◇第九十七話◇悪魔との交渉
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ゆっくりと開いた扉から入ってきたなまえは、ルーカスのものだった頃のままだった。
見覚えのあるワンピースは、ストヘス区でデートをした時に着ていたのを覚えている。
長い髪が、少し伸びたかもしれない。
でも、前髪の下で太陽の光を受けて輝く重たい睫毛も、綺麗に澄んだ瞳の色も、白い肌も、当然のようにルーカスが触れていたままでー。
思わず手を伸ばそうとして、今はそれをリヴァイが自分のものとして触れていることを思い出し、最低な気分になる。
「久しぶりだね。君から会いたいと言ってくれるなんて、嬉しいよ。
美味しい紅茶を用意させてあるんだ。君が好きだったものだよ。
今すぐ持ってこさせるからー。」
「今日は、ルーカスにお願いがあって来たの。」
なまえは、扉の前から、一歩も足を踏み入れようとはしない。
これ以上、近づくなと言っているみたいだ。
「早速、本題かな。困ったな。
まずは思い出話でもしたいなと思っていたのに。」
「そうね、しましょう。思い出話を。どの爆発の話にする?」
「へぇ、知ってたんだ。
まぁ、だから、会いたいと言い出したんだろうなとは思ってたよ。」
ルーカスはそう言って、なまえの元へ歩み寄る。
そしてー。
「君を殺そうとした男の元へ行くことを許すなんて、
リヴァイという男は頭がおかしいんだね。
俺なら絶対に、君をそんな危険な男の元へ行かせないよ。」
ルーカスは、なまえの頬を優しく撫でた。
あの頃、それは自分が触れるためだけに存在していた。
触れる度に頬を染めるのが愛おしかったなまえが、冷たくルーカスの手を振りほどく。
もう、自分のものではないのだと、思い知って、やっぱり最低な気分になる。
早く、死んでくれればいいのにー。
「リヴァイ兵長には、あなたに会いに来てることを伝えてないの。」
「へぇ、君もひどいことをするね。
こっそり、昔の男に会いに来るなんて。
まぁ、そのおかげで、俺は君を力づくで取り戻せそうだ。」
ルーカスは、なまえの腰を抱き寄せた。
そして、無理やり唇を奪おうと近づけたとき、なまえが髪留めを引き抜いた。
太陽に反射して光ったソレが、髪留めに仕込まれたナイフの刃だと気づいた時には、自慢の金色の髪が宙を舞っていた。
「それ以上近づいたら、今度はその綺麗な顔にコレで絵を描くわ。」
「…残念だよ。」
小さくため息をついて、ルーカスはなまえから離れる。
曲がりなりにもなまえは調査兵団の兵士だ。
武器を仕込んできていないか身体検査をしておくように執事には伝えておいたのだが、まさか髪留めにまでは気を配れなかったのだろう。
後で、お仕置きが必要だー。
「それで、お願いというのは何かな?
まさか、僕に自首しろとは言わないよね。」
小馬鹿にするように言って、ルーカスは出窓に腰を降ろした。
足を組み、片方の口の端を上げる。
たったひとりで、小さな武器を持って乗り込んできたじゃじゃ馬姫様の挑戦、受けて立ってやろうじゃないかー。
「ルーカスには、今まで通り、真犯人の役をモーリに押し付けて
優雅に生活してもらって構わない。
私もその方が都合がいいから。」
意外ななまえの言葉に、ルーカスの眉が思わず上がる。
罪を認めろだとか、罪を償えだとか、くだらない説教を始めるのだとばかり思っていた。
でも、なまえのお願いというのが、分かった気がした。
「それで、君も一緒に優雅な生活を送りたいってことかな?」
嘲笑うように言った。
だって、笑えるじゃないか。
今、なまえが必死に名前を呼んで求めたリヴァイは、世間から悪魔と罵られ、その職まで奪われようとしている。
あの男と一緒にいれば、路頭に迷うのは逃れようがない。
それなら、優雅な生活を送る貴族がいいと思うのも頷ける。
なまえがそんな女だとは思っていなかったが、この際、もうどうでもいい。
手に入るのなら、自分のものになるのなら。
いらなくなれば、捨てればいいだけなのだからー。
それなのにー。
「私が帰る場所は、調査兵団の兵舎しかないから。」
「あ、そう。」
本当に気に入らない。
どうして、この女は絶対に手に入らないのか。
恋人と呼んでいた時もそうだった。
どんなに口づけを交わしても、身体を重ねても、いつも心はどこか遠くにあって、この手に掴んだ記憶はない。
焦ってすぐに結婚しようとしていたのは、恐らくそのためだ。
早く完全に自分のものにしてしまわないと、誰かにとられるような気がしたのだ。
思った通り、意味の分からない男が今、なまえの心を手に入れてしまった。
許せないー。
「それじゃ、願いってのは何かな。僕には見当もつかないな。」
「私のお願いはー。」
なまえが告げた願いは、想定外だった。
でも、なまえが本当にリヴァイという男を愛しているのなら、納得できる願いでもあって、余計に腹が立った。
絶対に、叶えてやるものかー。
一瞬で、そう決意するほどに。
「嫌だね。そんなことをしたら、あの男は何も失わないじゃないか。
僕は君を失ったんだ。
それなら、あの男にも大切なものを失ってもらわないとフェアじゃない。」
「失ったわ!!」
なまえが声を張り上げた。
大声を出すなまえなんて見たことがなくて、驚いた。
思わず固まってしまったルーカスに、なまえはまっすぐに見返して続ける。
「リヴァイ兵長は、今までいろんなものを失ってきた。
その度に何度だって立ち上がって、前に進んで、そうやって手に入れたのが
今の仲間と居場所なの。それを、私やあなたみたいな甘ったれた人間が奪っちゃいけない。」
力強い眼差しー。
初めて見るなまえは、とても美しかった。
愛に満ち溢れていて、全身で、愛を叫んでいて。
これこそ、ルーカスが欲しかったなまえの姿。
でもそれは自分のものではない。他の男のものなんてー。
「あの男がどんな苦労人かは知らないが、俺には関係ない。
そんなに苦労が好きなら、俺に盾突くとどうなるかも
知ってもらえばいいだけの話さ。」
「あぁ、そう。
それなら、あなたも苦労を知ってみればいい。」
「ハッ、俺が?
面白いことを言うね。俺に一番程遠いのが苦労というものだよ。」
話にならないーとルーカスは笑う。
でも、なまえはそれを分かっていたように、続ける。
「あなたが今まで握り潰してきた真相は、
今回の爆弾事件だけではないわよね。」
「さぁ、何のことかな?」
ルーカスの執事は、この世界で最も優秀だ。
絶対に、証拠は残していない。
そう、胸を張って断言できる。
そうやって今まで、思い通りに全てを手に入れて来たのだからー。
それなのに、とぼけるルーカスにも、なまえは全くひるまない。
「ヴェスタープ伯爵の失脚。」
「…それがどうかしたかい。」
「それもあなたが裏から手を回していたという証拠を
私は持っている。」
「嘘だ。」
「他にもあるわよ?聞きたい?」
「君にそんな証拠を掴めるわけがない。」
自信満々ななまえに、次第にルーカスは焦りを出し始めていた。
本当に、証拠を持っているのじゃないかという不安に襲われる。
でも、まさか、そんなことが出来るわけがない。
少し前まで民間人で、今だって調査兵団なんていう小さな組織の下っ端兵士なんかに、そんなことー。
「調査兵団は調べることのプロなのよ。
私の上官は、あなたが私の婚約者だった頃から、もう全て知ってたわ。」
「…嘘だ。」
嘘だ、そう思っている。
いや、そう信じている。
でも、調査兵団が調べることに関してプロだと言われれば、それも正しい。
しぶとく粘り強く、バカみたいに壁外に出ては、巨人についての知識を得ようとしている調査兵団の兵士達。
実際、彼らがそうやって命を賭して手に入れて来た情報は、人類の小さな刃くらいにはなっている。
彼らなら、壁の中の人間ひとり調べ上げるくらいのことは容易いのじゃないだろうかー、ふとそんな考えが頭をよぎる。
「証拠を握り潰してほしいのなら、私の願いを聞いて。」
「…嫌だね。もし君がその証拠を持っていても、
その証拠ごと握り潰せばいいだけだ。」
気持ちで負けそうになっていたが、ルーカスは強気に出た。
今までだって、負けたことなんてない。
今回は、なまえこそ手に入れられなかったが、憎い男を世間から銃弾でボロボロにして路頭に迷わせるという計画はうまくいっている。
せっかくの勝利を、こんなところでみすみす捨ててたまるものか。
「そう、残念ね。
そういえば、今、私の上官がシェーンハウゼン伯爵の屋敷を訪れてるのよ。」
「は?」
「シェーンハウゼン伯爵のお孫さんが、巨人にとても興味がおありなんですって。
私の上官は巨人オタクで、調査兵団の中でも巨人について最も博識なの。
だから、いろんな話を聞いてみたいってお呼ばれされているのよ。」
「…何が言いたい。」
「別に?
ただ、巨人のお話をしているときに、
ポロッとあなたの話をしてしまうかもしれないとは思ってるわ。」
ルーカスは、眉を顰めた。
シェーンハウゼン家は、ユーリヒ家とライバル関係にある大貴族だ。
政治面でも常に対抗していて、いつもお互いの足を引っ張り合おうと必死になっている。
そこでもし、ルーカスが犯した罪の証拠を手に入れたら、喜んで政治の場に持ち出してくるだろう。
そうなれば、ユーリヒ家は貴族界で失脚するどころか、生きる場所を失う。それこそ、路頭に迷うことにー。
「もしかして、君は、僕を脅しているのかな。」
「あなたが私の願いを聞き入れなかったと分かったら
すぐにその証拠を彼に渡すようにお願いしてる。」
「まさか、君をこの屋敷から出してやるとでも思ってるのか。」
「私が帰ってこられなくても一緒。その途端に、上官は証拠をぶちまける。」
「嘘だ。俺を言いなりにするためのハッタリだろ。」
「じゃあ、やってみる?
私が言っていたことが真実だと分かったときには、
あなたはこの優雅な生活をもう二度と送れないようになっているけどね。」
恋人同士だったときだって、こんなに真っすぐになまえに瞳を見つめられたことはない。
揺れない瞳は、嘘を吐いているようには見えない。
でも、執事が証拠を残してしまうようなミスを犯すとも思えない。
ルーカスは、神童だと称えられ続けていた頭脳を必死に働かせた。
でも、どんなに考えても、選択肢はひとつしか残されていないという答えしか出てこない。
まさか、ただの田舎娘だとバカにしていたなまえに足元をすくわれるとは思ってもいなかった。
「じゃあ、僕からもひとつ、条件を出してもいいかな。」
「何?」
初めて、強気な姿勢だったなまえが狼狽えた。
どんな条件か、不安なのだろう。
でも、そんなに大したものではない。
「壁外調査の禁止令も解く。」
「え?壁外調査の禁止令出してるのもルーカスだったの!?」
なまえが目を丸くして驚く。
その姿が可愛らしくて、ルーカスは思わずクスリと笑ってしまう。
「それは知らなかったんだ。」
「…知らなかった。なんで?」
クスクスと笑うルーカスに、なまえは悔しそうに頬を膨らませる。
それがやけに可愛らしくてー。
あぁ、今すぐ抱きしめたい。
自分のものにしたいのに、どうしても出来ない。
それならー。
「君を巨人から守るためさ。
でも、君は僕よりも巨人付きのあの男を選んだ。」
「別に、巨人付きだから選んだわけじゃないけど。」
「まぁ、そうだろうけどね。だから、壁外調査の禁止令も解くよ。
そうすれば、君は壁外に出ることになるだろう。」
「そうね。私は調査兵だから。」
「その最初の壁外で君が生きて帰ってきたら、僕は本当に君を諦めると約束しよう。
でも、もし、君が死ねば、俺はあの男を、調査兵団を許さない。
どんな手を使っても潰す。いいね?」
ルーカスが出した条件に、なまえは驚いたようだった。
そして、小さく息を吐いた後、とても優しい笑みを浮かべる。
「ルーカスは優しいね。
でも、大丈夫よ。私はちゃんと生きて帰れるから。
ありがとう。」
ルーカスに頭を下げて、なまえはここに来たときとは別人のような嬉しそうな足取りで、部屋を出て行く。
あの条件の本当の恐ろしさを、何も知らないでー。
見覚えのあるワンピースは、ストヘス区でデートをした時に着ていたのを覚えている。
長い髪が、少し伸びたかもしれない。
でも、前髪の下で太陽の光を受けて輝く重たい睫毛も、綺麗に澄んだ瞳の色も、白い肌も、当然のようにルーカスが触れていたままでー。
思わず手を伸ばそうとして、今はそれをリヴァイが自分のものとして触れていることを思い出し、最低な気分になる。
「久しぶりだね。君から会いたいと言ってくれるなんて、嬉しいよ。
美味しい紅茶を用意させてあるんだ。君が好きだったものだよ。
今すぐ持ってこさせるからー。」
「今日は、ルーカスにお願いがあって来たの。」
なまえは、扉の前から、一歩も足を踏み入れようとはしない。
これ以上、近づくなと言っているみたいだ。
「早速、本題かな。困ったな。
まずは思い出話でもしたいなと思っていたのに。」
「そうね、しましょう。思い出話を。どの爆発の話にする?」
「へぇ、知ってたんだ。
まぁ、だから、会いたいと言い出したんだろうなとは思ってたよ。」
ルーカスはそう言って、なまえの元へ歩み寄る。
そしてー。
「君を殺そうとした男の元へ行くことを許すなんて、
リヴァイという男は頭がおかしいんだね。
俺なら絶対に、君をそんな危険な男の元へ行かせないよ。」
ルーカスは、なまえの頬を優しく撫でた。
あの頃、それは自分が触れるためだけに存在していた。
触れる度に頬を染めるのが愛おしかったなまえが、冷たくルーカスの手を振りほどく。
もう、自分のものではないのだと、思い知って、やっぱり最低な気分になる。
早く、死んでくれればいいのにー。
「リヴァイ兵長には、あなたに会いに来てることを伝えてないの。」
「へぇ、君もひどいことをするね。
こっそり、昔の男に会いに来るなんて。
まぁ、そのおかげで、俺は君を力づくで取り戻せそうだ。」
ルーカスは、なまえの腰を抱き寄せた。
そして、無理やり唇を奪おうと近づけたとき、なまえが髪留めを引き抜いた。
太陽に反射して光ったソレが、髪留めに仕込まれたナイフの刃だと気づいた時には、自慢の金色の髪が宙を舞っていた。
「それ以上近づいたら、今度はその綺麗な顔にコレで絵を描くわ。」
「…残念だよ。」
小さくため息をついて、ルーカスはなまえから離れる。
曲がりなりにもなまえは調査兵団の兵士だ。
武器を仕込んできていないか身体検査をしておくように執事には伝えておいたのだが、まさか髪留めにまでは気を配れなかったのだろう。
後で、お仕置きが必要だー。
「それで、お願いというのは何かな?
まさか、僕に自首しろとは言わないよね。」
小馬鹿にするように言って、ルーカスは出窓に腰を降ろした。
足を組み、片方の口の端を上げる。
たったひとりで、小さな武器を持って乗り込んできたじゃじゃ馬姫様の挑戦、受けて立ってやろうじゃないかー。
「ルーカスには、今まで通り、真犯人の役をモーリに押し付けて
優雅に生活してもらって構わない。
私もその方が都合がいいから。」
意外ななまえの言葉に、ルーカスの眉が思わず上がる。
罪を認めろだとか、罪を償えだとか、くだらない説教を始めるのだとばかり思っていた。
でも、なまえのお願いというのが、分かった気がした。
「それで、君も一緒に優雅な生活を送りたいってことかな?」
嘲笑うように言った。
だって、笑えるじゃないか。
今、なまえが必死に名前を呼んで求めたリヴァイは、世間から悪魔と罵られ、その職まで奪われようとしている。
あの男と一緒にいれば、路頭に迷うのは逃れようがない。
それなら、優雅な生活を送る貴族がいいと思うのも頷ける。
なまえがそんな女だとは思っていなかったが、この際、もうどうでもいい。
手に入るのなら、自分のものになるのなら。
いらなくなれば、捨てればいいだけなのだからー。
それなのにー。
「私が帰る場所は、調査兵団の兵舎しかないから。」
「あ、そう。」
本当に気に入らない。
どうして、この女は絶対に手に入らないのか。
恋人と呼んでいた時もそうだった。
どんなに口づけを交わしても、身体を重ねても、いつも心はどこか遠くにあって、この手に掴んだ記憶はない。
焦ってすぐに結婚しようとしていたのは、恐らくそのためだ。
早く完全に自分のものにしてしまわないと、誰かにとられるような気がしたのだ。
思った通り、意味の分からない男が今、なまえの心を手に入れてしまった。
許せないー。
「それじゃ、願いってのは何かな。僕には見当もつかないな。」
「私のお願いはー。」
なまえが告げた願いは、想定外だった。
でも、なまえが本当にリヴァイという男を愛しているのなら、納得できる願いでもあって、余計に腹が立った。
絶対に、叶えてやるものかー。
一瞬で、そう決意するほどに。
「嫌だね。そんなことをしたら、あの男は何も失わないじゃないか。
僕は君を失ったんだ。
それなら、あの男にも大切なものを失ってもらわないとフェアじゃない。」
「失ったわ!!」
なまえが声を張り上げた。
大声を出すなまえなんて見たことがなくて、驚いた。
思わず固まってしまったルーカスに、なまえはまっすぐに見返して続ける。
「リヴァイ兵長は、今までいろんなものを失ってきた。
その度に何度だって立ち上がって、前に進んで、そうやって手に入れたのが
今の仲間と居場所なの。それを、私やあなたみたいな甘ったれた人間が奪っちゃいけない。」
力強い眼差しー。
初めて見るなまえは、とても美しかった。
愛に満ち溢れていて、全身で、愛を叫んでいて。
これこそ、ルーカスが欲しかったなまえの姿。
でもそれは自分のものではない。他の男のものなんてー。
「あの男がどんな苦労人かは知らないが、俺には関係ない。
そんなに苦労が好きなら、俺に盾突くとどうなるかも
知ってもらえばいいだけの話さ。」
「あぁ、そう。
それなら、あなたも苦労を知ってみればいい。」
「ハッ、俺が?
面白いことを言うね。俺に一番程遠いのが苦労というものだよ。」
話にならないーとルーカスは笑う。
でも、なまえはそれを分かっていたように、続ける。
「あなたが今まで握り潰してきた真相は、
今回の爆弾事件だけではないわよね。」
「さぁ、何のことかな?」
ルーカスの執事は、この世界で最も優秀だ。
絶対に、証拠は残していない。
そう、胸を張って断言できる。
そうやって今まで、思い通りに全てを手に入れて来たのだからー。
それなのに、とぼけるルーカスにも、なまえは全くひるまない。
「ヴェスタープ伯爵の失脚。」
「…それがどうかしたかい。」
「それもあなたが裏から手を回していたという証拠を
私は持っている。」
「嘘だ。」
「他にもあるわよ?聞きたい?」
「君にそんな証拠を掴めるわけがない。」
自信満々ななまえに、次第にルーカスは焦りを出し始めていた。
本当に、証拠を持っているのじゃないかという不安に襲われる。
でも、まさか、そんなことが出来るわけがない。
少し前まで民間人で、今だって調査兵団なんていう小さな組織の下っ端兵士なんかに、そんなことー。
「調査兵団は調べることのプロなのよ。
私の上官は、あなたが私の婚約者だった頃から、もう全て知ってたわ。」
「…嘘だ。」
嘘だ、そう思っている。
いや、そう信じている。
でも、調査兵団が調べることに関してプロだと言われれば、それも正しい。
しぶとく粘り強く、バカみたいに壁外に出ては、巨人についての知識を得ようとしている調査兵団の兵士達。
実際、彼らがそうやって命を賭して手に入れて来た情報は、人類の小さな刃くらいにはなっている。
彼らなら、壁の中の人間ひとり調べ上げるくらいのことは容易いのじゃないだろうかー、ふとそんな考えが頭をよぎる。
「証拠を握り潰してほしいのなら、私の願いを聞いて。」
「…嫌だね。もし君がその証拠を持っていても、
その証拠ごと握り潰せばいいだけだ。」
気持ちで負けそうになっていたが、ルーカスは強気に出た。
今までだって、負けたことなんてない。
今回は、なまえこそ手に入れられなかったが、憎い男を世間から銃弾でボロボロにして路頭に迷わせるという計画はうまくいっている。
せっかくの勝利を、こんなところでみすみす捨ててたまるものか。
「そう、残念ね。
そういえば、今、私の上官がシェーンハウゼン伯爵の屋敷を訪れてるのよ。」
「は?」
「シェーンハウゼン伯爵のお孫さんが、巨人にとても興味がおありなんですって。
私の上官は巨人オタクで、調査兵団の中でも巨人について最も博識なの。
だから、いろんな話を聞いてみたいってお呼ばれされているのよ。」
「…何が言いたい。」
「別に?
ただ、巨人のお話をしているときに、
ポロッとあなたの話をしてしまうかもしれないとは思ってるわ。」
ルーカスは、眉を顰めた。
シェーンハウゼン家は、ユーリヒ家とライバル関係にある大貴族だ。
政治面でも常に対抗していて、いつもお互いの足を引っ張り合おうと必死になっている。
そこでもし、ルーカスが犯した罪の証拠を手に入れたら、喜んで政治の場に持ち出してくるだろう。
そうなれば、ユーリヒ家は貴族界で失脚するどころか、生きる場所を失う。それこそ、路頭に迷うことにー。
「もしかして、君は、僕を脅しているのかな。」
「あなたが私の願いを聞き入れなかったと分かったら
すぐにその証拠を彼に渡すようにお願いしてる。」
「まさか、君をこの屋敷から出してやるとでも思ってるのか。」
「私が帰ってこられなくても一緒。その途端に、上官は証拠をぶちまける。」
「嘘だ。俺を言いなりにするためのハッタリだろ。」
「じゃあ、やってみる?
私が言っていたことが真実だと分かったときには、
あなたはこの優雅な生活をもう二度と送れないようになっているけどね。」
恋人同士だったときだって、こんなに真っすぐになまえに瞳を見つめられたことはない。
揺れない瞳は、嘘を吐いているようには見えない。
でも、執事が証拠を残してしまうようなミスを犯すとも思えない。
ルーカスは、神童だと称えられ続けていた頭脳を必死に働かせた。
でも、どんなに考えても、選択肢はひとつしか残されていないという答えしか出てこない。
まさか、ただの田舎娘だとバカにしていたなまえに足元をすくわれるとは思ってもいなかった。
「じゃあ、僕からもひとつ、条件を出してもいいかな。」
「何?」
初めて、強気な姿勢だったなまえが狼狽えた。
どんな条件か、不安なのだろう。
でも、そんなに大したものではない。
「壁外調査の禁止令も解く。」
「え?壁外調査の禁止令出してるのもルーカスだったの!?」
なまえが目を丸くして驚く。
その姿が可愛らしくて、ルーカスは思わずクスリと笑ってしまう。
「それは知らなかったんだ。」
「…知らなかった。なんで?」
クスクスと笑うルーカスに、なまえは悔しそうに頬を膨らませる。
それがやけに可愛らしくてー。
あぁ、今すぐ抱きしめたい。
自分のものにしたいのに、どうしても出来ない。
それならー。
「君を巨人から守るためさ。
でも、君は僕よりも巨人付きのあの男を選んだ。」
「別に、巨人付きだから選んだわけじゃないけど。」
「まぁ、そうだろうけどね。だから、壁外調査の禁止令も解くよ。
そうすれば、君は壁外に出ることになるだろう。」
「そうね。私は調査兵だから。」
「その最初の壁外で君が生きて帰ってきたら、僕は本当に君を諦めると約束しよう。
でも、もし、君が死ねば、俺はあの男を、調査兵団を許さない。
どんな手を使っても潰す。いいね?」
ルーカスが出した条件に、なまえは驚いたようだった。
そして、小さく息を吐いた後、とても優しい笑みを浮かべる。
「ルーカスは優しいね。
でも、大丈夫よ。私はちゃんと生きて帰れるから。
ありがとう。」
ルーカスに頭を下げて、なまえはここに来たときとは別人のような嬉しそうな足取りで、部屋を出て行く。
あの条件の本当の恐ろしさを、何も知らないでー。