◇第五十話◇世界一幸せな部下
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私は、急遽、ストヘス区へ出張になったリヴァイ兵長と一緒に馬車に乗っていた。
エルヴィン団長の元へ書類を提出しに行ったときに、たまたまそこにいたハンジさんから、私がストヘス区へ行きたがっていたことを知り、ついでに一緒に行くかと誘ってくれたのだ。
泊りがけの出張なので、今日はリヴァイ兵長と憲兵団の宿泊施設に泊まる予定だ。
私は家族の元へ帰ってもいいしと言われたが、断った。
今度こそ本当に兵士になると覚悟を決めて調査兵団に戻った。命を懸ける覚悟は出来たけれど、そのうえで家族に嘘を吐く強さはまだ、なかった。
「私、ここの眺めすごく好きなんです。」
窓の向こうには、見渡すかぎりの草原が広がっている。
時々、野生のウサギが通り過ぎて行ったり、鳥が小川をつついて魚を探していたりする。
自由な彼らの生活ぶりがとても幸せそうで、羨ましくもなる。
窓を開けると、気持ちのいい風がふわりと入ってきた。
「そういえば、いつもこのあたりになると、お前は窓を眺めていたな。」
「トロスト区にはこういう風景があまりないからなんですかね。
狭いと思ってた世界をこんなに広いんだなぁって感じられて、ワクワクするんです。」
「降りるか?」
リヴァイ兵長は疑問形で言った割には、私の返事を待たずに馭者に止まるように伝えた。
「いいんですか?急いでるんじゃないんですか?」
「待たせてりゃいい。それより、俺は腰が痛ぇ。」
リヴァイ兵長は適当に答えて、さっさと馬車を降りた。
さりげなく自分のせいにしてくれた優しい背中を追いかけて、私も草原に足を踏み入れる。
本当は、この広い草原を歩いてみたいと思っていた。
小川沿いを歩きだしていたリヴァイ兵長の隣に並ぶと、何かが水を跳ねた。
「あっ!魚が飛びましたよっ!見ました?!」
「あぁ、見えた。捕まえて、塩焼きにして食うか。」
立ち止まったリヴァイ兵長は、睨むように小川を見据えながら、兵団服の袖口をめくって腕を出した。
「…冗談ですよね?」
「冗談だ。」
リヴァイ兵長は、さっきと同じトーンで言って袖口を元に戻した。
冗談も含めて、ずっと真面目な顔をしているから分かりづらい。
それがまた可笑しくて、私は笑う。
「リヴァイ兵長ってどんな子供だったんですか。」
歩き出したリヴァイ兵長の隣に並んで、私は訊ねた。
子供の頃は口を大きく開けて笑うことがあったのだろうか。
不愛想な子供というのもありえそうだ。
どちらにしろ、小さくてとても可愛い子供の姿を想像して微笑ましい気持ちになった。
「ただのリヴァイ。」
「ん?何ですか?」
「ただのリヴァイだ。まぁ、今もそうだがな。」
リヴァイ兵長は自嘲気味に言った。
どういう意味かは、私には分からなかった。
でも、そういえば、私は、リヴァイ兵長の姓を知らないことに気づいた。
「リヴァイ兵長のフルネームって何て言うんですか?」
「さぁな。」
リヴァイ兵長は短くそれだけ答えた。
自分の姓を知らないのだろうか。
そんな人がいるとは思えなかったけれど、王都の地下街で生まれた人達の生活を私は知らない。
リヴァイ兵長が、姓を言いたくなかったのか、本当に知らないのかは分からなかったけれど、それ以上の質問を重ねる勇気はなかった。
「じゃあ、リヴァイ兵長と結婚した人は、ただの人類最強のお嫁さんになるんですね。」
私が言うと、リヴァイ兵長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そして、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「それは、不憫な女だな。」
「そうですか?」
「姓も名乗れない男の嫁だぞ。いつ死ぬかも分からねぇ。
そんな男の嫁になる風変りな女は、頭も含めて不憫なだけだ。」
リヴァイ兵長の言い方は、投げやりでもなんでもなく、本心のように思えた。
まるで、自分は幸せになるべきではないと言っているみたいだった。
「そんなことないです。リヴァイ兵長は優しいし、仲間からも人望があって、強くてカッコいいし、それにー。
それに、好きな人のお嫁さんになれるんですから、
その人は世界一の幸せ者だと思いますよ。」
リヴァイ兵長の前に回り込んだ私は、真っすぐに瞳を見て言った。
さっきの悲しいセリフが、リヴァイ兵長の本心なら、今の私の言葉は私の本心だ。
リヴァイ兵長が結婚したいと思うような人がこれから先現れるのなら、私は夜な夜な泣き暮らすくらいに羨ましいのだから。
でも、本心をさらけ出してしまった手前、いつまでもリヴァイ兵長の顔を見ているのは恥ずかしくて、それだけ言うと、逃げるように前を向いて歩いた。
リヴァイ兵長は何も答えなかったけれど、後ろを歩いている気配は感じる。
人類最強の兵士と謳われて、仲間からの人望も厚い。そんなリヴァイ兵長が抱える心の闇は一体、どんなものなのだろう。
でも、私はそれを知れるほどリヴァイ兵長と長い付き合いでもなければ、親しくもない。
だからやっぱり、私は私の本心を彼に伝えることしかできないのだ。
「そういえば、お前は調査兵団に入団してなかったら
結婚してるはずだったんだな。」
少ししてから、相変わらず私の後ろを歩いていたリヴァイ兵長が口を開いた。
変えられた話題は、私の胸をチクリと刺した。
やっぱり、リヴァイ兵長は私に心は見せてくれない。当然すぎるそれに傷つくなんて愚かすぎる。
「そうですね。ストヘス区で貴族のお嫁さんだったのが、
今は兵士になって巨人と戦ってるんですから、
人生って面白いですよね。」
後ろに回した両手を握って、私は自分の足を眺めながら歩く。
一歩、一歩、前に進んでいく私の足。
逃げたり、走ったり、立ち止まったり、いろんなことがあった。
でも、一度だって、後ろを振り向かなかったことだけは褒めてもいいかもしれない。
だって、私は、ルルのことがあったあのときでさえも、調査兵団に入団したことだけは絶対にー。
「お前の男は、貴族界でも特に力を持っている一族の出だ。
誰に聞いても評判が良いせいで、兵団の情報収集能力をもってしても弱みひとつ握れなかった。
すぐには無理だったにしても、家族をストヘス区へ移住させるくらい出来たはずだ。それにー。」
「どうしたんですか、急に。」
リヴァイ兵長から出てくるルーカスの話を、もう聞いていたくなかった。
後ろを振り向かず、私は笑い声で言った。
私が唇を噛んでいることなんて知らないリヴァイ兵長には、私がとても楽しそうにしているように見えているはずだ。
好きな人に、自分の昔の恋人のことをそんな風に言われて、とても傷ついているなんて思いもしていないのだろうな。
「後悔してないのか。」
「私、今、世界一幸せですよ。」
後ろを振り向いて、私は笑った。
強がりだった。
でも、私は本物の世界一幸せな女にはなれないから、せめてー。
「ただの人類最強の兵士のリヴァイ兵長の部下になれて、
私は今、世界一幸せです。」
「不憫な女だな。」
リヴァイ兵長の薄い唇が、ほんのわずかに微笑を作っているように見えた。
それはもう、さっきの自分を蔑むような感じではなくて、私も嬉しくて笑顔になった。
世界一ではないけれど、好きな人と一緒にいられるのだから、私は幸せなのだ。
エルヴィン団長の元へ書類を提出しに行ったときに、たまたまそこにいたハンジさんから、私がストヘス区へ行きたがっていたことを知り、ついでに一緒に行くかと誘ってくれたのだ。
泊りがけの出張なので、今日はリヴァイ兵長と憲兵団の宿泊施設に泊まる予定だ。
私は家族の元へ帰ってもいいしと言われたが、断った。
今度こそ本当に兵士になると覚悟を決めて調査兵団に戻った。命を懸ける覚悟は出来たけれど、そのうえで家族に嘘を吐く強さはまだ、なかった。
「私、ここの眺めすごく好きなんです。」
窓の向こうには、見渡すかぎりの草原が広がっている。
時々、野生のウサギが通り過ぎて行ったり、鳥が小川をつついて魚を探していたりする。
自由な彼らの生活ぶりがとても幸せそうで、羨ましくもなる。
窓を開けると、気持ちのいい風がふわりと入ってきた。
「そういえば、いつもこのあたりになると、お前は窓を眺めていたな。」
「トロスト区にはこういう風景があまりないからなんですかね。
狭いと思ってた世界をこんなに広いんだなぁって感じられて、ワクワクするんです。」
「降りるか?」
リヴァイ兵長は疑問形で言った割には、私の返事を待たずに馭者に止まるように伝えた。
「いいんですか?急いでるんじゃないんですか?」
「待たせてりゃいい。それより、俺は腰が痛ぇ。」
リヴァイ兵長は適当に答えて、さっさと馬車を降りた。
さりげなく自分のせいにしてくれた優しい背中を追いかけて、私も草原に足を踏み入れる。
本当は、この広い草原を歩いてみたいと思っていた。
小川沿いを歩きだしていたリヴァイ兵長の隣に並ぶと、何かが水を跳ねた。
「あっ!魚が飛びましたよっ!見ました?!」
「あぁ、見えた。捕まえて、塩焼きにして食うか。」
立ち止まったリヴァイ兵長は、睨むように小川を見据えながら、兵団服の袖口をめくって腕を出した。
「…冗談ですよね?」
「冗談だ。」
リヴァイ兵長は、さっきと同じトーンで言って袖口を元に戻した。
冗談も含めて、ずっと真面目な顔をしているから分かりづらい。
それがまた可笑しくて、私は笑う。
「リヴァイ兵長ってどんな子供だったんですか。」
歩き出したリヴァイ兵長の隣に並んで、私は訊ねた。
子供の頃は口を大きく開けて笑うことがあったのだろうか。
不愛想な子供というのもありえそうだ。
どちらにしろ、小さくてとても可愛い子供の姿を想像して微笑ましい気持ちになった。
「ただのリヴァイ。」
「ん?何ですか?」
「ただのリヴァイだ。まぁ、今もそうだがな。」
リヴァイ兵長は自嘲気味に言った。
どういう意味かは、私には分からなかった。
でも、そういえば、私は、リヴァイ兵長の姓を知らないことに気づいた。
「リヴァイ兵長のフルネームって何て言うんですか?」
「さぁな。」
リヴァイ兵長は短くそれだけ答えた。
自分の姓を知らないのだろうか。
そんな人がいるとは思えなかったけれど、王都の地下街で生まれた人達の生活を私は知らない。
リヴァイ兵長が、姓を言いたくなかったのか、本当に知らないのかは分からなかったけれど、それ以上の質問を重ねる勇気はなかった。
「じゃあ、リヴァイ兵長と結婚した人は、ただの人類最強のお嫁さんになるんですね。」
私が言うと、リヴァイ兵長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そして、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「それは、不憫な女だな。」
「そうですか?」
「姓も名乗れない男の嫁だぞ。いつ死ぬかも分からねぇ。
そんな男の嫁になる風変りな女は、頭も含めて不憫なだけだ。」
リヴァイ兵長の言い方は、投げやりでもなんでもなく、本心のように思えた。
まるで、自分は幸せになるべきではないと言っているみたいだった。
「そんなことないです。リヴァイ兵長は優しいし、仲間からも人望があって、強くてカッコいいし、それにー。
それに、好きな人のお嫁さんになれるんですから、
その人は世界一の幸せ者だと思いますよ。」
リヴァイ兵長の前に回り込んだ私は、真っすぐに瞳を見て言った。
さっきの悲しいセリフが、リヴァイ兵長の本心なら、今の私の言葉は私の本心だ。
リヴァイ兵長が結婚したいと思うような人がこれから先現れるのなら、私は夜な夜な泣き暮らすくらいに羨ましいのだから。
でも、本心をさらけ出してしまった手前、いつまでもリヴァイ兵長の顔を見ているのは恥ずかしくて、それだけ言うと、逃げるように前を向いて歩いた。
リヴァイ兵長は何も答えなかったけれど、後ろを歩いている気配は感じる。
人類最強の兵士と謳われて、仲間からの人望も厚い。そんなリヴァイ兵長が抱える心の闇は一体、どんなものなのだろう。
でも、私はそれを知れるほどリヴァイ兵長と長い付き合いでもなければ、親しくもない。
だからやっぱり、私は私の本心を彼に伝えることしかできないのだ。
「そういえば、お前は調査兵団に入団してなかったら
結婚してるはずだったんだな。」
少ししてから、相変わらず私の後ろを歩いていたリヴァイ兵長が口を開いた。
変えられた話題は、私の胸をチクリと刺した。
やっぱり、リヴァイ兵長は私に心は見せてくれない。当然すぎるそれに傷つくなんて愚かすぎる。
「そうですね。ストヘス区で貴族のお嫁さんだったのが、
今は兵士になって巨人と戦ってるんですから、
人生って面白いですよね。」
後ろに回した両手を握って、私は自分の足を眺めながら歩く。
一歩、一歩、前に進んでいく私の足。
逃げたり、走ったり、立ち止まったり、いろんなことがあった。
でも、一度だって、後ろを振り向かなかったことだけは褒めてもいいかもしれない。
だって、私は、ルルのことがあったあのときでさえも、調査兵団に入団したことだけは絶対にー。
「お前の男は、貴族界でも特に力を持っている一族の出だ。
誰に聞いても評判が良いせいで、兵団の情報収集能力をもってしても弱みひとつ握れなかった。
すぐには無理だったにしても、家族をストヘス区へ移住させるくらい出来たはずだ。それにー。」
「どうしたんですか、急に。」
リヴァイ兵長から出てくるルーカスの話を、もう聞いていたくなかった。
後ろを振り向かず、私は笑い声で言った。
私が唇を噛んでいることなんて知らないリヴァイ兵長には、私がとても楽しそうにしているように見えているはずだ。
好きな人に、自分の昔の恋人のことをそんな風に言われて、とても傷ついているなんて思いもしていないのだろうな。
「後悔してないのか。」
「私、今、世界一幸せですよ。」
後ろを振り向いて、私は笑った。
強がりだった。
でも、私は本物の世界一幸せな女にはなれないから、せめてー。
「ただの人類最強の兵士のリヴァイ兵長の部下になれて、
私は今、世界一幸せです。」
「不憫な女だな。」
リヴァイ兵長の薄い唇が、ほんのわずかに微笑を作っているように見えた。
それはもう、さっきの自分を蔑むような感じではなくて、私も嬉しくて笑顔になった。
世界一ではないけれど、好きな人と一緒にいられるのだから、私は幸せなのだ。