◇第三十九話◇会いたい…
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医務室を出たハンジとリヴァイは、作戦会議室にやってきていた。
今回の騒動の報告という名目であるが、団長であるエルヴィンへの報告は既にモブリットから終わらせてある。
騒ぎを鎮静化させるために、とりあえず当事者たちを集めただけだったのだが、結局は騒動を聞きつけて心配した数名も作戦会議室に駆けつけていたようだ。
上への報告に向かったと思われるエルヴィンはいなかったが、モブリットとなまえ、ミケは残って、ハンジとリヴァイを待っていた。
心配して駆けつけたと思われるリヴァイ班の面々もいて、リヴァイの傷の具合をハンジから伝える。
傷の割には大した心配もなく、しばらく動かさずにいれば元の状態に戻ると聞き、安心したようだった。
「血が…、滲んでる…。」
リヴァイに歩み寄り、なまえは包帯の巻かれた手にそっと触れた。
「あぁ…大丈夫だ。こんなの。どうってことねぇ。」
包帯に包まれた傷を隠すように引っ込めようとしたリヴァイの手を、なまえの手が掴まえる。
傷が痛まないように、そっと優しく包んでいるのが、少し離れた場所で見ているハンジにも分かるくらいで。
包帯の上からでも傷の深さが分かる、痛々しいリヴァイの手。なまえには見えていないのだと思っていたけれど、分かっていたのかもしれない。
怪我をしているリヴァイよりも、なまえの方が痛そうな顔をしている。
どうして、自分が苦しんでいるときに、誰かの傷に寄り添ってしまうんだろう。
なまえもリヴァイも、彼らだけではない、みんなそう。
誰かの傷に寄り添って一層苦しくなって、終わりのない苦しみを敢えて続けようとしているみたいだ。
「私のせいで、ごめんなさい…。」
「ちげぇ、おれが勝手にやったことだ。お前は何も悪くねぇ。」
「痛いですよね…。痛いのに…。ごめんなさい…。」
「謝るな。おれは大丈夫だ。」
そう言うと、リヴァイはなまえを近くの椅子に座らせた。
ずっと死んだようにぼんやりとしていたなまえの瞳に、ようやく色が戻ったようだったけれど、それがリヴァイの傷によってだなんてなんという皮肉だろう。
それでも、リヴァイは、自分の傷でなまえが少しは正気に戻ったのなら上出来だと本気で思っているに違いない。
「私は…、ルルだけじゃなくて、彼女の両親の心も殺したんですね。」
自分を殺せば少しは楽になってくれると思った。いや、自分が楽になりたかった。
彼らを追い詰めたのは自分だー。
なまえはそう言って、両手で顔を覆ってうな垂れた。
みんながみんな、自分を責めていて、誰かに罵られたいと願っていたのかもしれない。
だから、ポツリ、ポツリ、と紡がれるなまえの声が、歯がゆくなるほどに切ない言葉になって、ハンジの胸を締め付け、息苦しくさせた。
きっと、リヴァイはもっとつらかったに違いない。
「顔を上げろ。」
リヴァイが片膝をついて、なまえの両手を掴むと無理やり顔を上げさせた。
傷ついた顔のなまえに、リヴァイが続ける。
「お前にそんな風に思わせちまったのは、おれだ。」
「違います。リヴァイ兵長は悪くなー。」
「いいか、よく聞け。悪いのは、おれだ。お前じゃねぇ。」
リヴァイはピシャリと言い切る。
有無を言わせない強引さが、低い声に乗って静かな部屋に響く。
「それも違うよ、リヴァイ。」
たまらず、ハンジは椅子を引いて持っていき、なまえの隣に腰を下ろした。
「あのときの状況は、リヴァイから私も聞いてる。
仕方なかったんだ。私達は知ってるはずだよ。リヴァイの判断は間違ってない。
そこにいるのが私でも、エルヴィンでも、他の誰でも結果は同じだった。」
ハンジは、なまえの肩に手を回す。
自分の方に抱き寄せれば、彼女の心臓の音が伝わってくる。
そう、ここになまえが生きている。
それは、リヴァイの判断が間違いではなかったという何よりもの証拠じゃないか。
ペトラ達も、口々に言う。
仕方なかったんだーと。
仕方なく亡くなってもいいいい命なんてないと、日頃から言っていたなまえにとって、それがどんなにヒドい言葉だとみんな知っていても、そう言うしかなかった。
だって、そう思うしかないじゃないか。
他にルルの死を何と言えばいい。
勇敢な死だと言ったところで、ここに彼女が戻らないことに変わりはないのに。
そう、彼女の母親の言った通りなのだ。
どんなにそれらしい言葉を並べてみたところで、誰の心も満たされはしない。
そんなの、分かってるー!
「心が、折れそうだった…。」
ハンジの胸に顔を乗せ、なまえが言う。
「気づいてた…。エルヴィン団長の言う通り。
どんなに訓練したって、走ったって、飛んだって、
どんなに必死に伸ばしたって、私の手はみんなを掴めるわけじゃない…。」
ハンジは、なまえの頭を優しく撫でながら話を聞いた。
少しずつ、心の声を話し出してくれたなまえにハンジは安堵していたが、向かい合って座るリヴァイは、痛々しいなまえを見ていられないのか、腰を上げて窓際に立った。
閉め切ったカーテンから僅かに漏れる光が、リヴァイの横顔を隠す。
「そしたら、ルルが、2人でなればいいって。」
「2人で?」
「1人じゃ無理なら、2人で一緒に誰も死なせない兵士になろう。
私達は、2人でひとつだから…って。」
「そうだね…。君たちはいつも一緒にいたからね。」
「悲しいときは一緒に背負うよって…。
だから、泣きたいときは、泣いてもいいよって。
一緒に泣いてあげるからって…。」
「ルルは、優しい子だからね。そして、強い子だ。
君の悲しみを背負うくらいどうってことなかったんだと思うよ。」
「でも…、もういない…。どこを探しても…、いないんです…。
私は…、どうやって悲しめば…、どうやって泣けば…いいんですか?」
なまえがハンジの顔を見上げる。
酷く傷ついた顔をしている。
ようやく色を戻した瞳は、今にも泣きだしてしまいそうなのに、そこには一粒の涙すら浮かんでいない。
(あぁ、そうか…。)
なまえは泣かないようにしていたわけではなかった。堪えていたわけでもなかった。
自分を癒すための悲しみ方、泣き方が、分からなくなっていたのか。
なまえの心は、元々壊れる寸前だったのかもしれない。
そこに親友の死。しかもそれは自分を助けるためで、死に行く親友の姿を目の当たりにしてしまった。
これで、心が壊れないのが、兵士なのかもしれない。
そんなの人間じゃないと罵られても、人類のために捧げた命を全うするのが兵士であって、結局は兵士になりきれていなかったなまえは要らないというエルヴィンの考えが正しいのかもしれない。
でもー。
兵士の中に、人間らしいなまえがいるから、兵団内が明るくなっていったー、ハンジはそう感じていた。
これからも、なまえは様々な意味で調査兵団を明るく照らす光になるのだと信じていた。
エゴだと分かっている。
『同じ壁の中にいても、違う世界で生きてるやつもいるんだな。
調査兵団に入れるべきじゃなかったのかもしれねぇ。』
いつだったか、リヴァイが言っていた言葉を思い出した。
その通りなのかもしれない。
本当はもっと早く、心が壊れてしまう前に、なまえを解放してあげないといけなかったのかもしれない。
そうすれば、ルルもー。
自分の判断を後悔しているのは、調査兵団に所属する兵士全員なのだろう。
あのとき自分がー、そうすれば仲間はー、繰り返される後悔の中で、ハンジは拳を握りしめる。
「会いたい…っ。」
ハンジに抱き着き、なまえが漏らした声。心の声。
それが彼女の本心だ。
死にたいわけでも、自分を責めたいわけでも、誰かを、世界を憎みたいわけでもない。
ただ大切な人に会いたいだけ。
だから、私達は、彼女の願いを叶えられないー。
ハンジは、なまえを抱きしめた。強く、強く、抱きしめた。
小さく震える彼女の身体、こんなにも小さくか弱かったのか。
彼女の背中に、自分は何を乗せようとしていたのだろう。
もう、解放させよう。
ハンジが腕の中で震えるなまえを抱きしめながらそんなことを考えていたとき、リヴァイは両の拳を握りしめていた。
まだ塞がっていない傷が広がり、包帯に血を滲ませる。
それでも、まるでそれが自分への戒めだとばかりに、リヴァイは両の拳を強く握りしめ続けていた。
今回の騒動の報告という名目であるが、団長であるエルヴィンへの報告は既にモブリットから終わらせてある。
騒ぎを鎮静化させるために、とりあえず当事者たちを集めただけだったのだが、結局は騒動を聞きつけて心配した数名も作戦会議室に駆けつけていたようだ。
上への報告に向かったと思われるエルヴィンはいなかったが、モブリットとなまえ、ミケは残って、ハンジとリヴァイを待っていた。
心配して駆けつけたと思われるリヴァイ班の面々もいて、リヴァイの傷の具合をハンジから伝える。
傷の割には大した心配もなく、しばらく動かさずにいれば元の状態に戻ると聞き、安心したようだった。
「血が…、滲んでる…。」
リヴァイに歩み寄り、なまえは包帯の巻かれた手にそっと触れた。
「あぁ…大丈夫だ。こんなの。どうってことねぇ。」
包帯に包まれた傷を隠すように引っ込めようとしたリヴァイの手を、なまえの手が掴まえる。
傷が痛まないように、そっと優しく包んでいるのが、少し離れた場所で見ているハンジにも分かるくらいで。
包帯の上からでも傷の深さが分かる、痛々しいリヴァイの手。なまえには見えていないのだと思っていたけれど、分かっていたのかもしれない。
怪我をしているリヴァイよりも、なまえの方が痛そうな顔をしている。
どうして、自分が苦しんでいるときに、誰かの傷に寄り添ってしまうんだろう。
なまえもリヴァイも、彼らだけではない、みんなそう。
誰かの傷に寄り添って一層苦しくなって、終わりのない苦しみを敢えて続けようとしているみたいだ。
「私のせいで、ごめんなさい…。」
「ちげぇ、おれが勝手にやったことだ。お前は何も悪くねぇ。」
「痛いですよね…。痛いのに…。ごめんなさい…。」
「謝るな。おれは大丈夫だ。」
そう言うと、リヴァイはなまえを近くの椅子に座らせた。
ずっと死んだようにぼんやりとしていたなまえの瞳に、ようやく色が戻ったようだったけれど、それがリヴァイの傷によってだなんてなんという皮肉だろう。
それでも、リヴァイは、自分の傷でなまえが少しは正気に戻ったのなら上出来だと本気で思っているに違いない。
「私は…、ルルだけじゃなくて、彼女の両親の心も殺したんですね。」
自分を殺せば少しは楽になってくれると思った。いや、自分が楽になりたかった。
彼らを追い詰めたのは自分だー。
なまえはそう言って、両手で顔を覆ってうな垂れた。
みんながみんな、自分を責めていて、誰かに罵られたいと願っていたのかもしれない。
だから、ポツリ、ポツリ、と紡がれるなまえの声が、歯がゆくなるほどに切ない言葉になって、ハンジの胸を締め付け、息苦しくさせた。
きっと、リヴァイはもっとつらかったに違いない。
「顔を上げろ。」
リヴァイが片膝をついて、なまえの両手を掴むと無理やり顔を上げさせた。
傷ついた顔のなまえに、リヴァイが続ける。
「お前にそんな風に思わせちまったのは、おれだ。」
「違います。リヴァイ兵長は悪くなー。」
「いいか、よく聞け。悪いのは、おれだ。お前じゃねぇ。」
リヴァイはピシャリと言い切る。
有無を言わせない強引さが、低い声に乗って静かな部屋に響く。
「それも違うよ、リヴァイ。」
たまらず、ハンジは椅子を引いて持っていき、なまえの隣に腰を下ろした。
「あのときの状況は、リヴァイから私も聞いてる。
仕方なかったんだ。私達は知ってるはずだよ。リヴァイの判断は間違ってない。
そこにいるのが私でも、エルヴィンでも、他の誰でも結果は同じだった。」
ハンジは、なまえの肩に手を回す。
自分の方に抱き寄せれば、彼女の心臓の音が伝わってくる。
そう、ここになまえが生きている。
それは、リヴァイの判断が間違いではなかったという何よりもの証拠じゃないか。
ペトラ達も、口々に言う。
仕方なかったんだーと。
仕方なく亡くなってもいいいい命なんてないと、日頃から言っていたなまえにとって、それがどんなにヒドい言葉だとみんな知っていても、そう言うしかなかった。
だって、そう思うしかないじゃないか。
他にルルの死を何と言えばいい。
勇敢な死だと言ったところで、ここに彼女が戻らないことに変わりはないのに。
そう、彼女の母親の言った通りなのだ。
どんなにそれらしい言葉を並べてみたところで、誰の心も満たされはしない。
そんなの、分かってるー!
「心が、折れそうだった…。」
ハンジの胸に顔を乗せ、なまえが言う。
「気づいてた…。エルヴィン団長の言う通り。
どんなに訓練したって、走ったって、飛んだって、
どんなに必死に伸ばしたって、私の手はみんなを掴めるわけじゃない…。」
ハンジは、なまえの頭を優しく撫でながら話を聞いた。
少しずつ、心の声を話し出してくれたなまえにハンジは安堵していたが、向かい合って座るリヴァイは、痛々しいなまえを見ていられないのか、腰を上げて窓際に立った。
閉め切ったカーテンから僅かに漏れる光が、リヴァイの横顔を隠す。
「そしたら、ルルが、2人でなればいいって。」
「2人で?」
「1人じゃ無理なら、2人で一緒に誰も死なせない兵士になろう。
私達は、2人でひとつだから…って。」
「そうだね…。君たちはいつも一緒にいたからね。」
「悲しいときは一緒に背負うよって…。
だから、泣きたいときは、泣いてもいいよって。
一緒に泣いてあげるからって…。」
「ルルは、優しい子だからね。そして、強い子だ。
君の悲しみを背負うくらいどうってことなかったんだと思うよ。」
「でも…、もういない…。どこを探しても…、いないんです…。
私は…、どうやって悲しめば…、どうやって泣けば…いいんですか?」
なまえがハンジの顔を見上げる。
酷く傷ついた顔をしている。
ようやく色を戻した瞳は、今にも泣きだしてしまいそうなのに、そこには一粒の涙すら浮かんでいない。
(あぁ、そうか…。)
なまえは泣かないようにしていたわけではなかった。堪えていたわけでもなかった。
自分を癒すための悲しみ方、泣き方が、分からなくなっていたのか。
なまえの心は、元々壊れる寸前だったのかもしれない。
そこに親友の死。しかもそれは自分を助けるためで、死に行く親友の姿を目の当たりにしてしまった。
これで、心が壊れないのが、兵士なのかもしれない。
そんなの人間じゃないと罵られても、人類のために捧げた命を全うするのが兵士であって、結局は兵士になりきれていなかったなまえは要らないというエルヴィンの考えが正しいのかもしれない。
でもー。
兵士の中に、人間らしいなまえがいるから、兵団内が明るくなっていったー、ハンジはそう感じていた。
これからも、なまえは様々な意味で調査兵団を明るく照らす光になるのだと信じていた。
エゴだと分かっている。
『同じ壁の中にいても、違う世界で生きてるやつもいるんだな。
調査兵団に入れるべきじゃなかったのかもしれねぇ。』
いつだったか、リヴァイが言っていた言葉を思い出した。
その通りなのかもしれない。
本当はもっと早く、心が壊れてしまう前に、なまえを解放してあげないといけなかったのかもしれない。
そうすれば、ルルもー。
自分の判断を後悔しているのは、調査兵団に所属する兵士全員なのだろう。
あのとき自分がー、そうすれば仲間はー、繰り返される後悔の中で、ハンジは拳を握りしめる。
「会いたい…っ。」
ハンジに抱き着き、なまえが漏らした声。心の声。
それが彼女の本心だ。
死にたいわけでも、自分を責めたいわけでも、誰かを、世界を憎みたいわけでもない。
ただ大切な人に会いたいだけ。
だから、私達は、彼女の願いを叶えられないー。
ハンジは、なまえを抱きしめた。強く、強く、抱きしめた。
小さく震える彼女の身体、こんなにも小さくか弱かったのか。
彼女の背中に、自分は何を乗せようとしていたのだろう。
もう、解放させよう。
ハンジが腕の中で震えるなまえを抱きしめながらそんなことを考えていたとき、リヴァイは両の拳を握りしめていた。
まだ塞がっていない傷が広がり、包帯に血を滲ませる。
それでも、まるでそれが自分への戒めだとばかりに、リヴァイは両の拳を強く握りしめ続けていた。