◇第六十話◇星のない夜
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ペンを持つ手の動きは鈍く、頭もあまりまわっていなかった。
シンと静まり返る座学室、資料として持ってきた本とノートを広げる私は、自分に与えられた壁外任務のことで頭がいっぱいだった。
いや、違う。
ルルが死んだときのこと、そして、同じように死んでいく自分の姿を頭の中に思い浮かべては、言葉にできない不安に襲われていた。
窓を叩く雨音は酷くなるばかりで、勉強に集中して余計なことは考えないようにしようとする私の邪魔をしてくる。
巨人の大群がまた現れる可能性の高い巨大樹の森での壁外任務は、出発日まで時間が設けられていた。
それまでに完璧に準備を済ませ、目標の9割帰還を達成するためだ。
『ここに名前のある兵士の最低1割は
次回の壁外調査に参加して死ぬ思いはしなくてよくなるってことか。』
リヴァイ兵長がエルヴィン団長に言った言葉が、頭の中でグルグル、グルグルと回っている。
死にたくない。でも、行きたくないとも言えない。
私は、兵士だ。
もう誰のせいにもしないで、自分の意志で調査兵団の兵士になると決めたときに、もう絶対に逃げないと決めたのだ。
公に心臓を捧げると、そう決めたからー。
「今、いいか。」
座学室の扉から顔を出したのは、ミケ分隊長だった。
最近よくミケ分隊長に会う気がする。
ナナバさんに場所を聞いてやってきたというミケ分隊長は、ひとつ前の席の椅子を後ろに向けると、私と向かい合うように腰をおろした。
「何かあったんですか?」
私はペンをノートの上に置いて尋ねた。
わざわざミケ分隊長が私を探してくるなんて珍しい。
きっと、とても、大切な話をするのだろうと思った。
「本当に壁外任務に行くつもりか。」
ミケ分隊長は、前置きも何もなしに、いきなり本題に入った。
普段から無口で、朴訥としているミケ分隊長らしい。
「エルヴィン団長の指示であれば、私はどこへでも行きますよ。」
私の答えを聞いて、ミケ分隊長はしばらく黙り込んだ後に「そうか。」と小さく呟いた。
私が命じられた壁外任務は、ミケ分隊長の分隊が主体になって行うことになっている。私のように他の分隊の隊員もいるが、ごく数名だけだ。
リヴァイ兵長はもちろんのこと、エルヴィン団長も参加しない。
だから、今回の壁外任務の責任者はミケ分隊長だ。
それもあって、私のことを気に掛けてくれたのかもしれない。
「私はもう大丈夫ですよ。強くあろうって決めたんです。
もう二度と、大切な人を失わないように。」
力強く握った拳が、ノートに皴を作った。
頭の中に蘇るルルの最期、そして、それに重ねてしまう自分が巨人に喰われている姿。消えてくれないリヴァイ兵長の声。
それでも、私は逃げるわけにはいかない。
ルルがくれた第二の人生を、逃げるために使いたくはない。
強く戦う、勇敢で、カッコよくて、そして、とても大切な人達の隣に少しでも長くいられるように、私はもう逃げない。
「これを、君に持ってきた。」
ミケ分隊長は、そう言って、ジャケットの胸ポケットから何かを取り出した。
小さな布に見えたそれは、自由の翼の紋章だった。
兵団服のジャケットから切り取ったもののようだった。
切り取られた自由の翼を、私は何度か見たことがある。
壁外任務や壁外調査で命を賭して戦った勇敢な兵士の生きた証として残している兵士がいたり、または、身体を取り返せなかった兵士のジャケットからせめてものカタチとして切り取りご家族に渡すこともある。
私も実際、この小さな生きた証をご家族に渡しに行ったことがある。
それはひどく、ひどくつらい任務だったけれど、とても大切な任務でもあると思っている。
私達仲間が、大切な仲間にしてやれる、最後の仕事だからー。
(これも誰かの生きた証なのだろうか。)
そう思って触れようとした手は、ミケ分隊長が続けた言葉で動きを止めた。
「ルル・クレーデルのものだ。」
「…!」
「さっき、彼女のご両親のところへ行って頂いてきた。
君に持たせてやりたいと言えば、喜んで用意してくれたそうだ。」
ミケ分隊長はそう言って、皴の寄ったノートの上にルルの生きた証を置いた。
私は、恐る恐る手を伸ばす。
紋章に触れると、少しひんやりしていて、ルルじゃないーと思った。
でもー。
私が触れられるルルは、もうこれしかないー。
「君たちはふたりでひとつなのだろう?」
「…っ、はい…っ。」
「彼女はいつも君と共に戦いたいと言っていた。
そのためだけに死ぬほどつらい訓練も耐え抜いたとても強い兵士だ。
きっと君の助けになる。」
だから、連れて行ってやってくれー。
ミケ分隊長は、私の手のひらを広げると、その中にルルの生きた証を包ませた。
私の手の温もりが、自由の翼の紋章を少しだけ温める。
「おかえり、ルル…っ。」
私の手の中におさまってしまうくらいに小さくなってしまった大切な親友を、強く強く抱きしめた。
巨大樹の森に置き去りにしてしまったと思っていたルルが、家族の元へ帰れたことは知っていたけれど、でも、私の中のルルはいつまでも巨大樹の森で独りぼっちだった。
それが寂しくて、悲しくて、悔しくて、本当はずっと堪えられなかった。
助けに行きたいと思っても、私はもう巨大樹の森にルルはいないことを知っているからどうしようもなくてー。
(やっと…っ、会えた…っ。)
私の涙が、自由の紋章を濡らす。
いつまでも降り続く土砂降りの雨が、誰かの悲鳴みたいに窓を激しく叩いていた。
シンと静まり返る座学室、資料として持ってきた本とノートを広げる私は、自分に与えられた壁外任務のことで頭がいっぱいだった。
いや、違う。
ルルが死んだときのこと、そして、同じように死んでいく自分の姿を頭の中に思い浮かべては、言葉にできない不安に襲われていた。
窓を叩く雨音は酷くなるばかりで、勉強に集中して余計なことは考えないようにしようとする私の邪魔をしてくる。
巨人の大群がまた現れる可能性の高い巨大樹の森での壁外任務は、出発日まで時間が設けられていた。
それまでに完璧に準備を済ませ、目標の9割帰還を達成するためだ。
『ここに名前のある兵士の最低1割は
次回の壁外調査に参加して死ぬ思いはしなくてよくなるってことか。』
リヴァイ兵長がエルヴィン団長に言った言葉が、頭の中でグルグル、グルグルと回っている。
死にたくない。でも、行きたくないとも言えない。
私は、兵士だ。
もう誰のせいにもしないで、自分の意志で調査兵団の兵士になると決めたときに、もう絶対に逃げないと決めたのだ。
公に心臓を捧げると、そう決めたからー。
「今、いいか。」
座学室の扉から顔を出したのは、ミケ分隊長だった。
最近よくミケ分隊長に会う気がする。
ナナバさんに場所を聞いてやってきたというミケ分隊長は、ひとつ前の席の椅子を後ろに向けると、私と向かい合うように腰をおろした。
「何かあったんですか?」
私はペンをノートの上に置いて尋ねた。
わざわざミケ分隊長が私を探してくるなんて珍しい。
きっと、とても、大切な話をするのだろうと思った。
「本当に壁外任務に行くつもりか。」
ミケ分隊長は、前置きも何もなしに、いきなり本題に入った。
普段から無口で、朴訥としているミケ分隊長らしい。
「エルヴィン団長の指示であれば、私はどこへでも行きますよ。」
私の答えを聞いて、ミケ分隊長はしばらく黙り込んだ後に「そうか。」と小さく呟いた。
私が命じられた壁外任務は、ミケ分隊長の分隊が主体になって行うことになっている。私のように他の分隊の隊員もいるが、ごく数名だけだ。
リヴァイ兵長はもちろんのこと、エルヴィン団長も参加しない。
だから、今回の壁外任務の責任者はミケ分隊長だ。
それもあって、私のことを気に掛けてくれたのかもしれない。
「私はもう大丈夫ですよ。強くあろうって決めたんです。
もう二度と、大切な人を失わないように。」
力強く握った拳が、ノートに皴を作った。
頭の中に蘇るルルの最期、そして、それに重ねてしまう自分が巨人に喰われている姿。消えてくれないリヴァイ兵長の声。
それでも、私は逃げるわけにはいかない。
ルルがくれた第二の人生を、逃げるために使いたくはない。
強く戦う、勇敢で、カッコよくて、そして、とても大切な人達の隣に少しでも長くいられるように、私はもう逃げない。
「これを、君に持ってきた。」
ミケ分隊長は、そう言って、ジャケットの胸ポケットから何かを取り出した。
小さな布に見えたそれは、自由の翼の紋章だった。
兵団服のジャケットから切り取ったもののようだった。
切り取られた自由の翼を、私は何度か見たことがある。
壁外任務や壁外調査で命を賭して戦った勇敢な兵士の生きた証として残している兵士がいたり、または、身体を取り返せなかった兵士のジャケットからせめてものカタチとして切り取りご家族に渡すこともある。
私も実際、この小さな生きた証をご家族に渡しに行ったことがある。
それはひどく、ひどくつらい任務だったけれど、とても大切な任務でもあると思っている。
私達仲間が、大切な仲間にしてやれる、最後の仕事だからー。
(これも誰かの生きた証なのだろうか。)
そう思って触れようとした手は、ミケ分隊長が続けた言葉で動きを止めた。
「ルル・クレーデルのものだ。」
「…!」
「さっき、彼女のご両親のところへ行って頂いてきた。
君に持たせてやりたいと言えば、喜んで用意してくれたそうだ。」
ミケ分隊長はそう言って、皴の寄ったノートの上にルルの生きた証を置いた。
私は、恐る恐る手を伸ばす。
紋章に触れると、少しひんやりしていて、ルルじゃないーと思った。
でもー。
私が触れられるルルは、もうこれしかないー。
「君たちはふたりでひとつなのだろう?」
「…っ、はい…っ。」
「彼女はいつも君と共に戦いたいと言っていた。
そのためだけに死ぬほどつらい訓練も耐え抜いたとても強い兵士だ。
きっと君の助けになる。」
だから、連れて行ってやってくれー。
ミケ分隊長は、私の手のひらを広げると、その中にルルの生きた証を包ませた。
私の手の温もりが、自由の翼の紋章を少しだけ温める。
「おかえり、ルル…っ。」
私の手の中におさまってしまうくらいに小さくなってしまった大切な親友を、強く強く抱きしめた。
巨大樹の森に置き去りにしてしまったと思っていたルルが、家族の元へ帰れたことは知っていたけれど、でも、私の中のルルはいつまでも巨大樹の森で独りぼっちだった。
それが寂しくて、悲しくて、悔しくて、本当はずっと堪えられなかった。
助けに行きたいと思っても、私はもう巨大樹の森にルルはいないことを知っているからどうしようもなくてー。
(やっと…っ、会えた…っ。)
私の涙が、自由の紋章を濡らす。
いつまでも降り続く土砂降りの雨が、誰かの悲鳴みたいに窓を激しく叩いていた。