◇第五十六話◇不穏のはじまり(上)
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深い藍色のサテン生地に散りばめられたラメが、私が動く度にキラキラと光る。
着替え終わるまで待たされていたハンジさんとエルヴィン団長、モブリットさんは、奥の部屋から私が出てくると、一様に驚きの表情を見せた。
「おーっ!やっぱり、ピッタリだなっ!!」
ハンジさんが嬉しそうにパチパチと手を叩く。
その隣でモブリットさんはホッとしたように胸に手を当てているし、エルヴィン団長は一度頷いた後にデスクへ向かい何かを書きだした。
「あの…、胸元が少し大きくてズレ落ちそうなんですけど。」
「大丈夫、大丈夫っ!それくらいなら、全然オッケーだよっ!」
「…そもそも、なんで私は着替えさせられたんでしょうか?」
何がオーケーなのかもわからず、私は、自分が着ているドレスを見下ろして、訊ねた。
藍色のサテンドレスは、少し胸が空きすぎているのが気になるけれど、身体のシルエットを綺麗に見せてくれる上品なデザインだ。
なぜこんなものが調査兵団団長の執務室兼自室の寝室にあったのだろうか。
手伝ってほしいことがあるー、そう繰り返すハンジさんにエルヴィン団長の執務室兼自室に連れてこられた後、何の説明もないままベッドの上にあるドレスに着替えてくれとだけ言われて奥の寝室に押し込まれた。
意味が分からないまま、言われる通りにドレスに着替えたのはいいものの、この状況を把握したかった。
今、書いたばかりのメモを持って部屋を出て行ったときのエルヴィン団長の顔が、何か良からぬことを考えていそうだったから、とても嫌な予感がするのだ。
「実は、今夜は貴族や有権者の集まるパーティーがあるんだ。」
説明を始めてくれたのは、ワクワクした顔で私の周りをクルクル回っているハンジさんではなくて、さっきすごく安心した顔をしていたモブリットさんだった。
まるで、捕らえた巨人を前にしたようなハンジさんの視線が気になって気になって仕方がなかったが、私はとりあえず、今この状況を把握することに努めることにする。
「パーティーですか?」
「我々調査兵団がいつも資金繰りに苦労しているのは知っているよね?」
「そうですね…、いつもハンジさんが頭を悩ませていますね。」
「それで、パーティーに誘われると、必ず参加をして
貴族や有権者に接待をして、資金の援助を申し出ているんだよ。
まぁ、それは調査兵団だけではなく、どの兵団もしていることなんだけどね。」
「接待パーティーですね。大変ですねぇ。
兵士さんってそんなお仕事もあるんですね。」
お金がないと人類のために命を捧げることも出来ないのか、と私は悲しい気持ちになって下を向く。
そして、私が着ているドレスが視界に入って、すごく嫌な予感に襲われた。
「今夜はもう会場まで出発しているはずだったんだけど、
調査兵団に一番援助してくれている貴族が、
急遽、このドレスを着てくるようにって送りつけてきてね。」
ソレなんだけどー。
そう言って、モブリットさんが指さした先には私が、いや私が着ている藍色のサテンドレスがある。
「…へぇ~、そうなんですか~。
それで、私はどうしてそんな大切なドレスを着せられたのでしょうか?」
恐る恐る訊ねてみた。
ほとんど諦めていたけれど、ただの試着だったという返事を期待した。
だがー。
「こんな細っこいドレスを着れる女兵士なんかいるわけないだろ?!
みんな、細く見えるけどさ!筋肉とかいろいろあるんだよっ!
それに、なんで腰はそんなに細いのに、胸だけブカブカなんだよっ!」
おかしいだろッ!?と鬼気迫る顔でハンジさんが私の両肩を前後に揺さぶる。
あまりに激しくて息も出来ない私に、返事が出来るわけもない。
とりあえず、ハンジさんには、何か悲しいことでもあったのかもしれない。
「いつもはエルヴィン団長とハンジ分隊長がパーティーに参加するんだけど
さすがに、ハンジ分隊長はドレスは着られないから
そのドレスが着られそうな女兵士を探していたんだよ。」
「…待ってください。もしかして、私に接待しろなんて言いませんよね?」
「悪い、なまえ!ドレスで来なかったら援助を打ち切るって言われてるんだっ。
資金不足は調査兵団の存続に関わるんだよ。分かるだろう?
この通りだっ!!」
モブリットさんが顔の前で両手を合わせて必死に懇願してくる。
その隣では、あのハンジさんまでも頭を下げている。
でもー。
脂ぎった豚野郎にいやらしい目で見られるのを想像して、寒気がした。
「嫌ですっ!絶対に嫌っ!ドレスじゃないとダメとかなんですか、それっ!
絶対にいやらしい目で見てきますよ!変態ですよ、変態!!
絶対に嫌ですっ!脱ぎますっ!私、今から脱ぎます!!」
「わーーっ!脱がない、脱がないっ!!
似合ってるからっ!お願いだからっ!ね?!ね?!」
「似合ってませんっ!こんなの着たこともないのにっ!」
それに、似合う、似合わないじゃないんですっ!」
「お願いだからぁぁぁぁぁああっ!!」
必死にドレスの肩紐をおろそうとする私と、どうにかして接待に行かせたいハンジさんとモブリットさんの攻防戦が始まった。
悪い顔をして出て行ったエルヴィン団長はまだ戻ってこない。
変態貴族に生贄を見つけたことを報告でもしているのだろうか。
悪魔だ、悪魔。
この人達は、悪魔だ。
必死に抵抗していると、悪魔の親玉、いやエルヴィン団長が部屋に戻ってきた。
そして、肩紐をおろそうとしている私を見て、フッと鼻で笑った。
「おい、エルヴィン。まだハンジはドレスに引っかかってんのか。
シャイセの野郎が早くしろと門前で騒いでやがって、うるさくて仕方ねぇ。」
ノックもなしに部屋に入ってくるなり、文句を垂れたのはリヴァイ兵長だった。
そして、部屋の中央で、ドレスを脱ぐ、脱がないと騒いでいる私とハンジさんを見つけて、これでもかというほどに顔を歪めた。
「あぁ、ちょうどいいところに来たな、リヴァイ。
適役をハンジが見つけてきたところだ。
そろそろ出発出来る。」
エルヴィン団長が、満足気に言う。
行きたくないと必死にハンジさんと戦っていた私の姿をエルヴィン団長もしっかりと見ていたはずだ。
何て言ったって、必死に抵抗している私を鼻で笑ったのだからー!
だが、私の意見を聞く気はサラサラないらしい。
「エルヴィン団長、私はー。」
「どうだ、リヴァイ。
なかなか似合っているだろう。
これなら、シャイセ伯爵も満足すると思わないか。」
抗議をしようとした私の肩を引き寄せて、エルヴィン団長はリヴァイ兵長の方を向かせた。
久しぶりに、私とリヴァイ兵長が向かい合って立った。
でも、チッと舌打ちをするとすぐに背を向けられた。
「おい、モブリット。
ハンジをドレスに詰め込め、押し込めばなんとかなる。」
「えーっ!?なりませんよ!無理ですっ!無理っ!!
ハンジさんが窒息死しますっ!」
「じゃあ、そうしろ。死体なら暴れねぇから運びやすい。」
「はぁぁあッ!?リヴァイ、何言ってんのさっ!
私は着ないからなっ!!何度言われても着ないからなっ!!」
私のことを無視して、リヴァイ兵長がモブリットさんに命令をした。
そして、モブリットさんとハンジさんと言い争いを始める。
そんなに、私の方を向くのが嫌なのだろうか。
綺麗なドレスを身に纏っているのに、私は今、とても惨めだ。
お前はダメだと暗に言われているのを嫌でも理解して、私は、ドレスを握りしめて、下を向く。
「リヴァイ、どう考えても今ここで適任はなまえだと思うのだが、
お前はそうは思わないということか。」
エルヴィン団長が声をかけると、ゆっくりとリヴァイ兵長が振り返った。
そして、エルヴィン団長の隣に立つ私をチラリと視界に入れた後、やっぱり顔を歪める。
「あぁ、ハンジじゃなけりゃ他のでもいい。
それよりはマシだ。」
私の方を見ようともせず、挙句の果てには『ソレ』呼ばわりだ。
ドレスを脱ぎたいとも、行きたくない、とも言う勇気もなくなって、私はただリヴァイ兵長の視界に入らないように消えてしまいたいと願った。
「ダメだ。」
「なぜだ。他のでもいいだろ。」
「悪いな。
もうシャイセ伯爵にもなまえという兵士が向かうと連絡してしまった。」
エルヴィン団長は勝手にそんなことを伝えていたらしい。
もう逃げ場はないのかーと思った私の目の前で、リヴァイ兵長がこれでもかというほどに苛立った様子で舌打ちをした。
そしてー。
「おい。」
あの日以来、初めて、リヴァイ兵長は私に声をかけてきた。
とても、怖い顔で。
ビクリと肩を揺らして、私は伏せていた顔を上げてリヴァイ兵長を見た。
あれからそんなに経っているわけではないはずなのに、凄く懐かしい気がした。
怖い顔で睨まれているのに、やっとリヴァイ兵長が私と目を合わせてくれたことにドキドキする胸が、愚かで、可哀そうで、ひどく苦しい。
「脱げ。」
「え?」
「今すぐ脱いで、それをハンジに渡せ。」
「え、でも…。」
「それとも、豚野郎に好きにされてぇか。
それなら勝手にすればいいが、アイツは手癖が悪いと評判でー。」
「ちょっと待ってよ、リヴァイ。
私は豚野郎に好きにされていいってこと?」
「ドレスに窒息死させられた死体マニアならそうなるだろうな。」
「おいおい、おいおいっ!じゃあ、私も可哀想じゃないかっ!」
「心配するな、死体なら何も感じない。」
「あぁ、それもそうかっ!」
ポンッと自分の手のひらを拳で叩いた後、ハンジさんは猛烈にリヴァイ兵長にツッコむ。
久しぶりに見た軽快なやり取りも、今の私にはただ悲しいだけだった。
「私もシャイセの噂なら知っている。
ちゃんと手は打ってあるから問題ない。」
「手?」
リヴァイ兵長の片眉がピクリと上がる。
「そろそろやってくるはずだ。」
エルヴィン団長のその声が聞こえていたみたいに、またノックもなしに扉が開いた。
一応、ここは調査兵団の団長の執務室兼自室なのに、それでもいいのだろうかと心配になるくらい、誰もノックしていない。
みんな、調査兵団にとって大切な貴族を待たせないように必死になのだろう。
だってー。
「勝手に着替えさせて、どういうことか私にも説明しろっ!ミケっ!ゲルガーっ!!」
ミケ分隊長に両脇を抱えられたナナバさんは、いつもの兵団服ではなくてなぜかタキシード姿になっていて、手足を暴れさせながら怒っていた。
蹴りが一番酷いのか、逃げ出さないためなのか、ゲルガーさんがナナバさんの両足を自分の両腕で必死に拘束していた。
「おい、ミケ。なんだそりゃ。」
リヴァイ兵長はミケ分隊長に訊ねたけれど、答えたのはエルヴィン団長だった。
「なまえのエスコート役をナナバにお願いすることにした。
私は挨拶まわりや仕事で、ずっとなまえのそばにはいてやれないからな。」
エルヴィン団長はそう言うと、ミケ分隊長から解放されたナナバさんに、ことの経緯を説明し始めた。
さっき、私がモブリットさんに聞いたのとほとんど同じだったけれど、違うのは、女性関連で悪い噂の多いシャイセ伯爵から私を守るようにという指令が加わったことだ。
事情を把握したナナバさんは、私とは違ってもう暴れることも、嫌だと我儘を言うこともしないで、敬礼で応えていた。
これも、任務ということなのだろう。
ナナバさんも、私もー。
「こんなに綺麗なお姫様のエスコートなら、喜んで受けるよ。」
私の元へやってきたナナバさんは、腰を少し屈めると、私の顎に手を添えて顔を上げさせた。
こんなキザな仕草も、ナナバさんならとてもスマートだった。
タキシード姿もとても似合っているから、余計にだ。
でも、気になることがひとつ。
「あの…、ナナバさんって男性だったんですか?」
私が訊ねると、ナナバさんは少しだけ目を見開いた後に、意地悪く片方の口の端を上げた。
「さぁ、どっちだろうね。」
ナナバさんの端正な顔が挑戦的な笑みを浮かべるから、思わずドキリとしてしまった。
「ナナバもエスコート役に不満はないらしい。
それでも、リヴァイは反対するか。」
エルヴィン団長が、リヴァイ兵長に言う。
リヴァイ兵長は、私とナナバさんを交互に見たけれど、苛立った様子のままで納得は出来ていないようだった。
「それとも、君がエスコート役をするか、リヴァイ。
お前はそういうのは好まないから頼まなかったが、
特に今は忙しくもないだろう。お前がしてもー。」
「俺は関係ねぇ。」
エルヴィン団長の代替え案をピシャリと切り捨て、リヴァイ兵長はとうとう背を向けた。
そして、不機嫌な背中をそのままに、部屋を出て行ってしまう。
「ということだ、なまえ。よろしく頼む。」
エルヴィン団長が、私の肩に手を乗せた。
「い・や・で・すっ!」
私の宣言は、無視された。
着替え終わるまで待たされていたハンジさんとエルヴィン団長、モブリットさんは、奥の部屋から私が出てくると、一様に驚きの表情を見せた。
「おーっ!やっぱり、ピッタリだなっ!!」
ハンジさんが嬉しそうにパチパチと手を叩く。
その隣でモブリットさんはホッとしたように胸に手を当てているし、エルヴィン団長は一度頷いた後にデスクへ向かい何かを書きだした。
「あの…、胸元が少し大きくてズレ落ちそうなんですけど。」
「大丈夫、大丈夫っ!それくらいなら、全然オッケーだよっ!」
「…そもそも、なんで私は着替えさせられたんでしょうか?」
何がオーケーなのかもわからず、私は、自分が着ているドレスを見下ろして、訊ねた。
藍色のサテンドレスは、少し胸が空きすぎているのが気になるけれど、身体のシルエットを綺麗に見せてくれる上品なデザインだ。
なぜこんなものが調査兵団団長の執務室兼自室の寝室にあったのだろうか。
手伝ってほしいことがあるー、そう繰り返すハンジさんにエルヴィン団長の執務室兼自室に連れてこられた後、何の説明もないままベッドの上にあるドレスに着替えてくれとだけ言われて奥の寝室に押し込まれた。
意味が分からないまま、言われる通りにドレスに着替えたのはいいものの、この状況を把握したかった。
今、書いたばかりのメモを持って部屋を出て行ったときのエルヴィン団長の顔が、何か良からぬことを考えていそうだったから、とても嫌な予感がするのだ。
「実は、今夜は貴族や有権者の集まるパーティーがあるんだ。」
説明を始めてくれたのは、ワクワクした顔で私の周りをクルクル回っているハンジさんではなくて、さっきすごく安心した顔をしていたモブリットさんだった。
まるで、捕らえた巨人を前にしたようなハンジさんの視線が気になって気になって仕方がなかったが、私はとりあえず、今この状況を把握することに努めることにする。
「パーティーですか?」
「我々調査兵団がいつも資金繰りに苦労しているのは知っているよね?」
「そうですね…、いつもハンジさんが頭を悩ませていますね。」
「それで、パーティーに誘われると、必ず参加をして
貴族や有権者に接待をして、資金の援助を申し出ているんだよ。
まぁ、それは調査兵団だけではなく、どの兵団もしていることなんだけどね。」
「接待パーティーですね。大変ですねぇ。
兵士さんってそんなお仕事もあるんですね。」
お金がないと人類のために命を捧げることも出来ないのか、と私は悲しい気持ちになって下を向く。
そして、私が着ているドレスが視界に入って、すごく嫌な予感に襲われた。
「今夜はもう会場まで出発しているはずだったんだけど、
調査兵団に一番援助してくれている貴族が、
急遽、このドレスを着てくるようにって送りつけてきてね。」
ソレなんだけどー。
そう言って、モブリットさんが指さした先には私が、いや私が着ている藍色のサテンドレスがある。
「…へぇ~、そうなんですか~。
それで、私はどうしてそんな大切なドレスを着せられたのでしょうか?」
恐る恐る訊ねてみた。
ほとんど諦めていたけれど、ただの試着だったという返事を期待した。
だがー。
「こんな細っこいドレスを着れる女兵士なんかいるわけないだろ?!
みんな、細く見えるけどさ!筋肉とかいろいろあるんだよっ!
それに、なんで腰はそんなに細いのに、胸だけブカブカなんだよっ!」
おかしいだろッ!?と鬼気迫る顔でハンジさんが私の両肩を前後に揺さぶる。
あまりに激しくて息も出来ない私に、返事が出来るわけもない。
とりあえず、ハンジさんには、何か悲しいことでもあったのかもしれない。
「いつもはエルヴィン団長とハンジ分隊長がパーティーに参加するんだけど
さすがに、ハンジ分隊長はドレスは着られないから
そのドレスが着られそうな女兵士を探していたんだよ。」
「…待ってください。もしかして、私に接待しろなんて言いませんよね?」
「悪い、なまえ!ドレスで来なかったら援助を打ち切るって言われてるんだっ。
資金不足は調査兵団の存続に関わるんだよ。分かるだろう?
この通りだっ!!」
モブリットさんが顔の前で両手を合わせて必死に懇願してくる。
その隣では、あのハンジさんまでも頭を下げている。
でもー。
脂ぎった豚野郎にいやらしい目で見られるのを想像して、寒気がした。
「嫌ですっ!絶対に嫌っ!ドレスじゃないとダメとかなんですか、それっ!
絶対にいやらしい目で見てきますよ!変態ですよ、変態!!
絶対に嫌ですっ!脱ぎますっ!私、今から脱ぎます!!」
「わーーっ!脱がない、脱がないっ!!
似合ってるからっ!お願いだからっ!ね?!ね?!」
「似合ってませんっ!こんなの着たこともないのにっ!」
それに、似合う、似合わないじゃないんですっ!」
「お願いだからぁぁぁぁぁああっ!!」
必死にドレスの肩紐をおろそうとする私と、どうにかして接待に行かせたいハンジさんとモブリットさんの攻防戦が始まった。
悪い顔をして出て行ったエルヴィン団長はまだ戻ってこない。
変態貴族に生贄を見つけたことを報告でもしているのだろうか。
悪魔だ、悪魔。
この人達は、悪魔だ。
必死に抵抗していると、悪魔の親玉、いやエルヴィン団長が部屋に戻ってきた。
そして、肩紐をおろそうとしている私を見て、フッと鼻で笑った。
「おい、エルヴィン。まだハンジはドレスに引っかかってんのか。
シャイセの野郎が早くしろと門前で騒いでやがって、うるさくて仕方ねぇ。」
ノックもなしに部屋に入ってくるなり、文句を垂れたのはリヴァイ兵長だった。
そして、部屋の中央で、ドレスを脱ぐ、脱がないと騒いでいる私とハンジさんを見つけて、これでもかというほどに顔を歪めた。
「あぁ、ちょうどいいところに来たな、リヴァイ。
適役をハンジが見つけてきたところだ。
そろそろ出発出来る。」
エルヴィン団長が、満足気に言う。
行きたくないと必死にハンジさんと戦っていた私の姿をエルヴィン団長もしっかりと見ていたはずだ。
何て言ったって、必死に抵抗している私を鼻で笑ったのだからー!
だが、私の意見を聞く気はサラサラないらしい。
「エルヴィン団長、私はー。」
「どうだ、リヴァイ。
なかなか似合っているだろう。
これなら、シャイセ伯爵も満足すると思わないか。」
抗議をしようとした私の肩を引き寄せて、エルヴィン団長はリヴァイ兵長の方を向かせた。
久しぶりに、私とリヴァイ兵長が向かい合って立った。
でも、チッと舌打ちをするとすぐに背を向けられた。
「おい、モブリット。
ハンジをドレスに詰め込め、押し込めばなんとかなる。」
「えーっ!?なりませんよ!無理ですっ!無理っ!!
ハンジさんが窒息死しますっ!」
「じゃあ、そうしろ。死体なら暴れねぇから運びやすい。」
「はぁぁあッ!?リヴァイ、何言ってんのさっ!
私は着ないからなっ!!何度言われても着ないからなっ!!」
私のことを無視して、リヴァイ兵長がモブリットさんに命令をした。
そして、モブリットさんとハンジさんと言い争いを始める。
そんなに、私の方を向くのが嫌なのだろうか。
綺麗なドレスを身に纏っているのに、私は今、とても惨めだ。
お前はダメだと暗に言われているのを嫌でも理解して、私は、ドレスを握りしめて、下を向く。
「リヴァイ、どう考えても今ここで適任はなまえだと思うのだが、
お前はそうは思わないということか。」
エルヴィン団長が声をかけると、ゆっくりとリヴァイ兵長が振り返った。
そして、エルヴィン団長の隣に立つ私をチラリと視界に入れた後、やっぱり顔を歪める。
「あぁ、ハンジじゃなけりゃ他のでもいい。
それよりはマシだ。」
私の方を見ようともせず、挙句の果てには『ソレ』呼ばわりだ。
ドレスを脱ぎたいとも、行きたくない、とも言う勇気もなくなって、私はただリヴァイ兵長の視界に入らないように消えてしまいたいと願った。
「ダメだ。」
「なぜだ。他のでもいいだろ。」
「悪いな。
もうシャイセ伯爵にもなまえという兵士が向かうと連絡してしまった。」
エルヴィン団長は勝手にそんなことを伝えていたらしい。
もう逃げ場はないのかーと思った私の目の前で、リヴァイ兵長がこれでもかというほどに苛立った様子で舌打ちをした。
そしてー。
「おい。」
あの日以来、初めて、リヴァイ兵長は私に声をかけてきた。
とても、怖い顔で。
ビクリと肩を揺らして、私は伏せていた顔を上げてリヴァイ兵長を見た。
あれからそんなに経っているわけではないはずなのに、凄く懐かしい気がした。
怖い顔で睨まれているのに、やっとリヴァイ兵長が私と目を合わせてくれたことにドキドキする胸が、愚かで、可哀そうで、ひどく苦しい。
「脱げ。」
「え?」
「今すぐ脱いで、それをハンジに渡せ。」
「え、でも…。」
「それとも、豚野郎に好きにされてぇか。
それなら勝手にすればいいが、アイツは手癖が悪いと評判でー。」
「ちょっと待ってよ、リヴァイ。
私は豚野郎に好きにされていいってこと?」
「ドレスに窒息死させられた死体マニアならそうなるだろうな。」
「おいおい、おいおいっ!じゃあ、私も可哀想じゃないかっ!」
「心配するな、死体なら何も感じない。」
「あぁ、それもそうかっ!」
ポンッと自分の手のひらを拳で叩いた後、ハンジさんは猛烈にリヴァイ兵長にツッコむ。
久しぶりに見た軽快なやり取りも、今の私にはただ悲しいだけだった。
「私もシャイセの噂なら知っている。
ちゃんと手は打ってあるから問題ない。」
「手?」
リヴァイ兵長の片眉がピクリと上がる。
「そろそろやってくるはずだ。」
エルヴィン団長のその声が聞こえていたみたいに、またノックもなしに扉が開いた。
一応、ここは調査兵団の団長の執務室兼自室なのに、それでもいいのだろうかと心配になるくらい、誰もノックしていない。
みんな、調査兵団にとって大切な貴族を待たせないように必死になのだろう。
だってー。
「勝手に着替えさせて、どういうことか私にも説明しろっ!ミケっ!ゲルガーっ!!」
ミケ分隊長に両脇を抱えられたナナバさんは、いつもの兵団服ではなくてなぜかタキシード姿になっていて、手足を暴れさせながら怒っていた。
蹴りが一番酷いのか、逃げ出さないためなのか、ゲルガーさんがナナバさんの両足を自分の両腕で必死に拘束していた。
「おい、ミケ。なんだそりゃ。」
リヴァイ兵長はミケ分隊長に訊ねたけれど、答えたのはエルヴィン団長だった。
「なまえのエスコート役をナナバにお願いすることにした。
私は挨拶まわりや仕事で、ずっとなまえのそばにはいてやれないからな。」
エルヴィン団長はそう言うと、ミケ分隊長から解放されたナナバさんに、ことの経緯を説明し始めた。
さっき、私がモブリットさんに聞いたのとほとんど同じだったけれど、違うのは、女性関連で悪い噂の多いシャイセ伯爵から私を守るようにという指令が加わったことだ。
事情を把握したナナバさんは、私とは違ってもう暴れることも、嫌だと我儘を言うこともしないで、敬礼で応えていた。
これも、任務ということなのだろう。
ナナバさんも、私もー。
「こんなに綺麗なお姫様のエスコートなら、喜んで受けるよ。」
私の元へやってきたナナバさんは、腰を少し屈めると、私の顎に手を添えて顔を上げさせた。
こんなキザな仕草も、ナナバさんならとてもスマートだった。
タキシード姿もとても似合っているから、余計にだ。
でも、気になることがひとつ。
「あの…、ナナバさんって男性だったんですか?」
私が訊ねると、ナナバさんは少しだけ目を見開いた後に、意地悪く片方の口の端を上げた。
「さぁ、どっちだろうね。」
ナナバさんの端正な顔が挑戦的な笑みを浮かべるから、思わずドキリとしてしまった。
「ナナバもエスコート役に不満はないらしい。
それでも、リヴァイは反対するか。」
エルヴィン団長が、リヴァイ兵長に言う。
リヴァイ兵長は、私とナナバさんを交互に見たけれど、苛立った様子のままで納得は出来ていないようだった。
「それとも、君がエスコート役をするか、リヴァイ。
お前はそういうのは好まないから頼まなかったが、
特に今は忙しくもないだろう。お前がしてもー。」
「俺は関係ねぇ。」
エルヴィン団長の代替え案をピシャリと切り捨て、リヴァイ兵長はとうとう背を向けた。
そして、不機嫌な背中をそのままに、部屋を出て行ってしまう。
「ということだ、なまえ。よろしく頼む。」
エルヴィン団長が、私の肩に手を乗せた。
「い・や・で・すっ!」
私の宣言は、無視された。