◇第百十四話◇水を得たいのに海を知らない魚
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巨人についての情報がまとめられた本の山を抱えた私は、図書室に向かっていた。
優秀な新兵に私が教えられることがないとリヴァイ兵長に愚痴ってしまったからか、あの日から訓練指導を外されてしまった。
今は、ナナバさんが担当していると聞いている。
そして、役立たずの烙印を押されてしまった私は、全体での陣形訓練や自主練と並行して、ハンジさんの巨人生体調査の手伝いをさせられている。
簡単に言えば、壁外調査前に細々とした書類仕事に追われるハンジさんの雑用係だ。
重たい本を抱えてフラフラしながら図書室に入ると、本を読んでいるアルミンを見つけた。
訓練指導を外れてから数日、久しぶりに顔を見た気がする。
午前中のこの時間なら、新兵は訓練のはずなのにー。
私服だから、非番なのだろうか。
「おはよう、アルミン。何してるの?今日はお休み?」
アルミンのいるテーブルに、抱えてきた本を置きながら声をかけた。
夢中で本を読んでいたアルミンは、そこでようやく顔を上げ、私が図書室に来たことに気づいたようだった。
「なまえさん、おはようございます。」
今日は非番なので、本を読もうと思ってさっき来たところなんです。」
「非番の日に図書室に来るのなんて、きっとアルミンくらいだよ。」
苦笑しつつも、アルミンらしいと思いながら、私も持ってきた本を手に取った。
「なまえさんは、その大量の本は何ですか?」
背表紙の番号で、元に戻す場所を確認しているとアルミンに訊ねられた。
「ハンジさんが部屋に持ち込んだ本を返しに来たの。
今日の私の任務は、ハンジさんのお手伝い。」
「毎日、大変そうですね。」
アルミンにまで苦笑されてしまって、私も苦笑いを返すしかなくなる。
元の場所に本を返したら、またハンジさんが大量に部屋に持ち込んでいる似たような本を図書室に運んでー。
どんな体力作りの訓練よりも、体力がつきそうだ。
アルミンと雑談を交わしながら、本棚に本を戻し始める。
「今日、リヴァイ兵長は最後の診察らしいですね。
図書室に来る前に、エレンに会って聞きました。」
「本当はこの前の診察で最後のはずだったんだけどね。」
本棚に本を戻しながら、前回の診察の後のリヴァイ兵長を思い出す。
身体もだいぶ元通りに動くようになり、本人としては完治のつもりだったらしい。
ただ、血液検査の結果、炎症を示す値が出て、念のためにもう少し様子を見ることになってしまったのだ。
壁外調査前の人類最強の兵士の身体のことということもあり、普段以上に慎重になっているというのもあるかもしれない。
ただ、本人としては不本意な結果だったらしく、怖い顔で医療兵達を睨みつけていたけれどー。
「そうだったんですか。でも、僕ももう少し早く治るのかなって思ってました。
意識不明で運ばれてきたのに、すぐに動けるようになってたので。」
「医療兵の先輩達も人並外れた回復力だって言ってたんだけどね。
リヴァイ兵長が全然安静にしてなかったからかなぁ。
まぁ、壁外まで私を探しに来させたりしちゃったし、私にも責任はあるけどね。」
あの日のことを思い出すと、リヴァイ兵長には申し訳ない気持ちになる。
心配をかけてしまったことも、完治していないからこそ壁外に出るのをエルヴィン団長に禁止されていたのに、探しに来てもらったことも、私がそれを望んでしまったこともー。
そして、一度は、約束を忘れて生きることを諦めてしまったこともー。
「あれはなまえさんは悪くないですよ。
生きてここにいるんですから、強いなぁと思います。」
「ありがとう。
ところで、何を読んでるの?」
話しながら持ってきた本の山をすべて本棚に返し終えた私は、アルミンのお隣に腰を降ろした。
朝からずっと休みなしで働いているので、少し休憩だ。
ハンジさんには、本棚を探すのに手間取ったと言えばいい。
「昔、祖父が読んでいた本を見つけたんです。
それで、思わず夢中になってしまって…。」
半分ほど読み終えている本を見下ろすアルミンの横顔に影を見た。
この世界に住むほとんどすべての人間が持っている悲しい過去が、彼にもあるのかもしれない。
「どんな本なの?」
「壁の外の世界についてです。
きっと、ここが調査兵団の図書室だからこんなものがあるんでしょうね。
まぁそれでも…、隠すように置いてあったのを見つけたんですけどね。」
アルミンは少し躊躇いがちに言って、私にその本を渡してくれた。
開いているページを軽く読んでみて、あぁ確かにと納得する。
この壁に囲まれた世界は、なぜか壁の外について知りたがるのを良しとしない風習がある。
調査兵団に対する世間の目が冷たいのは、そういう理由もあるのだろう。
確かに、外の世界には危険がいっぱいだ。何と言っても、巨人がいる。
でも、澄んだ空気と広い大地。そして、自由ー。
素敵なものもたくさんあると思うのに。
「これ…。」
パラパラとページをめくっていた私は、薄い青色の挿絵を見つけた。
それは一見すると湖のようだったけれど、私にはその絵の風景に見覚えがあった。
何度か夢に見たことがある、地平線にずっと続く大きな湖。
この挿絵は、あの夢の風景に違いないと直感した。
「それは海ですよ。」
アルミンが本を覗き込み、教えてくれる。
「海?」
「はい、商人が一生かけても取り尽くせないほどの巨大な塩の湖なんです。」
「塩の湖…。」
「はい!他にも、炎の水や氷の大地、砂の雪原とかー。」
まるで水を得た魚のように、アルミンは瞳をキラキラと輝かせて壁の外の世界というのを話してくれた。
その話を聞きながら、私は何度か見たことのある夢のことをずっと考えていた。
あれは、夢だ。
でも、どこかすごくリアルで、私はあの『海』というものを、夢に見るずっと前から知っていたような気がする。
(じゃあ、あの人は誰?)
それは、きっとただの夢なのに。
夢の中でいつも私の隣にいた誰かのことを思い出したくなった。
会ったこともない人のはずなのに、ただの夢なのに。
触れた手の感触とか、抱きしめてくれる腕の温もりとか、どれもすごく懐かしくてー。
「なまえ~、何をサボってるのかな~~~?」
「あ…!」
ハンジさんに見つかった。
優秀な新兵に私が教えられることがないとリヴァイ兵長に愚痴ってしまったからか、あの日から訓練指導を外されてしまった。
今は、ナナバさんが担当していると聞いている。
そして、役立たずの烙印を押されてしまった私は、全体での陣形訓練や自主練と並行して、ハンジさんの巨人生体調査の手伝いをさせられている。
簡単に言えば、壁外調査前に細々とした書類仕事に追われるハンジさんの雑用係だ。
重たい本を抱えてフラフラしながら図書室に入ると、本を読んでいるアルミンを見つけた。
訓練指導を外れてから数日、久しぶりに顔を見た気がする。
午前中のこの時間なら、新兵は訓練のはずなのにー。
私服だから、非番なのだろうか。
「おはよう、アルミン。何してるの?今日はお休み?」
アルミンのいるテーブルに、抱えてきた本を置きながら声をかけた。
夢中で本を読んでいたアルミンは、そこでようやく顔を上げ、私が図書室に来たことに気づいたようだった。
「なまえさん、おはようございます。」
今日は非番なので、本を読もうと思ってさっき来たところなんです。」
「非番の日に図書室に来るのなんて、きっとアルミンくらいだよ。」
苦笑しつつも、アルミンらしいと思いながら、私も持ってきた本を手に取った。
「なまえさんは、その大量の本は何ですか?」
背表紙の番号で、元に戻す場所を確認しているとアルミンに訊ねられた。
「ハンジさんが部屋に持ち込んだ本を返しに来たの。
今日の私の任務は、ハンジさんのお手伝い。」
「毎日、大変そうですね。」
アルミンにまで苦笑されてしまって、私も苦笑いを返すしかなくなる。
元の場所に本を返したら、またハンジさんが大量に部屋に持ち込んでいる似たような本を図書室に運んでー。
どんな体力作りの訓練よりも、体力がつきそうだ。
アルミンと雑談を交わしながら、本棚に本を戻し始める。
「今日、リヴァイ兵長は最後の診察らしいですね。
図書室に来る前に、エレンに会って聞きました。」
「本当はこの前の診察で最後のはずだったんだけどね。」
本棚に本を戻しながら、前回の診察の後のリヴァイ兵長を思い出す。
身体もだいぶ元通りに動くようになり、本人としては完治のつもりだったらしい。
ただ、血液検査の結果、炎症を示す値が出て、念のためにもう少し様子を見ることになってしまったのだ。
壁外調査前の人類最強の兵士の身体のことということもあり、普段以上に慎重になっているというのもあるかもしれない。
ただ、本人としては不本意な結果だったらしく、怖い顔で医療兵達を睨みつけていたけれどー。
「そうだったんですか。でも、僕ももう少し早く治るのかなって思ってました。
意識不明で運ばれてきたのに、すぐに動けるようになってたので。」
「医療兵の先輩達も人並外れた回復力だって言ってたんだけどね。
リヴァイ兵長が全然安静にしてなかったからかなぁ。
まぁ、壁外まで私を探しに来させたりしちゃったし、私にも責任はあるけどね。」
あの日のことを思い出すと、リヴァイ兵長には申し訳ない気持ちになる。
心配をかけてしまったことも、完治していないからこそ壁外に出るのをエルヴィン団長に禁止されていたのに、探しに来てもらったことも、私がそれを望んでしまったこともー。
そして、一度は、約束を忘れて生きることを諦めてしまったこともー。
「あれはなまえさんは悪くないですよ。
生きてここにいるんですから、強いなぁと思います。」
「ありがとう。
ところで、何を読んでるの?」
話しながら持ってきた本の山をすべて本棚に返し終えた私は、アルミンのお隣に腰を降ろした。
朝からずっと休みなしで働いているので、少し休憩だ。
ハンジさんには、本棚を探すのに手間取ったと言えばいい。
「昔、祖父が読んでいた本を見つけたんです。
それで、思わず夢中になってしまって…。」
半分ほど読み終えている本を見下ろすアルミンの横顔に影を見た。
この世界に住むほとんどすべての人間が持っている悲しい過去が、彼にもあるのかもしれない。
「どんな本なの?」
「壁の外の世界についてです。
きっと、ここが調査兵団の図書室だからこんなものがあるんでしょうね。
まぁそれでも…、隠すように置いてあったのを見つけたんですけどね。」
アルミンは少し躊躇いがちに言って、私にその本を渡してくれた。
開いているページを軽く読んでみて、あぁ確かにと納得する。
この壁に囲まれた世界は、なぜか壁の外について知りたがるのを良しとしない風習がある。
調査兵団に対する世間の目が冷たいのは、そういう理由もあるのだろう。
確かに、外の世界には危険がいっぱいだ。何と言っても、巨人がいる。
でも、澄んだ空気と広い大地。そして、自由ー。
素敵なものもたくさんあると思うのに。
「これ…。」
パラパラとページをめくっていた私は、薄い青色の挿絵を見つけた。
それは一見すると湖のようだったけれど、私にはその絵の風景に見覚えがあった。
何度か夢に見たことがある、地平線にずっと続く大きな湖。
この挿絵は、あの夢の風景に違いないと直感した。
「それは海ですよ。」
アルミンが本を覗き込み、教えてくれる。
「海?」
「はい、商人が一生かけても取り尽くせないほどの巨大な塩の湖なんです。」
「塩の湖…。」
「はい!他にも、炎の水や氷の大地、砂の雪原とかー。」
まるで水を得た魚のように、アルミンは瞳をキラキラと輝かせて壁の外の世界というのを話してくれた。
その話を聞きながら、私は何度か見たことのある夢のことをずっと考えていた。
あれは、夢だ。
でも、どこかすごくリアルで、私はあの『海』というものを、夢に見るずっと前から知っていたような気がする。
(じゃあ、あの人は誰?)
それは、きっとただの夢なのに。
夢の中でいつも私の隣にいた誰かのことを思い出したくなった。
会ったこともない人のはずなのに、ただの夢なのに。
触れた手の感触とか、抱きしめてくれる腕の温もりとか、どれもすごく懐かしくてー。
「なまえ~、何をサボってるのかな~~~?」
「あ…!」
ハンジさんに見つかった。