◇第三十八話◇仇
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1人の兵士が命を賭して守った兵士を救う手立てを見つけられないまま、その日、調査兵団の兵士達と遺族たちによって弔い式が執り行われていた。
遺体安置所に収容されていた彼らは既に家族の元へ戻っていたから、ここに彼らの身体はもうない。
あるのは、神父の言葉に耳を傾け、目を瞑る兵士や遺族の心に残る彼らの記憶だけだ。
「困りますっ!何度言われても出来ませんっ!!」
焦ったようなモブリットの声が聞こえてすぐ、後ろの方がザワザワしだした。
何か問題が起こったことを理解し、ハンジは騒ぎのする方へと向かった。
「ちょっと、ちょっとっ!どうしたの!?」
弔い式の後方で、モブリットと老夫婦がもみ合いになっていた。
どうやら騒ぎの元はこの老夫婦で、モブリットはなんとか彼らを止めようとしている。
近くにいた兵士がモブリットに加勢しているのだが、何やら怒鳴り声を上げながら強引に弔い式へと入ってこようとする彼らをどうにも止められずにいるようだ。
「あ!アンタは!!ハンジ・ゾエ!!お前のことも許さんからな!!!」
老夫婦の旦那の方が、ハンジに気づいて標的を変えた。
いきなり詰め寄ってきた旦那の隣で、夫人の方も金切り声を上げて何かを叫んでいたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。
「これは何の騒ぎ?」
背中を反って、老夫婦からなんとか逃れようとしながら、ハンジはモブリットに訊ねた。
「クレーデルご夫妻です。」
チラりと老夫婦に視線を送った後、モブリットは心苦しそうに彼らの名前を告げた。
信じられなかった。
「え?」
「彼らは、ルル・クレーデルのご両親です。」
ハンジは、慌てて彼らの顔を確認した。
凝視して、そしてやっと、ルルの両親の面影を見つけて、驚愕した。
だって、父親の誕生日パーティーがしたいからというルルの願いを聞き入れて非番を入れてやったのはつい数週間前のことだ。
あの日、ルルにパーティーに招待され、仕事終わりに家に寄らせてもらった。
性格を受け継いたのだろうと感じた真面目そうな父親と綺麗な瞳と髪がソックリの美人な母親は、快くハンジを家に招き入れてくれて美味しい料理をご馳走になった。
幸せを形にしたような家族を見たあの日から数週間しか経っていないのに、彼らは数十歳老け、人生に疲れ果て、世界に絶望した老人になっていた。
目に入れても痛くない娘の死が、短期間で彼らをここまで変えたのかー。
「お前が!!ルルを調査兵団なんて馬鹿げた兵団に入れなければっ!!
あの子は今も私達の元にいたんだッ!!
親を残して死ぬような、そんな親不孝な娘じゃなかったのに!!アンタらがッ!!!」
彼らが顔を真っ赤にして自分を罵倒する理由を、ハンジはようやく理解した。
数か月前までは駐屯兵団に所属していたはずの娘が、調査兵団に入団してわずか1か月で戦死したとなれば、戸惑い、悲しみ、そして怒りが彼らを支配しても不思議なことではない。
いや、むしろ、自然な感情の流れだろう。
「娘さんのことは、我々がついていながら本当に申し訳ございませんでした。」
ハンジは身体を綺麗に折り曲げ、頭を下げた。
こんなに素直に謝るとは思わなかったのだろう、クレーデル夫妻は一瞬たじろいだが、すぐにまた無能な上官だと罵りだした。
「分隊長っ!やめてくださいっ!」
「あなたが頭を下げてしまったらっ!!」
モブリット達が必死にハンジの頭を上げようとしたが、それでも低く垂れさがった頭が上がることはなかった。
その頭が上がったのは、クレーデル夫妻から別の兵士の名前が出た時だった。
「アンタはもういいッ!とにかく早くなまえ・みょうじという兵士を出せッ!!
ソイツがルルを殺したことは分かってるんだッ!!!」
ルルの父親が怒鳴りながら発したその言葉は、ハンジにとっていろんな意味で衝撃的だった。
ルルの死を両親に報告に行ったのはナナバだったはずだ。
もしかしたら、両親に訊ねられてルルの最期を報告することもあったかもしれない。
でも、なまえのことはうまく伏せて話すくらいの器用さはある。
それならどうして、なまえの名前まで知っていて、ルルを殺したのがなまえとだ思っているのか。
その答えは、すぐにモブリットが教えてくれた。
「どうやら、兵士達がヒドイ噂話をしているのを聞いてしまったようなんです。
それで、式の途中でなまえに会わせろと…。
何とかここまで連れてきて、それは出来ないと何度も伝えたのですが。」
すまなそうにモブリットが首を垂れる。
仕事の出来る彼もお手上げ状態のようだ。
人の感情、しかも親という無償の愛を前にすれば、きっと誰だってそうなる。
「彼の言う通りです。
なまえに会わすことは出来ません。」
「何を言ってるッ!!うちの娘を殺しておいて、謝りにも来ないとはどういうことだ!!??
今すぐここに出せッ!!!!」
「どうしてよ!!!謝るくらいしてくれたっていいじゃない!!!!」
ルルの両親はさらに怒りを募らせ、ハンジに怒鳴り散らす。
さっきまで自分の非をすべて認め頭を下げていたハンジにまで拒絶されるのは想定外だったようだ。
永遠に治まらないような激しい怒りに身を任せなまえを出せと繰り返し叫び続けた彼らの声が、弔い式に参加している兵士や遺族にも届いていたことに、なんとか彼らの怒りをおさめようとしていたハンジ達は気づかなかった。
そして、それに気づいた時には、もう遅かった。
「なまえ・みょうじは、私です。」
なまえの声を、久しぶりに聞いた気がした。
驚いて振り向いたハンジの横を、クレーデル夫妻が走り抜けていく。
そして、父親が、なまえの胸ぐらをつかみ上げた。
つま先立ちの状態で、なまえは相変わらず死んだような目で父親の顔を見上げている。
「お前がッ!!お前がうちの娘を殺したのか!?」
「はい。」
「自分が助かるためにッ!!身代わりに娘を殺したのかッ!?」
「はい。」
「命乞いをする娘を…ッ!お前は…ッ!!見捨てて逃げたのか!?!?」
「そうです。私が、大事な娘さんを殺しました。」
必死に止めようとするハンジ達を意に介す様子もなく、なまえが言い訳もせずにただ淡々と認める度に、怒りに顔を真っ赤にしたルルの父親の瞳に涙が浮かんでいった。
堪える余裕もないその涙が一粒頬を伝う頃、父親の隣では、ルルの母親が両手で顔を覆って泣き喚いていた。
どうして、なまえは認めてしまうのか。
自分のせいでルルが死んだのだと思っているにしたって、父親が言っていたそれは、事実ではないことは一番知っているはずだ。
それに、そんな風に認めたら、父親の神経を逆なでするだけだと、優しいなまえなら分かっていたはずだ。
ルルの父親が本当に聞きたかった答えは何だったのか、分かっていたはずだ。
それとも、心が死んだから、だから、人の気持ちも分からなくなってしまったかー。
なまえの心のない態度にショックを受けていたせいで、ハンジは動きが遅れた。
「このッ!悪魔めッ!!」
ルルの父親がなまえの頬を思いっきり殴り飛ばす。
勢いよく飛んでいったなまえの身体は、地面に叩きつけられた後、数メートル飛ばされてやっと止まった。
殴られた頬は赤く腫れ、切れた唇から血が出ている。
ゆっくりと上半身を起こしたなまえの元へルルの父親が歩み寄る。
周りには兵士が何人もいたのに、彼の気迫に押され、身体が動かなかった。
「どうせお前は知らないんだろ。
ルルがどんなにむごたらしい姿で親の元へ帰ってきたのかなんて。」
自分を見下ろすルの父親を、なまえは死んだような目で見上げていた。
「ルルの身体…。」
「あぁ、そうだ。妻に似て美人で、自慢の娘だった。優しいあの子は綺麗な顔で帰ってきたよ。
でも…、可哀想に…、巨人に食われて下半身はなくなっていた…っ!」
「あぁ!ルル…っ!ルル…っ!!」
「ちぎれた片腕も渡されたよ。娘さんだってな…。
ふざけるなッ!!!違うッ!!私達の娘は腕でも、上半身だけの身体でもない!!
私達の娘は…ッ!娘は…ッ!!!生きてたんだ…、生きてたはずだったのに…!!」
なまえを睨みつける父親の瞳から涙がボロボロと零れ落ちる。
拳と声を震わせる彼の悲痛な叫びに、胸が潰れそうだ。
彼の苦しみから目を反らしてしまった兵士達もきっと思ったことは同じ。
生きて、連れて帰りたかった。
彼らの元に生きてー。
ただいま、と笑って帰ってきた娘を、おかえりと抱きしめさせてやりたかった。
「よかった…。」
ふとなまえが呟いた一言に、最後の最後に張りつめたままなんとか残っていた父親の怒りの糸が切れた。
「何がよかったんだッ!?
身体をバラバラにされたのが自分じゃなくてよかったってかッ!?
死ねッ!!!死んで、ルルに身体を返せ!!」
そう叫んで、ルルの父親が胸元から取り出したのはナイフだった。
そんなものを持ち込んでいたなんて、気づかなかった。
噂話を聞いて騒ぎ出したというようなことをモブリットは言っていたが、元からそういうつもりでこの弔い式に参加していたのかもしれない。
そこで、ヒドイ噂話を聞いて騒ぎを起こしてしまっただけで、目的は娘の死の原因を殺すことでー。
「やめろッ!!!」
悲鳴のように叫んだハンジの声も虚しく、ルルの父親はナイフを振り上げた。
そしてー。
「殺してください。」
勢いよく振り落とされたナイフは、なまえの心臓に届く前に動きを止めた。
死を望んだなまえの色のない瞳が、怒りと絶望と悲しみを宿した父親の瞳と頭上のナイフを見上げる。
「本当に…、殺すぞ…!」
「どうぞ、殺してください。それで、あなた達が少しでも楽になれるなら、少しは私の命が助かってしまった意味もあるということでしょう。」
「殺すからな!」
最後の最後に、人を殺すことを躊躇ってしまった彼に、なまえは自分を殺してくれと繰り返した。
ルルの父親が生唾を呑み込む。ナイフを握る手に力が入ったのが分かった。
ハンジは急いでなまえに駆け寄るが、この数メートルは、ルルの父親がもう一度躊躇ってくれなければ命を守れる距離ではないことは分かっていた。
だから、優しいルルの性格の元であろう父親に期待するしかなかった。
だが、ハンジの期待も虚しく、ルルの父親が握るナイフは今度こそ勢いよくなまえの心臓に振り落とされた。
遺体安置所に収容されていた彼らは既に家族の元へ戻っていたから、ここに彼らの身体はもうない。
あるのは、神父の言葉に耳を傾け、目を瞑る兵士や遺族の心に残る彼らの記憶だけだ。
「困りますっ!何度言われても出来ませんっ!!」
焦ったようなモブリットの声が聞こえてすぐ、後ろの方がザワザワしだした。
何か問題が起こったことを理解し、ハンジは騒ぎのする方へと向かった。
「ちょっと、ちょっとっ!どうしたの!?」
弔い式の後方で、モブリットと老夫婦がもみ合いになっていた。
どうやら騒ぎの元はこの老夫婦で、モブリットはなんとか彼らを止めようとしている。
近くにいた兵士がモブリットに加勢しているのだが、何やら怒鳴り声を上げながら強引に弔い式へと入ってこようとする彼らをどうにも止められずにいるようだ。
「あ!アンタは!!ハンジ・ゾエ!!お前のことも許さんからな!!!」
老夫婦の旦那の方が、ハンジに気づいて標的を変えた。
いきなり詰め寄ってきた旦那の隣で、夫人の方も金切り声を上げて何かを叫んでいたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。
「これは何の騒ぎ?」
背中を反って、老夫婦からなんとか逃れようとしながら、ハンジはモブリットに訊ねた。
「クレーデルご夫妻です。」
チラりと老夫婦に視線を送った後、モブリットは心苦しそうに彼らの名前を告げた。
信じられなかった。
「え?」
「彼らは、ルル・クレーデルのご両親です。」
ハンジは、慌てて彼らの顔を確認した。
凝視して、そしてやっと、ルルの両親の面影を見つけて、驚愕した。
だって、父親の誕生日パーティーがしたいからというルルの願いを聞き入れて非番を入れてやったのはつい数週間前のことだ。
あの日、ルルにパーティーに招待され、仕事終わりに家に寄らせてもらった。
性格を受け継いたのだろうと感じた真面目そうな父親と綺麗な瞳と髪がソックリの美人な母親は、快くハンジを家に招き入れてくれて美味しい料理をご馳走になった。
幸せを形にしたような家族を見たあの日から数週間しか経っていないのに、彼らは数十歳老け、人生に疲れ果て、世界に絶望した老人になっていた。
目に入れても痛くない娘の死が、短期間で彼らをここまで変えたのかー。
「お前が!!ルルを調査兵団なんて馬鹿げた兵団に入れなければっ!!
あの子は今も私達の元にいたんだッ!!
親を残して死ぬような、そんな親不孝な娘じゃなかったのに!!アンタらがッ!!!」
彼らが顔を真っ赤にして自分を罵倒する理由を、ハンジはようやく理解した。
数か月前までは駐屯兵団に所属していたはずの娘が、調査兵団に入団してわずか1か月で戦死したとなれば、戸惑い、悲しみ、そして怒りが彼らを支配しても不思議なことではない。
いや、むしろ、自然な感情の流れだろう。
「娘さんのことは、我々がついていながら本当に申し訳ございませんでした。」
ハンジは身体を綺麗に折り曲げ、頭を下げた。
こんなに素直に謝るとは思わなかったのだろう、クレーデル夫妻は一瞬たじろいだが、すぐにまた無能な上官だと罵りだした。
「分隊長っ!やめてくださいっ!」
「あなたが頭を下げてしまったらっ!!」
モブリット達が必死にハンジの頭を上げようとしたが、それでも低く垂れさがった頭が上がることはなかった。
その頭が上がったのは、クレーデル夫妻から別の兵士の名前が出た時だった。
「アンタはもういいッ!とにかく早くなまえ・みょうじという兵士を出せッ!!
ソイツがルルを殺したことは分かってるんだッ!!!」
ルルの父親が怒鳴りながら発したその言葉は、ハンジにとっていろんな意味で衝撃的だった。
ルルの死を両親に報告に行ったのはナナバだったはずだ。
もしかしたら、両親に訊ねられてルルの最期を報告することもあったかもしれない。
でも、なまえのことはうまく伏せて話すくらいの器用さはある。
それならどうして、なまえの名前まで知っていて、ルルを殺したのがなまえとだ思っているのか。
その答えは、すぐにモブリットが教えてくれた。
「どうやら、兵士達がヒドイ噂話をしているのを聞いてしまったようなんです。
それで、式の途中でなまえに会わせろと…。
何とかここまで連れてきて、それは出来ないと何度も伝えたのですが。」
すまなそうにモブリットが首を垂れる。
仕事の出来る彼もお手上げ状態のようだ。
人の感情、しかも親という無償の愛を前にすれば、きっと誰だってそうなる。
「彼の言う通りです。
なまえに会わすことは出来ません。」
「何を言ってるッ!!うちの娘を殺しておいて、謝りにも来ないとはどういうことだ!!??
今すぐここに出せッ!!!!」
「どうしてよ!!!謝るくらいしてくれたっていいじゃない!!!!」
ルルの両親はさらに怒りを募らせ、ハンジに怒鳴り散らす。
さっきまで自分の非をすべて認め頭を下げていたハンジにまで拒絶されるのは想定外だったようだ。
永遠に治まらないような激しい怒りに身を任せなまえを出せと繰り返し叫び続けた彼らの声が、弔い式に参加している兵士や遺族にも届いていたことに、なんとか彼らの怒りをおさめようとしていたハンジ達は気づかなかった。
そして、それに気づいた時には、もう遅かった。
「なまえ・みょうじは、私です。」
なまえの声を、久しぶりに聞いた気がした。
驚いて振り向いたハンジの横を、クレーデル夫妻が走り抜けていく。
そして、父親が、なまえの胸ぐらをつかみ上げた。
つま先立ちの状態で、なまえは相変わらず死んだような目で父親の顔を見上げている。
「お前がッ!!お前がうちの娘を殺したのか!?」
「はい。」
「自分が助かるためにッ!!身代わりに娘を殺したのかッ!?」
「はい。」
「命乞いをする娘を…ッ!お前は…ッ!!見捨てて逃げたのか!?!?」
「そうです。私が、大事な娘さんを殺しました。」
必死に止めようとするハンジ達を意に介す様子もなく、なまえが言い訳もせずにただ淡々と認める度に、怒りに顔を真っ赤にしたルルの父親の瞳に涙が浮かんでいった。
堪える余裕もないその涙が一粒頬を伝う頃、父親の隣では、ルルの母親が両手で顔を覆って泣き喚いていた。
どうして、なまえは認めてしまうのか。
自分のせいでルルが死んだのだと思っているにしたって、父親が言っていたそれは、事実ではないことは一番知っているはずだ。
それに、そんな風に認めたら、父親の神経を逆なでするだけだと、優しいなまえなら分かっていたはずだ。
ルルの父親が本当に聞きたかった答えは何だったのか、分かっていたはずだ。
それとも、心が死んだから、だから、人の気持ちも分からなくなってしまったかー。
なまえの心のない態度にショックを受けていたせいで、ハンジは動きが遅れた。
「このッ!悪魔めッ!!」
ルルの父親がなまえの頬を思いっきり殴り飛ばす。
勢いよく飛んでいったなまえの身体は、地面に叩きつけられた後、数メートル飛ばされてやっと止まった。
殴られた頬は赤く腫れ、切れた唇から血が出ている。
ゆっくりと上半身を起こしたなまえの元へルルの父親が歩み寄る。
周りには兵士が何人もいたのに、彼の気迫に押され、身体が動かなかった。
「どうせお前は知らないんだろ。
ルルがどんなにむごたらしい姿で親の元へ帰ってきたのかなんて。」
自分を見下ろすルの父親を、なまえは死んだような目で見上げていた。
「ルルの身体…。」
「あぁ、そうだ。妻に似て美人で、自慢の娘だった。優しいあの子は綺麗な顔で帰ってきたよ。
でも…、可哀想に…、巨人に食われて下半身はなくなっていた…っ!」
「あぁ!ルル…っ!ルル…っ!!」
「ちぎれた片腕も渡されたよ。娘さんだってな…。
ふざけるなッ!!!違うッ!!私達の娘は腕でも、上半身だけの身体でもない!!
私達の娘は…ッ!娘は…ッ!!!生きてたんだ…、生きてたはずだったのに…!!」
なまえを睨みつける父親の瞳から涙がボロボロと零れ落ちる。
拳と声を震わせる彼の悲痛な叫びに、胸が潰れそうだ。
彼の苦しみから目を反らしてしまった兵士達もきっと思ったことは同じ。
生きて、連れて帰りたかった。
彼らの元に生きてー。
ただいま、と笑って帰ってきた娘を、おかえりと抱きしめさせてやりたかった。
「よかった…。」
ふとなまえが呟いた一言に、最後の最後に張りつめたままなんとか残っていた父親の怒りの糸が切れた。
「何がよかったんだッ!?
身体をバラバラにされたのが自分じゃなくてよかったってかッ!?
死ねッ!!!死んで、ルルに身体を返せ!!」
そう叫んで、ルルの父親が胸元から取り出したのはナイフだった。
そんなものを持ち込んでいたなんて、気づかなかった。
噂話を聞いて騒ぎ出したというようなことをモブリットは言っていたが、元からそういうつもりでこの弔い式に参加していたのかもしれない。
そこで、ヒドイ噂話を聞いて騒ぎを起こしてしまっただけで、目的は娘の死の原因を殺すことでー。
「やめろッ!!!」
悲鳴のように叫んだハンジの声も虚しく、ルルの父親はナイフを振り上げた。
そしてー。
「殺してください。」
勢いよく振り落とされたナイフは、なまえの心臓に届く前に動きを止めた。
死を望んだなまえの色のない瞳が、怒りと絶望と悲しみを宿した父親の瞳と頭上のナイフを見上げる。
「本当に…、殺すぞ…!」
「どうぞ、殺してください。それで、あなた達が少しでも楽になれるなら、少しは私の命が助かってしまった意味もあるということでしょう。」
「殺すからな!」
最後の最後に、人を殺すことを躊躇ってしまった彼に、なまえは自分を殺してくれと繰り返した。
ルルの父親が生唾を呑み込む。ナイフを握る手に力が入ったのが分かった。
ハンジは急いでなまえに駆け寄るが、この数メートルは、ルルの父親がもう一度躊躇ってくれなければ命を守れる距離ではないことは分かっていた。
だから、優しいルルの性格の元であろう父親に期待するしかなかった。
だが、ハンジの期待も虚しく、ルルの父親が握るナイフは今度こそ勢いよくなまえの心臓に振り落とされた。