◇第四十一話◇まだそばにいたい
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真面目なクリスタが自分のために訓練をサボろうとしていることなんて知りもしない私は、リヴァイ兵長の執務室兼自室を訪れていた。
部屋の扉を開いたリヴァイ兵長は、兵団服を脱いで私服になっている私を見てから、すぐに目を反らした。
「何だ。」
リヴァイ兵長は、扉を開けたままの格好で言う。
部屋に招き入れようとはせず、扉で用事を済ませようとしているのは明らかで、胸が痛んだ。
でもそれは、私のせいだ。
あの日からずっと、私は逃げていた。
リヴァイ兵長が差し伸べようとしてくれた手からも、ハンジさんやペトラ達がかけてくれた優しさからも、ずっと逃げていた。
怖かったのだ。
彼らの手をとって、そして縋ってしまったら、私はもう二度と自分一人では立ち上がれない気がして。
それが怖かった。
だって、人間は結局独りなのだからー。
「これ、私にはもう必要ないので、リヴァイ兵長に差し上げます。
手を怪我させてしまったお詫びも兼ねて、
最後に部下として兵長にお礼の紅茶を入れさせてください。」
私が紅茶の葉の入った袋を見せると、リヴァイ兵長の表情がようやく柔らいだ気がした。
一瞬、断ろうとしたように見えたリヴァイ兵長だったけれど、扉を大きく開いて中に招き入れてくれる。
久しぶりに入った兵団内のリヴァイ兵長の執務室兼自室は、デスクの上どころか、テーブルの上にもたくさんの書類が積み上げられていた。
整理整頓されているを通り越して何もない部屋だから、余計に山のように積まれた書類の主張が強い。
「悪いな、助かる。」
リヴァイ兵長はそう言いながら、テーブルの上にある書類を片付けだす。
慌てて、座って待っていてくれとお願いした私は、まずはテーブルの上の書類をひとつにまとめてデスクの上に乗せた。
兵団に入ってすぐに、リヴァイ兵長が溜めに溜めた書類仕事を押し付けられたことがあったっけ。
それは確か、歓迎会の夜だった。
あれからそんなに経っていないのに、遠い昔のように感じてもの悲しい気持ちになった。
明日からはもう二度と、この書類の山を手伝わされることはないのだと思うと、寂しい気持ちになる。
「どうぞ、これを飲むとよく眠れますよ。」
久しぶりにちゃんと見たリヴァイ兵長の顔は疲れていて、寝不足なのか深い隈が出来ていた。
壁外調査から戻って、報告書なんかの書類がたくさん舞い込んできているのかもしれない。
だから、疲れと眠りによく効くという紅茶の葉を選んだ。
リヴァイ兵長は、何も言わずに紅茶を受け取った。
飲んでほしくて作ったのだけれど、それを口に持っていくことはせず、リヴァイ兵長はテーブルの上に置いてしまった。
でも、それも仕方がないと思う。
自分の殻にこもって、リヴァイ兵長が命を懸けてルルを助けたことを知ろうともしなかった私への罰だー。
「どこへ帰るんだ。トロスト区の実家にはまだ帰れないんだろ。」
「エルヴィン団長が、ストヘス区にいる家族の元へ帰ってもいいと言ってくれて。」
「それはよかったな。」
「はい、エルヴィン団長が懇意にしている貴族の方がとてもよくしてくれていて、
家族もそのままストヘス区にいてもいいと仰ってくれてるらしいです。」
「そうか。」
話している間も、リヴァイ兵長は決して私の方は見なかった。
ただじっと紅茶に視線を落とし、そのまま話が途切れてしまった。
リヴァイ兵長は何かを話すつもりはないようだし、むしろ、早く部屋を出て行ってほしそうだった。
私は痛む胸に手を乗せて、口を開いた。
最後にリヴァイ兵長に伝えなければならないことがある。ちゃんと、お礼を言ってからじゃないと兵団から去ることは出来ない。
「ルルを助けに行ってくれたこと、ペトラから聞きました。」
「そうか…。助けてやれなくて、すまなかったな。」
「巨人の大群がいたんですね。」
「あぁ。」
「私、何も知らなくて。ルルしか見えてなくて。
リヴァイ兵長にまで危険なことさせてしまって、すみませんでした。」
巨人の大群がいたことなんて、昨日ペトラから話を聞くまで知らなかった。
ルルさえ助ければいいと思っていた私とは違って、リヴァイ兵長には全体の状況が見えていた。
もし、リヴァイ兵長がルルを助ける選択をしていたら、巨人の大群をペトラ達の元まで連れていくことになっていた可能性が高い。
そこにいるのがリヴァイ班だけだったのなら、そしたらもしかしたら、リヴァイ兵長はルルを助けようとしたかもしれない。
でもそこには、恐らく気を失った状態のエレンがいた。彼を守りながら戦うのはかなりの労力がいる。
誰かが犠牲になるのは避けられない。
それなら、精鋭と呼ばれる彼らを守るためにも、ルルを見捨てるのが一番合理的だ。
あのとき、リヴァイ兵長には、人類という大きな規模で命が見えていたのだろう。
そこで、ルルの命はとても小さかったに違いないー。
それでも、リヴァイ兵長はルルを助けに戻ってくれた。もう手遅れだと知っていながら、助けると告げて戻ってくれた。
正気を失った私の代わりに、ちゃんと助けて戻ってきてくれたのにー。
「お前は何も悪くない。頭を上げろ。」
リヴァイ兵長がそう言ってくれても、私は頭を上げられない。
私にリヴァイ兵長を責めるつもりはなくても、1人で傷ついていた私の姿はリヴァイ兵長を責め続けていたに違いない。
だから昨日、リヴァイ兵長はルルの両親に、娘を殺したのは自分だとー。
今だってきっとー。
「なんて顔してやがる。」
いつの間にか立ち上がっていたらしいリヴァイ兵長は、向かい合って立つと、両手で私の頬を包んで強引に顔を上げさせた。
呆れたように睨みつけるその顔を、兵団に入る前の私なら、冷たい人だと恐ろしがったに違いない。
でも知っている。私はもう、彼の優しさと、本当の強さとは何なのかを知っている。
だから、気づいてしまった。
私はー。
「私は…、弱い…っ。」
自分の顔が情けないくらいに崩れたのが分かった。
でも、涙は出ないのだ。
悲しみ方も分からない。
ルルを助けることさえ出来ていれば、私は笑っていられたのに。
悔しかった。悔しくて、悔しくて、たまらなかった。
あのとき、リヴァイ兵長に頼るしかなかった自分が。大切な友人を自分の手では助けられないと理解していたことが。
「いいじゃねぇか。」
リヴァイ兵長は困ったように言うと、私の頭の後ろに手を置いて自分の方に引き寄せた。
そして、寄り掛かる格好になった私の腰に手を回して抱きしめる。
リヴァイ兵長の息遣いが、耳元から聞こえてきて戸惑った。
このままじゃ、離れられなくなる。
弱い私は、リヴァイ兵長に頼って、生きていきたくなるー。
離れようとした私の身体を、リヴァイ兵長の腕が許してはくれなかった。
さらに強く抱きしめてから、リヴァイ兵長は言った。
「お前はそのままでいい。」
耳元から聞こえてくるリヴァイ兵長の声は優しくて、泣きそうになった。
でも、涙は流れない。
私の心は、本当に壊れてしまったのかもしれない。
だから、こんな時にも私は、ずっとそばにいたいなんて愚かなことを願ってしまったのだろう。
部屋の扉を開いたリヴァイ兵長は、兵団服を脱いで私服になっている私を見てから、すぐに目を反らした。
「何だ。」
リヴァイ兵長は、扉を開けたままの格好で言う。
部屋に招き入れようとはせず、扉で用事を済ませようとしているのは明らかで、胸が痛んだ。
でもそれは、私のせいだ。
あの日からずっと、私は逃げていた。
リヴァイ兵長が差し伸べようとしてくれた手からも、ハンジさんやペトラ達がかけてくれた優しさからも、ずっと逃げていた。
怖かったのだ。
彼らの手をとって、そして縋ってしまったら、私はもう二度と自分一人では立ち上がれない気がして。
それが怖かった。
だって、人間は結局独りなのだからー。
「これ、私にはもう必要ないので、リヴァイ兵長に差し上げます。
手を怪我させてしまったお詫びも兼ねて、
最後に部下として兵長にお礼の紅茶を入れさせてください。」
私が紅茶の葉の入った袋を見せると、リヴァイ兵長の表情がようやく柔らいだ気がした。
一瞬、断ろうとしたように見えたリヴァイ兵長だったけれど、扉を大きく開いて中に招き入れてくれる。
久しぶりに入った兵団内のリヴァイ兵長の執務室兼自室は、デスクの上どころか、テーブルの上にもたくさんの書類が積み上げられていた。
整理整頓されているを通り越して何もない部屋だから、余計に山のように積まれた書類の主張が強い。
「悪いな、助かる。」
リヴァイ兵長はそう言いながら、テーブルの上にある書類を片付けだす。
慌てて、座って待っていてくれとお願いした私は、まずはテーブルの上の書類をひとつにまとめてデスクの上に乗せた。
兵団に入ってすぐに、リヴァイ兵長が溜めに溜めた書類仕事を押し付けられたことがあったっけ。
それは確か、歓迎会の夜だった。
あれからそんなに経っていないのに、遠い昔のように感じてもの悲しい気持ちになった。
明日からはもう二度と、この書類の山を手伝わされることはないのだと思うと、寂しい気持ちになる。
「どうぞ、これを飲むとよく眠れますよ。」
久しぶりにちゃんと見たリヴァイ兵長の顔は疲れていて、寝不足なのか深い隈が出来ていた。
壁外調査から戻って、報告書なんかの書類がたくさん舞い込んできているのかもしれない。
だから、疲れと眠りによく効くという紅茶の葉を選んだ。
リヴァイ兵長は、何も言わずに紅茶を受け取った。
飲んでほしくて作ったのだけれど、それを口に持っていくことはせず、リヴァイ兵長はテーブルの上に置いてしまった。
でも、それも仕方がないと思う。
自分の殻にこもって、リヴァイ兵長が命を懸けてルルを助けたことを知ろうともしなかった私への罰だー。
「どこへ帰るんだ。トロスト区の実家にはまだ帰れないんだろ。」
「エルヴィン団長が、ストヘス区にいる家族の元へ帰ってもいいと言ってくれて。」
「それはよかったな。」
「はい、エルヴィン団長が懇意にしている貴族の方がとてもよくしてくれていて、
家族もそのままストヘス区にいてもいいと仰ってくれてるらしいです。」
「そうか。」
話している間も、リヴァイ兵長は決して私の方は見なかった。
ただじっと紅茶に視線を落とし、そのまま話が途切れてしまった。
リヴァイ兵長は何かを話すつもりはないようだし、むしろ、早く部屋を出て行ってほしそうだった。
私は痛む胸に手を乗せて、口を開いた。
最後にリヴァイ兵長に伝えなければならないことがある。ちゃんと、お礼を言ってからじゃないと兵団から去ることは出来ない。
「ルルを助けに行ってくれたこと、ペトラから聞きました。」
「そうか…。助けてやれなくて、すまなかったな。」
「巨人の大群がいたんですね。」
「あぁ。」
「私、何も知らなくて。ルルしか見えてなくて。
リヴァイ兵長にまで危険なことさせてしまって、すみませんでした。」
巨人の大群がいたことなんて、昨日ペトラから話を聞くまで知らなかった。
ルルさえ助ければいいと思っていた私とは違って、リヴァイ兵長には全体の状況が見えていた。
もし、リヴァイ兵長がルルを助ける選択をしていたら、巨人の大群をペトラ達の元まで連れていくことになっていた可能性が高い。
そこにいるのがリヴァイ班だけだったのなら、そしたらもしかしたら、リヴァイ兵長はルルを助けようとしたかもしれない。
でもそこには、恐らく気を失った状態のエレンがいた。彼を守りながら戦うのはかなりの労力がいる。
誰かが犠牲になるのは避けられない。
それなら、精鋭と呼ばれる彼らを守るためにも、ルルを見捨てるのが一番合理的だ。
あのとき、リヴァイ兵長には、人類という大きな規模で命が見えていたのだろう。
そこで、ルルの命はとても小さかったに違いないー。
それでも、リヴァイ兵長はルルを助けに戻ってくれた。もう手遅れだと知っていながら、助けると告げて戻ってくれた。
正気を失った私の代わりに、ちゃんと助けて戻ってきてくれたのにー。
「お前は何も悪くない。頭を上げろ。」
リヴァイ兵長がそう言ってくれても、私は頭を上げられない。
私にリヴァイ兵長を責めるつもりはなくても、1人で傷ついていた私の姿はリヴァイ兵長を責め続けていたに違いない。
だから昨日、リヴァイ兵長はルルの両親に、娘を殺したのは自分だとー。
今だってきっとー。
「なんて顔してやがる。」
いつの間にか立ち上がっていたらしいリヴァイ兵長は、向かい合って立つと、両手で私の頬を包んで強引に顔を上げさせた。
呆れたように睨みつけるその顔を、兵団に入る前の私なら、冷たい人だと恐ろしがったに違いない。
でも知っている。私はもう、彼の優しさと、本当の強さとは何なのかを知っている。
だから、気づいてしまった。
私はー。
「私は…、弱い…っ。」
自分の顔が情けないくらいに崩れたのが分かった。
でも、涙は出ないのだ。
悲しみ方も分からない。
ルルを助けることさえ出来ていれば、私は笑っていられたのに。
悔しかった。悔しくて、悔しくて、たまらなかった。
あのとき、リヴァイ兵長に頼るしかなかった自分が。大切な友人を自分の手では助けられないと理解していたことが。
「いいじゃねぇか。」
リヴァイ兵長は困ったように言うと、私の頭の後ろに手を置いて自分の方に引き寄せた。
そして、寄り掛かる格好になった私の腰に手を回して抱きしめる。
リヴァイ兵長の息遣いが、耳元から聞こえてきて戸惑った。
このままじゃ、離れられなくなる。
弱い私は、リヴァイ兵長に頼って、生きていきたくなるー。
離れようとした私の身体を、リヴァイ兵長の腕が許してはくれなかった。
さらに強く抱きしめてから、リヴァイ兵長は言った。
「お前はそのままでいい。」
耳元から聞こえてくるリヴァイ兵長の声は優しくて、泣きそうになった。
でも、涙は流れない。
私の心は、本当に壊れてしまったのかもしれない。
だから、こんな時にも私は、ずっとそばにいたいなんて愚かなことを願ってしまったのだろう。