◇第五十七話◇不穏のはじまり(下)
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ワインの染みが広がっていくクローテのタキシードを前に、なまえはどんどん顔色を悪くしていった。
自分からぶつかって、わざとワインをこぼしておいて申し訳ないが、このままなまえのせいにさせてもらうつもりだ。
「あらら~。これ、すっげぇ高いのに。
どうしてくれんの?」
「ごめんなさい…っ。弁償を…!」
「出来んの?出来ないよねぇ~。たかだか下っ端の兵士なんかじゃ。
まぁ、アンタのとこの団長さんだって無理だと思うけどね。」
意地悪く口元を歪め、クローテはなまえを見下す。
絶望に歪む綺麗な顔を上から見下ろすのは、こんなに気持ちがいいものなのか。
これなら、何度だって経験したいものだ。
「君が自分からぶつかってきただろ。
言いがかりはやめてくれないかな。」
あの優男がなまえの肩を守るように抱いた。
ナナバとか言ったか。
本当にコイツは邪魔だ。
なまえは今から自分のものになるのに、勝手に触っているのも許せない。
「はぁ?俺がやったって証拠はあるのかよ?
そっちこそ言いがかりはやめてくれよ。
こっちは出るとこ出てもいいんだぜ?」
「ナナバさん、あんまり騒ぎを大きくしたら、調査兵団に迷惑が…っ。
ここは、私がちゃんと言う通りにしますから。」
「ほーら、なまえはよくわかってるな。
褒めてやる代わりに、弁償しなくてもいい優しい案を提案してやろうじゃねぇか。」
「優しい案だと?」
訝し気に眉を歪めたのはナナバだった。
なまえはナナバの片腕に抱かれて、不安そうにその胸に手を添えている。
本当に腹が立つ。
その細くて綺麗な手も、あるべきはそこじゃない。
「お前、俺の女になれ。」
「え?」
「調査兵団なんて頭の悪い集団をやめて、俺のものになるっていうなら
許してやってもいいぜ。」
思ってもいなかったらしい提案に驚き目を見開くなまえを見下ろし、クローテはニヤりと口元を歪めた。
ここでもしなまえが断れば、弁償させればいいだけだ。
弁償が出来ないとなれば、身体で払わせてもいい。それにすら抵抗するのなら、それこそ調査兵団への資金援助は打ち切るように父親に頼むつもりだ。
(まぁ、どっちにしろ、この女に選択権なんかねぇんだよ。)
返事を貰う前から、クローテは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
なまえを守る紳士を気取るナナバという優男も調査兵だと聞いている。
ということは、調査兵団を守るためには、なまえを差し出すしかないのだ。
さっきまで、自信満々に守っていた女を差し出すときの間抜けな優男の顔を早く拝みたいー。
そう思って、返事に躊躇っているなまえからナナバに視線を移したクローテは、たじろいだ。
ナナバがこちらに向けている蔑むような目と、目が合う。
そこに映っているのは、もしかして自分なのか。
兵士風情に、哀れそうに見られているのか。貴族である自分がー。
「そっちが条件交渉に出るなら、こっちからもいいよな。」
ナナバはそう言うと、身体を前のめりにしてクローテの耳元に口を近づけてきた。
そして。
「もし、なまえがどうしても欲しいならー。」
ナナバが続けた言葉に、クローテから血の気が引いていく。
恐ろしさで身体が震えて、無意識に逃げるように数歩後ずさった後、膝から崩れ落ちた。
「それじゃ、私達は帰らせてもらうよ。
エルヴィン団長がお呼びのようだ。」
さっきまで見下しているつもりだったナナバから、クローテは見下ろされる。
でも、悔しさを感じる余裕もないほどに、クローテの頭は恐怖が支配していた。
声さえも出ずに、何度も頷くだけで必死だった。
何が起こったか分からない様子のなまえの肩を抱いたまま、ナナバが背を向けて歩き出す。
「さぁ、もう大丈夫だよ。」
「ナナバさん、どんな条件を出したんですか?」
「条件?あぁ…!
誰でも優しくなる魔法の呪文を囁いただけだよ。」
「魔法の呪文ですか?」
「そう、魔法の呪文。」
ククッと笑うナナバの背中が上下に小さく揺れていた。
何が魔法の呪文だ。
クローテが聞かされたのは、そんな可愛らしいものではない。
悪魔の囁きだ。悪魔の手先が、悪魔の囁きを落としていっただけだ。
「ねぇ、君。」
突然、後ろから声をかけられてクローテは情けないほどにビクッと肩を揺らして怯えた。
ゆっくりと振り返れば、見覚えのある貴族の男がいた。
この男も、さっきのナナバのように女のような線をしていて、昔からいけ好かない。
名前は聞いたことはあるが、覚えたくないから忘れた。
でも、貴族の女達のほとんどがこの優男を追いかけていて、本当に嫌いだ。むしろ憎い。
身長はあるようだが、男なんだから、自分のように横に大きい方がいいに決まっている。太い方がいいに決まっているのだ。
それに、貴族としての階級が自分より高いところも気に入らないことの理由のひとつにある。
「…なんだよ。」
「彼女とは知り合いなの?」
優男がそう言って視線で追いかけているのは、ナナバに肩を抱かれているなまえだ。
そういうことか。
このパーティーでなまえを見て欲しくなったのだろう。
コイツも自分と同じじゃないか。
「あの女のこと知りたいかー。」
意地悪く口元を歪めたクローテは、さっきの悪魔の囁きを優男にも聞かせてやった。
悪魔の囁きに、優男が眉を顰めるから、なんとなく勝った気になる。
優越感に浸るクローテに、優男が言う。
「…それは、本人が言ったのかい?」
「誰でもいいじゃねーか。うるせぇなっ。」
苛立った口調で言えば、ようやく優男は口を閉ざした。
そして、なまえが消えていった方をまっすぐに見つめだす。
女みたいに未練がましい男だなー。
貴族の女が引く手あまたなくせに、他の女を見ている優男が無性にムカついて、ギロリとひと睨みした後、クローテは立ち上がった。
(あのクソ女。俺のもんにならねぇなら調査兵団ごとぶっ潰してやる。)
心の中で悪態を吐いて去っていこうとするクローテの肩を誰かに掴まれた。
驚いて振り返ると、あの優男が端正な顔を美しく歪めて笑みを作っていた。
「なまえを困らせるようなことしたら、
人類最強の兵士に殺される前に、俺が君の人生をぶっ壊すからね。」
優しい声色と綺麗な笑顔なのに、目だけが笑っていない。
この男は普通じゃないー。
背筋がゾクリと冷える。
こういう輩をクローテは何度か見たことがあった。
自分の利益のためなら、平気で他人を蹴落とすことが出来る心のない悪魔はどの世界にもいるものだ。
そういう悪魔に人生を壊され、死ぬよりもツラい地獄に突き落とされた仲間を知っている。
まるでデジャヴのように、クローテは必死に首を縦に振った。
やっぱり、どんなにいい女に見えても、壁外に喜んで飛び出していくような頭のおかしい集団とは関わらない方がいい。
頭がおかしい男どころか、悪魔まで出てきやがるー。
ブルブルッと身体を震わせて、クローテはその日、早めに屋敷に戻った。
自分からぶつかって、わざとワインをこぼしておいて申し訳ないが、このままなまえのせいにさせてもらうつもりだ。
「あらら~。これ、すっげぇ高いのに。
どうしてくれんの?」
「ごめんなさい…っ。弁償を…!」
「出来んの?出来ないよねぇ~。たかだか下っ端の兵士なんかじゃ。
まぁ、アンタのとこの団長さんだって無理だと思うけどね。」
意地悪く口元を歪め、クローテはなまえを見下す。
絶望に歪む綺麗な顔を上から見下ろすのは、こんなに気持ちがいいものなのか。
これなら、何度だって経験したいものだ。
「君が自分からぶつかってきただろ。
言いがかりはやめてくれないかな。」
あの優男がなまえの肩を守るように抱いた。
ナナバとか言ったか。
本当にコイツは邪魔だ。
なまえは今から自分のものになるのに、勝手に触っているのも許せない。
「はぁ?俺がやったって証拠はあるのかよ?
そっちこそ言いがかりはやめてくれよ。
こっちは出るとこ出てもいいんだぜ?」
「ナナバさん、あんまり騒ぎを大きくしたら、調査兵団に迷惑が…っ。
ここは、私がちゃんと言う通りにしますから。」
「ほーら、なまえはよくわかってるな。
褒めてやる代わりに、弁償しなくてもいい優しい案を提案してやろうじゃねぇか。」
「優しい案だと?」
訝し気に眉を歪めたのはナナバだった。
なまえはナナバの片腕に抱かれて、不安そうにその胸に手を添えている。
本当に腹が立つ。
その細くて綺麗な手も、あるべきはそこじゃない。
「お前、俺の女になれ。」
「え?」
「調査兵団なんて頭の悪い集団をやめて、俺のものになるっていうなら
許してやってもいいぜ。」
思ってもいなかったらしい提案に驚き目を見開くなまえを見下ろし、クローテはニヤりと口元を歪めた。
ここでもしなまえが断れば、弁償させればいいだけだ。
弁償が出来ないとなれば、身体で払わせてもいい。それにすら抵抗するのなら、それこそ調査兵団への資金援助は打ち切るように父親に頼むつもりだ。
(まぁ、どっちにしろ、この女に選択権なんかねぇんだよ。)
返事を貰う前から、クローテは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
なまえを守る紳士を気取るナナバという優男も調査兵だと聞いている。
ということは、調査兵団を守るためには、なまえを差し出すしかないのだ。
さっきまで、自信満々に守っていた女を差し出すときの間抜けな優男の顔を早く拝みたいー。
そう思って、返事に躊躇っているなまえからナナバに視線を移したクローテは、たじろいだ。
ナナバがこちらに向けている蔑むような目と、目が合う。
そこに映っているのは、もしかして自分なのか。
兵士風情に、哀れそうに見られているのか。貴族である自分がー。
「そっちが条件交渉に出るなら、こっちからもいいよな。」
ナナバはそう言うと、身体を前のめりにしてクローテの耳元に口を近づけてきた。
そして。
「もし、なまえがどうしても欲しいならー。」
ナナバが続けた言葉に、クローテから血の気が引いていく。
恐ろしさで身体が震えて、無意識に逃げるように数歩後ずさった後、膝から崩れ落ちた。
「それじゃ、私達は帰らせてもらうよ。
エルヴィン団長がお呼びのようだ。」
さっきまで見下しているつもりだったナナバから、クローテは見下ろされる。
でも、悔しさを感じる余裕もないほどに、クローテの頭は恐怖が支配していた。
声さえも出ずに、何度も頷くだけで必死だった。
何が起こったか分からない様子のなまえの肩を抱いたまま、ナナバが背を向けて歩き出す。
「さぁ、もう大丈夫だよ。」
「ナナバさん、どんな条件を出したんですか?」
「条件?あぁ…!
誰でも優しくなる魔法の呪文を囁いただけだよ。」
「魔法の呪文ですか?」
「そう、魔法の呪文。」
ククッと笑うナナバの背中が上下に小さく揺れていた。
何が魔法の呪文だ。
クローテが聞かされたのは、そんな可愛らしいものではない。
悪魔の囁きだ。悪魔の手先が、悪魔の囁きを落としていっただけだ。
「ねぇ、君。」
突然、後ろから声をかけられてクローテは情けないほどにビクッと肩を揺らして怯えた。
ゆっくりと振り返れば、見覚えのある貴族の男がいた。
この男も、さっきのナナバのように女のような線をしていて、昔からいけ好かない。
名前は聞いたことはあるが、覚えたくないから忘れた。
でも、貴族の女達のほとんどがこの優男を追いかけていて、本当に嫌いだ。むしろ憎い。
身長はあるようだが、男なんだから、自分のように横に大きい方がいいに決まっている。太い方がいいに決まっているのだ。
それに、貴族としての階級が自分より高いところも気に入らないことの理由のひとつにある。
「…なんだよ。」
「彼女とは知り合いなの?」
優男がそう言って視線で追いかけているのは、ナナバに肩を抱かれているなまえだ。
そういうことか。
このパーティーでなまえを見て欲しくなったのだろう。
コイツも自分と同じじゃないか。
「あの女のこと知りたいかー。」
意地悪く口元を歪めたクローテは、さっきの悪魔の囁きを優男にも聞かせてやった。
悪魔の囁きに、優男が眉を顰めるから、なんとなく勝った気になる。
優越感に浸るクローテに、優男が言う。
「…それは、本人が言ったのかい?」
「誰でもいいじゃねーか。うるせぇなっ。」
苛立った口調で言えば、ようやく優男は口を閉ざした。
そして、なまえが消えていった方をまっすぐに見つめだす。
女みたいに未練がましい男だなー。
貴族の女が引く手あまたなくせに、他の女を見ている優男が無性にムカついて、ギロリとひと睨みした後、クローテは立ち上がった。
(あのクソ女。俺のもんにならねぇなら調査兵団ごとぶっ潰してやる。)
心の中で悪態を吐いて去っていこうとするクローテの肩を誰かに掴まれた。
驚いて振り返ると、あの優男が端正な顔を美しく歪めて笑みを作っていた。
「なまえを困らせるようなことしたら、
人類最強の兵士に殺される前に、俺が君の人生をぶっ壊すからね。」
優しい声色と綺麗な笑顔なのに、目だけが笑っていない。
この男は普通じゃないー。
背筋がゾクリと冷える。
こういう輩をクローテは何度か見たことがあった。
自分の利益のためなら、平気で他人を蹴落とすことが出来る心のない悪魔はどの世界にもいるものだ。
そういう悪魔に人生を壊され、死ぬよりもツラい地獄に突き落とされた仲間を知っている。
まるでデジャヴのように、クローテは必死に首を縦に振った。
やっぱり、どんなにいい女に見えても、壁外に喜んで飛び出していくような頭のおかしい集団とは関わらない方がいい。
頭がおかしい男どころか、悪魔まで出てきやがるー。
ブルブルッと身体を震わせて、クローテはその日、早めに屋敷に戻った。