な情報を黙り続けていたことも、何かを知っていて黙り続けてるのだとしても、
私はユミルを信じるし、許し続けるよ。これからもずっと。」
「やっぱり、アンタはバカだね。」
「仕方ないよ。だって、私は何も知らないから。
ユミルが何を考えているのか、アニやライナー、ベルトルトがどんな想いを抱えていたのか。
何も知らないのに、憎んで、嫌ったりするのは嫌なの。」
思い出すのは、アニの素っ気ない表情と優しい瞳。
そして、忘れられない女型の涙。
あのとき、女型の巨人に向かって、私はひどい言葉を投げつけた。
女型の巨人が私達を人間だと思ってないみたいで許せなかった。
でも、アニが女型の巨人だって分かったとき、気づいてしまった。
知性のある巨人の中にいる人間のことを、私も人間だと思っていなかった。
だから、どんなにヒドイ言葉を投げつけたって許されると信じていた。
彼女は人間だと知っていたのに、心のある人間だと知っていたはずなのにー。
あのとき、心がなかったのは私の方だったのだ。
それを、女型の巨人が犯した罪を考えれば仕方のないことだと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。
でも、そうやって、相手を憎んでは、傷つけられて、だからまた憎んでは、また深い傷を負ってー。
そんなことを続けていれば、憎しみの輪が広がっていくだけだ。
そんな世界では、誰も幸せにはなれない。
きっと誰もが、幸せを願っているはずなのに、どんどん不幸になるばかりだ。
私があのとき、それに気づいていたのならー。
もしかしたら、アニは今頃、あんなに冷たい石の中で独りぼっちにならなくてよかったのかもしれない。
そう思うと、悔しくてたまらない。
「この残酷な世界を救うために必要なのは、お互いに許し合うことだと思うの。
憎しみで傷つけあってたら、何も始まらない。それなら許し合って、
お互いにどうすればうまくいくか考えたい。」
「はっ!そんな綺麗ごとでうまくいくような世界じゃねぇよ。」
「今はそうかもしれない!でも、これから変わっていけばいい。
それならまずは、自分が変わらなくちゃ。憎さも、悔しさも、悲しみも、グッと堪えて。
何も知らない私だけど、憎しみが世界を幸せにはしないことだけは、分かってるから。」
だから、ユミルを許したんだよー。
そう続けて、ユミルの方を見れば、彼女は握った拳を震わせて、相変わらず天井を見上げていた。
私は、ユミルが抱えているものを知らない。
彼女がそれをいつか教えてくれるのかも分からない。
たぶん、大切な情報は話してくれていない。
それでも、彼女は私達のそばにいることを選んでくれた。
それなら私達にできることは、彼女を信じ、共によりよい未来を目指して奮起することだと思うのだ。
絶対に、彼女を疑い、地下牢に閉じ込め、関係を悪化されることじゃない。
「そうやって、少しずつこの世界が優しくなったら、
アニがいつか目を覚ました時、きっとまわりには味方がたくさんいてくれると思うんだよね。」
そうなるといいなー、そんなことを思いながら、ホッとしたように笑うアニを想像する。
いつか、そんな風にアニが笑える世界がくればいい。
彼女を傷つけて、そして、独りぼっちになった彼女を救うことは出来なかった。
私に唯一出来るのは、いつか彼女が目を覚ました時、独りぼっちにならなくていい世界を作ることだ。
「それに、そうなるように頑張るのは、人類のためにもなると思うの。
だって、人類の敵のアニにとって優しい世界なら、
きっと世界中の誰にとっても優しい世界に違いないから。」
そう言うと、ユミルは漸く天井を見上げるのをやめた。
ゆっくり私の方を見て、口を開く。
「世界中のみんながアンタみたいに単純だったらきっと、
この世界はこんなに複雑になってなかったかもね。」
いつもみたいにバカにしたように口元を歪めたユミルは、どこか切なげに、瞳を揺らしていた。