◇第四話◇お姫様を囲う〝常識〟
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調査兵団の一行がキヨミの別宅に滞在するようになって数日が経っていた。
この世にあるもうひとつの人類の世界へやってきて、分かったことが幾つかある。
この世界の成り立ちやこの世界に住む人達の〝常識〟もその中のひとつだ。
そしてそれは、簡単に要約することが出来る。
〝人類というのは愚かで、何度過ちを起こしたところで、学習することを知らない〟ということだ。
敵でしかないと思っていたマーレという世界には、悲しみや苦しみ、差別を抱えて生きている人達が多くいた。
今は贅沢な暮らしをし、権威を持っているヒイズル国でさえ、その過去を知れば知るほどに、苦悩の中を生き抜いてきたことを思い知らされるのだ。
だからといって、パラディ島に追いやられたエルディア人が受けた残酷な仕打ちをなかったことには出来ない。
なぜなら、エレンの母親が巨人に捕食されたことも、コニーの母親が巨人にされてしまったことも、大切な人を残して逝かなければならなかった人達や残された人たちの心の傷も、消すことは出来ない現実であって、それらは、許す、許さない、という問題ですらないからだ。
それから、このキヨミの別宅にある〝常識〟というのも幾つか知ることになった。
手紙で何度かやり取りをしているイェレナから聞くには、ヒイズル国には、独特な文化があるらしい。
それが、〝サクラ〟や〝タタミ〟だったり、必要以上に感じてしまう〝謙虚さ〟や〝礼儀正しさ〟だ。
そして———。
「あ、来ましたね。」
朝食へ向かう途中、エレンが小さく呟くように言った。
だが、〝来た〟と表現されたその人物の姿はまだ見えない。
分かるのは、さっきまで調査兵達に柔らかく微笑みかけながら朝の挨拶を交わしていた使用人達が、突然に廊下の隅へ寄って頭を下げだしたことだ。
でも、この屋敷での〝常識〟を学んだ調査兵達にとっては、それだけで十分だったのだ。
まるで人間ドミノのようなその光景は、この屋敷にいると何度か目にすることがあった。
そして、それにより、走る光のように、調査兵達にも緊張感が伝染していく。
すぐに、その人は現れた。
奥の廊下の角を曲がり、こちらに向かって歩いてやってくるのは、アズマビト・なまえ。この屋敷の本当の主だ。
キヨミの娘であり、幼い頃にこの屋敷を与えられてからは、仕事で忙しく家を離れがちの母とではなく、使用人達とここで生活をしているらしい。
調査兵の彼らは、使用人達がそうしているように頭は下げない。その必要はない、とエルヴィンが判断したからだ。
ただし、廊下の隅には寄らなければならない。
この屋敷の主である彼女は、そこに誰がいようと絶対に避けてはくれないのだ。
彼女は背筋をまっすぐに伸ばし、こちらへ向かって歩いてくる。
頭を下げて廊下の絨毯を凝視している使用人達には見えないのだろうけれど、堂々と前を向いて歩く彼女の姿は、お世辞抜きに美しい。
見惚れてしまう———というのは、大袈裟でもなんでもない。
内面にある〝強さ〟を肌に感じて、ヒリヒリと痛むような気がしてしまうとジャンが言っていたのには、コニーやアルミンも大きく頷いていたくらいだ。
今日もまた、この屋敷に暮らすすべての人に道を作られて、眩しいほどのオーラを放つ彼女が、その中心を堂々と歩いて通り過ぎていく。
「おはようございます。お嬢様。」
彼女が通り過ぎるところで、使用人達が口々に丁寧に朝の挨拶を伝えるけれど、返事はない。
綺麗に整えられた眉尻が僅かに上がって、若干歪む程度だ。
「おはよう、なまえ。」
すれ違い様にエルヴィンが柔らかく微笑む。
だが、彼女が挨拶を返すことはない。
それどころか、客人である調査兵達の顔すらみよともしない。
使用人達に見せた不機嫌そうな反応すらもないのは、彼女が、調査兵達をまるで〝透明人間〟のように認識しているせいだ。
森の奥にひっそりと建つこの屋敷に調査兵達を招き入れると決めたのはキヨミだった。
どうやら、勝手に自分の城に他人を踏み入れさせた母を許せないことに加えて、勝手に歩き回る調査兵達のことを、なまえは認めていないらしい。
この世にあるもうひとつの人類の世界へやってきて、分かったことが幾つかある。
この世界の成り立ちやこの世界に住む人達の〝常識〟もその中のひとつだ。
そしてそれは、簡単に要約することが出来る。
〝人類というのは愚かで、何度過ちを起こしたところで、学習することを知らない〟ということだ。
敵でしかないと思っていたマーレという世界には、悲しみや苦しみ、差別を抱えて生きている人達が多くいた。
今は贅沢な暮らしをし、権威を持っているヒイズル国でさえ、その過去を知れば知るほどに、苦悩の中を生き抜いてきたことを思い知らされるのだ。
だからといって、パラディ島に追いやられたエルディア人が受けた残酷な仕打ちをなかったことには出来ない。
なぜなら、エレンの母親が巨人に捕食されたことも、コニーの母親が巨人にされてしまったことも、大切な人を残して逝かなければならなかった人達や残された人たちの心の傷も、消すことは出来ない現実であって、それらは、許す、許さない、という問題ですらないからだ。
それから、このキヨミの別宅にある〝常識〟というのも幾つか知ることになった。
手紙で何度かやり取りをしているイェレナから聞くには、ヒイズル国には、独特な文化があるらしい。
それが、〝サクラ〟や〝タタミ〟だったり、必要以上に感じてしまう〝謙虚さ〟や〝礼儀正しさ〟だ。
そして———。
「あ、来ましたね。」
朝食へ向かう途中、エレンが小さく呟くように言った。
だが、〝来た〟と表現されたその人物の姿はまだ見えない。
分かるのは、さっきまで調査兵達に柔らかく微笑みかけながら朝の挨拶を交わしていた使用人達が、突然に廊下の隅へ寄って頭を下げだしたことだ。
でも、この屋敷での〝常識〟を学んだ調査兵達にとっては、それだけで十分だったのだ。
まるで人間ドミノのようなその光景は、この屋敷にいると何度か目にすることがあった。
そして、それにより、走る光のように、調査兵達にも緊張感が伝染していく。
すぐに、その人は現れた。
奥の廊下の角を曲がり、こちらに向かって歩いてやってくるのは、アズマビト・なまえ。この屋敷の本当の主だ。
キヨミの娘であり、幼い頃にこの屋敷を与えられてからは、仕事で忙しく家を離れがちの母とではなく、使用人達とここで生活をしているらしい。
調査兵の彼らは、使用人達がそうしているように頭は下げない。その必要はない、とエルヴィンが判断したからだ。
ただし、廊下の隅には寄らなければならない。
この屋敷の主である彼女は、そこに誰がいようと絶対に避けてはくれないのだ。
彼女は背筋をまっすぐに伸ばし、こちらへ向かって歩いてくる。
頭を下げて廊下の絨毯を凝視している使用人達には見えないのだろうけれど、堂々と前を向いて歩く彼女の姿は、お世辞抜きに美しい。
見惚れてしまう———というのは、大袈裟でもなんでもない。
内面にある〝強さ〟を肌に感じて、ヒリヒリと痛むような気がしてしまうとジャンが言っていたのには、コニーやアルミンも大きく頷いていたくらいだ。
今日もまた、この屋敷に暮らすすべての人に道を作られて、眩しいほどのオーラを放つ彼女が、その中心を堂々と歩いて通り過ぎていく。
「おはようございます。お嬢様。」
彼女が通り過ぎるところで、使用人達が口々に丁寧に朝の挨拶を伝えるけれど、返事はない。
綺麗に整えられた眉尻が僅かに上がって、若干歪む程度だ。
「おはよう、なまえ。」
すれ違い様にエルヴィンが柔らかく微笑む。
だが、彼女が挨拶を返すことはない。
それどころか、客人である調査兵達の顔すらみよともしない。
使用人達に見せた不機嫌そうな反応すらもないのは、彼女が、調査兵達をまるで〝透明人間〟のように認識しているせいだ。
森の奥にひっそりと建つこの屋敷に調査兵達を招き入れると決めたのはキヨミだった。
どうやら、勝手に自分の城に他人を踏み入れさせた母を許せないことに加えて、勝手に歩き回る調査兵達のことを、なまえは認めていないらしい。