◇第六十四話◇なんて悲劇的で美しい恋物語を君は
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「この戦術の意味を教えてもらえますか?」
テーブルを挟んで座るミケ分隊長に見えるように、広げた資料を反対にして置いた。
ミケ分隊長が覗き込んで確認し始めたのは、エルヴィン団長がまだ分隊長だったときに書いた資料だった。
壁外で巨人に出くわしたときの戦闘回避方法や、戦闘になったときの戦術等が詳しく書いてあるのだけれど、経験値の差か、はたまた頭の出来が違いすぎるのか、どうしてそうなるのかが分からなくてずっと頭をひねっていたのだ。
だから、せっかくだから勉強を見てくれるという嬉しい提案をミケ分隊長がしてくれたとき、すぐにこの資料のことを思い出した。
エルヴィン団長が分隊長の頃から第一線で活躍してきているミケ分隊長なら、この戦術の意味を理解しているはずだと思った。
「あぁ、これはなー。」
資料を読み終えて顔を上げたミケ分隊長は、ジャケットの袖口を押し上げて腕を出しながら口を開いた。
やっぱり、エルヴィン団長が書いた意味の分からない文章を理解したようだった。
資料を指さしながら、巨人の数や場所に対してどのような配置が一番効率的なのかの説明を始めたミケ分隊長だったが、私はその右の手首のあたりに見覚えのある絆創膏を見つけて目が離せなくなった。
「その絆創膏…。」
無意識に声が出ていた。
それは、私が頬を切ってしまったときに、ミケ分隊長が貼ってくれたあの絆創膏だった。
そしてー。
もう遠い昔のようで、でも、ほんの昨日のことのような、そんな記憶が蘇る。
あれは、ナナバ班と一緒に壁外任務に出た私が兵舎に帰ってきた後のことだったはずだ。
数体同時に現れた奇行種の討伐に手間どり、手の甲に怪我をしてしまった私は怪我をそのままにして部屋に戻っていた。
そこに、壁外任務組が帰ってきたことを知ったルルが「おつかれ!」と部屋に会いに来てくれた。
そして、私の手の甲の怪我を見て「傷が残っちゃうよ。」と困ったように貼ってくれた絆創膏。
今、ミケ分隊長の手の甲に貼ってある絆創膏も、あのときのと同じだ。
気づかなかったけれど、おそらく、私の頬にミケ分隊長が貼ってくれたあの絆創膏もー。
「あぁ…、訓練のときに切ってしまって。
久しぶりに絆創膏を貼ってみたんだ。」
照れ臭かったのか、ミケ分隊長は言いながら反対の手で絆創膏を貼ってある右手首を隠してしまった。
でお、隠せていない彼の腕には大小問わず、新しいのからもう古いと思われるものまで、たくさんの傷がある。
本人が、久しぶりにーと言った通り、本来はあまり絆創膏を貼ったりするようなタイプではないのかもしれない。
『そんなにたくさんの絆創膏、どこに持って行くの?』
『何度言ってもボーッとして変な傷作っちゃう人がいて、
絆創膏がいくつあっても足りないから、本人にも持ってて貰おうと思って。』
『あー、好きな人ね?』
『ち、ちが…!そういうんじゃなくて…!
ただ、いつもお世話になってるから、これをあげるくらいしてもいいかなってっ!』
『そっか。じゃあ、そういうことにしとく。』
『本当だから!本当だからねっ!』
『はーい、いってらっしゃーい。』
『もう…っ。』
優しいルルだから、本当にその人のために絆創膏を持って行ってあげようと思ったのだろう。
もしかしたら、恋する乙女の、好きな人に会う口実が欲しいというのもあったのかもしれない。
怒ったように頬を染めて部屋を出て行ったルルの、好きな人に会いに行く前のワクワクしている背中を、私は今でも思い出せる。
「もしかして、ルルの訓練に付き合ってくれてた上官って
ミケ分隊長のことですか?」
「あぁ。誰にも気づかれないように隠れて努力している彼女は、本当に強い女性だった。
厳しく指導していたのに、弱音を吐かれたことは一度もない。」
その日のことを思い出したのか、自分の左手の下に隠れた絆創膏を眺めるみたいに目を伏せた。
その横顔がひどく優しくてー。
私は続けようとしていた言葉を飲み込んでしまった。
「あぁ…、この絆創膏も彼女がくれたんだ。
俺が擦り傷ばかり作ってるのに呆れて、大量に持ってきてくれた絆創膏も
残りはもうこれだけしかないが…。君にあげよう。」
ミケ分隊長はジャケットの内ポケットから小さな布袋を取り出した。
広げてくれた布袋の中に、絆創膏が幾つか入っているのが見えた。
不意にルルの甘く優しい香りがした気がした。
「それは、ミケ分隊長が持っていてあげてください。」
布袋を締めて、ミケ分隊長の手の中に包んだ。
ルルはきっと、この絆創膏はミケ分隊長に持っていてほしいはずだ。
ほんの少しだって長く、彼のそのジャケットの内ポケットの中にいたいはずだ。
「俺はあまり絆創膏は使わないんだ。」
「それなら、それでもいいですよ。
それは、ルルがミケ分隊長にあげたものだから。」
ミケ分隊長の手が躊躇いがちに布袋を握りしめた。
そしてー。
「そうだな。」
自分の手の中に包まれた布袋を見つめながら、ミケ分隊長が小さく呟く。
もしかして、それは私が持っていた方がミケ分隊長の為になったのだろうかー。
ふと、そんなことを思った。
でも、きっと、これでいい。
私がルルに出来ることなんて、もうこれくらいしかないからー。
「世界は、残酷だねって、」
「ん?」
不意に私が口を開くから、ミケ分隊長は伏せていた顔を上げた。
でも、今度は私が、絆創膏を握りしめているミケ分隊長の手を見ていた。
「世界は残酷だって、ルルが言ったんです。
私も、そう思います。
あんなに…、優しくて、強くて、綺麗で、素敵な女性を奪ったんだから…。」
「…あぁ、そうだな。」
「でも、世界は美しいと信じたいとも言ってました。」
「そう、か。」
ミケ分隊長の表情が少し柔らかくなった。
残酷だ、と言うルルよりも、美しいと言うルルの方が、彼女らしいと思ったのだろう。
私もそう思う。
『誰かを想う優しい気持ちは、絶対にその誰かの助けになるはず。
そしてそれはいつかきっとなまえを守ってくれるから。』
ルルの手紙に遺されていた優しい声を思い出す。
彼女は、どんな風にミケ分隊長のことを想っていたのだろう。
どんなに優しい気持ちで想い続けていたのだろう。
その想いは、巡り巡ってルルの何を守っていたのか、今となってはもう分からない。
でも、確かにルルは守られていたのだろう。
ミケ分隊長が、ルルを強くしたのかー。
「ルルに、美しい世界を見せてくれたのはきっと、ミケ分隊長だと思います。」
「そんなことはー。」
「世界は…、美しい…っ。本当に…っ、美しいん、ですよね…っ。」
堪えられず、涙が溢れていく。
本当に美しい世界なら、どうして、美しい心を持ったルルを奪い去ったのだろう。
どうして、ルルはいないのだろうー。
彼女はきっと、自分のせいで誰かが悲しむことを願っていない。
気持ちを胸の中にしまい続けてでも、守ろうとした大切な人の心でさえ、悲しませたくなくて、ただー。
「世界が美しいかは分からない。」
ミケ分隊長がゆっくりと喋り出した。
「ただ…、彼女と一緒に過ごした時間だけは
とても美しい世界を生きていた。それだけは、知っている。」
思わず顔を上げた私に見えたのは、布袋を愛おしそうに見つめるミケ分隊長の横顔だった。
それは、胸が締め付けられそうになるほどに優しくて、悲しくて、とても、美しい光景に見えた。
(あぁ…、ルル…っ。)
やっぱり、私は涙が止まらない。
どうして、ここにルルがいないのかと嘆くことしかできない。
今、ミケ分隊長の優しい顔を見てもいいのは、声を聞いてもいいのは、私じゃない。
私じゃないはずなのにー。
「そう…、彼女に伝えるべきだったんだろうな。」
ミケ分隊長は悲しい笑みを浮かべた。
優しい気持ちが、優しい気持ちを守ろうとしていたのか。
なんて、切ないんだろう。なんて、美しいんだろう。
切なくて、なんて悲劇的で、そして、美しい、ルルとミケ分隊長だけが語れるこの世界にたったひとつの恋物語ー。
胸をきゅっと絞ったような痛みに、やるせない悲しみが溢れ出す。
私は、ルルにも、ミケ分隊長にも、何も言ってあげられない。
しばらく、黙り込んでいると、ミケ分隊長が、何かを決意するように布袋をギュッと握りしめた。
そして、私の方を見て、口を開く。
「お前達は、俺達と同じ結末を迎えてはいけない。
ー本当のことを話す。ー。」
どうするかは君次第だー。
ミケ分隊長が、ずっと私に吐いていたという嘘を聞いてすぐ、私は駆け出していた。
テーブルを挟んで座るミケ分隊長に見えるように、広げた資料を反対にして置いた。
ミケ分隊長が覗き込んで確認し始めたのは、エルヴィン団長がまだ分隊長だったときに書いた資料だった。
壁外で巨人に出くわしたときの戦闘回避方法や、戦闘になったときの戦術等が詳しく書いてあるのだけれど、経験値の差か、はたまた頭の出来が違いすぎるのか、どうしてそうなるのかが分からなくてずっと頭をひねっていたのだ。
だから、せっかくだから勉強を見てくれるという嬉しい提案をミケ分隊長がしてくれたとき、すぐにこの資料のことを思い出した。
エルヴィン団長が分隊長の頃から第一線で活躍してきているミケ分隊長なら、この戦術の意味を理解しているはずだと思った。
「あぁ、これはなー。」
資料を読み終えて顔を上げたミケ分隊長は、ジャケットの袖口を押し上げて腕を出しながら口を開いた。
やっぱり、エルヴィン団長が書いた意味の分からない文章を理解したようだった。
資料を指さしながら、巨人の数や場所に対してどのような配置が一番効率的なのかの説明を始めたミケ分隊長だったが、私はその右の手首のあたりに見覚えのある絆創膏を見つけて目が離せなくなった。
「その絆創膏…。」
無意識に声が出ていた。
それは、私が頬を切ってしまったときに、ミケ分隊長が貼ってくれたあの絆創膏だった。
そしてー。
もう遠い昔のようで、でも、ほんの昨日のことのような、そんな記憶が蘇る。
あれは、ナナバ班と一緒に壁外任務に出た私が兵舎に帰ってきた後のことだったはずだ。
数体同時に現れた奇行種の討伐に手間どり、手の甲に怪我をしてしまった私は怪我をそのままにして部屋に戻っていた。
そこに、壁外任務組が帰ってきたことを知ったルルが「おつかれ!」と部屋に会いに来てくれた。
そして、私の手の甲の怪我を見て「傷が残っちゃうよ。」と困ったように貼ってくれた絆創膏。
今、ミケ分隊長の手の甲に貼ってある絆創膏も、あのときのと同じだ。
気づかなかったけれど、おそらく、私の頬にミケ分隊長が貼ってくれたあの絆創膏もー。
「あぁ…、訓練のときに切ってしまって。
久しぶりに絆創膏を貼ってみたんだ。」
照れ臭かったのか、ミケ分隊長は言いながら反対の手で絆創膏を貼ってある右手首を隠してしまった。
でお、隠せていない彼の腕には大小問わず、新しいのからもう古いと思われるものまで、たくさんの傷がある。
本人が、久しぶりにーと言った通り、本来はあまり絆創膏を貼ったりするようなタイプではないのかもしれない。
『そんなにたくさんの絆創膏、どこに持って行くの?』
『何度言ってもボーッとして変な傷作っちゃう人がいて、
絆創膏がいくつあっても足りないから、本人にも持ってて貰おうと思って。』
『あー、好きな人ね?』
『ち、ちが…!そういうんじゃなくて…!
ただ、いつもお世話になってるから、これをあげるくらいしてもいいかなってっ!』
『そっか。じゃあ、そういうことにしとく。』
『本当だから!本当だからねっ!』
『はーい、いってらっしゃーい。』
『もう…っ。』
優しいルルだから、本当にその人のために絆創膏を持って行ってあげようと思ったのだろう。
もしかしたら、恋する乙女の、好きな人に会う口実が欲しいというのもあったのかもしれない。
怒ったように頬を染めて部屋を出て行ったルルの、好きな人に会いに行く前のワクワクしている背中を、私は今でも思い出せる。
「もしかして、ルルの訓練に付き合ってくれてた上官って
ミケ分隊長のことですか?」
「あぁ。誰にも気づかれないように隠れて努力している彼女は、本当に強い女性だった。
厳しく指導していたのに、弱音を吐かれたことは一度もない。」
その日のことを思い出したのか、自分の左手の下に隠れた絆創膏を眺めるみたいに目を伏せた。
その横顔がひどく優しくてー。
私は続けようとしていた言葉を飲み込んでしまった。
「あぁ…、この絆創膏も彼女がくれたんだ。
俺が擦り傷ばかり作ってるのに呆れて、大量に持ってきてくれた絆創膏も
残りはもうこれだけしかないが…。君にあげよう。」
ミケ分隊長はジャケットの内ポケットから小さな布袋を取り出した。
広げてくれた布袋の中に、絆創膏が幾つか入っているのが見えた。
不意にルルの甘く優しい香りがした気がした。
「それは、ミケ分隊長が持っていてあげてください。」
布袋を締めて、ミケ分隊長の手の中に包んだ。
ルルはきっと、この絆創膏はミケ分隊長に持っていてほしいはずだ。
ほんの少しだって長く、彼のそのジャケットの内ポケットの中にいたいはずだ。
「俺はあまり絆創膏は使わないんだ。」
「それなら、それでもいいですよ。
それは、ルルがミケ分隊長にあげたものだから。」
ミケ分隊長の手が躊躇いがちに布袋を握りしめた。
そしてー。
「そうだな。」
自分の手の中に包まれた布袋を見つめながら、ミケ分隊長が小さく呟く。
もしかして、それは私が持っていた方がミケ分隊長の為になったのだろうかー。
ふと、そんなことを思った。
でも、きっと、これでいい。
私がルルに出来ることなんて、もうこれくらいしかないからー。
「世界は、残酷だねって、」
「ん?」
不意に私が口を開くから、ミケ分隊長は伏せていた顔を上げた。
でも、今度は私が、絆創膏を握りしめているミケ分隊長の手を見ていた。
「世界は残酷だって、ルルが言ったんです。
私も、そう思います。
あんなに…、優しくて、強くて、綺麗で、素敵な女性を奪ったんだから…。」
「…あぁ、そうだな。」
「でも、世界は美しいと信じたいとも言ってました。」
「そう、か。」
ミケ分隊長の表情が少し柔らかくなった。
残酷だ、と言うルルよりも、美しいと言うルルの方が、彼女らしいと思ったのだろう。
私もそう思う。
『誰かを想う優しい気持ちは、絶対にその誰かの助けになるはず。
そしてそれはいつかきっとなまえを守ってくれるから。』
ルルの手紙に遺されていた優しい声を思い出す。
彼女は、どんな風にミケ分隊長のことを想っていたのだろう。
どんなに優しい気持ちで想い続けていたのだろう。
その想いは、巡り巡ってルルの何を守っていたのか、今となってはもう分からない。
でも、確かにルルは守られていたのだろう。
ミケ分隊長が、ルルを強くしたのかー。
「ルルに、美しい世界を見せてくれたのはきっと、ミケ分隊長だと思います。」
「そんなことはー。」
「世界は…、美しい…っ。本当に…っ、美しいん、ですよね…っ。」
堪えられず、涙が溢れていく。
本当に美しい世界なら、どうして、美しい心を持ったルルを奪い去ったのだろう。
どうして、ルルはいないのだろうー。
彼女はきっと、自分のせいで誰かが悲しむことを願っていない。
気持ちを胸の中にしまい続けてでも、守ろうとした大切な人の心でさえ、悲しませたくなくて、ただー。
「世界が美しいかは分からない。」
ミケ分隊長がゆっくりと喋り出した。
「ただ…、彼女と一緒に過ごした時間だけは
とても美しい世界を生きていた。それだけは、知っている。」
思わず顔を上げた私に見えたのは、布袋を愛おしそうに見つめるミケ分隊長の横顔だった。
それは、胸が締め付けられそうになるほどに優しくて、悲しくて、とても、美しい光景に見えた。
(あぁ…、ルル…っ。)
やっぱり、私は涙が止まらない。
どうして、ここにルルがいないのかと嘆くことしかできない。
今、ミケ分隊長の優しい顔を見てもいいのは、声を聞いてもいいのは、私じゃない。
私じゃないはずなのにー。
「そう…、彼女に伝えるべきだったんだろうな。」
ミケ分隊長は悲しい笑みを浮かべた。
優しい気持ちが、優しい気持ちを守ろうとしていたのか。
なんて、切ないんだろう。なんて、美しいんだろう。
切なくて、なんて悲劇的で、そして、美しい、ルルとミケ分隊長だけが語れるこの世界にたったひとつの恋物語ー。
胸をきゅっと絞ったような痛みに、やるせない悲しみが溢れ出す。
私は、ルルにも、ミケ分隊長にも、何も言ってあげられない。
しばらく、黙り込んでいると、ミケ分隊長が、何かを決意するように布袋をギュッと握りしめた。
そして、私の方を見て、口を開く。
「お前達は、俺達と同じ結末を迎えてはいけない。
ー本当のことを話す。ー。」
どうするかは君次第だー。
ミケ分隊長が、ずっと私に吐いていたという嘘を聞いてすぐ、私は駆け出していた。