◇第六十一話◇閉じるしかなった心の扉
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ソファに座ったアニは、キョロキョロと部屋を見渡していた。
憲兵団施設のアニの宿舎は見たことがないけれど、彼女の部屋は同期との2人部屋で、個室ではないらしく、自分の部屋よりもだいぶ広いと驚いていた。
「こんなに広い部屋、私にはもったいないと思うんだけどね。
物もあんまりないし。」
どうぞー、とアニに紅茶を渡して、隣に並んで私もソファに腰をおろした。
私の部屋を見渡し「それもそうだね。」と正直に頷いたアニは、紅茶を口に運ぼうとはせず、膝元に置いて口を開いた。
「調査兵団って普段、何してんの?」
「んー、訓練とか?」
「それだけ?」
「後は、そうだなぁ。書類仕事もあるし、他の兵団のお手伝いしてることもあるし、
あー、今は新兵はトロスト区の見回りしてるよ。」
「アンタは?」
「私?私が最近してるのは巨人の実験かなぁ。」
「へぇ~、この前の壁外調査で捕獲したって巨人?」
「よく知ってるね。」
「憲兵でも噂になってたからね。どんな実験してるの?」
「まぁ、いろいろだよ。
それより、楽しい話しようよ。非番の日まで巨人実験のことは考えたくないっ。」
頭を抱えて大袈裟に言う私に納得したのか、アニはようやく紅茶を口に運んだ。
それからしばらくは、お互いに最近あったことを話した。
でも、結局、私もアニも兵士をしているから、世間話でさえも兵団関連ばかりになってしまう。
話の流れで、トロスト区に巨人が襲来した日のことになったとき、私は、少し前に巨人実験をしながらふと思ったことを思い出した。
「超大型巨人と鎧の巨人も巨人化出来る人間なのかなぁ。」
「え?」
心の中で呟いたはずだったのだが、声に出ていたようだ。
驚いた様子で私を見るアニの顔で気が付いた。
そもそもエレンが巨人化出来るということ自体が信じられないことなのに、他にもそんな人間がいるかもしれないなんて話、それこそ頭がおかしいと思うに違いない。
「ごめん、変なこと言ったね。
ちょっと思っただけなの。そんなわけないよね。」
慌てたように誤魔化した。
一度はアニもそれで納得しようとしてくれたようだったけれど、紅茶を口に運ぼうとしてやめると、私に訊ねてきた。
「巨人化出来る人間がエレン以外にもいるかもしれないって、
調査兵団は思ってるってこと?」
「まさかっ!そんなわけわかんないこと思ったのは私だけだよ。
そんな話、エルヴィン団長達から聞いたことないもの。」
「へぇ。さすが、バカなアンタだけあるね。」
「失礼なんだけど、すごく。」
じとーっとした目で見ると、アニが困ったよな笑みを隠すように紅茶を口に運んだ。
そして、ローテーブルにティーカップを置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ。」
「んー?」
「たとえば、あの地獄を作ったのが巨人化出来る人間だったら、
アンタはどうする?」
突然そんなことを訊ねてきたアニは、自分がローテーブルに置いたティーカップをじーっと見つめていた。
私が変なことを言ってしまったから、気になったのだろうか。
でも、その質問の答えなら決まっている。
きっと、人類皆同じだー。
「許さない。」
自分でも驚くほどに、冷たく地を這う声だった。
あぁ、私も巨人を恨んでいるのだと、改めて実感してしまうほどー。
アニも私の冷たい声に驚いたのかもしれない。
目を見開いて、口を開いたまま言葉を発しない彼女に、私は続けた。
「私の親友は超大型巨人が蹴った瓦礫に身体を潰されて死んだ。
調査兵で出逢った親友は私を助けるために巨人に喰われた。
もし、そのすべてが理性のある人間の仕業なら、私は絶対に許さない。」
「…そうだよね。許さないよね。アタシもだよ。
頭のおかしい奴らは許さない。絶対に。」
アニは握りしめた拳を睨みつけながら、酷く憎そうに声を押し出した。
彼女にも、巨人を恨む何か理由があるのかもしれない。
憲兵になったのは自分のためだと言っていたけれど、それも今彼女を苦しめている何かと関係があるのかもしれない。
そう思ったけれど、それを訊ねることは出来ない。
アニはそれを離したくなさそうだし、誰にも触れてほしくないところはあると思うからー。
こんな混沌とした世の中なら、尚更だー。
「紅茶のおかわり淹れてくるね。」
アニの頭を優しく撫でて、私は立ち上がった。
空になったティーカップに手を伸ばそうとして、アニに手を掴まれる。
驚いてアニを見ると、さっきまで握りしめた自分の拳を見ていた彼女の瞳が、真っすぐと私を見据えている。
どこか怯えたような、不安そうな、色をしてー。
「もしさ…、その巨人化出来る人間が、アタシだったらさ、どうする?」
怯える不安そうな瞳とは対照的な、とても恐ろしい仮定の話。
誰が見たって、アニが冗談を言っているようには見えなかったはずだった。
でも、私は気づけなかった。
今日はいつもと雰囲気の違うアニが、知らない誰かみたいで怖かったからじゃない。
アニが、私の知っている優しくて可愛い妹のようなアニのままだったからー。
だから、その仮定が現実になったらと想像するのも怖くて、私は気づかないことにしたのかもしれない。
「もう~、何言ってるの?
私の可愛いアニちゃんが、あんな気持ち悪い顔した巨人なわけないじゃんっ。」
私は笑った。
可笑しそうに笑って、でも、アニがどこかへ行ってしまいそうな気がして怖くなって、強く抱きしめた。
腕の中で、一瞬だけアニが身体をかたくしたけれど、その後、アニの手は自分の胸の前にまわる私の腕に触れた。
強く握りしめるように、ギュッと抱きしめるみたいに、縋るように私の腕に触れたアニの手は、私に何を求めていたのだろう。
私に助けを求めていたのだろうか。
でも、このときの私は、これから起こる地獄のような悲劇なんて知るわけもなくて、胸の奥に広がる言いようのない不安を誤魔化すのに精一杯だった。
どれくらいの勇気と覚悟を持って、そして、どんな気持ちで、アニが私にこんなことを訊ねたのか、分からない。
でも、私はきっと、選択を間違えた。
強くて優しいアニを好きになって、一緒にいたいからっていう私のワガママで頑ななアニの心に土足で踏み込もうとしていたのなら、ちゃんと向き合わなきゃいけなかったのにー。
そうすれば、あんなに…悲しい結末は訪れなかったのだろうか。
どんなに後悔しても、時は戻せないことを私は嫌というほどに思い知ったはずなのに、私はまだ何も分からないままで、私の腕から離れたアニの手を、掴んでやることもしなかった。
憲兵団施設のアニの宿舎は見たことがないけれど、彼女の部屋は同期との2人部屋で、個室ではないらしく、自分の部屋よりもだいぶ広いと驚いていた。
「こんなに広い部屋、私にはもったいないと思うんだけどね。
物もあんまりないし。」
どうぞー、とアニに紅茶を渡して、隣に並んで私もソファに腰をおろした。
私の部屋を見渡し「それもそうだね。」と正直に頷いたアニは、紅茶を口に運ぼうとはせず、膝元に置いて口を開いた。
「調査兵団って普段、何してんの?」
「んー、訓練とか?」
「それだけ?」
「後は、そうだなぁ。書類仕事もあるし、他の兵団のお手伝いしてることもあるし、
あー、今は新兵はトロスト区の見回りしてるよ。」
「アンタは?」
「私?私が最近してるのは巨人の実験かなぁ。」
「へぇ~、この前の壁外調査で捕獲したって巨人?」
「よく知ってるね。」
「憲兵でも噂になってたからね。どんな実験してるの?」
「まぁ、いろいろだよ。
それより、楽しい話しようよ。非番の日まで巨人実験のことは考えたくないっ。」
頭を抱えて大袈裟に言う私に納得したのか、アニはようやく紅茶を口に運んだ。
それからしばらくは、お互いに最近あったことを話した。
でも、結局、私もアニも兵士をしているから、世間話でさえも兵団関連ばかりになってしまう。
話の流れで、トロスト区に巨人が襲来した日のことになったとき、私は、少し前に巨人実験をしながらふと思ったことを思い出した。
「超大型巨人と鎧の巨人も巨人化出来る人間なのかなぁ。」
「え?」
心の中で呟いたはずだったのだが、声に出ていたようだ。
驚いた様子で私を見るアニの顔で気が付いた。
そもそもエレンが巨人化出来るということ自体が信じられないことなのに、他にもそんな人間がいるかもしれないなんて話、それこそ頭がおかしいと思うに違いない。
「ごめん、変なこと言ったね。
ちょっと思っただけなの。そんなわけないよね。」
慌てたように誤魔化した。
一度はアニもそれで納得しようとしてくれたようだったけれど、紅茶を口に運ぼうとしてやめると、私に訊ねてきた。
「巨人化出来る人間がエレン以外にもいるかもしれないって、
調査兵団は思ってるってこと?」
「まさかっ!そんなわけわかんないこと思ったのは私だけだよ。
そんな話、エルヴィン団長達から聞いたことないもの。」
「へぇ。さすが、バカなアンタだけあるね。」
「失礼なんだけど、すごく。」
じとーっとした目で見ると、アニが困ったよな笑みを隠すように紅茶を口に運んだ。
そして、ローテーブルにティーカップを置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ。」
「んー?」
「たとえば、あの地獄を作ったのが巨人化出来る人間だったら、
アンタはどうする?」
突然そんなことを訊ねてきたアニは、自分がローテーブルに置いたティーカップをじーっと見つめていた。
私が変なことを言ってしまったから、気になったのだろうか。
でも、その質問の答えなら決まっている。
きっと、人類皆同じだー。
「許さない。」
自分でも驚くほどに、冷たく地を這う声だった。
あぁ、私も巨人を恨んでいるのだと、改めて実感してしまうほどー。
アニも私の冷たい声に驚いたのかもしれない。
目を見開いて、口を開いたまま言葉を発しない彼女に、私は続けた。
「私の親友は超大型巨人が蹴った瓦礫に身体を潰されて死んだ。
調査兵で出逢った親友は私を助けるために巨人に喰われた。
もし、そのすべてが理性のある人間の仕業なら、私は絶対に許さない。」
「…そうだよね。許さないよね。アタシもだよ。
頭のおかしい奴らは許さない。絶対に。」
アニは握りしめた拳を睨みつけながら、酷く憎そうに声を押し出した。
彼女にも、巨人を恨む何か理由があるのかもしれない。
憲兵になったのは自分のためだと言っていたけれど、それも今彼女を苦しめている何かと関係があるのかもしれない。
そう思ったけれど、それを訊ねることは出来ない。
アニはそれを離したくなさそうだし、誰にも触れてほしくないところはあると思うからー。
こんな混沌とした世の中なら、尚更だー。
「紅茶のおかわり淹れてくるね。」
アニの頭を優しく撫でて、私は立ち上がった。
空になったティーカップに手を伸ばそうとして、アニに手を掴まれる。
驚いてアニを見ると、さっきまで握りしめた自分の拳を見ていた彼女の瞳が、真っすぐと私を見据えている。
どこか怯えたような、不安そうな、色をしてー。
「もしさ…、その巨人化出来る人間が、アタシだったらさ、どうする?」
怯える不安そうな瞳とは対照的な、とても恐ろしい仮定の話。
誰が見たって、アニが冗談を言っているようには見えなかったはずだった。
でも、私は気づけなかった。
今日はいつもと雰囲気の違うアニが、知らない誰かみたいで怖かったからじゃない。
アニが、私の知っている優しくて可愛い妹のようなアニのままだったからー。
だから、その仮定が現実になったらと想像するのも怖くて、私は気づかないことにしたのかもしれない。
「もう~、何言ってるの?
私の可愛いアニちゃんが、あんな気持ち悪い顔した巨人なわけないじゃんっ。」
私は笑った。
可笑しそうに笑って、でも、アニがどこかへ行ってしまいそうな気がして怖くなって、強く抱きしめた。
腕の中で、一瞬だけアニが身体をかたくしたけれど、その後、アニの手は自分の胸の前にまわる私の腕に触れた。
強く握りしめるように、ギュッと抱きしめるみたいに、縋るように私の腕に触れたアニの手は、私に何を求めていたのだろう。
私に助けを求めていたのだろうか。
でも、このときの私は、これから起こる地獄のような悲劇なんて知るわけもなくて、胸の奥に広がる言いようのない不安を誤魔化すのに精一杯だった。
どれくらいの勇気と覚悟を持って、そして、どんな気持ちで、アニが私にこんなことを訊ねたのか、分からない。
でも、私はきっと、選択を間違えた。
強くて優しいアニを好きになって、一緒にいたいからっていう私のワガママで頑ななアニの心に土足で踏み込もうとしていたのなら、ちゃんと向き合わなきゃいけなかったのにー。
そうすれば、あんなに…悲しい結末は訪れなかったのだろうか。
どんなに後悔しても、時は戻せないことを私は嫌というほどに思い知ったはずなのに、私はまだ何も分からないままで、私の腕から離れたアニの手を、掴んでやることもしなかった。