◇第百八話◇ただの悪い夢であれ
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執務室兼自室から出たリヴァイは、談話室へ向かっていた。
廊下の様子からするに、たぶんまだ壁外任務に向かった調査兵達は帰ってきていない。
そもそも、この霧と雨では、本当に今日帰ってくるかどうか怪しい。
もしかしたら、ミケが明日の帰還にすると判断しているかもしれない。
でも、明日が晴れるとも限らない。
だから、今日帰ってくるかもしれない。
談話室の窓からなら、兵門がよく見える。
そこから、壁外任務から帰還する調査兵の姿を待っていようと考えた。
自室にいても、悪い夢を思い出すだけだったからー。
「どうしよう…。最悪だ。バラバラだなんて、本当に最悪だ…。」
談話室の扉に触れようとしていたリヴァイの手が止まった。
中から漏れ聞こえてきたのは、ハンジの声だった。
一体、ハンジは何をしでかしたのか。
付き合いの長いハンジが、何かをやらかすのなんてよくあることだ。
でも、今だけは、それが何なのかを考えたくないと思った。
さっきの悪夢が、まるで現実に起こったことなのだとリヴァイの記憶を塗り替えようとしていくような嫌な感覚が、金縛りのように身体を扉の前に縛りつける。
「きっと、話せば分かってくれますよ。
なまえさんだって、怒らないですよ。」
「怒るよっ!それになまえが怒らなくたって、リヴァイに殺されるっ!!
どうしよう、どうしよう…っ。」
「…バラバラですもんね。」
「あぁ…、バラバラだ。」
気づいたら、談話室の扉を蹴破っていた。
大きな音に気づいて驚いた顔で扉を見たのは、ハンジだけではなかった。
モブリットとリヴァイ班、104期の新兵も一緒だった。
そして、彼らは一様に、鬼と化したリヴァイの姿に気づき、顔色を真っ青にした。
「おい、なまえはどこだ。何があった。」
怒りのまま歩み寄り、リヴァイは、ハンジの胸ぐらを掴み上げる。
体格差のある2人も、リヴァイの気迫の前では、ハンジの完敗だ。
怒りに狂うリヴァイの手が震える。
頭の中から、あの悪夢が消えない。
「…本当に、ごめんって。」
「だから、何を謝ってんだ、てめぇは。」
謝るなー。
リヴァイの眉間に皴が寄る。
聞きたくない。
なまえが死んだなんて、そんな話なら聞きたくない。
謝るな、そんなバカみたいな謝罪は聞くつもりはない。
「これ…。」
真っ青な顔のままで、ハンジがテーブルの上から何かを持ち上げた。
胸ぐらを掴んだまま、リヴァイは視線だけをその何かに移す。
無残に真っ二つに割れ、もう二度と役に立てそうにないティーカップだった。
よく見れば、天使の羽の飾りに見覚えがあった。
「なまえの部屋のものを片付けてたときに、落としちゃったんだ。」
「…バラバラってのはそれのことか。」
「そう…、本当にごめん。どうにかくっつけようとはしたんだけど、
全然無理で…。なまえの宝物なのに。」
なんだ、そんなことかー。
ハンジの胸ぐらから手を離し、身体から力が抜ける。
それもそうか。
まだ壁外任務に出ている調査兵は帰ってきていないし、なによりなまえは生きて帰ってくると約束した。
そう信じると決めたのだ。
「それくらい、また買ってやる。」
「え?!本当!?怒らないの!?」
「くだらねぇことで騒いでんじゃねぇ。」
驚かせやがってー。
少し苛立ちながらも、安心もしたリヴァイが、椅子に腰かけようとしたときだった。
廊下の奥から騒がしい声が聞こえ始めた。
ここでバラバラだとか不穏な話に振り回されている間に、壁外任務に出た調査兵が帰ってきたようだ。
リヴァイを筆頭に、ハンジ達も走って廊下に出た。
廊下の奥に、ミケに食って掛かっているナナバとゲルガーの姿が見えた。
「せめて私達だけでも戻りましょうっ!今からならまだ間に合いますっ!!」
「ダメだ、これから雨も激しくなる。霧も深い。
二次被害を出すだけだ。」
「だから、俺達だけで行こうって言ってんだよっ!!
その雨が余計にアイツの体力を奪うっ!!急がねぇと手遅れになっちまうっ!!」
「明日まで待って、霧が晴れてから向かう。それまで、待機だ。」
「だから、それじゃ遅ぇんだってっ!そもそもアイツは体力がねぇんだッ!
アンタだって分かってんだろッ!?」
「それに、そんな判断、リヴァイ兵長が許すわけないでしょう!!」
言い争いをしながら歩いてきたミケとナナバ、ゲルガーは、廊下の中央で自分達を睨みつけるリヴァイを見つけ、足を止めた。
口を噤み、拳を握る。
その全てが、リヴァイの瞳を険しくさせていった。
ミケだけが、冷静な表情で事実を淡々と告げようとしているようだった。
「リヴァイ、君に話さなければならないことがある。」
「その話の内容によっちゃ、俺は今からお前をぶっ殺す。」
「帰還中、なまえがはぐれたようだ。
我々もカラネス区に戻ってから班員に聞かされてー。」
最後まで言わせては貰えず、調査兵団の中でも特に大柄なミケの身体が数メートル後ろに飛んだ。
倒れ込んだミケは、殴られたときに切れた口の端から血が流れていた。
口元を拭いながら、ミケがゆっくり上半身を起こす。
そこへ、リヴァイの重たい拳がもう一発、お見舞いされる。
そして、鬼と化したリヴァイがもう一度振り上げた拳は、エルヴィンに止められた。
兵舎に戻ってすぐになまえのことを報告しに行った兵士が、エルヴィンを連れて来たようだった。
「離せ、エルヴィン。俺は今からコイツをぶっ殺さなきゃならねぇ!!」
「やめないか、リヴァイ。
ミケは何も悪くはないだろう。」
「あぁ、そうだな。悪いのは巨人だ。どうせ、お前はまたそう言うんだろう。
だがな、そんなこと、どうだっていいんだ。どうだって…!!」
怒鳴るリヴァイの声は震え、振り上げた拳をぶつける場所を奪われたまま、ミケを睨みつけ続けた。
上半身を起こしたミケは、口の端から流れる血を拭う。
その手に隠れて、唇を噛んでいるのだって分かっている。
知っている。
悪いのは、ミケではない。
理解っている。
『心配するな、リヴァイ。なまえは必ず生きて連れて帰る。』
カラネス区から出発する前、ミケは確かにそう言った。
だからって、今ここで嘘つきだと罵るつもりはない。
ミケの悔しさも、死ぬほど責任を感じているんだろうということも、分かってしまうくらいに長い間、共に戦い過ぎた。
リヴァイは、手首を掴むエルヴィンの手を、乱暴に振りほどく。
「ごめんなさい…っ、リヴァイ兵長…っ!
私がもっとちゃんと、行くなって言えば、こんなことには…っ。」
涙を流し、しがみつくように、リヴァイの腰に抱き着いてきたのは、見覚えのある女兵士だった。
ミケの分隊に所属し、まだ精鋭と呼べる実力はないということで当初は今回の壁外任務に参加する予定ではなかった調査兵だ。
どうしても経験値を積んで、もっともっと強くなりたいというジーニーと彼女の友人の熱意に根負けしたミケが、なまえを彼女達の班の班長にすることで壁外任務の許可を出した。
同じ女兵士ということと、圧倒的なスピードで実力を身に着けたなまえの技術をそばで見ることは、早く強くなりたいという彼女達のためになると判断したのだと、リヴァイはミケから直接聞いている。
「どういうことだ。」
「なまえは、私達の前を走ってたんですけど…っ。
早くリヴァイ兵長に会いたいからって、隊列を乱して走り出しちゃって…っ!
私達も追いかけたんですけど、霧と雨ですぐに見えなくなっちゃってっ。」
「アイツが…?」
信じ難い話だった。
早く会いたいー、なまえにそう思われている自信ならある。
でも、この霧と雨の中、壁外で隊列を乱すことがどれだけ危険な行為か分からないようなバカでもないはずだ。
しかも、自分を犠牲にしてまで他人を守ることばかり考えるなまえが、自分が任された班員を残して、自分のために走るなんてそんなことするだろうか。
「もう一度、言ってもらえますか?」
真剣な顔で、アルミンは食い入るようにジーニーの顔を覗き込んだ。
リヴァイの腰に抱き着くジーニーの腕の力が強くなる。
「何よ、アンタ、信じてないわけ!?
何度だって言うわよ、なまえはリヴァイ兵長に会いたいからって
班員の私達を残して、どこか行っちゃったのっ!!」
ジーニーが叫んだ声が、廊下に響く。
やっぱり、何度聞いても信じられないー。
でも、それを嘘だと言い切るだけの証拠もないし、ジーニーがそんな嘘を吐く必要があるとも思えない。
それなのにー。
「嘘ですね、それ。」
ハッキリと言い切ったアルミンは、そう確信しているようだった。
廊下の様子からするに、たぶんまだ壁外任務に向かった調査兵達は帰ってきていない。
そもそも、この霧と雨では、本当に今日帰ってくるかどうか怪しい。
もしかしたら、ミケが明日の帰還にすると判断しているかもしれない。
でも、明日が晴れるとも限らない。
だから、今日帰ってくるかもしれない。
談話室の窓からなら、兵門がよく見える。
そこから、壁外任務から帰還する調査兵の姿を待っていようと考えた。
自室にいても、悪い夢を思い出すだけだったからー。
「どうしよう…。最悪だ。バラバラだなんて、本当に最悪だ…。」
談話室の扉に触れようとしていたリヴァイの手が止まった。
中から漏れ聞こえてきたのは、ハンジの声だった。
一体、ハンジは何をしでかしたのか。
付き合いの長いハンジが、何かをやらかすのなんてよくあることだ。
でも、今だけは、それが何なのかを考えたくないと思った。
さっきの悪夢が、まるで現実に起こったことなのだとリヴァイの記憶を塗り替えようとしていくような嫌な感覚が、金縛りのように身体を扉の前に縛りつける。
「きっと、話せば分かってくれますよ。
なまえさんだって、怒らないですよ。」
「怒るよっ!それになまえが怒らなくたって、リヴァイに殺されるっ!!
どうしよう、どうしよう…っ。」
「…バラバラですもんね。」
「あぁ…、バラバラだ。」
気づいたら、談話室の扉を蹴破っていた。
大きな音に気づいて驚いた顔で扉を見たのは、ハンジだけではなかった。
モブリットとリヴァイ班、104期の新兵も一緒だった。
そして、彼らは一様に、鬼と化したリヴァイの姿に気づき、顔色を真っ青にした。
「おい、なまえはどこだ。何があった。」
怒りのまま歩み寄り、リヴァイは、ハンジの胸ぐらを掴み上げる。
体格差のある2人も、リヴァイの気迫の前では、ハンジの完敗だ。
怒りに狂うリヴァイの手が震える。
頭の中から、あの悪夢が消えない。
「…本当に、ごめんって。」
「だから、何を謝ってんだ、てめぇは。」
謝るなー。
リヴァイの眉間に皴が寄る。
聞きたくない。
なまえが死んだなんて、そんな話なら聞きたくない。
謝るな、そんなバカみたいな謝罪は聞くつもりはない。
「これ…。」
真っ青な顔のままで、ハンジがテーブルの上から何かを持ち上げた。
胸ぐらを掴んだまま、リヴァイは視線だけをその何かに移す。
無残に真っ二つに割れ、もう二度と役に立てそうにないティーカップだった。
よく見れば、天使の羽の飾りに見覚えがあった。
「なまえの部屋のものを片付けてたときに、落としちゃったんだ。」
「…バラバラってのはそれのことか。」
「そう…、本当にごめん。どうにかくっつけようとはしたんだけど、
全然無理で…。なまえの宝物なのに。」
なんだ、そんなことかー。
ハンジの胸ぐらから手を離し、身体から力が抜ける。
それもそうか。
まだ壁外任務に出ている調査兵は帰ってきていないし、なによりなまえは生きて帰ってくると約束した。
そう信じると決めたのだ。
「それくらい、また買ってやる。」
「え?!本当!?怒らないの!?」
「くだらねぇことで騒いでんじゃねぇ。」
驚かせやがってー。
少し苛立ちながらも、安心もしたリヴァイが、椅子に腰かけようとしたときだった。
廊下の奥から騒がしい声が聞こえ始めた。
ここでバラバラだとか不穏な話に振り回されている間に、壁外任務に出た調査兵が帰ってきたようだ。
リヴァイを筆頭に、ハンジ達も走って廊下に出た。
廊下の奥に、ミケに食って掛かっているナナバとゲルガーの姿が見えた。
「せめて私達だけでも戻りましょうっ!今からならまだ間に合いますっ!!」
「ダメだ、これから雨も激しくなる。霧も深い。
二次被害を出すだけだ。」
「だから、俺達だけで行こうって言ってんだよっ!!
その雨が余計にアイツの体力を奪うっ!!急がねぇと手遅れになっちまうっ!!」
「明日まで待って、霧が晴れてから向かう。それまで、待機だ。」
「だから、それじゃ遅ぇんだってっ!そもそもアイツは体力がねぇんだッ!
アンタだって分かってんだろッ!?」
「それに、そんな判断、リヴァイ兵長が許すわけないでしょう!!」
言い争いをしながら歩いてきたミケとナナバ、ゲルガーは、廊下の中央で自分達を睨みつけるリヴァイを見つけ、足を止めた。
口を噤み、拳を握る。
その全てが、リヴァイの瞳を険しくさせていった。
ミケだけが、冷静な表情で事実を淡々と告げようとしているようだった。
「リヴァイ、君に話さなければならないことがある。」
「その話の内容によっちゃ、俺は今からお前をぶっ殺す。」
「帰還中、なまえがはぐれたようだ。
我々もカラネス区に戻ってから班員に聞かされてー。」
最後まで言わせては貰えず、調査兵団の中でも特に大柄なミケの身体が数メートル後ろに飛んだ。
倒れ込んだミケは、殴られたときに切れた口の端から血が流れていた。
口元を拭いながら、ミケがゆっくり上半身を起こす。
そこへ、リヴァイの重たい拳がもう一発、お見舞いされる。
そして、鬼と化したリヴァイがもう一度振り上げた拳は、エルヴィンに止められた。
兵舎に戻ってすぐになまえのことを報告しに行った兵士が、エルヴィンを連れて来たようだった。
「離せ、エルヴィン。俺は今からコイツをぶっ殺さなきゃならねぇ!!」
「やめないか、リヴァイ。
ミケは何も悪くはないだろう。」
「あぁ、そうだな。悪いのは巨人だ。どうせ、お前はまたそう言うんだろう。
だがな、そんなこと、どうだっていいんだ。どうだって…!!」
怒鳴るリヴァイの声は震え、振り上げた拳をぶつける場所を奪われたまま、ミケを睨みつけ続けた。
上半身を起こしたミケは、口の端から流れる血を拭う。
その手に隠れて、唇を噛んでいるのだって分かっている。
知っている。
悪いのは、ミケではない。
理解っている。
『心配するな、リヴァイ。なまえは必ず生きて連れて帰る。』
カラネス区から出発する前、ミケは確かにそう言った。
だからって、今ここで嘘つきだと罵るつもりはない。
ミケの悔しさも、死ぬほど責任を感じているんだろうということも、分かってしまうくらいに長い間、共に戦い過ぎた。
リヴァイは、手首を掴むエルヴィンの手を、乱暴に振りほどく。
「ごめんなさい…っ、リヴァイ兵長…っ!
私がもっとちゃんと、行くなって言えば、こんなことには…っ。」
涙を流し、しがみつくように、リヴァイの腰に抱き着いてきたのは、見覚えのある女兵士だった。
ミケの分隊に所属し、まだ精鋭と呼べる実力はないということで当初は今回の壁外任務に参加する予定ではなかった調査兵だ。
どうしても経験値を積んで、もっともっと強くなりたいというジーニーと彼女の友人の熱意に根負けしたミケが、なまえを彼女達の班の班長にすることで壁外任務の許可を出した。
同じ女兵士ということと、圧倒的なスピードで実力を身に着けたなまえの技術をそばで見ることは、早く強くなりたいという彼女達のためになると判断したのだと、リヴァイはミケから直接聞いている。
「どういうことだ。」
「なまえは、私達の前を走ってたんですけど…っ。
早くリヴァイ兵長に会いたいからって、隊列を乱して走り出しちゃって…っ!
私達も追いかけたんですけど、霧と雨ですぐに見えなくなっちゃってっ。」
「アイツが…?」
信じ難い話だった。
早く会いたいー、なまえにそう思われている自信ならある。
でも、この霧と雨の中、壁外で隊列を乱すことがどれだけ危険な行為か分からないようなバカでもないはずだ。
しかも、自分を犠牲にしてまで他人を守ることばかり考えるなまえが、自分が任された班員を残して、自分のために走るなんてそんなことするだろうか。
「もう一度、言ってもらえますか?」
真剣な顔で、アルミンは食い入るようにジーニーの顔を覗き込んだ。
リヴァイの腰に抱き着くジーニーの腕の力が強くなる。
「何よ、アンタ、信じてないわけ!?
何度だって言うわよ、なまえはリヴァイ兵長に会いたいからって
班員の私達を残して、どこか行っちゃったのっ!!」
ジーニーが叫んだ声が、廊下に響く。
やっぱり、何度聞いても信じられないー。
でも、それを嘘だと言い切るだけの証拠もないし、ジーニーがそんな嘘を吐く必要があるとも思えない。
それなのにー。
「嘘ですね、それ。」
ハッキリと言い切ったアルミンは、そう確信しているようだった。