私が飛ばした立体起動装置のワイヤーが女型の巨人の頭に刺さると、巨人の手ごとうなじを削ごうとしていたリヴァイ兵長とミケ分隊長の動きが止まった。
その横を私は猛スピードで飛び上がる。
落ちた先は、女型の巨人の右目の前だった。
超硬質スチールを右目に刺し、女型の巨人を睨みつける。

「なまえ！！何やってんだ、すぐそこをどけ！！」

リヴァイ兵長が怒鳴った。
でも、絶望に頭を支配された私には聞こえない。
聞こえないのだ。
フロリアンの幸せそうな声とか、笑い声とか、悪戯にからかう声とか、そればっかりが響いているからー。

「ねぇ…、教えてよ…。どういう理由で、人間を殺すの…？
　そこに、正義はあるの…？あなたに、心はあるの…？
　その巨人の目を通したら、私達人間は、どんな風に見えるの…？」

右目に刺さる超硬質スチールを、もっと深く食い込ませてグリグリと手首を捻る。
人が死んだのを見ても、何とも思えない目なんて要らない。
そんな目ならなくなればいい。潰してしまえばいい。
そうすれば、もう誰も殺せないでしょうー。

「何をやっている！なまえを引き剥がせ！！」

エルヴィン団長が、調査兵達に叫んだ。
呆気にとられていた彼らが動き出したのを視界にとらえても、私は憎い敵の前から動かなかった。

「ねぇ…、教えてよ…っ！どんな大義名分があったら、人を殺せるの…！？
　ねぇッ！！なんとか言いなさいよ！！いつまで隠れてるつもり！？！？
　私達は命を懸けて戦ってるのに！！そうやって死んだのに！！！」
「なまえっ！危ないから離れよう！！」

モブリットさんの腕が私の腰に強引に回り込み、女型の巨人から引き剥がす。
その腕を無理に引き剥がそうとしながら、私は叫び続けた。
ただひたすら許せなくて、意味が、分からなくてー。

「私の、友人が死んだ…！仲間が、たくさん死んだ…！
　あなたが殺したッ！！あなたに心があろうが、なかろうが！！
　どんな正義掲げてようが！！私はあなたを許さない！！絶対に！！」
「なまえっ！危ないから、暴れるな！！」
「あなたは、この世に生まれてきちゃいけなかった…！！
　あなたさえいなければ、私の友人達はっ、仲間はっ、死んでなかったんでしょう！？
　ねぇ、私の友人を！！仲間を！！大切な人達を返してよっ！返して…っ、返して、よぉ…っ。」

憎しみと悔しさばかりを乗せて放たれた怒りは、大切な人達への想いが溢れて、次第に涙に震えて小さくなっていった。
モブリットさんに抱き抱えられながら、我慢できない怒りを叫ぶことしか出来ない無力な自分が悔しくて、目を伏せて唇を噛んだ。
私が何が起きているか分からないまま安全な木の枝の上でそのときを待っていたとき、フロリアンは戦っていた。
きっと彼女も、意味が分からないまま、知性のある巨人に恐怖しながら、それでも仲間を守るために戦ってー。
モブリットさんに抱えられた私は、ハンジさんのいる木の枝の上に降ろされた。
座り込んで顔を伏せれば、木の枝に涙の染みが出来た。

「あれは…、なんだ…？」

ハンジさんの驚いたような声を聞いて、私も無意識に顔を上げる。
隣を見れば、ハンジさんが目を見開いて、狼狽えていた。
モブリットさんも、他の調査兵達もみんな、動揺しているようだった。
リヴァイ兵長がじっと見ている視線の先を追いかけて、私も言葉を失う。

「え…。」

ワイヤーに全身を拘束されて尚、自分のうなじを守り続ける女型の巨人の瞳から、涙が流れていたー。
彼女は、泣いていたー。
奇しくも、それが、巨人化した彼女に心があることを、私達に教えていた。