◇第五十五話◇もう二度と戻れない日常
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ハンジさんとエルヴィン団長からの質問から逃げるための口実ではあったけれど、嘘をついたわけではなかった。
今日はマレーネ達と訓練の準備当番だった私は彼女達と一緒に、ほかの兵士たちよりも早く訓練場にやってきていた。
前回の壁外調査前の壁外任務で巨人に捕まり大けがをしてしまったフロリアンも少し前から復帰していて、今日の訓練準備当番は彼女も一緒だった。
「また指輪見てる~。嬉しいのは分かったから、これ運んでよー!」
マレーネにからかわれつつ、注意されたフロリアンがニヤけながら指輪を見ていた顔を上げた。
「だって、嬉しいんだもーん。みんなも恋をしたら分かるから!」
「それは恋人もいない私達への嫌味ですか~?」
「ちょっとやめてよ、私には恋人いるんだからね!」
「みんなっ!婚約解消の過去を持つなまえが泣くので、結婚の話は禁句です!」
「やめて、今は優しさが痛いのっ、本当にやめてっ!」
「顔がマジ過ぎて怖いから、なまえ。」
「言えてる~、アハハハ。」
お互いの痛いところを刺激しあうブラックジョークを交わしながら、私達は和気あいあいと訓練の準備を進める。
フロリアンが恋人からロマンチックなプロポーズを受けたのは、私がリヴァイ兵長にフラれたその日のようだった。
彼女の恋人は兵士ではなく、家の跡を継いで商業をしているらしく、今までは兵士の彼女との結婚には消極的だったと聞いた。
だが、巨人に喰われそうになり死にかけて大けがを負った彼女を見て、いつ失うのか分からない恋人の尊い命を思い知った彼は覚悟を決めた。
次の壁外調査の日程はまだ決まっていないが、それが終わったら兵士を辞めて結婚することになったと彼女から報告を受けたのは昨日の夜のことだ。
兵士を辞めてほしいというのは彼だけではなく、彼のご両親、彼女のご両親含めた全員の願いだったらしい。
これまで人類に心臓をささげる覚悟を決めて危険な任務にも挑み、大切な仲間も出来た。だから、彼女も、兵団を去るという決意をするまでにはかなりの苦悩があったようだった。
でも、大切な彼の気持ちを尊重したいーと愛おしそうに指輪を眺めて頬笑んだ彼女はとても幸せそうで、私達は彼女の出した結論を応援することに決めた。
「こっちはもう準備終わってるんだろー?先に始めちまってもいいかー?」
数名の先輩兵士達が、最初に準備を終わらせた場所から叫んだ。
訓練を始めるにはまだ少し早いが、準備は終わっているし、自主練を始めてもらっても特に問題はない。
「はーい!どうぞー!」
私は、頭の上で大きな丸を作って返事をした。
早速、訓練を始めたやる気満々の先輩兵士達に感心しつつ、私は面倒くさい訓練準備を続ける。
巨人の張りぼてはなかなか重たいのだ。
筋力強化になると思って頑張れ、と昨日が準備当番だったペトラに言われている。
確かに、私は他の兵士よりも筋力と体力が劣る。
兵舎での生活のどんなことも、兵士としての鍛錬だと思って頑張るのは必要だと思う。
「よし。これで終わりかな。」
最後の張りぼても設置し終わって、ふぅと息を吐く。
倉庫の鍵を返しに行くついでに準備終了を分隊長達に報告するために、フロリアン達は訓練場を出て行った。
残った私は、木の幹に寄りかかりながら、ほんの数か月前にこの場所に当然のようにあった日常を思い出す。
『どっちが鍵返しに行くか、ジャンケンで決めよう!』
『え~、やだよ~、ルル、強いんだもんっ。』
『はい!じゃん、けん、ぽんっ!』
『あ~、ほら~、また負けた~…。』
『いってらっしゃーいっ!』
いたずらっ子みたいな可愛らしい笑顔で大きく手を振っているルルの姿が、そこに見えた気がした。
もしも今、彼女がここにいたら、私に何て言っただろう。
元気出しなよ、とかそんな言葉じゃなくて、きっとそう、彼女なら、安心する腕の中に私を抱きしめてくれたんだと思う。
『大丈夫、大丈夫だよ。私はどんなときもなまえの世界一の味方だから。』
優しいルルの声を必死に思い出す。
ルルはきっと、今も私の隣にいる。私はきっとひとりじゃない。
ヒルラだって隣にいて、初めての大失恋に打ちのめされてる友人が前を向くのを、きっと辛抱強く見守ってくれている。
そう、信じていてもー。
ツラいのは、リヴァイ兵長がいないからで。
私がツラいことを乗り越えられてきたのは、リヴァイ兵長がいたからで。
だから、私は前を向く力を自分で何とか手に入れるしかなくて。
(私も一緒に行けばよかったなぁ~。)
小さく目を伏せて、足元に落ちていた小さな石を蹴る。
コロコロと転がっていった石は、張りぼての向こう側に消えていった。
こんな風に、リヴァイ兵長のことが好きだというこの気持ちも、遠くへ飛ばせてしまえればいいのにー。
「ミスった…っ!」
先に訓練を始めていた先輩兵士達がお互いに掛け合う声は、さっきからずっと聞こえていた。
だから、焦ったような先輩兵士の声も、私の耳にはその中のひとつに過ぎず、全く気にならなかった。
「なまえ!!屈めっ!!」
ハンジさんの怒号のような叫びが聞こえて、私は驚いて顔を上げた。
そして見えたのは、先輩兵士達が自主練をしていた場所から真っすぐに私のもとへ飛んでくる超硬質ブレードの折れた刃と焦った顔をしているハンジさんと、それからー。
屈むことも避けることもせず、突っ立っていただけの私にドンッと何かが体当たりしてきた。
思わず小さな悲鳴を上げた私の身体は、気づくと大きな兵団服の腕の中に抱きしめられていた。
その向こうで、木の幹に斜めに刺さっている超硬質ブレードの折れた刃も確認できる。
「怪我はないか。」
折れた刃から私を守ってくれたのは、ミケ分隊長だったようだ。
私を助けるときに倒れこんだミケ分隊長は、尻もちをついた格好で私を腕の中に抱きしめていた。
そして、大きな身体にすっぽり包まれ呆然とする私を、心配そうな顔で覗き込む。
「ミケ、よくやったっ!私が褒めてやろうっ!!」
駆け寄ってきたハンジさんは、私が無事だったことに安心して笑顔を見せた。
それからすぐに、力加減を誤って超硬質スチールの刃を折ってしまった先輩兵士や彼と一緒に自主練をしていた先輩兵士も駆けつけて、何度も頭を下げられた。
訓練場に戻ってきたところで騒動に気付いたフロリアン達も、近くにいた他の調査兵達も駆け寄ってきて、無事だった私に安心しているようだった。
「あちゃ~、でも、頬切っちゃったみたいだね。
あれくらいなまえなら避けられただろ。お腹でも痛かった?」
膝を折り曲げて腰を下ろし、ハンジさんが私の頬にそっと触れた。
そういえば、頬がヒリヒリと痛いような気もする。
でも、私は傷なんてついていないはずの胸が痛くて、兵団服のシャツの上から握りしめる。
ハンジさんが焦った顔で叫んだとき、隣にリヴァイ兵長もいて、見開いた瞳と目が合った。少なくとも、私はそう思った。
そして、愚かにも待ってしまった。
リヴァイ兵長が、助けてくれるのを。
今までみたいに、いつもそうしてくれていたみたいに、誰よりも先に私に駆けつけてくれるって、愚かにも信じてしまってー。
「え!?どうした!?痛い!?どこが痛いの!?お腹!?」
急に泣き出した私に、ハンジさんが慌てふためく。
私を腕の中に抱きしめるミケ分隊長もオロオロし始めて、超硬質スチールを飛ばしてしまった先輩兵士が必死に頭を下げてくる。
集まった調査兵達が、私に大丈夫かと声をかけてくる。
でも、そこにリヴァイ兵長だけがいない。
助けてくれたミケ分隊長の腕の中から、こちらに駆け寄ってくるハンジさんが見えたとき、私に背を向けて去っていくリヴァイ兵長の後姿を見てしまった。
(もう、本当に…嫌われてるんだな…。)
せめて部下だと思ってくれているなら、心配してくれると思った。
それを確かめるためだけに、大怪我どころか死ぬかもしれない行動をとって、ハンジさん達を心配させる愚かな部下なんて、リヴァイ兵長はきっともう要らないのだ。
「う~っ、ひっく、ひぃ~んっ。」
まるで、母親に捨てられた幼い子供みたいに、両手の甲で必死に涙を拭いながら泣き出した私に、ハンジさん達は慌てふためくばかりで。
そこにリヴァイ兵長が現れることはなくて、私はやっぱり子供みたいに泣いた。
今日はマレーネ達と訓練の準備当番だった私は彼女達と一緒に、ほかの兵士たちよりも早く訓練場にやってきていた。
前回の壁外調査前の壁外任務で巨人に捕まり大けがをしてしまったフロリアンも少し前から復帰していて、今日の訓練準備当番は彼女も一緒だった。
「また指輪見てる~。嬉しいのは分かったから、これ運んでよー!」
マレーネにからかわれつつ、注意されたフロリアンがニヤけながら指輪を見ていた顔を上げた。
「だって、嬉しいんだもーん。みんなも恋をしたら分かるから!」
「それは恋人もいない私達への嫌味ですか~?」
「ちょっとやめてよ、私には恋人いるんだからね!」
「みんなっ!婚約解消の過去を持つなまえが泣くので、結婚の話は禁句です!」
「やめて、今は優しさが痛いのっ、本当にやめてっ!」
「顔がマジ過ぎて怖いから、なまえ。」
「言えてる~、アハハハ。」
お互いの痛いところを刺激しあうブラックジョークを交わしながら、私達は和気あいあいと訓練の準備を進める。
フロリアンが恋人からロマンチックなプロポーズを受けたのは、私がリヴァイ兵長にフラれたその日のようだった。
彼女の恋人は兵士ではなく、家の跡を継いで商業をしているらしく、今までは兵士の彼女との結婚には消極的だったと聞いた。
だが、巨人に喰われそうになり死にかけて大けがを負った彼女を見て、いつ失うのか分からない恋人の尊い命を思い知った彼は覚悟を決めた。
次の壁外調査の日程はまだ決まっていないが、それが終わったら兵士を辞めて結婚することになったと彼女から報告を受けたのは昨日の夜のことだ。
兵士を辞めてほしいというのは彼だけではなく、彼のご両親、彼女のご両親含めた全員の願いだったらしい。
これまで人類に心臓をささげる覚悟を決めて危険な任務にも挑み、大切な仲間も出来た。だから、彼女も、兵団を去るという決意をするまでにはかなりの苦悩があったようだった。
でも、大切な彼の気持ちを尊重したいーと愛おしそうに指輪を眺めて頬笑んだ彼女はとても幸せそうで、私達は彼女の出した結論を応援することに決めた。
「こっちはもう準備終わってるんだろー?先に始めちまってもいいかー?」
数名の先輩兵士達が、最初に準備を終わらせた場所から叫んだ。
訓練を始めるにはまだ少し早いが、準備は終わっているし、自主練を始めてもらっても特に問題はない。
「はーい!どうぞー!」
私は、頭の上で大きな丸を作って返事をした。
早速、訓練を始めたやる気満々の先輩兵士達に感心しつつ、私は面倒くさい訓練準備を続ける。
巨人の張りぼてはなかなか重たいのだ。
筋力強化になると思って頑張れ、と昨日が準備当番だったペトラに言われている。
確かに、私は他の兵士よりも筋力と体力が劣る。
兵舎での生活のどんなことも、兵士としての鍛錬だと思って頑張るのは必要だと思う。
「よし。これで終わりかな。」
最後の張りぼても設置し終わって、ふぅと息を吐く。
倉庫の鍵を返しに行くついでに準備終了を分隊長達に報告するために、フロリアン達は訓練場を出て行った。
残った私は、木の幹に寄りかかりながら、ほんの数か月前にこの場所に当然のようにあった日常を思い出す。
『どっちが鍵返しに行くか、ジャンケンで決めよう!』
『え~、やだよ~、ルル、強いんだもんっ。』
『はい!じゃん、けん、ぽんっ!』
『あ~、ほら~、また負けた~…。』
『いってらっしゃーいっ!』
いたずらっ子みたいな可愛らしい笑顔で大きく手を振っているルルの姿が、そこに見えた気がした。
もしも今、彼女がここにいたら、私に何て言っただろう。
元気出しなよ、とかそんな言葉じゃなくて、きっとそう、彼女なら、安心する腕の中に私を抱きしめてくれたんだと思う。
『大丈夫、大丈夫だよ。私はどんなときもなまえの世界一の味方だから。』
優しいルルの声を必死に思い出す。
ルルはきっと、今も私の隣にいる。私はきっとひとりじゃない。
ヒルラだって隣にいて、初めての大失恋に打ちのめされてる友人が前を向くのを、きっと辛抱強く見守ってくれている。
そう、信じていてもー。
ツラいのは、リヴァイ兵長がいないからで。
私がツラいことを乗り越えられてきたのは、リヴァイ兵長がいたからで。
だから、私は前を向く力を自分で何とか手に入れるしかなくて。
(私も一緒に行けばよかったなぁ~。)
小さく目を伏せて、足元に落ちていた小さな石を蹴る。
コロコロと転がっていった石は、張りぼての向こう側に消えていった。
こんな風に、リヴァイ兵長のことが好きだというこの気持ちも、遠くへ飛ばせてしまえればいいのにー。
「ミスった…っ!」
先に訓練を始めていた先輩兵士達がお互いに掛け合う声は、さっきからずっと聞こえていた。
だから、焦ったような先輩兵士の声も、私の耳にはその中のひとつに過ぎず、全く気にならなかった。
「なまえ!!屈めっ!!」
ハンジさんの怒号のような叫びが聞こえて、私は驚いて顔を上げた。
そして見えたのは、先輩兵士達が自主練をしていた場所から真っすぐに私のもとへ飛んでくる超硬質ブレードの折れた刃と焦った顔をしているハンジさんと、それからー。
屈むことも避けることもせず、突っ立っていただけの私にドンッと何かが体当たりしてきた。
思わず小さな悲鳴を上げた私の身体は、気づくと大きな兵団服の腕の中に抱きしめられていた。
その向こうで、木の幹に斜めに刺さっている超硬質ブレードの折れた刃も確認できる。
「怪我はないか。」
折れた刃から私を守ってくれたのは、ミケ分隊長だったようだ。
私を助けるときに倒れこんだミケ分隊長は、尻もちをついた格好で私を腕の中に抱きしめていた。
そして、大きな身体にすっぽり包まれ呆然とする私を、心配そうな顔で覗き込む。
「ミケ、よくやったっ!私が褒めてやろうっ!!」
駆け寄ってきたハンジさんは、私が無事だったことに安心して笑顔を見せた。
それからすぐに、力加減を誤って超硬質スチールの刃を折ってしまった先輩兵士や彼と一緒に自主練をしていた先輩兵士も駆けつけて、何度も頭を下げられた。
訓練場に戻ってきたところで騒動に気付いたフロリアン達も、近くにいた他の調査兵達も駆け寄ってきて、無事だった私に安心しているようだった。
「あちゃ~、でも、頬切っちゃったみたいだね。
あれくらいなまえなら避けられただろ。お腹でも痛かった?」
膝を折り曲げて腰を下ろし、ハンジさんが私の頬にそっと触れた。
そういえば、頬がヒリヒリと痛いような気もする。
でも、私は傷なんてついていないはずの胸が痛くて、兵団服のシャツの上から握りしめる。
ハンジさんが焦った顔で叫んだとき、隣にリヴァイ兵長もいて、見開いた瞳と目が合った。少なくとも、私はそう思った。
そして、愚かにも待ってしまった。
リヴァイ兵長が、助けてくれるのを。
今までみたいに、いつもそうしてくれていたみたいに、誰よりも先に私に駆けつけてくれるって、愚かにも信じてしまってー。
「え!?どうした!?痛い!?どこが痛いの!?お腹!?」
急に泣き出した私に、ハンジさんが慌てふためく。
私を腕の中に抱きしめるミケ分隊長もオロオロし始めて、超硬質スチールを飛ばしてしまった先輩兵士が必死に頭を下げてくる。
集まった調査兵達が、私に大丈夫かと声をかけてくる。
でも、そこにリヴァイ兵長だけがいない。
助けてくれたミケ分隊長の腕の中から、こちらに駆け寄ってくるハンジさんが見えたとき、私に背を向けて去っていくリヴァイ兵長の後姿を見てしまった。
(もう、本当に…嫌われてるんだな…。)
せめて部下だと思ってくれているなら、心配してくれると思った。
それを確かめるためだけに、大怪我どころか死ぬかもしれない行動をとって、ハンジさん達を心配させる愚かな部下なんて、リヴァイ兵長はきっともう要らないのだ。
「う~っ、ひっく、ひぃ~んっ。」
まるで、母親に捨てられた幼い子供みたいに、両手の甲で必死に涙を拭いながら泣き出した私に、ハンジさん達は慌てふためくばかりで。
そこにリヴァイ兵長が現れることはなくて、私はやっぱり子供みたいに泣いた。